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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
71/148

クエスト66 女神降臨

 黒岩島の砂浜を見下ろす岩場の洞窟の前で、猫人族乙女を守護する、身の丈二メートルを超える魔物がいた。


 いや、魔物ではない。ユニコーンだ。

 ポニーのように小柄で華奢な体は、牛のように逞しく肥え太り、細く柔らかだった毛並みは、蒼く燃えるような光を放ちながら逆立っている。

 小枝のように細く繊細な『淡雪ユニコーンの角』は、男の腕ほどの太さに育ち天を貫くように真っすぐに伸びていた。

 ハルが、蒼牙ワニの”蒼珠”を怪我をした聖獣に大量に与えた結果、SENが『まるで世@末覇者拳王ラオウの黒王号だ』と称するほど勇ましくなっていた。


 SENとティダは、現在の事態を説明するために、聖堂で青年と漁師達を集めて話し合っている。

 単発的に敵の襲撃があるが、銛を携えた漁師と子猫の弓部隊が対処していた。

 ハルは、一刻前から落ち着きのない(SENが居るせい?)ユニコーンの様子を見るために、萌黄を連れて猫人娘たちが避難している洞窟に向かった。


 洞窟の入り口近くで、ユニコーンの激しく嘶く声と男の怒鳴り声が聞こえる。

 半泣きの状態のオレンジ色の髪の若い漁師が、無理やりユニコーン背に乗ろうとして、何度も度突かれ蹴られていた。


「何をしているんですか!?

 ユニコーンは乙女の聖獣、男性は嫌って背に乗せたりしませんよ。

 と、ハルお兄ちゃんが言っています」


「島の山頂から周囲を偵察していたら、隣の青紫島の様子が変なんだ!!

 あっちの島には、俺の嫁と、もうすぐ生まれる子猫達がいる。

 ユニコーンは空を飛べるんだろ?

 俺はこいつに乗って、モモを助けに行かなくちゃ」


 この騒ぎに、洞窟の中から怯えた様子の娘達が出てきて、砂浜で監視していた漁師も異変を感じて駆けつけてきた。


「コイツの言う様に、青紫島にいる漁師たちが、奴隷海賊と岩階段で戦っているのが見えた。あの島は、他には年寄りとワニと戦えないオッサン漁師しかいない。

 俺たちも青紫島の加勢に行こう、クジラにーにに話をしてくる」


 数人の漁師が聖堂に向かう道を駆けだし、残りの男たちも船を出せるか相談している。

 その間も、ユニコーンは何かに苛立って、蹄を蹴り激しく嘶き続ける。

 ユニコーンに乗るのを諦めたオレンジ頭の漁師の顔には瞼の上に大きなコブができて、縋るような目つきでハルを見つめると座りこみ、頭を地面に擦り付けて平伏す。


「ハルさまミゾニャン女神さま、どうか俺の嫁と子猫を助けてくれ。

 モモはいつも、丈夫な子猫が生まれるようにって、ミゾニャン女神さまにお祈りしていたんだ。どうか、どうか、助けてやって下さいっ」


(今からクジラ兄やSENさんが、きっと青紫島の猫人娘を助けに行くよ。

 僕は……拝んでも、あまり力になれないと思う)


 声の出ないハルには、直接漁師に返事をする事が出来ない。

 萌黄も黙って通訳せずに、泣いて頼む漁師を見つめていた。


 その時、立ち尽くすハルの背中に、ユニコーンの荒い鼻息と興奮して喉を鳴らす声がして、シャツの襟首を齧られた。と驚いて振り向くと同時に、ユニコーンの蹄が宙を浮く。

 ハルは上着をユニコーンに咥えられた状態で、一緒に宙を浮き、空高く舞い上がる。


(ええっ、まさかコノ宙吊り状態で飛ぶの!?ヒィィイィーー)


