クエスト79 寝間着に着替えよう
三人娘に連れられ、愛らしいメイド服姿で古代図書館に来たハルは、YUYUの姿を見ると開口一番叫んだ。
「見た目はすごく綺麗なのに、食べていて胸焼けするぐらいの激甘で、ココの後宮料理は一体どうしたんですか!?」
料理オタクのハルにとって一番の関心事は、せっかくの食材の味が台無しの許せない料理であり、後宮の実権を掌握しているYUYUに対して、ついその事を責める口調になってしまう。
「ああハル、お前も後宮の甘ったるくて不味い料理を食ったんだな」
古代禁書の中でもダークネスな漫画本を読んでいた竜胆が、本から顔を上げ苦笑いを浮かべながら声をかける。
竜胆は、すでにどこかの姫の元で激甘後宮料理を食べていたのだ。
慌ててハルから目をそらすYUYUは、ごにょごにょと聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
「あれは、ええっと、数代前から巨人族後宮に伝わる激甘料理で、以前はもっと砂糖菓子の様に甘かったのです。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、私のハイエルフの身体は知的作業とストレスで甘味を欲する甘党体質。
この世界に来て長くなると、すっかり激甘後宮料理に慣れてしまいました」
「でもYUYUさん、いくら甘党でも自分で料理していれば、変な味だって気が付くよね?」
その言葉には、隣で控える水浅葱が困った顔で答えた。
「YUYUさまが作られるお料理は、何といいますか大変個性的なお味で……」
「もうっ、ハッキリと言います!!
鳳凰小都でハルくんの料理を食べて、久々に懐かしいリアルの味を思いだしました。私は味覚障害に陥っていたんだと気が付いたのです」
まさか王の影の弱点が、料理下手で味覚音痴だったとは。
鳳凰小都で、わざわざ子供たちに混じってハルの料理を食べていた理由はココにあるのか。
「ハッ、もしかして、ココに来るときに見かけたおデブのトド姫も、以前はスリムな体型だった?」
後宮の中で遠目から見かけた姫たちは、全体的にふくよかな体格をしていた。
巨人の王の側室だから大柄な女性を揃えていると思ったが、もしかして糖分大量摂取によるムクミと肥満体型なのか!!
顔を伏せていたYUYUは、愁いを帯び涙をためた上目使いと背中の小さな羽を震わせ、キューピットのような愛らしい仕草でハルに期待を込めた視線を送る。
隣に立つ水浅葱も、哀願するような視線で見つめていた。
この後宮の食生活の惨状を解決するには、ハルの役割は決まったようなもの。
「YUYUさん、これから後宮の調理場へ案内してください。
そして、僕は女官ではなく見習い料理人の身分にして下さい」
まずは、激甘ソースを何とかしよう。
***
冬の早い日没に合わせ、夜の長い後宮では早めの夕食が準備される。
トド姫こと第九位側室 菖蒲姫の前には、まるで絵画のように美しく盛りつけられた後宮料理が並ぶ。
彼女の好物である、甘いベリーソースに肉の煮込みが目の前に置かれ、フォークとナイフを手にしたところで、銀のトレイを持った給仕の女官が声をかける。
「アヤメ姫さま、メインデッシュの前にコレをお召し上がりください。
第四位側室 YUYUさまより後宮の姫全員に差し入れられた料理ですわ」
トド姫はYUYUの名を聞いて一瞬眉をひそめるが、銀のトレイから漂う香ばしい匂いに鼻をひくつかせる。
美しく盛りつけるために冷め切った後宮料理とは異なる、形よく切られた小さな肉が三切れ、鉄板の上で音を立てて焼けている。
「なあに、肉を焼いただけの素っ気ない料理ですこと。
こんな小さな肉は一口で食べて、モグモグ、あら何コレ、すごく柔らかくて口の中でとろける。
オリーブを使ったのかしら、肉の表面がパリッと焼けて、ガーリックの香ばしさと塩味が肉の甘みを引き立てている」
側室の姫の中でも味覚に関してはグルメを誇るトド姫は、小さな肉をあっと言う間に食べてしまい、お代わりをねだる。
「アヤメ姫さま、ベリーソースの肉料理も同じ素材だそうです。砂糖を使用したこちらの方が高級な後宮料理ですわよ」
