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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ハクロ王都編
88/148

クエスト83 ロクジョウギルド長と話をしよう

祝 一周年 これからもよろしくお願いします。

「そうですか、竜胆が桔梗キキョウの営むギルドに逃げ込んだとは、偶然と言うより運命に近いモノを感じますね」


 深夜の巨人王後宮、第四側室邸のサロンで軽い夜食を取っていたYUYUは、”くノ一”蜜柑からの報告を聞いていた。


「そのキキョウとは何者だ?

 説明ではハーフ巨人をギルドで雇い入れてるという事だが」


 王都の全包囲転送魔法陣修復を請け負ったティダも、今夜は詳しく打ち合わせするためにYUYUの館に滞在している。

 ゆったりとした薄緑色のガウンに身を包んだ水浅葱が、琥珀色のアルコールを杯に注ぎYUYUとティダに手渡す。


「キキョウさまは、鉄紺王陛下の騎獣グリフォンを世話する近衛兵でした。

 五年前に足の怪我で軍を退役なさり、現在は深い森に住むグリフォンの調査と、人間の王都に住むハーフ巨人の中から優秀な者を見つけだし軍にスカウトする王命を受けていらっしゃいます」


「私たちは霊峰女神神殿と対抗するために、鳳凰小都での孤児の保護や後宮の”くノ一”育成、巨人王は優柔な人材の発掘に力を入れています。

 しかしハクロ王都に住む腑抜けのハーフ巨人は、人間の下に甘んじ慣れきって、キキョウがいくら世話をしてもやる気すら起こさないのです」


 そんな無気力なハーフ巨人ばかりのギルドに、あの血の気が多い竜胆が女神の憑代であるハルを連れて転がり込んだ。

 今頃、同族のふがいなさに怒り心頭だろう。これは派手に騒ぎを起こしそうな気がする。



 ***



 ロクジョウギルドの朝は早い。

 下級ギルドに稼ぎの良い仕事は無く、ギルド員は上級ギルドの下請けとして働いている。

 それも先着順に下請け仕事が割り振られるため、日の出前に上級ギルドの入り口で列に並び順番待ちが日課になっていた。


 ハルは朝食の準備をするために離れの部屋から一階に降りてくると、仕事に出かける前のハーフ巨人と鉢合わせした。

 朝食をとる時間もなく忙しく出かける彼らを眺めていると、褐色の肌をした目つきの険しい男がハルの抱える食材の入った駕籠に気づく。

 駕籠の中から、熟れた果物の甘い香りが辺りに漂っていた。


 小柄でおとなしそうな人間の召使いだ。少し脅せば駕籠の中身を寄越すだろう。

 男は自分より弱者なら平気で暴力を振るう。弱そうな人間に近づくといきなり駕籠に手を伸ばした。


「仕事前に一つ腹ごしらえするか。

 お前の主人には、駕籠の底が抜けて中身をダメにしたって言い訳をしろ」


 男は慣れた手つきで少年の持つ駕籠をひったくると、中身も確認せず手を突っ込んだ。

 駕籠の中からは、カサコソと何かが動き回る音が聞こえてる。


「ああっダメだ、そんないきなり捕まえたら指を挟まれるっ!!」


 召使い少年の声と、男を止めようせず奪った食い物の分け前に授かろうとした仲間たちは、悲鳴を上げて駕籠の中から血塗れの腕を引き出した男を見て顔色を変える。

 転がる駕籠の中から、深い森の中に住む巨大陸カニが三匹這いだしてきた。甘い香りは、果物を主食にする陸カニの匂いだったのだ。


 朝の見送りに玄関先まで出ていたギルド長のキキョウは、男の悲鳴を聞いて不自由な片足を引きずりながら駆けつけ、現場の状態に怒りを爆発させる。


「馬鹿野郎っ、手癖の悪いコソ泥のハーフ巨人がいるという噂の主はキサマだったか。

 客人の所有物に手を出して怪我をするとは、なんて情けないヤツだ!!」


 掌をカニのハサミで裂かれ悲鳴を上げる男を、仲間二人が慌てて外に連れてゆく。

 逃げ出して部屋の中を動き回る巨大陸カニを避けるハーフ巨人たちを横目に、召使いの少年はカニの甲羅を踏みつけ網をかぶせ、手際よく捕らえると駕籠の中に戻していた。


 深い森に住む動物は攻撃的で、この陸カニも人の姿を見ると鉄の槍も折るほどの鋭いハサミで襲いかかる。

 したがって、陸カニを捕らえるには鉄より丈夫な武器と防具を装備しなくてはならない。 


