クエスト68 想定外の展開
青紫島の岩階段では、島の漁師と奴隷海賊の戦いが続いている。
海賊たちは、船着き場に放たれた蒼牙ワニに襲われるとはいえ、緊張感を強いられた戦いが休みなく続く。
森に避難した仲間の様子を確かめに行った、白と呼ばれる娘も戻ってこない。
「おい、何だあれ?
空を、牛のような化け物が飛んでいるぞ」
岩階段の途中で、銛の先を研いでいた漁師が、ふと空を見上げると声を上げた。
蒼い炎を全身から迸らせた巨大な牛が宙を駆けている。
その背には森の中に逃れていた娘が数人、森の巨木を指さし必死に何か叫んでいた。
「あれは見たことがある、黒岩島に住む神科学種のハルさまが飼っている牛だ!!
ハルさまが、娘たちを助けにきたんだ」
「森の中の村も奴隷海賊に襲われているのか!!俺たちも早く助けに行こう」
しかし、そう言った漁師の目の前の海を、二十艘あまりの奴隷海賊船が、船着き場目指して進んでくるのが見えた。
先頭の船は、見覚えのある痩せた奴隷海賊の男。
そして隣には、男の二倍はありそうな体格の巨漢の雇われ傭兵を連れている。
「畜生、マトモな奴だと思っていたが、所詮腐った奴隷海賊だったか。
知り合いの女子供でも、金のために平気で生け贄にするのか」
顔見知りだった漁師は怒りの声を上げ、銛を握り締めると、相打ち覚悟で船から降りてきた奴隷海賊めがけ突進してゆく。
「おおい、ちょっと待て!!俺たちは猫人族の味方だ。
もう奴隷海賊じゃない、反乱海賊だ」
痩せた奴隷海賊の男は、銛を手に突き進んでくる漁師たちの前に飛び出し、武器を腰に下げたまま両手を上にあげて戦う意志の無い事を示す。
痩せた男達、頭に紺の鉢巻やターバンを巻いた海賊は、その場にいる雇われ傭兵に襲いかかる。
敵同士が争う様子に、猫人族漁師たちは唖然としてみていると、反乱海賊を名乗る男は船の帆先になびいている紺色の旗を指さす。
「島周囲一帯の敵はすべて倒してきた。
この旗を掲げた船は反乱海賊、俺たちは猫人族の味方だ」
痩せ男の後ろにいる若い巨漢の傭兵が、焦った様子で島の漁師たちに強い口調で話す。
「急げ、ハルが危ない。
早く島の中を案内しろ、中に入り込んだ雇われ傭兵達に襲われている」
「ええっ、なんでアンタがハルさまを知ってるんだ?
そういえば、さっき空を飛んでいった青い牛は、ハルさまが飼っていた牛だ。
アンタたちが神科学種のハルさまの知り合いなら、本当に俺たちの味方らしいな」
竜胆は身の丈ほどの大剣を片手に、最後のあがきに襲いかかる傭兵たちを、大剣の腹で打ちつけ叩き潰しながら、岩階段を駆け上がる。
***
海賊が寝返った事を知らない雇われ傭兵たちは、堅く閉めた扉の前で立ち塞がる彼女を取り囲んでいた。
「そ、その女はバカみたいに強いんだ。構わず逃げちまおう」
「バカはお前だっ!!
