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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
ハクロ王都編
86/148

クエスト81 売られた喧嘩を買おう

 太陽の昇る東を向いてハクロ王都の中心にそびえ立つ水晶の巨人王宮と極彩色の宝石の後宮群。

 その王宮の反対側、日の沈む西方向に広がる市街地に王都一の歓楽街がある。

 王のお膝元であるハクロ歓楽街は鳳凰小都のような露骨な猥雑さはないが、人々の欲望はドコにいても変わらない。

 そして巨人の都の歓楽街に店を構えるのも利用するのも、巨人より人間の数の方が圧倒的に多かった。



 上級ギルド ヤタガラスの蝋九(ロウク)は、この一帯で飲み屋に偽装した非合法の賭博場を数件持っていた。

 羽振りの良い巨人の、特に貴族や王族相手の賭博場は、毎夜毎夜売り上げを伸ばしている。

 人間が巨人に勝るモノは手先の器用さと駆け引きだ。有名なイカサマ師を賭博場に雇い入れ、どんどん巨人から金を搾り取る。

 ロウクは危険な方法で、賭博場の売り上げで得た巨額の資金を元手に、わずか半年で人間の都の中でも五本の指に入る上級ギルドの仲間入りをする。

 それも商才と言うより詐欺まがいの方法で、ライバルギルドを懐柔し騙し脅し、時には暴力で得た地位だ。



 その夜もロウクは、見るからにこわもてのハーフ巨人を護衛として引き連れ、自分の店が建ち並ぶ裏通りを我がモノ顔でねり歩く。

 男にしては小柄で貧相な体格を厚底靴と肩パットの入った派手な赤いスーツで誤魔化し、地味な顔立ちは太い眉と鼻すじを描いて誤魔化していたが、顔に塗ったオイルで広い額をテカり、そこばかりが人々の注目を浴びることに気付かない。

 繁華街の裏通りエリアは自分のシマであり、トップで仕切っているのは自分だと思いこんでいた。


 そんなロウクの目の前を、数人の美しい娘を引き連れた若い男が通り過ぎた。


 紺色に仕立てられた上質のジャケットに、滑らかな光沢のある黒い皮ズボン。鮮やかな赤毛に人目を引きつける彫りの深いハンサムな顔立ち。

 そして、巨人にしては小柄な、人間にしては大きすぎるハーフ巨人だった。


「なんだ、ハーフ巨人のくせに女をハベらせてやがる。

 随分とめかし込んだ、田舎から出てきた世間知らずのハーフ巨人だな」


 気にせず踵を返すロウクに、付き従うチンピラ風の用心棒が声をかける。


「ロウクさま、ちょっと待って下さい。

 あの男が連れてる女はロウクさまが贔屓にしている、巨人王御用達の店 星雲館で一番人気の歌姫ですぜ」




 竜胆は深夜過ぎた頃に巨人王宮を抜け出し、右も左も判らない状態で賑やかなネオンの光に誘われてコノ繁華街に足を踏み入れた。


 普段の粗野な姿から後宮の者によって整えられた服装は、竜胆の男前度を上げて、道行く女達を虜にする。

 いつものように言い寄ってくる女たちに、竜胆は食事ができる店を案内してもらうつもりだった。

 取巻きの娘の中に、コノ街で一番人気の美しい金色の巻き毛の歌姫がいたが、普段から天女やら天使やら女神を見慣れている竜胆は、彼女を他の娘と同様に扱い気にも留めずにいた。

 それを無視されたと勘違いした歌姫は、竜胆の右腕にしがみつくとふくよかな胸を押し当て、肩に頬をすり寄せて自らの腰に手を回させようとする。

 すると他の娘たちも竜胆に群がり、その場は美女のキャットファイト状態になっていた。


 ロウクは広い額に青筋の血管が浮かび上がらせながらワナワナと体を震わせ、歌姫たちの痴話げんかを眺めている。


「巨人王御用達の店で、アノ一番人気女を同席させるのに俺がどれだけ苦労して金を貢いだか知っているか!!

 畜生、誰かあの赤毛をぶちのめしてこい。着てる上等の服を剥いで裸にしてやれ」




 そして、主人の言われるがままに、突然竜胆に襲いかかってきた用心棒のハーフ巨人達。

 これまで2頭の竜を倒しているドラゴンスレイヤーの竜胆に、街のチンピラがかなう筈ない。

 神科学種の力と鍛え抜かれた肉体と暴力性を合わせ持つ巨人王王子は、素手で用心棒たちを全員叩きのめし、親玉のロウクの身ぐるみを剥いでマッ裸にして放り出した。

 

 その事件がロウクの恨みを買い、竜胆は人間の自警団に追われることになる。



 ***



「巨人王 鉄紺陛下は十日後お戻りになられるのですが、パクン、モグモグ、どうも王都の転送ゲートが上手く稼働できない様子。

 ああ、サクッと焼けたパイ皮に包まれたジューシーで、甘酸っぱい熱々アップルがおいしい」


 巨人王後宮の使用人専用の食堂で、後宮を実質支配する第四側室の王の影が、新人女官の作ったアイスクリーム乗せアップルパイを美味しそうに食べている。


「それで、ティダさんに転送ゲートの修復を、モグモグ、お願いしたいのですが……あら、ミント風味の甘いアイスクリームが熱々ソースと絡んで、二つの味が同時に楽しめます。」


