表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
70/148

クエスト65 青紫島攻防

 青紫島は、島が垂直に隆起したような円柱の上部に平地と森がある、奇妙な形の島だ。切り立った岸壁の岩の色は青紫で、その色素の影響なのか、森の木々も花も明るい青紫色をしている。

 その岸壁から一カ所に設置された船着き場から、段差の大きい岩の階段が上に登る唯一の方法だ。


 元からの島の住人である、猫人族長老と呼ばれる老人と中年の漁師の他に、聖堂に拾われた子猫が漁師として独立して島に住みだして、そこに深緑島から聖堂に逃げ込んだ娘が加わり、現在は二十人ほどが青紫島に住んでいる。

 猫人族の若い男女が家庭を築き、少しずつ村の形が出来上がりつつあった。


 その日、青紫島の住人は成す術もなく、ただ海の向こうで繰り広げられる戦闘を眺めていた。

 深緑島から大勢の猫人娘が連れ去られ、島丸ごと火を放たれるのを見た。


「おい、このままじゃ俺たちも危ないぞ。

 男達は、岸壁の階段から島に上ってくる敵の攻撃に備えろ。

 女はみんな、森の中の大樹の中に隠れるんだ」


 漁師の中で、一番先輩格に当たる男が、他の若い漁師を集めて海へ降りる岸壁の階段周囲を警備する。ワニ狩りの最中に怪我をしたという漁師の男が、女たちを守りながら森の中へ避難していった。


「あ、アンタハクさんだったな。

 ココは危ないぞ、女たちと一緒に森の中に隠れろ」


「ええ、そうしたいのですが、臨月に当たるモモの腹痛が酷くて、今は無理に動かせないのです。

 私も腕に覚えがありますから、男の人たちと一緒に、奴隷海賊と戦います」


 島を攻めてくる奴隷海賊の中に、もしかしたら彼女の探している黒髪で赤眼の男がいるかもしれない。

 そう思うと、沸々と闘争心が湧いてくる。

 彼女は手慣れた様子で、腰に巻いたエプロンの下に隠していた半月刀を持ち、空を切るように数回振ってみせる。

 眼にも止まらぬ速さの鋭い太刀裁きに、漁師たちは思わず声をあげた。


「こりゃ心強いや。俺たちも最近は蒼牙ワ二相手に鍛えてきたんだが、アンタ武器を扱いなれている。実力は、俺らより上みたいだな」


 戦いに備える青紫島の漁師たちは、互いに声を掛けあい気合いを入れる。


「そうさ、これ以上奴隷海賊たちを好き放題させないぞ。

 奴らを、島に一歩も踏み入れさせるもんか」


 だが、島への入り口はそこ一カ所ではなかった。

 若い漁師たちの知らない、島の秘密の抜け道があり、裏切り者はそこに潜んでいた。



 ***



 潮の満ちた洞窟の中で、わずかに水の上に出た岩に腰掛けた居た男は、苛立たしげに毒づいた。


「ただの包丁を触っただけで、なにが呪いだっ。あんな人間のガキが女神の使いだと!!

