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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
80/148

クエスト75 カタストロフドラゴン討伐作戦5

 巨大な鷹の頭部と翼ライオンの胴体を持ったグリフィンが、風香十七群島の海上を飛行する。

 獰猛で美しいモンスターの手綱を握るのは、水色の長い髪を一纏めに結い上げ紺の鎧を着た、王の影側近 水浅葱だった。


「YUYUさま、鉄紺王の騎獣グリフィンで一昼夜駆けて何とか間に合いましたね。

 正面に見えるのが奴隷海賊島、第十一位王子 砂磁のアジトです。

 そして、ああ、グリフォンが酷く警戒していますわ。

 東の空を飛んでいるカタストロフドラゴンは、どうやらコクウ港町船団を襲う様子です」

 

 水浅葱は、張り詰めた表情でグリフィンの背負う豪奢な駕篭に居る主に告げる。

 普段通りに、色鮮やかな緑色の打掛のようなガウンを着た王の影YUYUは、籠の中に敷かれた絨毯に直座り自分の肩までの長さのある長銃を抱えている。

 美しい彫刻の施された白いマスケット銃は、YUYUがまだゲーム世界にいた時に入手した激レアアイテム。

 本来、この終焉世界には存在しないモノだった。

 YUYUは正面の空を見据え、何かを口の中に含んだまま水浅葱の言葉に頷く。


「モグモグ、この騒ぎの裏で、アノ腐った根性持ちの紫苑が動く事は予想できました。

 しかし、いくら碌でなしの廃王子でも、巨人王族を生贄にしてまでカタストロフを召還するとは……

 あの異界の魔獣は、巨人戦士の攻撃で多少ダメージを受けていますが、もっと弱らせなくて倒すことは出来ません」


 総てを把握している王の影YUYUは、口の中でキャンディのように転がしていたモノを吐き出した。

 親指と形のよく似た、透明な水晶の銃弾。

 その中心には、YUYUが煉り込んだ膨大な魔力が結晶化して蒼い光を放っていた。

 それは、最上位種ハイエルフのみが扱えるマスケット魔法銃。


「私の行使する壊滅氷魔法、その魔力全てこの銃弾に込めました。これは一回のみ使いきりの魔法銃です。

 しかし、カタストロフドラゴンを丸ごと凍らせ封じるには力が足りません。

 それでも、過去の王都後宮で起こった災いを再び繰り返させない。

 アノ汚らわしい魔獣を野放しにはできません!!」


 エルフ美姫が召喚したカタストロフドラゴンによって、王都後宮が焼き払われた悲劇。

 その時より巨大なカタストロフが召喚されている。

 無限再生増殖を繰り返す炎属性のカタストロフドラゴンは、YUYUの持つ氷属性魔法で封じ込めるしかない。


 グリフォンを魔獣の後方に廻りこませようと手綱を握る水萌葱が、驚きの声を上げる。


「YUYUさま、ドラゴンの背中に誰か?

