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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
77/148

クエスト72 カタストロフドラゴン討伐作戦2

 第十七位王子 紫苑の召喚術により、海賊王宮の上空に現れた不死のカタストロフドラゴン。

 SENと竜胆そして法王白藍の魂を持つ青年、コクウ港町の巨人戦士十三人は、魔獣の翼を直接攻撃していた。


 人の力で何度切り付けても殆どダメージを与えられないドラゴンも、巨人族が重い鈍器で力任せに殴りつけると、数回で三重に覆われた鱗が砕け剥がれる。

 露出したカタストロフドラゴンの皮膚は意外に柔らかく、続けて降り下ろされた大剣が肉に深く食い込んだ。


「よっしゃあ、堅い鱗は鈍器で砕いて、コウモリ翼の付け根部分を全部毟っちまえ。

 ドラゴンに弾きとばされないように、しっかり足を踏ん張れよ」


 ハーフ巨人の竜胆は他の巨人兵士よりひと回り小柄だが、身の丈ほどの分厚い鋼を鍛えて作られた大剣を、急所を狙い的確に振り下ろす。


 カタストロフドラゴンは、纏わりついた巨人戦士を振り払おうと体を激しく震わせ、宙に逃げようと巨大な翼を羽ばたかせる。

 すかさずSENが魔獣の腹の下に潜り込むと、左足にしがみつき、声を張り上げて皆に指示を出した。


「全員、一旦ドラゴンから飛び降りろ。

 そして、すぐ水の中に潜れ。

 カタストロフドラゴンの、炎のブレスが来るぞ!!」


「これは、なんかやばそうだ。息の続き限り、深く海に潜れ!!」


 勘の良い竜胆の指示で、大柄な巨人戦士は盛大に水しぶきを上げ海の中に身を隠す。

 コウモリ翼を広げた姿は漆黒の闇を思わせる、不死のカタストロフドラゴンは、クジラ青年の攻撃で両目からドス黒い溶岩のような血を流しながら、高周波の耳をつんざく吼声をあげる。

 空を駆ける俊足のユニコーンは、離れた砂浜にいたハルを咥えると、ドラゴンより速く空へ急上昇する。


 カタストロフドラゴンの鋭い牙の並んだ口が開く。

 不気味な、ブチブチと肉の筋が千切れる音、口が更に裂けドラゴンの頭部すべて巨大な黒い穴になる。

 煉獄炎の赤い舌が伸びてチラチラと見え隠れする、カタストロフドラゴンは喉奥から何かを吐き出そうとしていた。


 ゴゴボッ ゴボリ ゴッ

 ゴォオオオーーォオオ


 それはカタストロフドラゴンの体と同じぐらいの巨大な炎の塊が、裂けた口から勢いよく吐き出された。

 空から太陽が落ちてきたと錯覚するような火焔弾が、衝撃波を伴って投下され海の上に落ちる。


 先ほどまで浅瀬の海に巨大な穴が空き、海水が炎の塊に触れ音を立てて蒸発する。

 海底まで大波が砂をさらい、深く潜っていた巨人たちは水面まで巻き上げられる。

 水の中をきりもみ状態で流され、溺れまいと必死で波の上に顔を出した竜胆は、魔獣の背中に居るSENの姿を見た。


「海の上に炎属性のカタストロフドラゴンを、何故属性無視で召還するんだ。

 もしかして終焉世界は、魔法属性の知識すら失われてしまっているのか?