女官の言葉に大喜びで、激甘ソースに浸かった冷めた肉の塊を大きく切って口に運ぶが、先ほど食べた肉の旨味が完全に消されてしまっている。
ソースを除けて焼き直そうとすると、今度は肉が焦げて堅くなったしまった。
「銀のトレイの料理は、後宮の調理人が料理したものではありませんね。
私は銀のトレイの料理を食べたいっ。誰がコレを作ったのですか!?」
食事マナーも省みず、大根のような逞しい腕でテーブルを激しく叩くトド姫。
強大な権力を誇る王の影YUYUに逆らい、王の寵愛を受けることもできない孤独な彼女の唯一の楽しみは食事なのだ。
過食の果てに可憐な花のような美貌も失われ、トド姫と呼ばれるようになる。
「ひぃ、姫様落ち着いてください。この料理を作ったのは、王の影の後宮に入った新人女官だと聞いてます」
夕食時に銀のトレイが配られた他の側室でも、同じような騒ぎが起こっていた。
王の影YUYUは、その報告を聞きながら食欲のそそるガーリックと肉の焼けるジューシーな香りのドラゴンステーキ肉にナイフを入れる。
「グルメのトド姫が料理を認めたのであれば、ハルくんを調理場に入れても大丈夫ですね。
これでハルくんの愛情料理を毎日食べられます。なんて幸せなのでしょう」
「ええっと、YUYUさん。僕のは食堂とか居酒屋料理だから、高級な王宮料理とは違うよ。あまり期待しないでね」
ハルは夕食作りの前に、調理場で問題の激甘ベリーソースを見せてもらった。時期はずれの果物を砂糖で無理矢理甘く煮詰めて作られていたのだ。
また、料理の味より見栄えを追求しすぎて、飾り付けのために料理を冷まし再び温め直すというもったいないことをしている。
しかし、ベテラン後宮料理人たちにハルから口を挟むことはできない。
食事に対して口うるさい側室たちからの要望で、これからは一品をハルが料理できることになったのだ。
「冬場の旬の食べ物ってなんだろう?
王都の深い森は、巨大植物と巨大動物の宝庫って聞いたけど、美味しいモンスターも居るかな」
「ハルちゃん、今、美味しいモンスターって言った?
しばらく後宮で大人しくしている約束を忘れたの」
モンスター料理に抵抗のあるティダは、ハルの言葉に素早く反応する。
慌ててハルは首を左右に振って否定した。
これまで終焉世界で食されていなかった植物やモンスターを、ハルは何のためらいもなく料理して、それが人々の飢餓の克服に役立っている。
一見豊かに見えるコノ王都でも、貧しく飢えている人々はいた。
「まぁハルくん、深い森で冒険するには気が早いですよ。
黄金の都の中心であるハクロ王宮、珍しい巨人族城下町も色々観光しましょう。
ハルくんと一緒に王都を歩く、フフッ、まるでデートの様で楽しみです」
ハルが後宮に来てから、YUYUはすっかり恋する乙女モードになっている。それを微笑ましく見守る側近の水浅葱と、少し不機嫌そうなティダ。
「王の影、貴女は巨人王の第四位側室ではないのか?ハルちゃんにうつつを抜かしてもいいのか」
「あら、ティダさん。終焉世界では、ミゾノゾミ女神に身も心も捧げるのは清らかな聖なる行為です。
女神の憑代であるハルくんを手厚くおもてなしするように、巨人王からも仰せつかっています」
絹糸のような長い銀の髪をかき上げ優雅に紅茶を口に運ぶティダと、向かいに座りデザートのプリンを幸せそうの食する愛らしい妖精のような姿をしたYUYU。
二人の間には、ハルを巡って見えない火花が散っていた。
「ハルちゃんと王都デートは楽しそうだな。
そういえば、この巨人の都も色々と面倒な問題が山積しているように見えたが」
昨夜、ハクロ王都に入ってきたティダとSENは、ゲームの中と異なる王都の状況に驚いていた。
巨人族の黄金の都に押し寄せる人間は、巨人の数を圧倒系に上回っていた。そして、人間に混じって数多く見かけたのが、やせ細りみすぼらしい姿をしたハーフ巨人。
王の影YUYUは食事の手を止めると、小首をかしげながらティダに向き直る。
「巨人族は剛、力こそすべて。
巨人族の血が半減した力のないハーフ巨人は疎まれる立場にあります。
また人の中にいて、いくら力があると言っても、やたら飯を食らうハーフ巨人はウドの大木のような扱い。
だからハーフ巨人の竜胆も他の巨人王子達にそのような扱いを、いえ、王都に住む平民巨人からも侮られた扱いを受けます。