 あの赤い衣は、まさか、ハ、ハルさまが居ます!!」



 ***



「さあ、女神の力で倒すのです」


 法王白藍にそう言われても、ハルは返事を返せない。

 女神の弓でも倒せなかったのに、もう自分は魔力が尽きて何の力もないのに。

 泣きそうな顔で、首を左右に振るハルに、白藍は穏やかな口調で告げる。


「カタストロフドラゴンを怖れることはありません。

 この魔獣は体が大きいだけ、蒼牙ワニと何ら変わりのない生きモノです」


 えっ、蒼牙ワニなら”よく切れる包丁”で捌くことが出来るけど、もしかして……

 ハルは、巫女衣装の帯に挟み込んだアイテムバックに手を伸ばすと、使い慣れた刃物を取り出す。

 よく切れる包丁と呼んでいる【妖刀 首切り チャタンナキリ】。


「コレは、生者はおろか幻者の首さえも切り落とすことのできる呪われた妖刀です。

 何故、貴方が『首切り刀』を持っていたのか不思議です。

 その強烈な呪は神殿の宝物倉庫でも保管できず、私は決して他者が触れぬよう、常に懐に忍ばせて持ち歩いていました」


 この妖刀は、鳳凰小都でSENを襲った偽法王 アマザキから奪い取った物だ。

 チートクラスの能力を持つアマザキすら、上手く扱うことが出来なかった。

 終焉世界の全ての魔力の源、祝福の力を秘めた者しか扱えない妖刀。




「それは、不死と呼ばれるカタストロフドラゴンの首を落とす事が出来るのです」




 蒼い炎を全身から放っていたユニコーンが、急に身を翻しカタストロフドラゴンから離れてゆく。

 獲物を見失った魔獣が、複眼で周囲を見回すと、自分の背に人間が二人乗っているのが見えた。

 頭を後ろへ巡らし、触手のように枝分かれした舌で、弱そうな赤い衣を着た人間を捕らえようとした。

 それを遮るように、黒髪の男が手にした銛で払いのけ必死に守る。


 ハルの握る”よく切れる包丁”が唸るように震えている。

 法王白藍は、ハルの傷を癒した時に自分の持つ祝福を与えた。

 【妖刀 首切り チャタンナキリ】は、それを貪るように取り込み呼応している。


 むやみに刃物を振り回す必要はない。

 慌てることはない、ワニの首を落としたように、首に添えるだけでいい。

 ハルは肩の力を抜き、ゆっくりと”よく切れる包丁”を振り下ろす。


 Vooヴヴォ ヴォVooオンーVooヴヴォ ヴォー


 次の瞬間、ハルの右手に握られた【妖刀 首切り チャタンナキリ】の刃先から禍々しい波動が膨れ上がり、力の奔流が鋭利な黒い牙となって放たれる。

 まるで、見えないギロチンが落とされたかのように空間を切り裂く。


 不死のカタストロフドラゴンは、

 自分の身の上に何が起こったのか気づかぬまま、

 その巨大な首が、

 いとも簡単に断ち落とされる。


 ハルも、その力の反動で細い躰がドラゴンの背から外へ吹き飛ばされ、その手から離れた”よく切れる包丁”を白藍は掴み取った。

 自分もドラゴンの背中から舞い戻ったきたユニコーンに飛び乗り、吹き飛ばされて落下中のハルは再びユニコーンに咥えられた。


「これで、ドラゴンは倒したの。

 えっ、なんで、まさか、あの状態で再生してる!?」





 首を切断され、頭と胴体に分かれたカタストロフドラゴンの体部分は、飛ぶ力を無くして落下してゆく。

 海に落ちた山の様な巨体は、すさまじい爆音と水柱を立てた。


 しかし、魔獣の頭部は宙に浮いたままだ。

 頭と首だけの状態で奇声を上げ、脈打つように蠢き、断ち切られた首の切り口部分から黒ずんだ肉が盛り上がる。

 肉の塊は二つ、カタストロフドラゴンは失った胴体を再生、しかも増殖しようとしていた。


「なんという忌まわしい魔物でしょう。

 頭部と繋がっている部分から、無限再生増殖を繰り返すのですね。

 でも、ハルくんが二つにバラしてくれたおかげで、頭部だけなら完全に永久凍結することが出来ます」


 グリフォンの背の駕篭を覆う天蓋を剥がし、王の影は片膝を立て、慎重にマスケット魔法銃の狙いを定める。


「透明なる冷気の弾 絶対零度の氷の檻 肉と魂を 凍てつかせよ 

 この終焉世界に、異界のカタストロフは必要ありません。元の場所にお戻りなさい」


 空気を切り裂くような高音が鳴り響き、カタストロフドラゴンの額に、膨大な魔力を持つ水晶の銃弾が打ち込まれる。

 炎の魔獣は抵抗の吼声を上げ、しばらく氷魔法との拮抗状態が続いたが、次第に絶対零度氷結魔法が頭部を凍てつかせる。

 首から下にコウモリ翼を一本生やしたところで、無限再生増殖を止めたカタストロフドラゴン。

 そして現れた時と同じように、宙に黒い穴が浮かび上がり、カタストロフドラゴンの頭部はそれに吸い込まれて消えてゆく。





「この戦の様子は、グリフォンの千里眼を通して終戦世界のすべての女神信者が観ていることでしょう。

 ハルくん、いいえ、ミゾノゾミ女神が自ら魔獣を退治してしまうとは……。

 まさか女神降臨が、こんなに派手な演出になるとは思いませんでした」


 一度使いきりの魔法銃は、色を失い黒ずんた鉄の塊になる。

 全て力を使いきったYUYUは敷物の上に座り込んだまま動けず、水浅葱は介抱しながら楽しげに呟いた。


「今日のハルさまはとても神々しく美しい、まるで本物のミゾノゾミ女神様ですわ。

 そして猫人娘を生贄にする「女神召喚」は、偽りの儀式だと皆に知れ渡るのですね」



 ***



「ミゾノゾミさま、私、白藍の願いはすべて叶いました。

 願いの対価は私の知識と記憶の全て、これで白藍の存在は消えて無くなります」


「えっ、待って!!どうして白藍さんは、大人になりたいと思ったの?