 ちょうど具合よく大気が乱れ、湿った空気と雷雲が発生している。

 ボスモンスター討伐クエにおいて”ニート四天王”の名を欲しいままにしている俺が、正しい術の行使を教えてやる」


 SENの右手に握られた細い数本の針は、ピリピリと静電気を起こして小さく放電する。

 コレは雷雲を引き寄せるための撒き餌、それを魔獣の背中から宙に放つ。

 黒々とした雲の切れ間から、一瞬鋭い稲妻の光が見えたのを合図に、空を縦横無尽に稲妻が走り出す。

 風向きに逆らい、巨大な雷雲がカタストロフドラゴンの上に引き寄せられる。


いかずちよ集え鳴り響け 稲妻鷹落!!」


 呪文詠唱と同時に、SENは手にした宝刀ソハヤノツルギをドラゴンの背に突き立てる。

 魔獣にとっては、それだけでは蚊に刺されたほどの痛みしかない。

 しかし避雷針となった刀の上に、引き寄せられた稲妻が雷の雨を降らせる。


 一瞬、不死のドラゴンの全身から白い光が放たれ、焦げ臭いをさせたカタストロフドラゴンが空から落ちてきた。


「討伐クエにおけるカタストロフドラゴンの行動パターンは、戦闘状態で十五分から二十分に一度、憤怒状態で最上位攻撃の炎のブレスを吐く。

 それから五分間は上空で無防備状態になり、その隙をついて攻め続ければ、ドラゴンは耐えられずに再び地上に降りる。

 これで1ターン、カタストロフドラゴンの体力の1割ぐらい削れただろう。

 今の様な攻撃を、あと十回繰り返せば魔獣の体力のほとんどを削れる」


「はぁ、なに冗談をっ、こんな戦いを十回も繰り返すだと。

 無理だ、狩れるわけねぇ。命がいくつあっても足りないぞ!?」


 海では巨大生物とよく遭遇するが、初めての魔獣相手の戦いにベテラン巨人戦士も悲鳴を上げる。


「俺がオアシスで砂漠竜を狩ったときは、一昼夜休みなしで戦い続けたぞ。

 砂漠の民は、魔獣を自らの力が倒した。

 巨人戦士はその砂漠の民より軟弱なのか!!」


 海からあがった竜胆が、頭一つデカい巨人戦士に声を荒げ厳しく怒鳴りつけた。

 巨人王に酷似した雄々しい表情で、背負う大剣を手にすると、再び地上の浅瀬へ落ちてくるドラゴンに向かって駆け出した。

 その後ろを、ハルの治癒魔法を受けた新米巨人戦士が付き従っている。




「やっぱり竜胆さんは凄いね。

 巨人戦士の中では小柄で目立たなく埋もれてしまうと思ったけど、最前線で皆を率いて戦っているよ」


 上空でユニコーンに咥えられたままのハルが感心したように呟くと、その背に騎乗した青年が答えた。


「獅子の生まれなら、見た目が子犬のようでも、時が経てばいずれ獅子になる。

 女神降臨の場にいた竜胆王子は、いずれ多くの者の頂点に立つでしょう。

 不思議ですね、俺は知識も記憶も失っているはずなのに、何故かその事が判るのです」


 黒髪の青年はそう答えると、再び純白のユニコーンの角を握りしめ魔獣へ挑む。



 ***



 荒れる海の中、木の葉のように頼りなく進む小舟。

 紺色のターバンを頭に巻いた痩せ男の漕ぐ舟は、互いに太い鎖で止められた大型海賊船の隙間を縫いながら、過去に”海に浮かぶ巨人王族の白亜の宮殿”と呼ばれていた豪華客船、海賊王宮を目指す。