女を捕らえず手ぶらで戻れば、俺たちは、あのキツネ顔の奴隷海賊に切り殺される。
見ろよ、この女。口から血を流して弱っているぜ」
彼女は、沈黙の呪返しで、切り刻まれた舌が燃えるような熱を持ち、気を失いそうな激痛が走る。忌々しげに口に溜まったドス黒い血を吐き捨てると、両腕の半月刀を握りしめる。
大剣を手に突っ込んでくる背の高い傭兵の剣を正面で受け止めるが、勢いに押され数歩後ろへ下がった。
「ヒヒッ、ほんとだぁ、可哀想に随分と弱ってんな。
もう抵抗は辞めて楽になりなよ、俺たちが優しく可愛がってヤるからよ」
背の高い傭兵は、更に剣を押す力を強め舌なめずりをしながら、弱っている美しい獲物に顔を近づける。
彼女は唇の端を歪めた笑いを漏らすと、口に含む血を相手の眼に吐きつけた。
ジュッ 強い呪を帯びた血は劇薬と同じだ。
男は悲鳴を上げて眼を押さえ、大剣を取り落とした。狙いすました二本の半月刀が左右から交わり、傭兵の首を断ち落とす。
「このアマァー!!生かしちゃおけねぇ。いいかぁ、合図と同時に切り刻んでやるぞ」
彼女を取り囲んでいた傭兵三人、同時に襲いかかってきた。
右からきた敵を払いのけ、左の敵の空いたわき腹を半月刀で深く切りつける。
「ヒヒッ嬢ちゃん、後ろから串刺しにして ギヤァアッ」
彼女を背後から襲おうと、槍を両手で構えた傭兵は、ふくらはぎに焼けるような痛みを感じ悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
男の後には、黄金の髪に手足の長い白い猫耳の小柄な少女が立っていた。
萌黄は両手に細い銀のナイフを持ち、まるで踊るような素早い動きで男の足を切り裂いたのだ。
彼女は倒れた男の槍を奪うと、正面に立つ敵めがけ、勢いよく投げつける。
仲間が彼女を仕留めるだろうと傍観していた傭兵は、左胸に槍を生やして昏倒した。
「馬鹿か、マトモに戦うからヤられちまうんだよ。
女をよく見ろよ。足を引きずって動きが鈍ってきてるぜ、生け捕りにできるぞ」
小柄で猫背の傭兵が、笑いながら彼女に黒い固まりを投げつけてくる。
払いのけようとした手前で、黒い固まりが蜘蛛の巣のように広がり、目の細かい網が彼女に覆い被さってきた。
萌黄は間一髪で逃れて、森の中の木の上に登り、枝を伝い逃げる。
地面に倒れた彼女の体に、更に網がきつく絡みつき、身動きが一切とれなくなる。
獲物を仕留めた傭兵は、声をあげながら捕らえた網に駆け寄ると、倒れる女の腹に数回蹴りを入れた。
「俺ぁ、捕らえた女を、暇つぶしに気を失うまで蹴って楽しむんだよ。
なんだぁ、コイツ声を出さないな」
「おい木の上に、人形みたいな美人の子猫がいるぞ。
この女と二匹捕まえて連れて行けば、キツネ男も納得するだろう」
身軽な萌黄は、枝から枝へと飛びうつって逃げまわるが、吹矢で狙われて枝から足を踏み外した。
仕留めたと、口笛を吹いて喜ぶ傭兵が獲物の落ちた場所に行くと、そこには子猫を抱きかかえた巨漢の赤毛が、口元に残虐な笑みを浮かべながら立っていた。
「俺の萌黄を、木から落として傷つけたのはオマエか。
こんな子供を狩って楽しむような狂犬は、生かす価値ないな」
萌黄を抱えて両手の塞がった竜胆は、丸太のように太く長い脚のリーチで、男の顔面を高々と蹴りあげる。敵は軽々と吹き飛ばされ、背後の岩に背中からぶつかると、カエルの様な声を出して気を失った。
「竜胆さま、ハルお兄ちゃんが集会所の中で倒れているの。ハルお兄ちゃん、もし動けなくなったら、竜胆様が来るまで萌黄に守ってねって言ったの」
少女を肩に乗せた竜胆は森の中を駆け抜けると、突如目の前に視界が広がり、山のような巨木が現れる。木の根元で、数人の傭兵たちを見つけた。
肩の上の萌黄が先に飛び出して、略奪品を運びだそうとしている傭兵の足をナイフ委で切りつける。
悲鳴を上げ仰け反った男の後に小さな少女の姿はなく、巨漢の男が二メートル越えの大剣を、隣の木の幹に振るうのが見えた。
生木の裂ける音がして男の上にゆっくり木が倒れてくる。
背後で木の倒れる大きな音がする。網で捕らえた猫人族の女を見張っていた男たちが、驚いてその方向へ目を向けたとき、足下を黄金色の竜巻が駆け抜け、脚が掬われるように突如倒れ込む。
巨漢の男が、勝ち誇った表情で自分たちに近づいてくるのがみえる。
「貴様らぁ、女の命が惜ければ、これ以上俺らに近寄るな。
目の前で首を切り落としてやるぞ!!」
傭兵は残り4人か、クソッ野郎ならまだしも、女を見殺しに出来るかよ。竜胆は苛立たしげに呟いた。
萌黄を逃がして、武器を捨てて油断させ、まぁコイツらなら素手で頭を叩き潰すか。
竜胆は表情を消し、広い背中に萌黄を隠しながら大剣を雇われ傭兵たちの前に投げ捨てる。
あっさりと武器を捨てた赤毛の男に拍子抜けして、唖然と見返した猫背の傭兵は、その一瞬で巨漢の男の長い腕が自分の首を捕らえ、そのまま体ごと振り回され、女を捕らえている男ごと吹き飛ばされる。
その時、背後に控えていた二人の傭兵が、空から舞い降りた獣の蹄に蹴られ、太く鋭い角で突かれる。
蒼い炎を撒き散らす牛獣に騎乗している眼帯男は、網に囚われた娘の傍に立つ巨漢の傭兵を睨み付けた。
突如、角を突き立て飛びかかってくる獣を紙一重で避けた竜胆の喉元に、騎上の黒髪の男が銛を突きつける。
竜胆は、鋭利な銛ごと左手で握り潰すと、逆に柄を捻りあげて押し返す。
武器を奪われまいとする青年は、両手で銛を強く掴んで堪えると、柄が半分からポキリと折れる。
バランスを崩した青年はユニコーンから落ちて、竜胆も銛を手放し後ろ向きに尻もちをつく。
素早く立ち上がった青年は、半分に折れた銛を拾い、竜胆も殴り潰そうと拳を固めるところに、制止の声を上げて萌黄が間に分け入った。
「やめて竜胆さま、この人は敵じゃない、味方だよ!!