「ほう、これほど大きな陸カニは滅多にお目にかかれない。

 竜胆王子殿下が昨日深い森に入られたが、お前が持つ陸カニは王子殿下が捕らえられたものか?」


「これは、僕と女の子で捕まえたものですよ。

 竜胆さんはもっと大物のイノシシ親子をしとめてます」


 色白で少女のような顔立ちの召使い少年は何気なく答えるが、キキョウは眉を寄せ叱りつける。


「まさか嘘を付くな、お前のような小僧が凶暴な巨大陸カニを捕らえられるはずない!

 それにお前は召使いの身分で、王族である竜胆王子殿下に対して随分と無礼な口の聞き方を……いや待て、お前のその赤い右目は、神科学種か」


 巨人王直属の部下であったキキョウは、鉄紺王に心酔といってもよい忠誠心を持っていた。その巨人王の子息である竜胆の噂も、ギルドや軍の知人を通して情報を集め、ほぼ正確に把握している。

 ハルはキキョウに詳しく話が聞きたいと言われ、ギルド員の出払った食堂に連れてこられた。


「小僧、名前はハルと言ったな。

 竜胆王子殿下がお連れになっている神科学種は、天女のように美しいエルフと黒髪の勇ましい武士だと聞いている。

 小僧の噂は何一つ聞いたこと無いぞ」


 首を傾げるキキョウにハルは冷や汗を流す。巫女姿ではないハルは平々凡々で地味すぎて、派手な仲間と比べて殆ど印象に残らないのだ。


「キキョウさん、僕は神科学種と言っても体力も魔力も女の子より弱くて、料理ぐらいしかできません。竜胆さんや仲間の神科学種がとても強いから、敵やモンスターから僕を守ってくれるんです」


 ハルの返事にキキョウは更に首を傾げる。

 王子の竜胆殿下や神科学種が守護する存在は、女神ミゾノゾミだけのはずだ。

 終焉世界に降臨したミゾノゾミ女神は、砂漠の聖堂にいるとも鳳凰小都の聖人の元にいるとも、風香十七群島に聖なる青い牛と猫人族姿でいるとも噂される。


 目の前で自分を凝視したまま考え込むキキョウに困ったハルは、とりあえず本日の仕事に取りかかることにした。


「えっと、竜胆さんは他の女の子とヨロシクしててまだ起きないから、先に朝ご飯作ります。

 カニの足はさっと塩茹で、胴体は酒蒸しにします。

 キキョウさん、特別にカニ味噌の味見をしてみますか?」


 やたらと料理の振る舞い癖のあるハルを竜胆は注意した。

 どうやらココのハーフ巨人たちは働くことを嫌っている様子で、ハルが同情してタダメシを喰わせれば仕事をしなくなるだろう。それは朝の騒動で、弱者からモノを奪うハーフ巨人にハルも竜胆の言葉の意味を理解した。

 でもキキョウさんはなんだか苦労しているみたいだし、サービスしてもいいよね。

  



 普段はギルドのハーフ巨人と同じ食事をしているキキョウは、久しぶりのマトモな、いや予想以上に豪勢な料理に感嘆の声を上げた。

 塩ゆでした真っ赤なカニ足の殻を剥いで引き締まった身を食べると、果物を主食にしている巨大陸カニ独特のほのかな甘みとジューシーさが口の中で広がる。

 甲羅を皿にした酒蒸しはカニの臭みを消して、白身を柔らかく仕上げる。濃厚で深みのあるカニ味噌を混ぜて食べると、出汁と柔らかい白身が絶妙に絡み合いトロケるような食感になった。


「うぉっ、小僧の作る料理は凄いぞ。

 まさか深い森に住む巨大陸カニがこれほど美味だとは知らなかった。

 ああ、俺の足がマトモに動けば、自分で深い森の中に入って獲物を狩りたいなぁ」


 箸を止めると、半分諦めた表情で深くため息を付くキキョウ。

 貧しい食事が当たり前だと思いこんでいるギルドのハーフ巨人たちは、危険を冒してでも深い森の中に入り獲物を得ようと行動を起こす気骨のある者はいない。

 このままハーフ巨人たちを世話しても無駄だと考え、キキョウは近々ギルドを解散させるつもりでいた。


 ハルは後宮から貰ってきた香りの良い紅茶をキキョウに差し出した。


「キキョウさんは、僕が神科学種だと気付いても態度が変わらないね」


「巨人王陛下の元には何人か神科学種が居たからな。先の霊峰女神神殿との戦いで、生き残った神科学種はハイエルフ一人だ。

 いつも「帰りたい」と子供のように泣いてばかりいた神科学種の愛玩人形が、今は大化けして王の影と呼ばれている。

 小僧、お前もそのうち化けるかもしれないな」


 えっと……すでに何度か化けてます。

 