さて、竜胆の王族の契約者ティダさんはそれを支えることが出来るのか、お手並み拝見といたしましょう」
***
ハルはレースと花柄まみれのファンシーなYUYUの寝室から移動して、客間付きの女官という名目で部屋を割り当てられた。
やっとアキバメイド喫茶風のコスプレ衣装を脱いで、寝間着のシャツとズボンに着替える。
「よかった、寝間着は普通のパジャマタイプだ。
女装用のネグリジェが用意されてたらどうしようと思ったよ」
客間の中央に鎮座するダブルサイズの天蓋付きベッドに腰掛けると、ふわふわの羽根枕を抱きしめて顔を埋める。
なんだろう、コノ枕、とても甘くて柔らかい花の香りがする。
すごく眠たくなってきた。
僕は就寝モードに入ると、熟睡して朝まで目が覚めないんだよね。
「ハルさまが夢見心地で寝ぼけてます。枕に染み込ませた香が効いてきました。
さぁ、完熟遊誘館の高級娼婦として仕込んだ手腕を見せる時です」
「水浅葱さま、かしこまりました。ハルさまの閨のお世話は、私たちにお任せください」
「ハルさま、身も心も虜にしてしまいますよぉ」
上官である水浅葱から命を受けた三人の”くノ一”は、音を立てずに扉の中へ忍び込む。
ベッドの上には、眠気眼の少年が座っている。
ハルの神の宿る目を見てはいけない、意識朦朧のうつろな状態で押し倒して、事に及んで既成事実をこしらえるのだ。
リーダー格である檸檬が、ハルの目の前でゆっくりとメイド服のリボンをほどき白いエプロンドレスを取ると、紺のミニスカートのホックを外し下に落とす。
パサリと軽い音がしてブラウスを脱ぎ捨て、白い胸に淡く色ずく果実を露わにしたまま妖艶に微笑んだ。
酩酊状態で不思議そうに彼女のストリップを眺めるハルに、甘く濡れた声でささやく。
「ハルさま、コレは夢です、そのまま安らかにお眠り下さい。
今宵は私たちが、最高に気持ちの良い極楽へとご案内いたします」
どうやら首尾良く事は運びそうだ。
檸檬は後ろに控える二人に目配せを送ると、白いニーソにガーター姿で、片足を天蓋ベッドに掛けようとした。
「こんばんわぁ、ハルお兄ちゃん。萌黄が遊びに来たよ!!」
急に客室の扉が勢いよく開け放たれると、輝く黄金色の髪の小柄な女の子が部屋に飛び込んできた。
「SENさんや竜胆さまは、萌黄と一緒に遊んでくれないからつまらないっ。
ハルお兄ちゃんの所がイイって言ったら、ティダさんが連れてきてくれたんだ」
「ムニャムニャ、萌黄ちゃんこっちにおいで。明日、一緒に遊ぼ、グゥ~~」
意識を保つのが限界のハルは、萌黄になんとか返事をした後、バタリとベッドに沈み込んだ。
萌黄は無邪気な様子でハルの眠る天蓋付きベッドに駆け寄ると、部屋の中で立ち尽くす三人の女官を大人びた視線で見返す。
「萌黄はね、ハルお兄ちゃんを守るって決めたんだ。
お姉ちゃんたちが、ハルお兄ちゃんに『なにか』しようと近づいたら、手加減なしで攻撃するよ」
ビスクドールのように愛らしい姿の子供の両手にはシビレ毒が塗られた双剣が握られ、彼女たちは萌黄が宮廷殺人剣舞の天才であることを知っている。
女官たちに指示を出し、客間の扉の外で中の様子をうかがっていた水浅葱はガックリと肩を落とした。
そして廊下の物陰で、肩を震わせて笑いをかみ殺すティダを見つけ、恨めしそうな視線を送る。
「プッ、ククッ。これで夜這いは大失敗。
萌黄ちゃんほど、ハルちゃんのボディガードに最適な人物はいないな。
トイレ以外は片時も離れずに、ずっとハルちゃんと一緒に居られるんだから」
「とんだ茶番をお見せして失礼しました。
でもティダさん、私たちも女神の憑代であるハルさまに対して崇拝に近い想いがあるのです。ハルさまがこの後宮で心安らかに過ごせるように、あらゆる努力を惜しみませんわ」
慈母のように温かな微笑みを浮かべながらも、水浅葱はきっぱりと言い返す。
ハルちゃんを虜にするつもりが、すでに彼女たちの方が虜になっているという事実に気づいていない。
しばらく彼女たちにハルちゃんを預けても大丈夫だろう。
事が勝手に動き出すまでは。
お色気未遂の回でした。
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