クエスト73 カタストロフドラゴン討伐作戦3
カタストロフドラゴンとの戦闘は半刻が過ぎた。
二手に分かれてドラゴンの左右の翼を攻撃していた巨人戦士たちは、いつの間にか竜胆の居る片方の翼に集中している。
大声を張り上げ仲間を奮い立たせ、巨人戦士の中でも抜きん出た攻撃力で戦う王子の姿に、自分も傍で一緒に戦いたいという気持ちがあるのだろう。
大柄な巨人戦士が十人余り、片翼に群がり攻撃を始めると、憤怒状態で飛び立とうとしたカタストロフドラゴンはバランスを崩して浅瀬に腹から転げてしまう。
右翼が開いたままダラリと地面に付き、その翼の付け根部分を集中攻撃していた竜胆は、息を弾ませながら巨人戦士たちに指示を出す。
「こいつの翼の腱を切ったぞ、もう飛ぶことは出来ない!!
翼に縄を掛けろ、使い物にならないコウモリ羽をもぎ取ってやれ」
竜胆の掛け声に、浅瀬に降りた巨人戦士は全員で、翼に掛けた太い縄を息を合わせて引き始め、魔獣の憤怒の咆吼が悲痛な鳴き声に変わる。
「ハハッ、なんて、メチャクチャな戦い方だ」
SENは、巨人戦士達の無理矢理ゴリ押する戦闘方法に、額を押さえ呆れながらも笑い声をあげた。
巨人族は人間の三倍の戦闘力があると理解していたが、集団になれば巨人戦士は人間の五倍、十倍にも戦える。
彼ら種族が、終焉世界を力で支配する覇者であることが納得できた。
ミシミシと肉が裂けて千切れる音がする。
カタストロフドラゴンへ攻撃する手を休めない竜胆は、全身ドス黒い返り血で赤く染まっている。
ユニコーンの背に騎乗し白い巨大な角を手にした青年が、渾身の力を込めて泥のような黒い色をした魔獣の右目を貫き、眼球を抉りだす。
浅瀬から立ち上がることが出来ずに、腹で砂の上を這いずり回るカタストロフドラゴンに、縄ごと引きずられそうになりながらも巨人戦士は足を踏ん張って耐える。
SENも竜胆と一緒に剣を振るい、ついに右のコウモリ翼を断ち落とした。
片目と片翼を失ったカフスタロフドラゴンが、頭から前のめりに海の中に倒れる。
そのカフスタロフドラゴンとの戦闘の一部始終は、後方に避難していたコクウ海上警備船団からも見えた。
「す、凄えぇぇ!!あの悪魔みたいなデカいドラゴンを、巨人戦士がシトメたぞ!!」
「俺たちには、ミゾノゾミ女神様が付いてるんだ。廃王子の呼び寄せた魔獣なんか、簡単に倒せるぞ」
警備艇のマストに登り、戦いの様子を食入る様に眺め、勝利の歓声を上げた見張りの船員は、しかしカタストロフドラゴンの異変に声を失う。
***
魔獣は水の中から体を起こすと、全身を激しく振るわせ、頭を天に向け憤怒の吼声を上げる。
「いくら吼えたところで、翼が無けりゃ飛べない……な、なんだ!!」
千切りとられた翼の付け根の裂け目から、コブの様に新たな肉が盛り上がる。
黒い二本の骨が生えて薄皮の膜が張られ、以前より歪な形の、まるで壊れたコウモリ傘のような小さな翼が二枚に増えて現れる。
クジラ青年が抉り取った右目部分の窪みが膨れ上がり、中から一回り小さな眼球が二個、収まりきれずに飛び出した形で再生された。
「まさか、欠損部位が増殖するのか!!
そんなのカフスタロフドラゴン設定には無かった、コレは……」
浅瀬から体を起こしたカフスタロフドラゴンが、砂地を蹴り異形の翼を広げ空へと舞い上がる。
地上の浅瀬には、さっきまで翼を縄で引いていた巨人戦士が全員残っていた。
竜胆側に集ったのが、ここで災いしたのだ。
魔獣の真下にいる巨人戦士は慌てて逃げ出すが、すでに憤怒状態から裂けた口で、巨大な炎の塊を吐き出そうとしている。
「だめだ、このままカフスタロフドラゴンの火焔弾を喰らえば一溜りも無い、巨人戦士は全滅だ!!」
カフスタロフドラゴンの背にいる竜胆とSENが必死に攻撃するが、再生増殖により強度を増した鱗で覆われた翼はびくともしない。
パニック状態で砂の浅瀬を逃げまどう巨人戦士の中に、緋衣の巫女姿が居た。
「ビビるなビビるな、僕はできる僕はできる、
あれはデカいコウモリだっ、おちつけおちつけ」
ハルはカスタロフドラゴンの真下に立ち、震える手でアイテムバッグから朱色の和弓を取り出す。
数回深呼吸を繰り返し、息を整え、肩の力を抜く。
赤い弓に矢を番えると、神弓の力が発動して魔獣の頭部が目の前1メートル先に見えた。
魔獣の羽ばたきによる突風に濡れ羽色の翠の黒髪があおられるが、体勢を崩すことなく、流れるような美しい引き成りを描く。
神事の行為を思わせる巫女神の姿に、その場にいる巨人戦士は逃げるのも忘れ、息を潜めその様子を見つめる。
狙いを定め、放たれた赤い神矢は、
炎の塊を吐き出そうとする魔獣の下顎に突き刺さり、そのまま上顎まで貫く。
続けざまに巫女は矢を三本放つ。
それは正に神業。
カフスタロフドラゴンの裂けた口は、神矢によって縫い止められる。
SENと竜胆は危険を察知し、魔獣の背から飛び降りて海の中へ飛び込む。
ハルの放った神矢により、無理矢理閉られた魔獣の口の中で、炎の塊は荒れ狂う。
カスタロフドラゴンの頭部が、まるで風船のように膨れ上がり、火焔弾が暴発した!!