 ***



 二日前、人間の召使いと美しい娘たちを連れた裕福そうなハーフ巨人がロクジョウギルドへ転がり込んできた。


 仕事を終えて質素な食事をとるギルド員達は、別の離れの部屋で客人の召使いが料理する、香ばしいソースと肉の焼ける匂いに鼻を引くつかせる。


「おい、俺たちが肉を食べたのは一月前だ。

 毎日家畜の餌と同じモンで腹を満たすのがやっとなのに、あの余所者は随分と豪勢な食事をしていやがる」


「俺は、明日は夜明け前から材木運搬の仕事があるんだよ。こんなメシじゃ力が入らねぇ。あの男、すこし恵んでくれねえかな」


 竜胆の正体を知らないハーフ巨人から不満の声が挙がっていたが、ギルド長のキキョウはそれを黙って聞いている。


「おい、我慢しろよ。

 あの男は……俺たちとは違うんだ」


 客人の世話を任されたウツギは仲間をなだめようとするが、モヒカン頭でリーダー気取りのハーフ巨人が睨みつける。


「腰抜けのウツギが、俺たちに偉そうな口聞くな。

 同族のハーフ巨人が一人だけ王様気取りで旨い飯食って、それを指くわえて見てるなんて我慢できるか!

 客人といっても、ヤツから匿ってくれとギルドに頼んできたんだろ。

 ココに居たいなら、ヤツにギルドの礼儀を教えてやろうぜ」


「ああ俺様も、なんでハーフ巨人のお前たちが、家畜の餌喰いながらグチっているのか理由を聞きたかったよ」


 食堂の入り口には目立つ赤毛を黒に染めた竜胆が、ギルドのハーフ巨人たちが揉める様を面白そうに眺めていた。

 モヒカン頭は顔を真っ赤にして竜胆に詰め寄ると襟元を締め上げる。


「キサマ、同じハーフ巨人がぁ、人間どもと同じように俺たちをあざ笑うのかっ。あっ、うわっぁ、ぎゃああっ」


 竜胆は襟首を締め上げられても薄笑いのまま表情を変えす、逆に男の腕を掴むとゆっくりと捻りあげていた。

 竜胆より横幅のあるモヒカン頭が悲鳴を上げて手を離し、捻られて赤く腫れ上がって腕を抱えてうずくまる。


「肉が喰いたければ、自分で狩ってこい。

 おい、そこのお前、恵んでもらいたいって言ってたよな」


 そういうと、竜胆は右手に持つアイテムバッグから大きな塊を取り出し、ハーフ巨人たちが食事をしているテーブルの上に放り投げる。

 投げ落とされた巨大な肉片でテーブルがひしゃげ、血糊が周囲に飛び散る。

 それは畑を荒らし回っていたボス鬼イノシシの切り落とされた頭部だった。


 巨大モンスターの死骸を見て腰を抜かすハーフ巨人達の目の前で、竜胆は巨大鬼イノシシの赤紫色に輝く鋭い角をえぐり取る。

 黙って様子を見ていたキキョウにそれを手渡した。


「これは五十年生きた鬼イノシシの赤紫水晶角。しかも角に目立った傷は入って無い一級品だ。金貨八十枚以上で売れるだろうな」


 そのギルド長の言葉にハーフ巨人たちは驚き、この声を聞き竜胆は冷淡に告げた。


「キサマ等は、高価な角を持った鬼イノシシが目の前で彷徨いても、無関心で見向きもしなかった。余所モンの俺様がそれをシトメて大金を手に入れるのも、指をくわえて見ているだけだ。

 これからも人間に馬や牛同然に扱われて、少ない稼ぎでグチるだけの生活を続けるのか?」




 そして翌日、竜胆の狩りにギルドから五人のハーフ巨人が加わり、二人が逃げ出し三人が残った。

 さらに次の日、別ギルドから数人のハーフ巨人が竜胆を訪ねてくる。

 だが、その中にウツギが加わることは無かった。

  


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