表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
81/148

クエスト76 魔獣の躯を片付けよう

 風香十七群島は、先程までの黒雲が低く立ちこめ荒れ狂う海が嘘のよう、空を覆っていた雷雲は瞬く間に掻き消え海は穏やかに凪いでいる。

 コクウ港町船団の乗組員たちは、今目の前で起こった奇蹟に歓喜の声を上げ、天を仰ぎミゾノゾミ女神の名を連呼した。



 ***



 異形の化け物に姿を変えたカタストロフドラゴンは、ターゲットをコクウ港町警備艇の船団に変更し襲いかかろうと迫っていた。

 全速力で船を走らせるが、魔獣との距離は確実に縮まってくる。

 足の遅い船はカタストロフドラゴンの姿がはっきりと確認できるまでになり、もはや逃げきれないと悲痛な思いに駆られながら神に祈った。




 終焉世界に豊穣をもたらすと言われる、ミゾノゾミ女神に祈った。




 次の瞬間、蒼い炎を全身から迸らせたユニコーンがカタストロフドラゴンの上に降ってくる。

 巨大な魔獣と荒れ狂う聖獣の大バトルがコクウ港町船団のすぐ間近で始まり、その隙にドラゴンから距離を取りながらも、船の乗組員たちは戦闘を息を詰め見守る。


「おい、化け物の上に誰か居るぞ!?」


 頭部に蟲の卵の様な複眼とヒトデの様な口をした悍ましい三枚羽の魔獣の背中に、人間が二人乗っている。

 その姿は、彼らが良く知る、緋袴の巫女服を着た女神ミゾノゾミ。

 長く美しい絹糸の様な黒髪が風に煽られ、細身の体は吹き荒れる風に飛ばされてしまいそうだ。

 女神の御姿を見ようと船尾に乗組員たちが押し寄せ、船が大きく揺れるが誰もそんな事構わなかった。


 女神が手にした鈍い銀色に輝く小さな刀、それをかざした女神はゆっくりとカタストロフドラゴンの首に振りおろす。


「何をしているんだ!!あんな小さな刀じゃ、化け物を傷つけることもできないぞ」


 誰かがそう叫んだが、他の者は黙って事の成り行きを見守る。


 突如、女神の手にした小刀から禍々しい波動が膨れ上がる。

 力の奔流が鋭利な黒い牙となって放たれ、空間を真っ二つに切り裂く。

 天からもたらされる神の力は、巨大なカタストロフドラゴンの首をいとも簡単に断ち切った。


【妖刀 首切り チャタンナキリ】は、その力の及ぶ範囲、刃の一直線上にある全ての首を絶つ。

 人を巻き込む事のない海の上だからこそ、首切り刀本来の力が振るえたのだ。




 ふわりと空を舞った女神を蒼い牛が受け止めて、海の彼方に消えて行く。


 カタストロフドラゴンの山のような巨体が空から海に落下し、激しい水柱が上がり大波となって船を揺らす。

 船尾に押し寄せいた船員たちは、波に煽られて次々と船から海に投げ出されたが、その顔は楽しそうに笑っていた。


「はぁ、あははっ!!俺はこのまま、倒されたドラゴンの場所まで泳いでいくぜ」


 一人の声に呼応するかのように、歓声を上げながら次々と乗組員たちは海に飛び込んだ。

 船団と合流していた反乱海賊の小型船が彼らを拾い、浅瀬に乗り上げた首なし魔獣の躯を目指す。



 ***



 SENと竜胆は、ファイヤードラゴンの騎上からその奇蹟を目の当たりにした。

 どうやら法王白藍の導きによりハルはドラゴンに致命傷を与え、これまたタイミングよく駆けつけた『王の影YUYU』が氷魔法でトドメを刺したのだ。


 しかし、SENの気懸かりは別行動のティダだった。