ビシャ、ヴァシャアァァーーー
バラバラと周囲に魔物の細かい肉片と血糊が飛び散り、カフスタロフドラゴンの首から上は失われたかのように見えた。
「でかしたぞハル、今度こそ倒したか?!」
「いやダメだ、コノ化け物、また再生するっ」
魔獣の吹き飛ばされた口の部分から醜く爛れた肉が盛り上がり、上顎の下に新たな上顎が、さらに横からも上顎らしきものが再生増殖され、千切れ飛んだ舌先から触手の様に二本三本と舌が生えてくる。
目の在ったの部分には、まるで卵が生まれるかのようにボコボコと数十個の眼球が飛び出している。
それはオカルト映画を見ているような悍ましい魔獣の再生姿に、その場にいる全員が言葉を失う。
頭部の複眼が蠢き、何度も裂けてイソギンチャク状の口には鋭い牙が生え、歪な黒い三枚のコウモリ翼はドラゴンとしての原型を保っていなかった。
三本の神矢を放つ代償に、生命力を根こそぎ奪われたハルは、砂地に座り込み動けなくなる。
再生を完了したカスタロフドラゴンは、色鮮やかな緋衣の人間に狙いを定め、両足の鍵爪で引き裂こうと襲いかかる。
そこへ、風を切って駿足の聖獣が駆け込み、ハルを庇い立ちふさがる。
騎乗する青年は、純白の巨大角を振り上げると、カスタロフドラゴンの左足の甲に突き立てた。
法王 白藍の魂を持つ青年は、失われた記憶の中にある、氷属性の高位魔法呪文詠唱を唱えた。
「気高き氷の聖霊よ、汝の敵を凍て尽くせ、永久に光なき氷に閉ざされん
極 零 氷 封 印」
魔獣の足に深々と突き刺さった白い角は、そこから冷たい冷気が溢れ出し左足を凍てつかせる。
しかし高位の魔獣と聖獣の力は拮抗し、巨大な淡雪ユニコーンの角を持ってしても、脚部分を僅かに凍らせることしかできない。
「そうか、こいつはカミラと同じだ。無限増殖を止めるには永久凍結の氷魔法で封じるしかない。
しかし、これだけデカい魔獣を丸ごと凍らせることができるのか?」
武士のSENや狂戦士のティダは、氷属性の高位魔法を使えない。
炎属性のカスタロフドラゴンを上回る氷属性魔力を行使できるのは、今ここに居ない『王の影』だけだ。
竜胆は海から上がると、巨人戦士たちを集め隊列を組む。
青年に助け出され、ユニコーンの背に乗ったハルもそこへ合流し、全員が臨戦態勢で待ち構える。
しかしカスタロフドラゴンは頭を巡らし、手前にいる竜胆たち巨人戦士を無視して、後方の海上で待機しているコクウ海上警備船団を見ていた。
その様子に気付いたSENは、すぐさま魔獣に切りかかろうとしたが、一瞬早くカスタロフドラゴンは三枚のコウモリ翼を広げると、方向を転換する。
「おい、ヤバいぞ。召還主の廃王子は、ターゲットをコクウ海上警備船団に変えた!!」
***
海賊王宮の狭い廊下で起こった戦闘は、多くの屈強な雇われ傭兵を天女のような姿をしたエルフが一方的に殴り倒すというものだった。
同行の青磁王子は、廊下を突き当たり左右に豪華な装飾のされた扉を前にして、敵の最後の一人を楽しそうに腹蹴りでトドメを刺すティダに声をかける。
「ティダさま、今は沸いて出てくる雑魚を相手にする時間はない。
どうやら、この船の内部は昔から変わって無いようだ。
私の知る隠し部屋から近道をして、兄の元へ急ぎましよう」
顔半分を鬼の面で隠す王子は、どこか懐かしむ表情で客室扉の反対側にある巨大な鏡に手をかざす。
周囲を映し出していた鏡のような表面は、青磁王子が触れた掌部分から反応して色を変え、黒地に竜の文様が描かれた石の扉が現れる。
観音開きの扉の先には、白い大理石の敷き詰められた真っ直ぐの廊下が続く。
これはリアルの指紋認証技術に似た魔法だ。
驚いた様子のティダに、厳つい表情の青磁王子が話す。
「ココは昔、エルフ美姫が逢い引きの相手を招き入れるために利用した隠し部屋です。
私も一度だけココから通いました」
桃色漂う内容を生真面目に告げる青磁王子に、後ろを歩く美しいエルフが思わず吹き出す。
「一度だけにしては迷いの無い足取り、随分と通い慣れてた様子ですね。
船の主も、コノ隠し部屋の事は知らないのでしょう。床に積もる埃には、誰の足跡もない」
隠し扉の指紋認証は、瓜二つの双子を区別する方法。
今は無きエルフ美姫の本命は、この男だったかもしれない。