「食べながら話すのは止めないか。

 王の影は、ハルの料理となると落ち着きがなくなるようだ」


 久々の懐かしい味に、頬を赤らめウットリとアップルパイを見つめるYUYUに、テーブルを囲んで向かい側に座るティダは呆れて言葉を返した

 そういうティダも、ホットコーヒーの上に冷たい生クリームを乗せたウィンナーコーヒーを楽しんでいる。


 宝石箱のような煌びやかな側室の館より、ハルは後宮食堂の調理場を好んで入り浸り、終焉世界中からコノ後宮に運び込まれる珍しい食材の虜になっていた。


 そのハルを追いかけて、何かと用事をつけては食堂に押し掛けるYUYU。

 新人女官が作る奇妙な料理を食べるために、王の影が後宮食堂に通っているという噂は、他の側室の姫の間に広がっている。


「のんびり食べていたらアイスが溶けて、熱々のパイが冷めてしまいます。ハイエルフの器はデザートは別腹なのです。

 パクン、ティダさんの修復した魔法陣は、驚くほど正確に起動します。

 終焉世界では空と陸の交通網は失われ、転送魔法陣の修復すらまともにできない状態でした」


 そこへ、本日はチャイナ服風メイド姿(偽巨乳)のハルが、ハーブティをワゴンに乗せて運んできた。


「YUYUさん、その話本当ですか?

 だからせっかく後宮に届けられた珍しい果物が痛んでいたり、逆に熟する前に運ばれたりしてるんだ。

 僕は魔法陣は写せるけど、数学の表や図形書くのが下手だよ。

 ティダさんみたいに、複雑な魔法陣の修復ができるって凄いよね」


「ハルちゃん、俺の脳内ディスクには図形が描けるソフトがインストールされているんだ。

 現代リアルの塾教師という職業柄、ハルちゃんの言う様に図形を苦手にする生徒が多いから、教える側は正確な図形を書ける必要があった。

 まさかコノ世界で、イラレソフトを魔法陣を修復するために使う事になるとは」


 それにしても、ティダは終焉世界の歪さが不思議だった。

 終焉世界の支配者である巨人王の王都の魔法陣すらマトモに起動しなくなっている。

 時代が変わろうとしているのか。新たな知識は生み出されず、知識を継承する霊峰女神神殿があのような状態だ。


 終焉世界の支配者、巨人族の次は何が来るのか。

 人間を支える女神聖堂は頼りにならず、人間は巨人族に頼りすぎて、まるで下僕のような感がある。

 それに引き替え、風香十七群島で見た猫人族の逞しさと、ハーフ巨人である竜胆のカリスマ性を見ていると、次は人間以外の種族の台頭が考えられる。




 YUYUが名残惜しそうに、アップルパイの最後の一切れを口に運んだ時、美しい水色の髪をした側室が食堂に飛び込んできた。

 普段は穏やかで冷静な水浅葱が酷く焦った様子で、王の影の前に来ると一枚の紙切れを広げた。


「大変ですYUYUさま。

 人間の自警団が、城下でこの様な手配所を蒔いています。ここに描かれている人相書きは……」


 粗末な藁半紙には、若い男の顔と高額の懸賞金が書かれていた。


「『善良な人間を襲った、二十歳前後の赤毛の凶暴なハーフ巨人』

 この手配書似顔絵は、まるで竜胆にソックリですね。

 しかも被害者が詐欺師ギルドのロウクとは面白い、いえ、面倒なことになりそうです。

 私は今、鉄紺王から王都の留守を預かる立場にあります。

 騒ぎを起こした竜胆は何処にいるのですか、本人から詳しく話を聞きましょう」


 冷めた目つきで手配書を眺める王の影は、それを隣に座る優麗な天女に手渡した。


「これは、女絡みの暴力事件のようだ。

 いったい何をしでかしたのか、お姉さまも竜胆を尋問したいな」

 