 ほんの一瞬だがティダのパーティ表示は死亡状態デッドリーを示し、再び生命力を取り戻した。

 どんなに自己治癒能力に優れた狂戦士でも、デッドリーからの自己蘇生はありえない。


 そして隣をドラゴンに乗って飛ぶ竜胆が、ティダが傷を負った左胸と同じ場所を押さえ痛みに耐えている。


「ハルは、ユニコーンとクジラ青年がいるから大丈夫だろう。

 俺たちは、ティダと青磁王子を迎えにゆこう」


 SENはそう告げるとドラゴンを横づけにして、痛みを堪え脂汗を流す竜胆に傷薬ポーションを投げ渡す。

 二匹のファイヤードラゴンはカタストロフドラゴンの上を通り過ぎ、音を立てて崩れてゆく海賊王宮方向へ飛んでいった。




 崩れ落ちる海賊王宮から、痩男の漕ぐ小舟は巧みに大型船の合間をすり抜ける。

 廃王子側の奴隷海賊や自分の身を守るだけで精一杯の雇われ傭兵は、敵を追跡する余裕などない。


 船の中で、兄の首を抱えた第十二位王子 青磁は、焼けただれた顔を隠すことなく正面を見据える。

 心臓まで達した銃弾を抉り出し無理やり自己治癒した影響で、ティダは体を起こす事も出来ず横たわっていた。

 その小舟の上を、二頭のファイヤードラゴンが迎えに現れる。



 ***



「おい、ハル起きろ。このまま寝ていたら潮が満ちて溺れ死ぬぞ」


 ガヤガヤと五月蠅いなぁ、もっと寝かせて下さい。


 しかしハルの願いも空しく、頭をゴリゴリと甘噛みされ誰かが肩を強く揺さぶる。

 そして周囲で沸き起こる人々の歓声に、浅い眠りから覚めたハルはユニコーンの腹枕から体を起こした。

 眠気まなこで欠伸をしながら、ふらついて立ち上がるハルにSENは肩を貸す。


 引潮で白い砂浜となった場所に首なしカタストロフドラゴンの巨体が横たわり、それをコクウ港町船団の乗組員や竜胆に従った反乱海賊たちが取り囲んでいる。

 魔獣のすぐ側で勝利の雄叫びをあげている巨人戦士と、その中心には竜胆とクジラ兄が居る。


 ハルは砂浜に横たわるドラゴンを見た途端、SENの肩を振り切って弾かれたように駆け出した。

 大騒ぎする人々は、普段の地味な姿に戻ったハルが女神の憑代であるとは気が付かない。


 人混みを掻き分けカタストロフドラゴンの側まで来たハルは、ドラゴンの足に刺さったユニコーンの角を抜くと、アイテムバッグの中に仕舞った。

 そしてチャタンナキリで落とした首の切り口を熱の篭った眼差しでジッと見つめ、ペシペシと肉を叩いたり指で突いたりしている。

 魔獣の死体を恐れ近寄れない人々は、少年の奇妙な行動に眉をひそめ不信そうな顔をする。


 まさか、このハルの行動は、非常に嫌な予感がするっ!?


「SENさーん、このカタストロフドラゴンの肉を見てください。

 ルビーの様に鮮やかな赤み美しい光沢、それに肉の中にきめ細かに入った霜降。

 弾力がありながらも柔らかいの肉質は、まるでA-5松坂牛ランクのお肉ですよ!!」


「ハルっ、どうしていつも俺にゲテモノの毒味をさせようとするっ!?

 目の前で、コノ化け物の再生増殖状態を見たら、食おうという気は起こらないだろ」


「だって調理すれば原型は留めないし。

 この世界の牛は硬くて大味で、和牛のような繊細な肉の味が恋しかったんですよ」


 おいおい、カタストロフドラゴンの肉を見て、瞳をキラキラと輝かせ「恋しい」とまでほざいてしまうなんて、どんだけ料理オタクなのか!!

