クエスト74 カタストロフドラゴン討伐作戦4
海賊王宮の隠し部屋へと繋がる、白い大理石の敷き詰められた廊下に足音が響く。
コクウ港町領主である、第十二位王子 青磁と、その後ろから歩く長い銀髪のエルフは優雅な足取りで進む。
たどり着いた部屋には光源が無く真っ暗で、ティダは”神の燐火”の宿る紙細工をアイテムバッグから数枚出して放つ。
七色の光に照らし出された室内は、中央に豪奢な装飾を施した天蓋付きベットが置かれ、繊細な彫刻の施されたクローゼットなど家具や調度品があり、部屋が身分有る女性の寝室だと判る。
だが、どこか奇妙な部屋だ。
家具や調度品の表部分には全て鏡がはめ込まれ、見上げる天井のステンドグラスも色鏡で造られている。
そして、鏡の中に映し出されているのは、部屋の中とは異なる別の場所の景色。
「ふうん、彼女は随分と、素敵な趣味を持っていたですね。
ココは、現代風にいうと警備室のモニタールーム。
海賊王宮の内部を、すべて覗き視る事の出来る監視部屋か」
ティダは、正面の壁に描かれた女の肖像画を眺める。
黄金の髪にエルフ族特有の青白いほど透き通った肌、豊かな胸元にダイヤの首飾り。
深紅のドレスを身にまとった薔薇のように華やかな姿の彼女が、この隠し部屋の主、エルフ美姫なのだろう。
青磁王子はその肖像画を目を細めて見つめ、先ほどと同じように掌をかざすと、絵を挟んで左右の壁が切り替わり、窓の様に鮮明な船外の景色を映し出す。
荒れる海に黒々とした雷雲がたちこめた空、その浅瀬でカタストロフドラゴンと巨人戦士たちの戦闘が続いている。
この海賊王宮の奥深い隠し部屋に映し出された映像は、まるで硝子を通して目前で行われているように見えた。
戦いは巨人戦士たちの優勢で、カタストロフドラゴンが目を突かれ翼をもぎ取られて、海の中に頭から倒れる。
「鍛えぬかれた巨人戦士たちは、赤牙鮫や暴れ鯨の巨大生物、時には奴隷海賊を相手にする。
しかし、不死の魔獣に対してコレ程戦えるのは、それを率いる竜胆の力だろう」
青磁王子が直々に鍛えたコクウ港町の巨人戦士たち、その勇ましい戦いの様子に、映し出された映像だという事も忘れ身を乗り出して見つめる。
「まさか、この船にネズミの潜り込める場所があったとは驚きだ。
不死のカタストロフが、そう易々と倒されると思っているのか?」
隠し部屋の入り口に現れた二つの人影。その声に慌てることなく、青磁王子はゆっくりと振り返る。
エルフ美姫の隠し部屋までの扉は、わざと後を追えるように開け放っていた。
美姫に狂い反逆者と化した廃王子と、母である美姫の血に執着するハーフエルフの紫苑王子をおびき寄せるのに、この魅惑溢れる部屋は絶好の場所だ。
「久しぶりだな、砂磁兄さん。
とても長い間、皆に優柔不断と言われたが、随分と迷ったよ。
しかし、俺はもう決心した。
巨人王直命、そしてコクウ港町の治安を守る領主として、宿敵 霊峰女神神殿に荷担する奴隷海賊首領、廃王子 砂磁を討伐する」
一卵性の同じ容姿で生まれた双子、過ぎた十数年の年月が互いの顔に刻まれていた。
焼け爛れた顔半分を鬼の面で隠しながらも、理知的な顔立ちに領主として落ち着いた態度の弟王子と比べ、海賊王宮という船に閉じこもり惰性で生きた廃王子は、王を凌ぐといわれた肉体も衰え、土気色の顔色に猫背気味で背が縮んでみえた。
その睨み合う双子の兄弟を無視して、美丈夫なハーフエルフ王子 紫苑は、エルフ美姫肖像画の前に立つ天女のような神科学種の姿を捕らえ、感嘆の声を上げた。
「ああ、生前の姿そのままの、なんと麗しい我が母の肖像画だ。
そして、美姫の光輝く黄金のような姿を前にしても、美しい貴女は冷たい白銀のように輝く。まさにエルフは、神が作りし選ばれし種族だ」
紫苑は、熱に浮かされたように、芝居がかった歯の浮くような台詞を口にする。
だが中の人おっさんのティダには、背中が痒く虫酸が走るだけで、逆に喉元を締め上げたいほどの加虐心を駆り立てられる。
否、この状況で浮いた台詞を自分に聞かせるのは、何かおかしい?