 それはもしかして、一緒にいた聖騎士の彼女の事をっ」


 ハルは、ユニコーンに咥えられた状態で後ろの白藍に問いかけたが、その答えは無い。

 意識を失った青年は、ユニコーンの背に蹲り倒れていた。



 ***



 海賊王宮の隠し部屋に立ちこめる、傀儡の廃王子が放つ死臭と、新たな血の匂いがした。


 ハーフエルフ王子 紫苑が青磁王子を狙った銃弾は、それを庇ったティダの左胸に当たった。

 ティダのプレイしたゲームでは、銃火器は存在しない。

 後にゲームで導入された新たな武器は、この終焉世界でも殆ど存在の知られない幻の遺物だった。

 その遺物を偶然手に入れた紫苑は、力では決して勝つことのできない次期巨人王候補に対して、密かに銃を用い暗殺の機会を伺っていた。


 チャリン、ジャラ、ジャラ


 左胸を押さえたままのティダは、顔を上げると口からあふれる血泡を吐き捨てた。

 銃弾が撃ち込まれたにしては、表面に見える出血は僅かしかない。


 チャリン、シャラ、冷たい金属音が響く。


「まさか、竜胆から返してもらったコレが役に立つとは。

 体に巻き付けていたおかげで、防弾チョッキの役割を果たした」


 銀髪のエルフの服の裾から這いだしてくる細い銀の蛇、いや、銀色の細い鎖が足下でトグロを巻く。


「神科学種は、心臓を撃ち抜いた程度では死なないことは知っています。

 しかし、仮死状態になり、誰かに蘇生されるまで動けないはず。

 何故、貴女は倒れない。心臓から血を流しながら動いているのだ!!」


 ティダは、赤い血に染まった服の上から裂けた肉に長い指を入れ、撃ち込まれた銃弾を掻き出す。

 自己治癒魔法が効いて、心臓まで達した傷口は一瞬にして塞がるが、それでも気の遠くなるほどの激痛に額には冷たい汗が浮かぶ。

 しかし今は、この男の気を引き続けなければならない。


「俺は王の影やSENや、貴様も知っているアマザキと比べれば、神科学種の中では弱い方だ。

 大したことない敵相手に、簡単に倒れてばかりいては、大切な人を守れない。

 だから竜胆と王族の血の契約を、敵の前では決して死なない力を得た」


 その言葉があまりに衝撃的だったのか、紫苑王子は言葉を失い立ち尽くす。

 ティダの足下で、トグロを巻いていた銀の鎖の数が増えていた。


 

 

 互いに睨みあっていた双子の兄弟、その兄の廃王子が白目を剥き喉を搔き毟り苦しみ出す。

 壁に映し出された映像で、聖獣と争っていたカタストロフドラゴンが、緋衣の巫女により首を落とされる。


「青磁王子、情けは無用、もはやそれは兄ではない。傀儡の首を落とせ!!」


 うつろな目をした傀儡は抵抗して、顔半分を隠す鬼の面に手を伸ばし剥ぎ取るが、青磁王子はそれに構わず兄である廃王子に切りかかる。


「兄さんの心は、あの日エルフ美姫と一緒に死んだんだな」


 巨人王第十一位 廃王子 砂磁の首に刺さった青龍刀が抜かれると、ドロリとした黒ずんだ血が溢れでて、首がポトリと落ちた。





 隠し部屋の鏡に映し出された映像が全て消え、海賊王宮自体が軋み始める。

 青磁王子は兄の首を自分のマントに丁寧にくるむと、ゆっくり立ち上がる。


 紫苑王子が構えた銃に銀の蛇が一斉に飛びかかり、鞭のように激しく執拗に打ちつけた。


「神に選ばれし高貴なエルフ、そして神科学種である貴女が末席の竜胆と、まさか契約を交わしたのか。

 何故、同じエルフ族である私を選ばない!!

 あの貧相な小者が、終焉世界の統治者である巨人王にふさわしいというのか」


 黄金に輝く髪を振り乱しながら、鬼気迫る禍々しい表情で二人を睨む紫苑に、青磁王子が告げる。


「傀儡使いの汚れた王族め、貴様の名前を呼べば舌が腐る。

 二度と俺の前に姿を見せるな、さっさと消え失せろ!!」


 突如黒い羽虫が湧き出て、闇に溶けるように紫苑王子は姿を消した。


 その後を追う暇はない。

 実は老朽化が進んでいた海賊王宮は、風香十七群島をかたちどる魔方陣の力により船の形が保たれていた。

 異界からの召喚術により力が奪われ、崩れ始めた船から一刻も早く逃げ出す必要があった。




 奴隷海賊船島の中心であった海賊王宮が瞬く間に崩れ去る。

 島を中心に太い鎖で繋がれていた大型船は、崩落に巻き込まれ共に海の藻屑になった。


 難を逃れた大型船も漕ぎ手の奴隷海賊に裏切られ、コクウ港町警備船に拿捕される。

 その船底に隠され密かに連れ去られようとしていた猫人娘たちは、全員無事に保護された。



 ***



 一体自分はどのぐらい気を失っていたのだろう。

 クジラ青年は、目の前の状況が飲み込めずに首を傾げる。

 すっかり穏やかになった浅瀬の海に、頭部を失った巨大なカタストロフドラゴンが倒れていた。


「ハルさま。これは一体どうしたのでしょう。

 何故、魔獣が胴体だけでココに倒れているんだ?」


 すでに巫女服から地味なシャツ姿に戻ったハルは、疲れた様子でユニコーンの腹を枕に居眠りしながらムニャムニャと返事をした。

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