 何をいっても聞く耳を持たない美味しんぼ状態のハルに、SENの方が折れた。

 結局ハルの指示する通りに、宝刀ソハヤノツルギを使いドラゴンの首部分を解体させられることになる。

 その作業を嬉しそうに見守りながら、ハルはSENに告げた。


「それから、SENさんから貰った包丁は、元の持ち主に返しました」


 ハルと法王白藍とのやり取りは、パーティチャットを通してSENもすべて聴いていた。

 首切り刀を扱えるのがハルとクジラ青年だけなら、法王白藍の魂を持つ青年に譲った方がいい。

 彼なら、決して間違いは起こさないだろう。

 威力を取り戻した首切り刀は、コノ島でワニの首を落とす事だけに使った方がいい。


 しばらく様子をうかがっていた人々は、そのうち一人がドラゴンによじ登り、三重に重なる鱗を剥ぎ取り刀で肉を切り取る。

 彼らは漁師であり、時には巨大鮫やクジラを狩る事もあるのだ。

 あっと言う間に、その場にいた殆どの者が巨大なドラゴンの解体作業に加わることになる。


 一刻後にその場に到着したティダたちが見たモノは、カタストロフドラゴンで在ったモノの骨と僅かな身部分。

 


 そして……



「うわぁ、すごく旨ぇ!!

 竜胆の旦那、俺はこんな柔らかくて口の中でとけちまう肉初めて食ったよ」


「肉なんて表がちょっと焼けてればいいんだよ。ハル、もっと分厚く切ってくれ。

 この肉にかかった甘辛いソースが旨いな、食欲が増すぜ」


「竜胆さんそんなガッツかないでよ。肉はたっぷりあるんだから、他の人の分まで取らないで。

 ステーキソースは、島の醤油をベースに甘いサボテンの実とガーリックを加えてコクを出したんです」

 

 すでにコクウ警備艇の甲板では、獲物カタストロフドラゴンを調理して勝利の宴が始まっていた。


「俺は……ドラゴンの肉は遠慮する。

 豊富な海の幸で有名な風香十七群島、海鮮丼が最高だ。

 ホタテもどきに偽イクラ、この白身の柔らかくてほんのり甘い魚は何だ?」


「SENさん、それは蒼牙ワニの肉です」


 ハルの一言でSENの箸が止まるが、その横でドラゴンでもワニでも構わずガツガツ食べる竜胆を見て、悩むのも馬鹿らしくなり再び箸を進める。




 久々にハルの振る舞う手料理を堪能する仲間たち。

 その中で、肉体的にもそうだが精神的疲労感の方が大きいティダは、宴会中の仲間たちから離れ、船の操舵室のソファーに深く腰掛けて休んでいた。


「や、やっと全てのクエストをクリアした。

 これで何の邪魔も入らないはず、ハルちゃんを島から連れ出せる」


 そのティダの向かいに立つ第十二位王子 青磁は、グラスを三つ並べると乳白色の酒を注ぎ、一つをティダに渡す。

 グラスは一つ多い。

 顔半分を鬼の面で覆った巨人族の王子は、静かな口調で語る。


「力こそ総ての巨人族では、次期王位後継を巡っての争いには、何の咎も受けません。

 したがって紫苑はこれからも野放し状態です。

 そして神科学種でありエルフ族の貴女が、竜胆と『王族の血と肉と魂の契約』を交わしたと知れば、他の王子達も動き出すでしょう」


 エルフ美姫に運命を狂わされた双子の言葉には重みがあった。

 終焉世界を支配する巨人族、その次期王位継承権を争うとなると、魑魅魍魎の世界が待ち構えているのだろう。

 砂漠で暮らしていた陽気な末席の王子が、そんな世界で生き延びるのは難しいだろう。

 しかも、不慮の事故でハルが竜胆と『王族の契約』を仮契約しては、放っておくこともできない。


 ティダは気だるげに体を起こすと妖艶に微笑み、グラスのアルコールの一気に飲み干しながら告げた。


「まだは竜胆は成人したばかりで、王子としても王族としても手本になる人物が必要です。

 貴方は優れた統治者だ。粗野な竜胆に、是非知恵を授けてください」

 