部屋の中を漂う空気にひどい違和感を感じ、ティダは相対した双子の王子を見た。
「砂磁兄さん、何故巨人族を裏切るんだ。
あの法王とそこにいる紫苑は、巨人王族の力を削ぐ為に争わせようとしてるんだ」
「馬鹿、バカかーーオマエはぁぁ。巨人族は力こそ総てだ!!
暴力王 父上を倒さなければ、いつまで経っても俺様は巨人王に成る事ができない。
お前の様な腰抜けが、俺の何を、はぁ、ぐぁわあぁぁ、がはっーー!!」
突然、狂ったように喚きながら頭をかきむしる廃王子の奇声と、壁に映し出されたカタストロフドラゴンの吼声が重なる。
巨人戦士目がけ、炎の塊を吐き出そうとしたカタストロフドラゴンの頭部を、赤い弓を持ち矢を番える白衣に緋袴を着た黒髪の巫女、ミゾノゾミ女神が神矢を放ち吹き飛ばすのが見えた。
その巫女の姿に紫苑王子の目の色が変わる。
なんで、初心者のハルちゃんがカタストロフ討伐の戦闘に参加してるんだ!!
ゲームシナリオには無い想定外の状況に、動揺を隠し損ねたティダに紫苑が告げた。
「あれが、貴女方がひた隠しにしている女神の憑代ですね。
終焉世界を豊穣へ導くなんて、ハハッ、そんなことはさせませんよ。
醜い巨人と卑劣な人間の蔓延るコノ穢れた世界など、一度滅んでしまうがいい」
カタストロフドラゴンが攻撃を受けると同時に、廃王子の苦しげな悲鳴が響き渡り、部屋の床でのた打ち回る。
そして、頭部を失ったはずの魔獣が再生増殖して再び蘇ると、廃王子の悲鳴も止んだ。
なんだ、この男は、まるで……
廃王子が顔を上げ、狂気の笑みを浮かべながらティダの方を向いた。
その死んだ魚のような灰色の目の奥に宿す奇妙な光に、今までの胸騒ぎの正体が解った。
「下がれ、離れろ、青磁王子!!
この気配、死人の臭いを漂わせる廃王子は、もはや生者ではない」
ティダは双子の間に割り込み、咄嗟に手にしたメイスで廃王子の胸を突いて弾きとばす。壁に叩き付けられ床に倒れた巨人に圧し掛かり、豪奢な刺繍の施されたマントを剥ぎ取った。
「まさかカタストロフドラゴンを召還するために、自分の心臓を贄として差し出したのか!!」
マントの下の左胸部分は、何かに喰いちぎられたような黒い穴がぽっかりと開いている。肉体が喰いちぎられたというより、その部分の存在が空間ごと喰われ消え失せていた。
「より強力な、王都を滅ぼせる力を持つ魔獣を呼び寄せるには、人間の生贄だけでは足りません。
終焉世界最強の巨人王族の血で召喚したカタストロフドラゴンと共に、砂磁兄上は永遠の命を得るのです」
黄金の髪の美丈夫の王子の口から放たれた言葉は、あまりに禍々しい内容だった。
廃王子の体から立ち上る強烈な死臭に、嗅覚の良いティダは慌てて後ろに飛びずさる。
「紫苑、貴様巨人王族でありながら、死者の傀儡使いに成り下がったか!!」
すでに腐り始めている廃王子、紫苑の言う永遠の命など戯言でしかないのだ。
しかし、妄執に囚われ傀儡と成り果てた第十一位 廃王子 砂磁には、それを理解できない。
「青磁、お前は……血を分けた双子の俺や愛したエルフ美姫より、下級種族や人間が大事なのだな。
きさまに、俺と彼女を裏切った報いを与えてやろう。
最初に、船にいる人間どもを血祭りに、次は風香十七群島全ての猫人族、コクウ港町も滅ぼしてやる。
十三年前の、ハクロ王都後宮をカタストロフドラゴンで焼き払ったように!!」
もはや、死人に何を言っても話は通じない。
青磁王子は腰から巨大な青竜刀を抜くと、双子の兄である砂磁王子に向け構えた。
その様子を嘲笑を浮かべ眺める紫苑王子が、隠し持っていた細い鉄の筒に装飾が施されたモノを取り出し、それを青磁王子の被る鬼の面に向ける。
今まで見たことの無いソレに、青磁王子は眉をひそめる。
まさかこの終焉世界に、銃があるだと!!