クジラ兄、怪我しなかった?」
***
ティダの乗る真紅のファイヤードラゴンは、青紫島の岸壁の裂け目から、小舟で一人逃げ出す雇われ傭兵を見つけた。
敵の最後の一人をドラゴンの鉤爪で捕らえ、宙吊り状態のままドSモードで散々脅して、奴隷海賊首領と側近の男の話を聞き出す。
風香十七群島の奴隷海賊を力で支配する廃王子、そして策士らしい側近のキツネ顔男が曲者の様だ。
捕えた男の尋問に時間を取られ、ティダが青紫島の巨木の下に辿り着いた時には、すでにイベントは終了していた。
蘇生したハルは、青い顔で口を押えながら、フラフラと扉の外に出てくる。
「竜胆さんっ、船酔いして、ゲロ味の完全蘇生呪文チュウなんて!!
うぐっ、つられゲロゲロ~~」
「俺の船酔いより、簡単にデットリーになるテメエが悪いんだろ」
さすがにティダも、木の陰に隠れてゲロゲロしているハルに声を掛けられない。
竜胆の肩を叩いて合図をすると、不機嫌そうな顔をして見返して来たので、優美な笑みを浮かべながら言葉をかけてやる。
「竜胆王子、素晴らしいご活躍でしたよ。
船酔いに耐えながら、雇われ傭兵として紛れ込み猫人娘の救出。
奴隷海賊たちを説得して寝返らせ、反乱海賊として傘下に収めた」
急に畏まった口調で話しかけてきたティダに、竜胆の照れて焦る様子で頬を染める。
「で、お姉さまは、ハルちゃん救出を最優先しろと言ったよな。
お前とハルちゃん、後でこっぴどくお仕置きしてやるから覚悟しとけよ!!」
ドスの利いたオッサン口調でティダはそう告げると、竜胆の脳裏にオアシス神官にスパルタ勉強会をしたの様子を思い出して、顔が青ざめる。
巨木の中の集会所は野戦病院の状態で、床に所狭しと傷ついた村人が寝かされていた。
怪我人の手当てをしている青年が、手をかざして患部を撫でると痛みが和らいだ。
魔力を持つ青年は、治癒呪文を知らなくても無意識に相手を癒すことができる。
青年の神科学種の器は竜胆と拮抗して戦え、ハル以上に魔力レベルは高く『完全蘇生呪文』も行使できるはずだ。
ティダは青年に声をかけ、呪文詠唱を実戦で教えると、青年はたった一度でマスターして、治癒呪文で怪我人達を次々と治してゆく。
目を覚ましたお腹の大きなモモは、苦しげな息をして、全身大怪我で気を失った彼女の手当てをしている。
「クジラ兄、次は白さんの怪我を、早く魔法で治してください」
そう頼む娘に、青年は目を逸らすと下をうつむいて、硬い声で返事をする。
「その人は、神科学種さまを攫い黒岩島に連れてきた、ハルさまを苦しめた人です。
ミゾノゾミ女神に仕える俺は、その人の行いを許せません」
事の成り行きを見守っていたティダは、青年の予想外の態度に眉を寄せた。
この緊急クエストは、彼女が『法王 白藍』の魂を探し出せばクリアするはずなのに、白藍の魂を持つ青年に嫌われ拒否られたらどうなるんだ?