クエスト71 カタストロフドラゴン討伐作戦1
「こ、この馬鹿ユニコーンっ!?信じられん、なんでハルちゃんを連れてくるんだ」
先にドラゴンで青紫島を飛びたったティダは、追いついた牛がハルの上着を咥え提げているのを見て驚いた。
しかしココは荒れた海の上、しかも聖獣と魔獣は天敵同士で、助けを求めるハルに近づく事もできない。
仕方ない、ハルちゃんはしばらくコノ状態で我慢してもらおう。
ティダは気の毒に思いながらも、コクウ海上警備船団との合流地点である、風香十七群島の反対側を目指して天を駆けた。
コクウ港町エリア海上警備艇とコクウ自警船団は、奴隷海賊船島を目の前にして全船が停止していた。
昼前まで晴れ渡っていた空が一転、突如暗雲たち込め強い風が吹き出して、海は酷く荒れ狂う。
そして異変の中心、海賊王宮の上空にぽかりと空いた黒い穴、異界へと繋がる空間から召喚獣が現れる。
「ヒィイイィ、なんだアノ、黒いコウモリみたいな化け物はっ。
この船よりデカい、在り得ない大きさじゃないか!?」
海上警備艇の甲板では、船員が空を指さして恐怖に駆られた声を洩らす。
船団を率いてきた第十二位王子青磁は、その禍々しい妖気が鎌首をもたげた巨大な漆黒のドラゴンに見覚えがあった。
「あれは十三年前、エルフ美姫がこの世界に召還して王都後宮を焼き払い滅した、不死のドラゴン カタストロフ。
まさかあの悪夢を再び、風香十七群島で繰り返すつもりか!!」
海賊王宮に立てこもる廃王子の手下だった奴隷海賊は、殆どが竜胆に寝返ったという報告を聞いた。
もはや孤立無援の廃王子は、世界を憎み、総てを滅ぼそうと魔獣を召喚したのだ。
帆柱の上で偵察を続ける船員が声を上げ指差した先に、二頭の深紅のドラゴンが飛んでくるのが見えた。
それに続いて、同じくファイヤードラゴンと、子供をくわえた蒼い牛が、警備艇を目指して宙を駆ける。
青磁王子は合図の紺煙を焚く指示を出し、女神の使徒である神科学種を船に迎える準備をする。
***
海上警備艇の甲板に舞い降りた、蒼い炎を全身から迸らせる肥太った巨大な牛は、咥えていた少年を下ろした。
青紫島からほぼ一刻も宙吊り状態で、凍えてガタガタ震えるハルをティダが介抱している。
巨人族の青磁王子は、現れた聖獣の背に乗る黒髪の人間に見覚えがある。
「君は確か、黒岩島聖堂の世話役の漁師だな。
神科学種さまと行動を共にしているというコトは、やはり稀人だったのか。
神獣白波クジラの化身だという噂も、本当かもしれないな」
青磁王子は、自分の支配が及ばない島々にも気を配り、猫人族漁師をまとめ上げる青年と、何度か機会を見つけて話をしたことがある。
続いてドラゴンから降りてきた半巨人の若者、異母兄弟に当たる末席の王子は、頭一つ大柄な兄王子に臆する事無く堂々とした態度で王族独特の挨拶を行う。
「貴方が第十二位王子 青磁兄上ですか。
初めてお目にかかる、俺は第二十五位、末席の竜胆。
異なる世界より召還されたカタストロフドラゴンは、人間や猫人族の手に負えるものではない。
巨人戦士と治癒魔法が使える術師以外は、この海域から避難させてくれ」
若い王子はかなり生意気な話しぶりだが、戦いに馴れた巨人戦士としての覇気が感じられる。
青磁王子は、顔半分を鬼の面で隠しながらも、納得した表情で頷くと声を掛けた。