 ***



 純白の石畳の道路が碁盤の目のように整然と伸びる巨人族城下町を通り抜けると、壁を隔てて、王都を取り囲む城壁の向こう側には小さな家々が密集して立ち並ぶ。

 曲がりくねった細い路地が続く巨大迷路は「人間の王都」と呼ばれる。

 その狭い路地を、積み荷を満載したロバと巨大な手押し車の商人の一団が、巨人王宮目指して進む。


「十日後に、暴力王がご帰還なられるそうだ。

 その準備で巨人王王宮から山のように注文が入った。

 金払いのイイ巨人族相手だと、商売も楽だぜ」


「ああ、まったくだ。

 ケチくさくて平気で支払いを踏み倒す女神神殿の法王より、巨人王相手のほうがずっと商売しやすい」


 のんびりとロバを引く男たちの後ろから、痩せて骨と皮だけの巨大なカマキリをイメージさせる大男が、手押し車を引きながらついて行く。


「あーあ、俺も巨人に生まれてたかったぜ。巨人族は平民でも人間の金持ち並の暮らしができるんだからな。

 あっ、でもハーフ巨人だと逆に人間以下だ」


 馬に跨がって大男の前を進むリーダーの男が、あざ笑うかのように大声でしゃべり続ける。


「ロバと同じ量の荷物しか運べないくせに、ハーフ巨人は人間様以上に飯を食う。

 つぅことは、ハーフ巨人は人間以下のロバ以下かぁ」


 仲間たちの嘲りにも、痩せたハーフ巨人は無反応で黙々と手押し車を引く。

 彼にとって、このような会話は日常茶判事で、怒りの感情も湧いてこない。




 巨人の都へと入ると、道は美しく整備され手押し車を引きやすくなる。

 しかし、男は何度も人間の自警団に呼び止められ、仲間の最後部からさらに離れていった。


「おい貴様、ハーフ巨人だな。身分を証明するモノを見せろ。

 三日前に上級ギルドのロウク様が、凶暴なハーフ巨人に襲われたんだ」


「手配書は、二十歳前後で体格の良い、赤毛の上等な服を着た男ぞ。

 こんな黒髪の痩せたハーフ巨人しゃない。いいか、コノ男を見かけたら俺たちにすぐ知らせろよ」


 自警団に見せられた手配書は、自分と同じ年ぐらいの赤毛のハンサムな男が描かれていた。


 骨と皮だけの痩せた自分とは少しも似てないが、自警団の連中はハーフ巨人を嫌がらせるつもりでしつこく呼び止める。

 このハクロ王都ではハーフ巨人は差別の対象だ。

 巨人たちは力の劣るハーフ巨人に対して無関心だが、人間はハーフ巨人を目の敵にする。


 それなのにアノ男は、人間の、しかも一番たちの悪い詐欺師ギルドのロウク相手に派手な騒ぎを起こしやがった。


 アレはハーフ巨人の疫病神だ。


 昨夜、偶然その場に居合わせた男は、まさかこれから自分が騒動に巻き込まれるとは思っていなかった。



 ***



 後宮へと物資を運び込む通用門の前で、ハーフ巨人の男はやっと荷物を納め終えた。

 手押し車を覆っていた幌を畳み、帰りがけに市場で果物を仕入れてギルドに納品しようと考えている。


 小さな後宮の通用門は開け放たれ、いつもそこにいる門番は、後宮の中から聞こえる騒ぎ声のする場所へと向かっている。


 なんだ、おかしい?

 現在、巨人王は王都を留守にして、女しか居ないはずの後宮から男の怒声がする。

 しかもコノ声は、最近どこかで聞きいた事のある、大きな張りのある声だ。


 その時、後宮門の向こう側から、疫病神と呼んだ手配書の男が現れたのだ。




「竜胆さん、待って下さい。YUYUさんとティダさんの呼び出しを無視するの?」


「ハル、あのドSエルフと鬼のようなハイエルフ二人にイビられたら、さすがの俺様も心の傷で一週間寝込んじまうぜ。

 俺は売られた喧嘩を買っただけだし、あのチンピラの親玉は、少し脅したら自分から服を脱ぎだしたんだ」


 逃げる竜胆を説得するために付いてくるハルと、その後ろを追いかける王の影の”くノ一”達。


「そうだハル。お前、まだ王宮の外に出たことなかったよな。

 せっかくだから、俺様が城の外を案内してやるぜ」


「さては竜胆さん、僕を人質にするつもりですねっ。あっ、ちょっと離してくださいよ!!」


 竜胆はやたらと爽やかな笑みを浮かべると、ハルを乱暴に掴みあげ小脇に抱える。

 後宮に住まう姫や女官は、後宮外への出入を厳しく禁じられているが、王族が自ら連れ出すのは構わない。

 竜胆の後を追ってきた”くノ一”と向かい合うと、王族独特の高圧的な声で告げる。


「女神の憑代である神科学種に、第二十五位王子 紺の竜胆が王都を案内する。

 お前たち”くノ一”は、常に影からハルを守護しろ」

 

 覇王の血を継ぐ者の言霊には、”くノ一”でも逆らうことが出来ない。

 竜胆はハルを脇に抱えたまま、小さな後宮の通用門をくぐると悠然と外へ出て行った。




 可愛らしい顔立ちの女官を拉致してきた手配書の男が、後宮門の側に停めてあった大きな手押し車に近づく。

 痩せたハーフ巨人の空木ウツギは男と目が合うと、底知れぬ恐怖で足が竦んで動かなくなる。


 手配書の男は勝手に女官を手押し車の幌に押し込むと、自分も荷台に乗り込んだ。


「さて、一刻も早くココから逃げ出したい。

 貴様、全速力でコノ荷物を巨人の都の外に運び出せ」


 獰猛な獣の脅しに、善良なハーフ巨人のウツギは逆らうことが出来なかった。

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