 小舟に同乗しているのは、灰色の薄汚れたローブで全身を覆った巨漢と細身の二人の人物。

 船は海賊王宮の裏へと回り、主にゴミを破棄する薄汚れた勝手口の扉から中に進入しようとしていた。


「おい、貴様ら。誰の許可があって、勝手に海賊王宮に入り込もうとしている」


 無人と思われたその勝手口で、運悪く見回り警備の傭兵に見つかる。

 痩せ男はターバンを取ると禿げ頭をヘコヘコと下げながら、傭兵に話しかけた。


「あっしは、奴隷海賊首領の廃王子さまに言いつけられて、奴隷娼婦を連れてきたんです。

 今、海賊王宮の正面門はヤバそうじゃないですか。

 他の連中が奴隷娼婦を見つけたら、廃王子に届ける前に襲われちまう」


 必死に弁解をする痩せ男の後ろに立つ、細身のローブを着た者が深く被ったフードから顔を覗かせる。

 白陶器のようななめらかな美しい肌に、鼻筋の通った顔立ち。

 切れ長な目に長い睫が影を落とし、薄い紅桃色の唇が妖艶に微笑んでいる。

 この場に居るのがあまりに不自然な、まるで天女のような女。


 男はその姿を舐めまわすように見ると、興奮したかすれ声で返事をする。


「ああ、そうだな、表の雇われ傭兵は皆気が立っている。

 商品の猫人娘には手を出せないから、他所の女を見れば襲ってくるだろう。

 畜生、俺たちが殺されまくっているのに、廃王子は女と……」


 目の前で微笑む天女に見とれ、背後に回った巨漢の気配に気づかなかった。

 後ろから太い腕が頭を抱え込むと、ゴキリと鈍い音がして、首があらぬ方向をむいた男は膝から崩れ落ちる。

 口から血泡を吹く男から手を離す、顔半分鬼の面で覆われた青磁王子は、元奴隷海賊の痩せ男に軽く頭を下げる。


「命がけで、ここまで案内してくれて感謝する。

 お前たちの奴隷海賊という身分は、必ず鉄紺王に進言して取り消させよう」


 痩せ男は礼を言われた事に感激した様子で、顔を赤らめ早口で返事をする。


「俺たち奴隷海賊は、コクウ港町領主 青磁さまの温情で、海賊でも普通の漁師と変わらぬ立場で皆に接してもらってた。その御恩が返せるのなら俺は何でもします」


 風香十七群島の奴隷海賊は、元は普通の漁師や海賊の下っ端が多い。

 運悪く、漁場を支配していた廃王子に駆り出され、巨人王暗殺という謀反の手伝いをさせられたのだ。

 それに同情した青磁王子は、陸に上がれば家畜以下の奴隷身分になる奴隷海賊たちを、コクウ港町では普通の漁師と同じにしたのだ。




 フードを脱ぎ色鮮やかな深緑のアオザイ風衣装になったティダが、何か異常を感じた様子で、二人を黙らせると聞き耳を立てる。

 暗い海賊王宮船内の廊下の向こうから、不気味な虫の羽音が近づいて来るのが判る。


「どうやら、ハーフエルフ王子 紫苑の得意なエルフ秘術とは、魔モノを呼び寄せ意のままに操る召喚使役術か」


 ティダは、七色の『神の燐火』を灯す紙細工を暗い廊下に放つ。

 明るくなった廊下に立つエルフの神科学種は、天女のような姿には似合わない狂戦士特有の残忍な笑みを口元に浮かべる。

 その細い両手には、元は銀色を放っていたであろう使い込まれた血塗れの鈍器が握られていた。


 騒がしい耳障りな虫の羽音が大きくなり、長い廊下の先から黒いマントを羽織っているらしい人影が見えた。

 羽音を立て群れるのは、尻に黒く太い巨大な針を持つ死黒蜂と呼ばれるスズメバチによく似たモンスター。

 その死黒蜂に全身びっしりと隙間なく刺された傭兵らしき男が、夢遊病者のように廊下を彷徨い歩いている。

 その足がピタリ止まると、全身に張り付いていた黒蜂は一斉に飛び立ち、人型の中身は全て喰われ白い骨が現れる。


「ふっ、このタイプのダンジョン攻略はお姉さまの得意とするところ。

 青磁王子は、少しの間後ろの下がって眺めていてください。海賊のお前は、蜂に刺されたくないなら全速力で逃げて海に飛び込め」


 群れて密集した死黒蜂が、まるで闇のように廊下いっぱいに広がって迫り来る。

 敵を待ち構えるティダの両手に握るメイスから、左右の電撃が流れ合っている。

 雷を宿す鈍器を黒蜂の群の前で振り回すと、まるで蠅叩きをしてるかのように見えた。


 しかし左右対称に振り回した電撃属性のメイスは、次第に雷光の軌跡が一つの魔法陣をかたちどる。

 ティダの前面の空間に浮かび上がったのは、電撃を帯びた魔法陣。

 魔法陣の向こう側にいるティダを襲おうと、その間をすり抜けようとする死黒蜂は、次々と焼かれ灰になる。

 

「ふふっ、電撃魔法陣を網戸にするとは、なんともチープな発想だ。

 狂戦士モードのお姉さま相手に、貧相なモンスターなんか寄越してくるなよ。

 まだオアシス大神官の黒蜘蛛や、鳳凰聖堂大神官のカミラの方が手ごたえあったな。

 第十七位王子 紫苑は、エルフの知識をひけらかす割には読みが浅い。次期王としての素質に欠ける」


 羽音の煩い害虫の目を通して、どこかで自分たちを観察しているのだろう。

 冷淡な口調で「紫苑は使えない」という嘲りを、隣にいる青磁王子に聞こかせる。

 

 廊下を埋め尽くす数千数万の死黒蜂、その耳障りな羽音が急に唸るようなくぐもった音に変化すると、人型のシルエットを形作る。

 背の高い、巨人にしてはかなり細い体格の男のシルエットが現れ、優雅な仕草で王族独特の挨拶をする。


「おひさし…Bu…第十二位王子 青磁兄上。

 去年王都…BuBu…挨拶にお会いして以来ですね。

 このような…Bu…兄上の前に現れるのは、私も想定外で…Bu…

 …Bu…野蛮なエルフの言葉には、黙って聞いていられな…Bu…」


 死黒蜂の羽音が言葉に変換される。酷くプライドを傷つけられ、憎しみの籠った声色なのが判る。

 ティダは口元の冷笑を浮かべたまま、害虫の進入を防ぐ魔法陣をすり抜け、紫苑の人型を形成する蜂を一匹捕まえる。


「ここは耐えておとなしく聞いていれば良いものを、単純な誘い文句に引っかかって気配を表すとは情けない。

 本当に貴様は竜胆の足下にも及ばない、見かけ倒しで考えの浅い凡庸な王子。

 貴様の自慢する高貴なエルフの血筋も、これでは宝の持ち腐れだ」


 ティダの容赦ない辛辣な物言いに、紫苑のシルエットはまるで人のように飛びかかってくる。


 それより早く、ティダは魔法陣の後ろへ下がり、獲物が罠に掛かるのを眺める。

 まるで蜘蛛の巣に囚われたかのように、電撃魔法陣に絡めれる死黒蜂の人型。

 ティダは手を開いて、自分の掌を刺した蜂を放つ。

 逃げ出した死黒蜂は、元の場所、紫苑の人型へ戻ってゆく。

 その途端、電撃魔法陣の光が白く膨れ上がり、絡め取られた死黒蜂は全て焼きつくされ灰になった。


「これで、術の痕跡を追えば、紫苑王子がドコに潜んでいるのか判る。あのハーフエルフは私が相手します。

 青磁王子、外では皆が不死のドラゴンと必死で戦っている。

 貴方は双子の兄 砂磁と会い、この騒動を終わらせてください」


 ティダはそう告げると、長い廊下の影から現れる雇われ傭兵たちに向かって駆け出し、嬉々として狩りはじめた。

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