「私はコクウ港町を統治する 第十二位王子 青磁だ。
我が鍛えあげられた巨人兵は十三人を連れてゆくがいい。
不死のドラゴンを相手にしても、巨人兵は憶することなく戦うだろう」
SENは竜胆と青磁王子の会話を聞きながら、カタストロフドラゴン討伐クエストの過去データを、脳内HDから呼び出して攻略方法を練っていた。
人の三倍以上の力を持ち、常に奴隷海賊を相手にしてきた巨人兵。
その戦闘力はかなりのモノだろう。
優れた巨人戦士十三人を人間五十人分と計算して、カタストロフドラゴンの弱点を重点的に攻める作戦で行けば討伐も可能だ。
黒衣の袴姿の武士が船首に立ち、腰にした刀を抜くと海賊王宮の上空に居る魔獣をイチローポーズで示す。
「闇に住まう不死の眷属が、終焉世界の理を汚し、異界の深淵より出し現れた。
しかし、我の女神より与えられし比類なき智謀と心眼を持ってすれば、魔獣に楔を討ち滅ぼすことなど容易い」
突然始まったSENの口上を、船員たちはポカンと突っ立ったまま聞いていた。
銀髪のエルフの神科学種が、苦笑いをしながら青磁王子に語りかける。
「えっと、SENの電波語解説すると、ドラゴンの倒し方を知っていると言っています。
黒衣の神科学種の指示通りに戦えば、カタストロフドラゴンも容易く倒せると部下に伝えて下さい」
「では貴方がた神科学種に、不死のドラゴンをお任せして宜しいのですね。
巨人以外の船団乗員は、万が一のために後方支援とします。
それから反乱海賊の中で、海賊王宮内部に詳しい者を寄越してください。
私はこの騒乱を終わらせるために、奴隷海賊首領の兄に引導を渡しにゆきます」
その言葉に、青磁王子の傍で控える側近が驚き、思い直すように説得している。
奴隷海賊船島を静かな眼差しで眺める青磁王子には、覚悟の色が伺えた。
しかし海賊王宮には、廃王子の他に、アノ紫苑王子も潜んでいるだろう。
「なぁSEN、俺が抜けてもカタストロフドラゴンを倒せるか?」
ティダが念話でSENに問いかける。
「なんだと、お前抜きで戦うって、かなり厳しいぞ……
でもまぁ、青磁王子を一人行かせる訳にはいかないし、判った。
もし、カタストロフ討伐報酬で激レアアイテムが出ても文句を言うなよ」
不死のドラゴンを完全に封じるには、その召喚者である廃王子を同時に止めなくてはならない。
二手に分かれて対峙する必要があるのだ。
念話での打ち合わせが完了すると、ティダは青磁王子に向き直る。
「海賊王宮には兄である廃王子の他に、貴方に恨みを持つハーフエルフの紫苑が罠を仕掛け待っているでしょう。
巨人族の猛者でも、単身で乗り込めば無事では済まず、無残に犬死するだけだ。
貴方は、この土地になくてはならない素晴らしい統治者。
獣どもに命を与える必要はない、私も一緒に付いて行きましょう」
一見貴婦人の様な容姿のエルフの神科学種は、一週間前この警備艇の甲板で、奴隷商人の凶悪な手下達を半死半生にして、強欲な奴隷商人にドS調教を施したのだ。
そのティダの強さは、運悪く調教場面を見てしまった乗組員たちがよく知っていた。
青磁王子に付いてくれるなら、これ以上力強い味方はいない。
「ティダさまが共に海賊王宮に行かれるとは……。
おおっ、私の願いは神の届いたのですね!!