 ユニコーンの動きを素早く察した萌黄は、追いかけて岩の上から高く跳躍すると、聖獣の脚に飛び付いた。

 猫人娘と漁師たちの目の前で、ユニコーンは全身から蒼い炎を噴き出しながら、ハルと萌黄を連れ、青紫島に向けて空を駆けて行った。



 ***



 木の影に潜み身を隠しながら、彼女は血の匂いのする方へ進んでゆく。

 森の中心に山のような大樹が生えて、その太い幹の上に食料庫のツリーハウスがいくつも建てられていた。

 大樹の根元の空洞になった場所に、青紫島の猫人族集会所が作られていて、娘たちはそこに避難しているはずだ。


 集会所入口の、分厚い木の一枚板で造られた観音開きの扉の中から、血の匂いとうめき声が聞こえる。

 床には、大理石でできたイスが倒され、そしてモモを迎えにきた男たちが血塗れで倒れている。

 頭から袋をかぶせられ、柱に括りつけられた年寄りが猫人族の長老なのだろう。

 部屋の奥には、猿ぐつわされ縛られた女たちが一か所に集められて居た。

 しかしその中に、大きなお腹をしたモモの姿がない。


 中央の大テーブルの上で、略奪品を袋に詰め込んでいる傭兵の男が二人、そして岩階段から逃げてきた傭兵が仲間に必死で喚いている。


「へへっ、猫人族のくせに随分と貯め込んでいやがる。

 見ろよ、金のスプーンに銀のフォークだぜっ。

 動物が人間様のマネをしたって、下級種族のままなのになぁ」


「オイッ、そんなモン放っといて、メス猫を連れてさっさとずらかろう。

 バカみたいに強い白耳の猫人族の女が、俺の目の前で、傭兵三人を簡単に倒しちまったんだ」


 逃げてきた男の言葉に、二人は全く耳を貸そうとせず、大声でに嘲ると腹を抱えて笑っている。

 敵の油断した様子に、彼女は足元の割れた皿を蹴飛ばして、部屋の中央まで一気に駆け込んだ。


 突然の物音に、驚いて顔を上げた男たちに向かって、床から壊れた大理石製の椅子を拾い片手で投げつける。

 彼女の姿を見て、悲鳴を上げその場から退いた傭兵の目の前で、小柄な男の頭に大理石の椅子が猛スピードで直撃し、なにか肉の塊がつぶれる嫌な音がした。

 両腕に竜のタトゥをした傭兵は、反射的に防具の盾で身を守り難を逃れる。


「貴様ぁ、岩みてぇな大理石を簡単に投げるとは、ただ者じゃないな。

 女の腕では在り得ないほどの怪力、『魔力マナ持ち』に仕える守護兵士か」


「要らぬコトをベラベラとしゃべる男ね。黙りなさい!!」


 表情を消した彼女の振り下ろす半月刀を盾で防ぎ、タトゥ男は勢いをつけて押し返す。

 とっさに後ろへ飛んだ彼女を追って大剣が打ち込まれる。

 だが、先ほどの戦いと同じように、剣は左腕のミスリル製の肘当てに弾かれ、鋭利な刃先が簡単に欠けた。


「後ろが、ガラ空きよ」


 タトゥ男は一瞬、自慢の剣の欠けに気を取られた隙に、彼女は背後に回り込み、無防備な背中から心臓を一撃で貫いた。

 瞳の光が消え、口から血の泡を吹きながら倒れる男に、一人残された傭兵は狂ったように喚きだした。


「チキショー!!何が、抜け駆けして娘を簡単に捕まえられるだ、あいつに填められた。

 こんな強い用心棒が居るなんて話、聞いてないぞ」


「貴様、鼻を削がれたくないなら詳しく話しなさい。

 茶髪で妊婦の娘が一人足りないわ、どこに連れていったの?」


 傭兵の男は、腰を抜かして立ち上がれず、そのまま壁際に追いつめられる。

 彼女は刀先をひらひらと男の顔面で動かしながら、小さな切り傷を与え恫喝する。

 皮肉ね、まさか偽法王アマザキが異教徒を拷問する時のソレを、私が真似るコトになるとは。


「この島に住む、猫人族の中年の漁師だよ。

 あいつが、俺たちに島の抜け道を教えたんだ。

 猫人娘は俺たちにくれてやるから、自分は腹のでかい娘が欲しいんだとよ」


「霊峰女神神殿の法王が必要としているのは、猫人娘の乙女のはず。どうして妊婦のモモを連れ去った?」




「教えてやろうか、美人さん。

 この娘は、元々俺のモノになる筈だった、それをやっと手に入れるコトができた」


 細目に低いしゃがれ声、島でよく姿を見かけた中年の漁師が、奥の部屋へと続く廊下から現れた。

 男の後ろを引きずられるように娘が歩く。両手を縄でくくられて、殴られた頬が赤く腫れ、両目に涙を浮かべている。

 願望を成し遂げた男の歪んだ嬉しそうな笑顔、コレによく似た表情を私は知っている。


 私と同じだ、この男は私と同じコトをしている。


「ククッ 知っているか?