 クジラ野郎め、皆の前でこの俺に大恥をかかせやがって」


 この猫人族の三十過ぎの男は、上下の地位がはっきりしている猫人族の中で、若い漁師の次期リーダーを任されていた。

 だが、欲深い性格の男は、年下の漁師を自分に服従させようと容赦なくいびり倒し、縄張りを主張して漁かをかすめ取る。

 ある日、男は深緑島で見かけた小柄で愛らしい顔をした娘を気に入り、村長から買い取って奴隷にすることを考えついた。


 しかしすぐに、男の惚れた娘が下っ端漁師とかけおちをして、聖堂へ逃げこんだ事を知る。二人を助けたのは、聖堂に住み着いた人間の男。


 この人間が、若い漁師たちに慕われるようになり、リーダーとして自分を押しのけて猫人族長老に認められる。

 海が豊漁続きなのは、記憶のない人間の男が、実は白波クジラの化身だと言うのだ。


 俺の女を奪った下っ端も、なにも知らずデカイ腹で俺の目の前をうろつく尻軽女も、リーダー気取りで俺を偉そうに指図するアノ人間も、みんな憎いっ、全員滅ぼしてやる。


 男は、奴隷海賊から「猫人娘の乙女を霊峰女神神殿が高値で買い取る」という話を聞いていた。

 数人の娘を捕らえれば、しばらく遊んで暮らせるだけの金が手に入る。他の連中が深緑島の猫人娘に気を取られている間に、俺は楽して獲物を手に入れよう。


 すでに奴隷海賊の上の連中とは話が付いていた。

 男は潜んでいる岸壁の岩の裂け目から、伝達鳥を空へと放つと、洞穴の入り口を塞いでいる岩を一つのける。

 積み重ねられた岩が、ガラガラと音を立てて崩れさり、外の海へと続く穴が現れた。

 昼間の今は満潮で、洞窟入り口は水に浸かっているが、夕方の干潮時刻には、穴は小舟が通れるほどの大きさになるのだ。


「そういえば、アノ女が連れてきた美人は俺が貰おう。

 気位高そうな娘を調教するのは楽しそうだ」


 暗い洞穴に外の光が射し込む美しい風景の中、男はゆがんだ笑いを浮かべていた。



 ***



 昼過ぎから、海の様子は一変していた。

 遠目の利く猫人族は、その様子をすべて見て取れた。

 次々と岩の雨を降らすドラゴンによって、沖の大型船は沈没していった。

 黒岩島に押し掛ける雇われ傭兵たちが、白い砂浜の上でワニに襲われている姿が見え、小舟に乗った奴隷海賊同士で戦闘をしているようだ。


 青紫島の船着き場にも、肉を撒き餌におびき寄せた蒼牙ワニを待機させ、島に近づく奴隷海賊たちを餌食にした。


「どうやら、聖堂のクジラにーにが、上手いこと奴隷海賊たちをケチらしてるぞ。

 さすが白波クジラさまの化身だ、信じられないぐらい強いなぁ」


「えっ、そのクジラって誰なの?」


 隣の島の砂浜で、青年が敵を次々と鉄籠に押し込めていく様子を感心した見ていた漁師たちは、彼女の一言に驚いて振り返る。


「なんだって、白さん。アンタ黒岩島からココに来ているんだろ。

 黒岩島の聖堂を管理をしている、クジラにーにを知らないのか?」


「あ、ああっそういえば、私の馬番の子供が、聖堂から食事を貰っていましたから、そんな話聞いたかもしれません。

 私はずっと余所の島まで、探し人を訪ね歩いていて、黒岩島に戻るのは夜中だから」


 霊峰女神神殿から追われる私が、聖堂の人間に関わったら正体がバレてしまう。

 言葉に詰まった彼女を助けるように、腹痛が収まり元気を取り戻した娘が、切り分けた果物を手に持って声をかける。


「白さん白さん、ちょっと休憩しよう。

 みんな朝から何も食べてないでしょ、適当に摘んでよ」


 大皿に盛られた、島で作られる果実酒の元、桃とバナナを足したような甘い果物だ。


「ふぅ、お腹の子供たち、元気が良く暴れるから大変だよ。

 やっとお腹の痛みも収まったけど、みんな頑張っている時に、アタイだけ動けなくてゴメンね」


 娘は普段の明るく元気な表情は消え、繰り返す腹痛で眼の下にクマが浮き出て顔色も悪い。申し訳なさそうに謝る娘を、痛々しい気持で見つめていた彼女は、その小さな肩に手を乗せて顔を覗き込む。