私は日々ミゾノゾミ女神像を前にして、ひたすら祈っておりました。
我ら兄弟の絡まり身動きできない宿業から、どうか解放して下さい」
今までの落ち着いた声色とは違う、青磁王子の喜びを隠しきれない声を聴く。
なるほど、緊急クエストが継続中なのは『未クリア条件』が存在したのか。
ティダはそう独りごちた。
「SENさん、僕も何か、回復役とか手伝える事はないかな?」
皆に忘れ去られていたハルが控えめに聞いてくると、SENは喜色満面でハルの肩に手を乗せた。
「この戦いは圧倒的に相手有利だが、我々には『錦の御旗』が存在する。
さぁ、この衣装に着替えて、できるだけ皆を鼓舞するんだ!!」
SENがハルの目の前に差し出したのは、鮮やかな紅と白の衣装。
えっ、またお約束の……コスプレですか。
ハルは巫女服をしぶしぶ受け取り、アイテムバックに収納しようとして、ふと何かを思い出す。
「この大きな淡雪ユニコーンの角、神官の杖には大きすぎるんだけど、ちゃんと使えるかな?」
バッグから出てきたのは、ハルの背丈ほど長く巨人の腕ほどの太さの、一点の濁りもない純白な聖獣の角。
あまりに巨大な角は、とても神官の杖として使えない。しかしソレを見たSENの目の色が変わる。
「これほど巨大な聖獣の角、呪杖として扱える力を持つ神官は一人しかいない」
今は漁師を名乗っているが、竜胆並みの力と法王白藍の魔力と祝福を持つ、クジラ青年にしか扱えない得物だ。
鳳凰小都の黒鳶大神官は、『淡雪ユニコーンの杖』でカミラの飼われていた塔を、丸ごと凍て封じた。
それと同じ方法で、不死のドラゴンに致命傷を与えることが出来るかもしれない。
ハルが肥太らせたユニコーンの角が偶然取れて、扱うにふさわしい人間の手に渡る。
単なる偶然と納得できるものではない、約束された大きな意志の存在を感じずにはいられない。
これからの戦いにおける布石、全ての準備は整った。
SENの全身に武者震いがはしる。
***
漆黒の翼を広げると、天が覆われたような錯覚を起こすほど、巨大なカタストロフドラゴン。
そのドラゴンの鼻先に、肥え太った体格から想像できない素早い動きで、蒼い炎を撒き散らしながら牛が宙を駆ける。
ユニコーンの背に乗る眼帯をした青年は、白い銛のような杖でドラゴンの目を狙い攻撃する。
鋭い角先で傷つけられたカタストロフの鱗は、驚くほど簡単に剥がれ落ちる。
不死の魔獣は、発光するドス黒い血を顔面から流しながらも、怒り狂いユニコーンを追いかけ回す。
そうして海賊王宮上空からおびき出されたカタストロフドラゴンは、白い砂浜の浅瀬に着陸した。
「いいか、カタストロフドラゴンの硬い三層の鱗で覆われた胴体に攻撃しても無駄だ。倒せない。
飛龍討伐の基本、弱点は薄い翼の膜。翼の部位破壊だ。
竜胆は右翼の攻撃、俺は左翼を攻撃する。
あの巨大なコウモリを、地上に引きずり落とせ!!」
カタストロフドラゴンの翼に、一斉に数十本の縄が放たれ、縄を伝って巨人戦士がドラゴンの翼に飛び移る。
コウモリの羽のような薄膜の翼を、手にした大剣や斧で切りつけ傷つける巨人戦士。
怒り狂うカタストロフドラゴンは、自らの爪で翼を掻きむしり、払い落とす。
竜の巨大な爪に腕を裂かれ、転がり落ちてうめき声を上げる新米巨人兵士のそばに、長い黒髪の緋袴を着た巫女姿の美少女が現れる。
「どうか怪我をみせてください。
だいじょうぶ、わたしがすぐに怪我をなおしてさしあげます」
少女が男の傷に手をかざし、歌うように呪文を唱える。
焼けるような傷の激痛が消え、裂けて骨まで見えた部分に新たな肉が被さり、裂傷は瞬く間に癒える。
目の前の少女は、新米兵士が今朝も祈りを捧げた、ミゾノゾミ女神そのものだ。
「あ、あんたはまさか、女神さまか?」
ニコッ
「がんばって、ワタシのためにわるいドラゴンをたおしてください」
ぎこちなく笑う女神の顔をしばらく見惚れた後、新米兵士は雄叫びをあげて、再びドラゴンに向かってゆく。
ハルはその姿を見送った後、白い着物の袷からSENから渡された回復ポーションを取り出すと、一気に飲み干した。
「本当は、怪我人に回復ポーションを飲ませた方が傷も完全に治るんだけど……。
巫女さまに励まされて、直接癒された方が士気が上がるんだって。
騙してゴメンね、僕は偽物の女装女神なんだ」
そんな憂いを帯びて心配げに見つめる女神の姿に、戦う男たちの士気は更にあがる。
「おらっ、気合いが足りねぇ!!見ろよ、女神さまが我らを心配しておられるぞ」
「女神さまは、俺の骨がみえるほどの大怪我を、一瞬で治してくださった。
ミゾノゾミ女神さま万歳」
それは、屈強な巨人族戦士を女神は微笑みひとつで虜にしたと、後の世で語られる。
終焉世界のミゾノゾミ女神神話に、新たな1ページが加わった瞬間だった。