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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
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クエスト70 最上位ドラゴン召喚

 夜が明けると、黒岩島と青紫島の白い砂浜の上には武器や防具、そして原形をとどめない肉片が転がり、腹を膨らませた数十匹の蒼牙ワニが、気持ち良さそうに寝ころんでいる。

 その凄惨な現場を、猫人娘やハルに見せる必要は無いと判断した竜胆は、ゴミを片づけろと反乱海賊たちに命じた。


 敵の捕虜は奴隷海賊と傭兵が合わせて七十人近く、沈めた船は四十艘を越え、風香十七群島の半分の海域の制圧に成功した。

 だが敵の本体、奴隷海賊船島の周辺には大型船が二十数艘集結して、海賊王宮の中には廃王子が立て籠もっている。


 ティダから逃げ出した竜胆は、黒岩島のSENと落ち合い、これからの作戦を練る。


「SEN、あんたたち神科学種の持っている、何でも入るカバンを使わせてくれ。

 奴隷海賊たちは海上戦を得意とするが、まさか空から岩が降ってきて攻撃されるとは思ってない」


「ハルはアイテムバッグに石を積めて、乗り込んだ敵船を石の重みで沈めるつもりだったのか。

 それが、運良くドラゴンを使って、岩を上から落とし敵船を空爆して沈める事に成功した」


 女神が怒り空から星が降ってくるなんて、種を明かせば単純なマジックだが、相変わらず神懸かりなハルの行動だ。

 自分なら、戦いに備えて武器をカバンに詰め込むことはしても、石ころを詰め込むなんて事は考えつかない。

 竜胆の半分の力もない、幼い萌黄に戦闘能力を追い抜かされたハルのアイデアが、四十艘の奴隷海賊船を海の藻屑にしたのだ。


「ハルのカバンは竜胆が使って、俺とティダ三人で空爆すればいい。

 ハルは戦いには参加させず、島で待機させるのが一番安全だ」


「なぁSEN、猫人族と奴隷海賊たちの間では、ミゾノゾミ女神が現れて娘たちを救った噂で持ちきりだ。

 そもそも、女神を呼び寄せる儀式の生け贄にするための猫人娘狩りだろ。

 本物のミゾノゾミ女神がすで居る事を証明すれば、法王の行う生贄儀式はデタラメだと皆も判るはずだ」


「つまりハルの姿を、戦いの中で人々の前に晒せと。危険を冒せと言うのか?」


 SENが強い口調で返事すると、竜胆はそうだと頷く。


 確かに竜胆の言う通りではある。

 いつまでもハルが、女神の憑代である事実を隠し通せるモノではない。

 しかしそれは、自分でさえ扱いかねる狂気と破滅に酔うアマザキに、ハルという玩具を与える事になる。


「判った、できるだけハルが安全な方法で、女神降臨を演出しよう。

 ただ、ハルを担ぎ出すと、本人が勝手に動き回って、とんでもないことを仕出かさないか心配だ」



 ***



 わずか一晩の間に、奴隷海賊の七割が『反乱海賊』と名乗って寝返り、残り一割は逃げ出した。


 反乱海賊の親玉は若い赤髪のハーフ巨人で、ファイヤードラゴンに騎乗して、上空から巨岩を落として船を沈めるのだ。

 あまりに一方的な攻撃で、雇われ傭兵たちは対抗手段がない。


 深緑島以外の、他の島で捕らえられた猫人娘はたった十一人で、百人を越える奴隷海賊と傭兵を殺され捕らえられた事を考えると、この戦いの敗北は目に見えている。


 更に追い打ちを駆けるように奴隷海賊が逃げ出して、雇われ傭兵だけで船を操ることができず、大型船の漕ぎ手が足りなくなった。


 廃王子の側近、狐顔の南天自ら乗り込んだ船も、奴隷海賊が全員逃げ出し走行不能になった。一晩中自分たちでオールを漕いで、やっと奴隷海賊船島に戻ってきたのだ。




 そんな疲労困憊の状態で、コクウ港町海上警備艇の船団が第十二位王子 青磁の指揮の元、奴隷海賊島を目指しているという報告が入ってくる。

