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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
オアシス編
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クエスト6 宿屋に泊ろう

 僕を殴り殺した相手が、深々と頭を下げてきた。


「俺たちはオアシス自警団で、攫われた萌黄もえぎの後を追っていたんだ。

 すまない、まさか萌黄の命の恩人を……勘違いして殺してしまうところだった。」


 萌黄ちゃんを抱きかかえる大柄な青年は、勇猛果敢な顔立ちにどこか高貴な風格を漂わせている。

 お互い敵と勘違いして戦ったのか、いきなりの謝罪に、僕はコクコク頷くだけだった。

 SENが自警団の前に歩み出ると、青年に話しかけた。


「いや、こちらも敵と思い込んで攻撃して怪我させたことに変わりはない。

 我々は『神科学種』の冒険者。俺はSEN、隣はエルフのティダ、そして……」


竜胆りんどうさま、ハルお兄ちゃんが私をゴブリンから助けてくれたの。

 美味しいご飯を食べさせてくれて、綺麗な洋服も着せてくれたんだよ。

 あのねハルお兄ちゃん、この方はあたしの叔母さんがお世話している 紺の竜胆りんどう様」


 少女は嬉しそうに青年を見上げながら、ゴブリンに攫われてからの冒険談を話している。


 SENは、青年の名前を聞いて驚く。

 今、終焉世界を実質支配しているのは、ハクロ王都の紺の巨人王だった。 


「紺の名は、巨人族暴力王 鉄紺てつこんの子供しか使えない。

 まかりなりにも巨人族王子が、どうしてこんな辺鄙な砂漠にいるんだ?」


「巨人族にしては小柄で、それに右目の色に赤が混じっている。

 もしかして『神科学種』の血が流れているのかな?」


 SENとティダの不躾な質問に竜胆の従者が声を荒げるが、当の本人は気にならないようで簡潔に答えた。


「俺の母親は、霊廟から盗み出された『神科学種』

 心がないオモチャだ。

 王は、偶然手に入れた美しいオモチャを気に入って可愛がった。

 そして二十六番目の『混血の巨人の子』が生まれただけさ」


 心がないオモチャとは、脳に知識データを入力されていない神科学種だろう。

 そういった道具として、巨人王の元へ献上されたのが竜胆の母親だった。


 巨人族の優劣は、知性や体力や性格よりも、体の大きさが最優先される。

 王の子供でも人の血が混ざり、巨人族としては小柄な竜胆は、名前だけの王族扱いだった。


 二十六番目の王子は、ハルの顔をジロジロと興味深げに眺める。


「お前は、女神や母に似ているな。神科学種にも血筋があるのか?」


「ぼ、僕は無料キャラ設定で作ったからねぇ。

 えっと『神科学種』は女神様に似る人が多いんですよ」


 ゲームキャラ アバターに個性を出したい場合、どうしても有料のスペシャルパーツが必要になる。

 貧乏学生のハルのキャラ作成は、基本無料パーツ【女神/平民/戦士】の中から単純に女神モデルを選んだだけだった。


 実はその選択が、後に終焉世界に大きな影響を起こすカギになるのだった。



 ***



 オアシスのはずれにあるその宿は、頑丈な石造りの2階建てで、1階が食堂2階が宿泊部屋になっている。

 何度もモンスターの襲撃を受けて、建物は破損個所が目立つが、それでも宿の主人の努力で清潔感のある雰囲気に保っていた。


 宿の女主人 黄檗きはだは、萌黄の叔母で、竜胆の乳母だった。

 濃い金髪の大柄な女性で、肝っ玉母さんタイプ、助け出された萌黄と再会した時はガラス窓が揺れるほどの大声で泣き、喜んでいた。


 宿に来てハルが最初にしたことは、浴槽の中に水を移し替えることだった。

 小さなウエストポーチから、水が音を立てて湧き出し、それを見た宿の主人や自警団のメンバーから驚きの声が上がる。

 水は約10分間出続け、大きな浴槽1杯分の量が貯まり、オマケの川エビが60匹泳いでる。


 オアシス自警団は十五人、そして体の大きな巨人族の竜胆と従者達は大喰らいだ。

 しかし今は水が無くまともな食事にありつけない、乾燥肉に干からびた野菜、水は口に含む程度で命をつないでいた。


「おばさん、僕に厨房を使わせてください。鍾乳洞から持ってきた食材で料理を作ります」


 宿の厨房は大人数の料理ができる。

 多めに持ってきた木の実、川エビを浴槽の中から捕まえて、手持ちの乾燥ハーブ、宿で飼っている鳥が生んだスイカ大の卵を使ってチャーハンを作ることにした。

 エビの焼ける香ばしい匂いにつられて、かまどの周りには自然に人が集まってくる。


「あんた、男の子なのに随分と料理の手際がいいね」


「僕のリアルの家は食堂していて、それに学校でも料理を習っているんです」


「リアルって何のことだい、神科学種の学校は料理も教えるのかい?」


 おしゃべりな叔母さんは、料理をしながらオアシスの村の惨状を色々話してくれた。


「オアシス聖堂のやり口は、最初の一月は、タダで水を恵んでやるのさ。

 次の二月は寄付が出来なくてもある時で良いという。