 ***



 とても長い夢を見ていた気がする。


 傷ついた躰と疲れ果てた魂に、新鮮な生気が吹き込まれる。


 彼女は唇に温もりを感じ重い瞼をゆっくり開くと、明るい七色の光があふれる見知らぬ部屋に、右目を眼帯した黒髪の男のアップがあった。


「なに、して、る……」

 バッチ――ンッ☆


 生真面目な青年はティダに命じられるがままに「完全蘇生魔法」の練習を行い、一気に覚醒した彼女に力いっぱい張り倒される。

 聖騎士として鍛えられた彼女の平手は、青年の左ほほに炸裂し背後の戸棚まで吹き飛ばす。

 棚が壊れ物が落ちる大きな音に、隣の部屋で休んでいた猫人族の若い妊婦の娘 モモが部屋に飛び込んでくる。


「ああハクさん、やっと目が覚めたのね。

 驚いたでしょ。でもクジラ兄は、ハクさんの寝込みを襲ってイカガワシイ事をしていたんじゃないのよ。

 これは、ハクさんの千切れた舌の怪我を治す魔法だって」


「モモ、ぶじ、よか、た……」


 そう、思い出した。

 瀕死のモモをミゾノゾミ女神さまに救ってもらったのだ。

 私は、服従の呪い返しを受けたはず。でも、僅かだけど声が出る!?


 壊れた戸棚の中から体を起こした黒髪の青年は、ぶっきらぼうに告げる。


「これは神科学種様に命じられて、仕方なく貴女を助けたんだ。

 俺の意思じゃない」


「クジラにーにったら、ハクさんに沢山チュウしておいて、その言い方は無いんじゃない。

 ええっと、アタイちゃんと数えていたんだから。

 ハクさん、クジラにーにはね、二人分の両手の数もチュウしているんだよ」


 男の言い逃れには情け容赦のないモモと、真実を知った彼女と、多少行為に後ろめたい気持ちもあった青年。

 そして黒岩島の女神聖堂の中で、小さな揉め事が勃発するが、これは当人同士でしか解決出来ない。


 

 

 その扉の前で、中に入れずにいるYUYUと水浅葱の姿があった。


「YUYUさま、この状況で聖騎士の女と会われますか?

 ハルさまをかどわかし攫った罪、何か処罰を下されるのですか」


「青紫島の猫人族を救った女に処罰を行っては、ハルくんの持つ女神の憑代としての祝福の力が弱ります。

 それに他人の痴話げんかに口を挟むほど、私は暇ではありません。

 水浅葱、その女に伝えなさい。

 今後、我が巨人族 暴力王の支配する陸地に一歩でも足を踏み入れたなら、王の影YUYUが直ちに八つ裂きにすると。

 風香十七群島の黒岩島聖堂に住む漁師を、女の後見人に据えなさい。

 もし女が、器に宿る法王白藍の魂を見極めることが出来るのなら、救いようがあるでしょう」




 ゲームの世界では、プレイヤーの行動はゲームシナリオに影響を与えない。

 しかし今、SENを追って終焉世界に取り込まれたアマザキが、法王白藍と入れ替わり女神聖堂を支配している。

 そのアマザキに対抗する手段は、豊穣の女神を我が陣営に取り込むこと。




「わぁーーん、ハル神さまぁ。帰っちゃ嫌だよ!!ずっとこの島にいてよ」


 聖堂の外から、別れを惜しむ子猫たちの泣き声が聞こえる。


 グズグズしてはいられない。

 ユニコーンに気づかれて再びハルを連れ去られる前に、

 我が主、巨人族王 鉄紺の待つハクロ王都へ、ミゾノゾミ女神をお迎えするのだ。





『End of god science -神科学の終焉-』


・コクウ港町エリア 風香十七群島 completeコンプリート

ハルのサバイバルライフがやっと終わりました。

予想外に長いお話になり、ここまで読んで下さってありがとうございます。

新年は新章からのスタートです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