 王の間と呼ぶ最奥の寝室で、奴隷娼婦を弄り楽しんでいた廃王子は、その報告を聞いた途端怒り狂いながら南天を罵倒する。


「俺様は、猫人娘百匹を用意しろと貴様に命じたはずだ。

 それを下級種族の猫人族に敗れたとか、下っ端の奴隷海賊が裏切ったとか、どうでもいい報告ばかりしてくるな!!」


「しかし砂磁さま、殆どの奴隷海賊が敵に寝返り、我々はロクに船さえ動かせないのです。雇われ傭兵も、空からドラゴンの攻撃を喰らっては戦えません。

 それに第十二位王子 青磁率いるコクウ港町警備艇の船団が、この島に向かっているのです」


 だが、廃王子は薄笑いを浮かべるだけだった。


「たかが青磁ごとき、なにを脅えている。ヤツは俺の首を穫る度胸もない腰抜けだ。

 俺は父上の言いなりになるより、再び力を盛り返す霊峰女神神殿の法王に味方して、この終焉世界に復讐してやるのだ」


「お待ちください砂磁さま、それでは我々は女神神殿の捨て駒で…」


「仰るとおりです、砂磁兄上。青磁王子は、我が母に言い寄って汚し、双子の兄上を裏切り流刑の罪人扱いにした男。

 他者を食いモノにして、地位と名誉を得た第十二位王子を許してはなりません」


 狐男の言葉を遮ったのは、薄暗い船室の中でも鮮やかに光輝く黄金の髪に白面の整った高貴な顔立ち、ハーフエルフの王子が現れる。


「たかが末席の竜胆王子、半巨人の出来損ないが、蠅のような下級ドラゴンで飛び回っているだけです。

 兄上、この風香十七群島そのものが巨大な魔法陣であり、海賊王宮は膨大な魔力の核の上に据えられてます。

 魔法陣の魔力と、失われたエルフ秘術をもちいれば、如何なるモノも呼び寄せることができます。

 私が格の違いというモノを、ヤツに見せつけてやりましょう。

 さぁ兄上ご決断ください。外に出て、この竜骨笛を吹くのです」


 狐顔の南天は、眉目秀麗なハーフエルフの王子を、苦虫を噛みしめながら見ていた。

 あの暗殺事件がなければ、多少粗野な性格をしているが、王を凌ぐ肉体を持ち弟より勇猛な砂磁なら、いずれ次期巨人王候補として頭角を現すはずだったのに。


 悔しさを押し殺しながら、主の後ろを付いて海賊王宮の甲板に出る。

 そこには何故か、狐男と同じように昔から廃王子に仕える従者が数名いた。


 紫苑は廃王子を船首まで連れてゆき、廃王子に手渡した竜骨笛を吹くように言った。

 その竜骨笛は、鉱石のように堅く黒光りする竜の角を加工していた、上位竜の角であることがわかる。


 廃王子が溜めた息を笛に吹き込むと、巨人族の膨大な肺活量で、笛は高く大きく響きわたり、耳の鼓膜を破裂させるような音の暴力に、甲板にいた者は全員耳を押さえてうずくまる。

 背筋が凍るようなおぞましい笛の音に答えるように、上空から鳴き声が聞こえる。

 海賊王宮の真上の空にぽっかりと黒い穴が開き、そこからまがまがしい、漆黒の魔物の半身が覗く。


「エルフ族の召還術によって呼び寄せた最上位ドラゴン 不死のカタストロフ。

 さぁ兄上、コレを僕にするために、貴方に忠誠を誓う者を贄を差し出して下さい」


 紫苑が贄というのは、甲板に集められた廃王子の側近たち。


「ま、まさか砂磁さま。我々を化け物の餌に……」


 王子の濁った灰色の瞳には、何一つ感情の色がない。

 巨大な魔物の首が伸びて、人ひとり丸呑みできる口を開くと、甲板の上にいる人間を一人一人喰らう。


「おのれ、呪われたエルフの悪魔め。

 そうか貴様は、母親と同じように巨人王族が滅びることを願っているのだな」


 脅えることも逃げることもせず、腰から下を魔物に食われながらも、南天は紫苑を糾弾した。

 端正な美貌の第十七位王子は、その様子を涼しげな顔で眺めている。


 奴隷海賊王宮の上空に浮かぶ黒い穴から、頭から長い首、固く黒々とした鱗に幾重にも覆われた胴体、そして蝙蝠を思わせる巨大な鉤翼が現れる。

 大蛇のような長い尾を引きずり翼を広げれば六十メートル超えの、不死の最上位ドラゴン カタストロフ。

 