乾いた破裂音と、庇うように前に出た銀髪のエルフの胸に、銃弾が吸い込まれていった。
***
異形の化物カタストロフドラゴンが、南の海に待機する船団に狙いを定め、翼を広げ飛び立つ。
「魔獣の後を追え!!船団に辿り着く前に、何としても止めろ」
しかし、最上位のカタストロフドラゴンより下位のファイヤードラゴンでは、その空を飛ぶスピードに決して追いつけない。
SENの声に反応して素早く飛び立ったのは、全身から青白い神の燐火を迸らせた聖獣ユニコーンだった。
そしてユニコーンの背中には、クジラ青年と助け出されたハルを乗せていた。
「よせユニコーン、ハルを連れて行くな。もう魔力が枯渇して戦えないぞ!!畜生、早く追いかけろ」
ユニコーンの背中で意識朦朧としたハルの耳に、SENの自分を呼ぶ声が聞こえてくるが、それに返事をすることができない。
一緒に騎乗しているのは、クシラ兄のはずだよね。
ハルによる蒼珠大量摂取により強化された牛は、聖獣一の俊足で瞬く間にカタストロフドラゴンに追いつくと、増加した体重を武器に真上から降下して魔獣に体当たりを喰らわす。
元々天敵同士の魔獣とユニコーン、敵を太く逞しい蹄で勢いよく蹴り上げ、再び生え始めた頭部の小さな角でコウモリ翼の薄皮を突き破る。
激しい空中戦で暴れまくるユニコーンの背中はロデオ状態で、ハルと青年は振り落とされないように必死にしがみ付く。
怒り狂うカタストロフドラゴンは、裂けた口から鞭のような舌を伸ばし、ユニコーンの左前足を捕らえると二重三重に生えた牙で噛みついた。
ユニコーンはその攻撃から逃れられず、咥えられ振り回される拍子にハルがユニコーンの背から落下する
「いけない、ハルさま!!手をっ」
青年は落ちるハルを追って飛び出し、その体を庇って振り落とされた先は、カタストロフドラゴンの背中だった。
「あうっ、いっ、イタイ、肩がっ」
太く尖った鱗が並ぶカタストロフドラゴンの上に落ち、鱗が左肩に深く刺さり、ハルの着る巫女服が血で赤く染まる。
女神の弓を行使しすぎて魔力が尽き、肩の怪我を治す治癒魔法が使えない。
思わず漏れる呻き声を押さえようと歯を食いしばり頭を上げると、自分を庇って共に落ちた青年が隣で倒れていた。
「ク、クジラ兄さん、大丈夫ですか?」
共にユニコーンから落ちた青年は、庇って落ちた背中に数本の鱗が刺さり、ハルより酷い状態で血塗れになっていた。
しかし青年が身じろぎして体を起こすと、背中の傷は自己治癒魔法で、瞬く間に消えて行った。
それは、まだハルも習得できない高度な自己治癒魔法。
それを漁師の青年が無詠唱で発動させている。
顔を上げた青年は別のモノだった。
「ハルさま、いえ、ミゾノゾミ様。私の名前は、白藍と申します」
「えっと、クジラ兄ではなくて、白藍って……
聖騎士の彼女が探している、法王 白藍さま?」
抑揚の少ない声、全てを見通すような澄んだ視線、穏やかな表情の青年が静かに頷いた。
「はい、ミゾノゾミ様に聞いていただきたいことがあります。
私は長い間、胸に秘めた密かな願いがありました。
エルフ族の秘術により時を止めた幼い体から、年齢相応の大人になりたいという、決して叶わぬ願いです。
しかし、法王を務めるほどの魔力を持つ私の願いは、最悪の方法で叶ったのです。
破滅の使徒である神科学種を、私はコノ地に呼び寄せてしまった」
二年前、終焉世界に取り込まれたゲームプレイヤーのアマザキは、法王 白藍を罠に填め、器を奪い魂を入れ替える。
しかしそれは、青年の器を欲した白藍の望みでもあったのだ。
白藍の手がハルの左肩に触れ、高位の神官が行える無詠唱の治癒魔法で、深い肩の刺し傷が癒えてゆく。
「私のもう一つの願いは、ミゾノゾミ女神の存在をこの目で確かめる事でした。
さぁ、破滅の使徒の企みを打ち消しましょう。
この魔獣を、ミゾノゾミ女神の力で倒すのです」
ついにクライマックス。
ブログの方では、キャラの落書きをしてるので、お暇なら覗いてください。