 生贄用の猫人娘は、赤ん坊でもいいんだよ。コイツがメス猫を何匹生むか楽しみだな。

 売っぱらえば、大金が転がり込んで来るんだぜ」


 細目の男はそう言いながら、娘を盾にして、彼女に見せつけるように細い首にナイフを当てる。


 細い首に刃物を……また同じだ。どうしてこんな男と、私は同じ、

 私は、私は、こんな男と、私は同じ、私は、私は、こんな男と、私は同じ、私は


 突如青白い顔色になり、押し黙った彼女を見て、男は人質を取れば抵抗できないと確信した。

 武器を捨てろ。と怒鳴ると、素直に二本の半月刀と、肘当と篭手を足元に投げて来た。


「ダメだ、逃げて白さん。アタイの事は構わないで逃げてぇー」


 喉元にナイフを付きつけられるのも構わす、娘は自ら男に体当たりをして、逃れようと抵抗しだす。

 瞳に狂気の色を宿した男が、怒りに任せ娘の髪を鷲掴むとナイフを振り上げるのと、彼女が駆けだすのは同時だった。


 獣に近い猫人族の中でも、戦う術を叩き込まれた彼女の生身の武器は、爪と牙。

 鋭いナイフのように長く伸びた鋭い爪が男の顔面を潰し、娘を男から引きはがす。

 顔面血まみれで、悲鳴を上げて床でのた打ち回る男を見る事もなく、娘に駆け寄ると、服が裂けただけでケガもなく無事だった。




 娘の縄をほどき、両手で抱き上げて、他の女たちの居る場所まで連れてゆく。


「モモ、助け出せてよかった。

 まさか青紫島に、敵が潜り込める抜け道があるなんて思わなかったわ」


 裏切り者の漁師に気を取られている間に、敵を一人逃がしてしまった。

 彼女は、柱に縛られていた長老を解放したが、脚を怪我して歩けず、床に倒れた漁師のうち二人は辛うじて生きているが、自力で動くことは出来ない。

 モモは、他の女たちの縄を解きながら、思いつめた表情で彼女に声を掛ける。


「白さん、奴隷海賊の仲間はまだ十人ぐらい居て、もうすぐここに戻ってくる。

 とても白さん一人じゃ敵わない、アタイたちにかまわず逃げ キャアァァ」


 捕らわれた猫人族の女たちは、猿ぐつわで口を塞がれている。

 その中に、雇われ傭兵の女が紛れ込んでいるのを知らせることが出来なかった。


 小太りで黒いローブを被った、猫人族に化けた女傭兵の隠し持っていた剣は、目の前の娘の背中を切り裂いた。



 ***



 娘は背後から剣で深く斬りつけられ、躰が膝から崩れ落ちる。

 背中から噴き出す血は、足を伝い流れ落ちて床に血だまりを作る。

 一矢を報いた女傭兵は、乾いた笑いを口に浮かべていたが、次の瞬間、彼女のつま先の鉤爪が女傭兵の脇腹をえぐり、腸を引き裂いた。


 縄を解かれた女達の、甲高い悲鳴が聞こえる。

 仰向けに倒れたモモを中心に、じわじわと血の池が広がる。


「イタイよ、白さん、せなか、きられちゃった、ちがいっぱい、とまらない」


 彼女は、モモを抱き起して背中を見ると、肩から腰にかけて白い骨が覗くほど深く切られていた。

 手で開いた傷を塞ごうとしても、指の間から温かい鮮血が溢れ出てくる。


「モモ頑張って、こんな怪我、すぐ頼んで治してあげるから。アノ子なら治してくれる」


「アタイはいいから、こねこをたすけて

 みぞにゃんめがみさま、こねこたちを、たすけて」


 意識も途切れがちに、口から血の泡を吹きながら、娘は女神に祈っている。

 血の気を失い、呼吸も浅く、腕の中で力が抜けて体が冷たくなってゆく娘を、彼女は抱きあげ立ち上がる。



 私は、また守れないの?

 私は、また目の前で失うの?

 アノ子なら、アノ子なら、アノ子なら、神の力でモモの傷を治せるのに。

 でも私は、攫ったアノ子の名前すら、知らない。

 このままでは間に合わない、モモは死んでしまう。



「アノ子の、アノ子の元へ連れてゆけば、必ず助けてくれる。

 ミゾノノゾミ様なら、ミゾノゾミ女神様、どうか、どうか、モモを助けて」


 この敵に囲まれた状況で、隣の黒岩島の神科学種の少年の元へ、事切れる寸前の娘をどうやって……

 敵はすべて倒す、海を歩いて渡る、早く、早く、モモをミゾノゾミ女神の元へ連れてゆかなくては。


 彼女の狂ったような、鬼気迫る声と表情に、その場にいる誰も制することはできない。

 娘を抱きあげ連れ出そうと、早足で集会所の扉の外を目指す。




「僕を 呼んだ?」




 扉の向こうから溢れ出す蒼い光。

 巨大な聖獣が、彼女の目の前に静かに舞い降りてきた。

 ユニコーンに咥えられたままの少年が、ぶっきらぼうにそう答えた。

 

もう少し、修羅場は続きます。


11/3 追加

ユニコーンの変貌ぶりの反響が大きかったので、ちょこっとお遊び。


■劇的改造ビフォーアフター風


以前は、ポニーのように小柄で華奢で、とても貧相な体をしていました……

それが、何という事でしょう!!ユニコーンの細すぎる体は、牛のように逞しく肥え太ってるではありませんか。


また以前は、細く柔らかすぎる毛並みでした……

しかしハルの手によって、蒼く燃えるような光を放ちながら逆立つ毛並みへと、変貌を遂げたのです。


一番の難所、小枝のように細く繊細な『淡雪ユニコーンの角』は……

何という事でしょう!!男の腕ほどの太さに育ち、天を貫くように真っすぐに伸びているではありませんか。


こうして、怪我をしていたユニコーンは、ハルの手により

『まるで世@末覇者拳王ラオウの黒王号』と称されるほど勇ましく生まれ変わったのです。

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