 その圧倒的で凶暴な力は、島の一つや二つ、簡単に滅ぼすことができるのだ。



 ***



 晴れ渡った青空に突如暗雲が立ちこめ、穏やかな海が波立ち、黒々とした大波が砂浜に打ちよせる。

 黒岩島の聖堂前で翼を休めていた二匹のドラゴンが空を仰ぎ、甲高い脅えた鳴き声を上げる。巨人王の王都軍騎獣であるファイヤードラゴンが、酷く脅えていた。


 SENは、この状況をゲームの中で何度か体験している。

 赤い右目の五つの仮想スクリーンを同時に立ち上げ、衛星からのGPS画像、広域の赤外線生体認識マッピング、ターゲットのステータス確認を行う。

 風香十七群島の海域が、巨大な魔法陣のように発光して、その一転に膨大な魔力がそそぎ込まれているのが見える。

 そして現れたモノのステータスを確認して、SENは息を飲んだ。


「マジかよ、不死のカタストロフを魔法陣で召喚しただと。

 あの化け物は、百人掛かりで討伐するボスモンスターじゃないか」


 ゲーム内では四半期に一度、季節イベントとして最上位ボスモンスターが出現する。

 懸賞金は十万単位のウエブマネー、そして激レアアイテムを獲得できる大人気イベントだった。

 討伐参加人数枠の百名は速攻で埋まり、討伐完了まで早くて二時間、下手すると五時間に及ぶ集団討伐戦だ。

 ボスモンスター討伐に参加するのは、殆どレベル150越えの上級プレイヤー。

 それ以下のレベルでは、モンスター攻撃を一発喰らえばデッドリー、参加人数枠からはじき出されてしまう。


 つまり、SENレベルの廃プレイヤー百人で、やっと討伐できるモンスター。

 そんな化け物と、今ここでマトモに戦えそうなのは……

 自分にティダ、そして竜胆と黒岩島の青年のたった四人しかいない。


「しかも今、コクウ港町警備艇の船団は奴隷海賊船島を目指している。

 もしカタストロフドラゴンと衝突したら、下手すれば船団どころか風香十七群島は全滅する。

 もう時間がない、竜胆、すぐ出発するぞ!!」


 SENは念話チャットでティダと連絡を取りながらドラゴンに飛び乗ると、脅えるドラゴンの首を魔力を込めて叩き、巨大な敵のいる東の空へと飛び立った。



 ***



 荒れ始めた空と海を睨みながら、ティダはSENからの念話チャットを受けていた。


 この戦いにSENは苦渋の色をにじませていたが、狂戦士のティダは血がたぎり楽しくて仕方ない。

 同じくSENの念話で就寝モードから起こされたハルは、甘えて頭をこすりつけてくるユニコーンの相手をしながらティダに聞いた。


「カタストロフドラゴンって、このファイヤードラゴンの五倍のサイズ……想像できないよ」


「ガタいがデカいから、直接カタストロフの本体に飛び移って、直接攻撃をする。

 フフフッ、三層に重なった分厚い鱗を剥ぎ取って、ああ、楽しみだ」


 ティダは巨木の集会所にいる青年を探して、現在の状況説明をする。少々、血に酔う狂戦士モードのティダに怯えた顔をした。 

 素手で蒼牙ワニを締め上げる力を持つ青年は、竜胆と同等の戦闘力がある。

 ちなみに、ティダが蘇生魔法の練習をたずねると、下を向いて押し黙り、隣にいた妊婦のモモがこっそり指二本示した。


「ユニコーンに乗れるのは、貴方とハルちゃんだけだ。

 凶悪なドラゴンとの戦いに、ハルちゃんを連れてゆけない」


「俺がユニコーンに乗って、そのドラゴンと戦いましょう。

 この美しい島々と猫人族を、命を懸けて守ります。

 ではハルさま、ユニコーンを俺に……

 ウワッ、な、なんて事だ!!」


 戦いの打ち合わせを済ませ、森の中で休むハルとユニコーンの元へ戻った二人は、とんでもない光景を目にする。


「あっ、クジラにーにさん。

 ど、ど、どうしょう、ユニコーンの角が取れちゃった」


 さっきからハルに頻繁に頭を擦りつけるユニコーンを、角が痒いのかと不思議に思い、ハルは太く先端が鋭く尖った『淡雪ユニコーンの角』に触れた。

 その途端、角は根元からポロリと自然に折れたのだ。

 角が無ければ、微かなユニコーンの面影も消え、ただの牛にしか見えない。

 半泣きで戸惑った表情のハルは、取れたユニコーンの角を抱え、その場に立ち尽くしていた。


「ああ、ハルちゃん大丈夫だよ。きっとユニコーンの角の生え替わりで、しばらくすれば新しい角が生えてくると思う」


 努めて冷静なティダの声かけに落ち着いたハルは、取れた巨大な角をアイテムバッグの中に収納した。


 青年はユニコーンの状態を確認していたが、角が取れた以外はどこも異常はない。

 事態は急を要し、一刻を争う。

 ティダはファイヤードラゴンに跨ると、空へ飛び立つ。

 その後を続いて、青年もユニコーンに飛び乗り追いかけるはずだった。


「ウワワワッーー!?また、僕は宙吊りなの」


 宙へ浮き上がる直前、ユニコーンはハルのシャツの襟首を咥える。

 背中に乗せた青年が止めるのにも耳を貸さず、再びハルを咥えて、海賊奴隷船島を目指し南の空を駆け出した。

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