「何を言っているの、モモのお腹の中には守らなくてはいけない多くの命があるのよ。

 私はモモとお腹の子供たちの為に、奴隷海賊と命を懸けて戦うわ」


 そう告げると、彼女は片膝を折り、娘の手の甲に騎士が忠誠を誓う仕草をする。

 その完璧で優美な姿に、娘は頬を赤らめ、漁師たちはどよめいた。


「ありがとう、白さん。嬉しいな、アタイお姫様になった気分だよ。

 白さんが居れば、奴隷海賊も恐くないね。

 それじゃあ、アタイもみんなと一緒に森の中に隠れてるから。

 頑張ってね、怪我しないでね」


 迎えに来た中年の漁師に急かされて、モモは手を振りながら森の中に消えていった。

 夜、黒岩島を攻略できなかった残党たちが、この青紫島を狙ってくるのは確実だ。

 海に目を向けると、数艘の小舟が船着き場を目指しているのが見える。


「よっしゃあ、女たちを守るぞ。

 階段で待ち伏せて、下に転がり落としてやれ。

 白さんは、一番上で待機してくれ。

 ここで食い止めれば、奴隷海賊は一人も島に登れないはずだ」


 日が沈みはじめ、あたりは薄暗闇に支配される中で、青紫島の戦闘が始まった。



 ***



 青紫島に獲物を漁りに来た奴隷海賊は、船着き場から陸に足を踏み入れた途端、腹を空かせた蒼牙ワニに襲われた。

 なんとか岩階段にたどりついても、暗闇の中で夜目の利く猫人族に階段の上から攻撃され、次々下へと転がり落ちていった。

 落ちた下で待っているのは蒼牙ワニ。

 青紫色の岩の船着き場と岩階段は、おびただしい血で赤く染まっていった。


 岩階段最上部で待機している彼女の場所まで、数人の雇われ傭兵がたどり着いたが、守護聖騎士『冷たい牙』と呼ばれる彼女の一太刀で、抵抗もできずに葬り去られる。


 これまで、猫人族は小さな怪我だけで、被害はほとんどない。

 しかし、なんだかオカシイ、相手が弱すぎる。

 本気で猫人娘を奪いに来たとは思えない、捨て駒のような連中ばかりだ。


 ふと彼女は顔を上げ、法王付き聖騎士の持つ気配を探る研ぎすまされた能力で、その違和感の正体を突き止める。

 なんだ、森の奥からかすかな悲鳴と血の匂い、人間の男が隠れ潜んでいる気配がする。


「これは罠です!!

 森の中に敵が居るっ、娘たちが危ない」


 彼女が叫ぶと同時に、森の中から、雇われ傭兵がゾロゾロと姿を現した。




 今まで相手していた敵とは明らかに格の違う、鋼のような体格をした男達が五人、獲物を見つけ彼女に近づいてくる。

 目の前の猫人娘が、岩階段を駆け下りて逃げるのを防ぐため、傭兵の男たちは彼女の周囲をグルリと取り囲んだ。


 急いで階段上に来ようとする漁師たちを、彼女は手で制して、両手に半月刀を構えると傭兵たちに相対する。


「ねぇ、貴方達に猫人族の娘を捕らえろと命じた法王は、中身の入れかわった狂人、偽物の法王よ。

 そんな人間の言うことを信じて、猫人娘を生贄にするの?」


「アハハハッ、猫人娘ごときが俺に説教すんのかぁ。

 神様だろうが悪魔だろうが、金を稼がしてくれるなら何でもイイんだよ」


 彼女の正面に立つ、背の高いドレッドの傭兵が、彼女を品定めするように見下ろしながら笑って答えた。


「いえ、貴方に人の心が有るか確認しただけです。

 人の姿をした獣なら、刈り取って、しまいましょう」


 笑う男の顔面を、何かが横切ったと思った瞬間、男の鼻先が切り落とされ血が吹き出していた。

 彼女はそのまま身を屈めると、取り囲む男達の間をすり抜けながら、二刀流の半月刀で左右二人の脇腹を深々と切りつける。

 わずか一瞬で屈強な傭兵が傷を負い、一人は両手で顔面を押さえて痛みに叫び、二人は腹から血を流し地面をのた打ち回っている。


「な、なんだコノ尼ぁ!!ふざけたマネしやがって」


 顔に大きな傷のある傭兵は、頭に血が上り、生きて捕らえる獲物だというコトをすっかり忘れて、身の丈ほどの大剣を彼女に振り下ろしてきた。

 それは、人の肩から腰まで一太刀にする威力があるモノだったが……

 彼女は振り下ろされた大剣を、右肘で受け止めると、巨大な大剣は当たった部分からひび割れて、簡単に折れた。

 彼女のゆったりとした薄桃色のワンピースの袖が裂け、腕に白銀色のミスリル製の肘当てと篭手が現れる。

 折れた大剣を唖然と見つめる男にそのまま体ごとぶつかり、心臓を一刺しにする。


 霊峰女神神殿 法王付 守護聖騎士『冷たい牙』瑠璃るりの剣技は一撃必倒だ。

 半月刀を背中に生やしたまま、男は一瞬で事切れた。

 わずか数分の間に四人の傭兵が狩られ、残りの一人は怖気づいて、悲鳴を上げながら森の中へ逃げ出した。


 岩階段の方を振り返ると、漁師たちは新たな敵と戦いながらも、必死で持ちこたえている。

 彼女は逃げた男を追い、猫人娘を救うために、森の中へ飛び込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