 三月からは寄付を払うか、聖堂のために働かされるのさ」


 オアシスには二千人の砂漠の民が住んでいる。

 それがバケツ1杯水を得るために、財産や家の家財道具をすべて聖堂に寄付して、それすら無くなると奴隷労働のような状態で使役された。


「アタシたちは、オアシス自警団という名目で聖堂から距離を置いているんだ。

 竜胆様たちが狩ってくる動物の肉と水を交換して、なんとかなっている。

 村も、一年前に聖堂に逆らった連中がいたんだけどね……」




------------------------


1年前 オアシス聖堂の横暴さ嫌気をさした人々は立ち上がった。


「それほど私の成すことが気に入らないのなら、お前たちは好きにするがよい。」


 聖堂の大神官は、杖や神具をすべて放り出すと聖堂を出て行った。


 反乱を起こした村のリーダーは歓喜の声を上げ、内通していた聖堂の若い神官と固く握手を交わす。

 村人は聖堂になだれ込み、喜びを爆発させ涙を流し歌を歌う。


 しかし、日が沈むとその状況は一転した。


 聖堂と村々に灯っていた『神の燐光』は消え、漆黒の闇夜に閉ざされた。

 砂漠からゴブリンの大群が現れ、家畜を襲い畑を荒らし、子供を攫い、家に火を放つ。

 日が昇る頃には、村は壊滅寸前になっていた。


 村の夜を灯し、モンスターを退けていた『神の燐光』は、聖堂の大神官の力によってもたらされていたのだ。


 結局、リーダーと若い神官は村人に殴殺され、大神官は再び聖堂の主になり、その横暴さは前にも増して過酷になる。


------------------------




「ごめんよ、今こんな話したら食事が不味くなるね。

 聖堂や村について、詳しいことは竜胆様に聞いとくれ。」


 叔母さんは浮かぶ涙をエプロンでぬぐい、厨房を出てゆくと食事のセッティングを始めた。


 僕も気持ちを切り替えて、横から伸びてくる摘まみ食いの手を叩きながら、料理の仕上げにかかる。


「おお、うまそうだなぁ、一口」ピシっ

「ハルちゃん、ちょっとだけ」パシッ

「お兄ちゃん、もう我慢できないよ」パンッ


 自警団の仕留めてきた黒豚カカピバラを、骨ごとぶつ切りにしてこんがり焼くとチャーハンの上に乗せる。

 卵の黄色に川エビの赤、乾燥ハーブの緑、焼けたカピバラ肉、見た目にも食欲をそそる一品に仕上がった。


「うっまぁいいっ。こんな料理初めて食べるぞ。」


「白い粒に卵が絡んで、エビもカリッと焼けて香ばしい。」


「カピバラ肉がこんなに柔らかく焼けるなんて、どんな料理方法なんだい?」


 出来上がった料理は、みんなテーブルに腰掛けるのも待てなくて、皿を受け取った傍から立ち食いしている。

 少ないおかわりを求め凄まじい争奪然が始まり、ハルの料理人魂を満足させた。





「お前達は、一体どういった関係なんだ?誰が主人だ」


 おかわり争奪戦に勝利した竜胆が、皿を片手にハル達の食事テーブルに近寄ってきた。


 確かに、天女のようなティダは女主人風だし、黒袴のSENは用心棒、僕は二人の従者に見えるかもしれない。


「神科学種の冒険者は、誰にも縛られない自由な身分だ」


 これは、ゲームシナリオでよく尋ねられる質問に対するSENの答えだった。

 テンプレな答えをして、ゲーム進行をスムーズにさせる技らしい。

 だが「自由な身分」な考えは、王子様には理解できなかったのか、とんでもないことを言ってきた。


「ほう、それならハルには主人がいないんだな。お前、俺のモノになれ」


「ちょっとぉ、ハルちゃんはお姉さまのオモチ「やめろ変態エロフ」げふぅ」


 ……慌てるな、腕のいい料理人が欲しいだけなんだ……BLタグなんか要らん。





「1年前に、全域転送魔法陣(転送ゲート)が壊れ、俺たちはこの砂漠に閉じ込められた。

 だから今は、世話になってるオアシスの村人の安全を守るために、自警団の手助けをしている。

 お前たちはどうする?いくら冒険者と名乗っても、転送ゲートは壊れていては、コノ砂漠から出ることはできないぞ。」


 竜胆は食事を平らげて、僕のハーブティまで飲むと、席を立って仲間の所に戻っていった。


 確かに、今の僕のレベルじゃ戦闘しても足手まといになるだけだ。

 できる事と言ったら、ここの食生活の改善ぐらいか?

 ううっ、相手が一応王子様だし、まるで異世界トリップ後宮モノみたいな話だ。


 しかし、神科学種の力に頼ってばかりいたら、オアシスの人々は自立できない。

 聖堂に頼りきったツケが、今、村を滅ぼそうとしているのだから。


「この村は、衣食住のうち一番大切な食の、しかも水の確保が出来ない。

 俺たちが同情して、地下鍾乳洞まで水を汲みに行ったとしても焼け石に水。

 アイテムバッグが壊れれば、それでお終いだ」


「いっそ、鍾乳洞に住んで原始人生活を送った方が快適かもしれないねぇ。

 水もあるし、ゴブリンも砂漠竜も襲ってこないし」


「あの川の水を、どうにかしてオアシスまで引くことはできないかな?」


 ハルはそう呟くと何か考え込んで、長い間席を立たなかった。


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