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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
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クエスト62 雇われ傭兵と戦おう

 岩山から砂浜へ続く道を、子猫達は尻尾を立てて両手両足で地を蹴り駆けてくる。

 燃えるような深紅の翼の魔獣 ファイヤードラゴンは、七十二名の猫人娘の捕らえられた鉄檻をゆっくりと砂浜に降下させる。


「おーい、おしゃべりは止めろよ。気を付けろ、檻が揺れて舌噛むぞ」


 ドラゴンを操る赤毛の若い男、半巨人の竜胆が娘達に声をかけた。

 狭い檻の中に詰め込まれている娘達は、素直に返事をして小鳥のさざめきの様な話し声が止む。


 娘達を救い出したドラゴンが自分たちの居る黒岩島に向かっている事に気づいた青年は、すぐ仲間の猫人族の漁師達と浜辺に降りて、その一帯をうろついていた蒼牙ワニを追い払った。


 ほんの一月前まで、砂浜に潜む蒼牙ワニに怯えて暮らしていたのが嘘のようだ。

 普通のワニなら、漁師二人で網で絡め取り裏返し、銛で串刺しにしてトドメを刺す。

 他の漁師より力のある青年は、右手に網、左手に銛を持って、一人で要領よく軽々とワニを仕留められるほどになっていた。


 猫人族の漁師達が見守る中、娘達を乗せた檻は、ゆっくりと静かに砂浜に下ろされた。

 竜胆はドラゴンの背から飛び降りると、檻の鍵を取り出し扉を開く。


 猫人娘たちは、一斉に歓声を上げ檻の中から飛び出してくる。

 漁師たちは、顔見知りの娘を見つけると、娘達を抱きしめ互いに泣いてなぐさめる。

 その中で青年は、全員無事救い出されているか人数確認をして、怪我や体調を崩した者の手当をするように命じる。


「みんな聞いて、アタシの目の前にミゾニャン女神様が現れたわ。

 半巨人の男の人が奴隷海賊の船から私たちを救い出して、女神さまが空から岩の雨を降らせて、奴隷船を沈めたの」


 年長の猫人娘がそう叫ぶと、皆口々に「ミゾニャン女神が現れた」と話し出す。


 そういえば、娘を救い出した赤毛の男はどこだ?

 鉄の檻から少し離れた浜辺の波打ち際で、今の今まで船酔いを堪えていた竜胆は、ハルに背中を擦られながら盛大にゲロっていた。


「もう二度と、ウプッ、俺は絶対、げぼっ、船に乗らな、ゲロ2gふじこjk」


 何故か巨人族は船に乗ると酷い船酔いをする。

 竜胆にとっては、傭兵として船に乗り込み、激しい船酔いに襲われ続けた地獄のような一週間だった。

 

 吐くだけ吐いて、やっと落ち着くと、ハルが素早く水の入った水筒を差し出す。

 竜胆はそれに口を付けながら立ち上がると、檻の周りにいる猫人族の中から抜け出して、右目に眼帯をした黒髪の青年が二人に近づいてきた。

 青年は、右手を胸に洗練された優美なしぐさで、王族に対する独特の挨拶を行う。


「猫人族の娘達を、全員無事に救い出して頂きまして感謝します。

 萌黄さまから、お話は伺いました。貴方さまは 巨人族 第二十五位王子 竜胆殿下であらせられますか」


「ああ、俺は確かにそうだが、アンタは誰だ。

 人間の男が猫人族の代表として、俺と話をするのか?」


「私は、風香十七群島の中で唯一の聖堂を預かっている、クジラと呼ばれる漁師です。

 猫人族とか、人間とか、そして奴隷海賊も、私には関係ありません。

 迫害に合い、黒岩島に逃げ込んだ者は分け隔てなく、聖堂の管理者として救うのが私の役目です」


 ほう、どうやらコイツは只の田舎漁師じゃないな。

 竜胆は感心したように浅黒く日に焼けた、不思議なほど印象に残らない顔立ちの青年をみた。


「それなら、さっさと娘達を安全な場所に避難させろ。

 出し抜かれて怒り狂った奴隷海賊達が、もうすぐ大挙してこの島に押し掛けるぞ」


「とりあえず、僕の住んでいる洞窟に、女の子達を避難させましょう。

 と、ハルお兄ちゃんは言っています」


 巫女衣装から普段の地味な姿に戻ったハルの隣で、萌黄はハルのシャツの裾をしっかりと握りながら通訳する。

 萌黄は、深緑島で敵から逃げる時にハルとはぐれてから、ずっと心細い思いをしていたのだ。


「ハルさまの住んでいらっしゃる洞窟は、浜辺から近すぎて危険ではありませんか」


 自分に対してすっかり敬語で話す青年に、ハルは少し困った表情をしながら、付いてくるようにゼスチャーをする。


「僕の洞窟には、強い守護者ガーディアンがいるから、大丈夫だよ。

 と、ハルお兄ちゃんは言ってます」




 浜辺を見下ろす洞窟まで、ほんの数分でたどり着いた。

 洞窟の中に入ると、手触りの良い分厚いコケが絨毯のように敷き詰められた広い空間があった。

 暖かな七色の光を放つ紙細工の鳥が、洞窟の中を明るく照らし、薄着の猫人娘たちも快適に過ごせそうだ。

 そして、洞窟の入り口に鎮座する守護者ガーディアンとは……


「確かに、この聖獣なら奴隷海賊を寄せ付けないだろうが、コイツは本当にユニコーンか?まるで牛じゃないか」


 清らかな乙女を守護するユニコーンは、竜胆に向かって威嚇の鼻息を上げる。

 その姿は、太く逞しい四肢に燃えるような蒼い魔力マナを立ち上らせ、天を貫くような太く鋭い角で相手を圧倒する。

 以前のポニーのような可憐で華奢な体型から巨大馬、まるで牛のような雄々しく逞しい体型になったユニコーンがいた。


「死にかけていたユニコーンに蒼珠を食べさせたら、どんどん怪我が回復したんですよ。

 ユニコーンがとても美味しそうに蒼珠を食べるものだから、ちょっと与えすぎちゃいました。と、ハルお兄ちゃんは言っています」


 いくらなんでも、倍のサイズになるまで食わすなんて太らせすぎだろ。

 しかもこのユニコーンは、ライバル心剥き出しで俺を威嚇してくるぞ。

 竜胆はため息を付いて、ユニコーンに頭をガブガブ甘噛みされながら笑うハルに一言告げる。


「おいハル、それはユニコーンの求愛行動だ。

 もしお前が女で、これだけ長い間ユニコーンと一緒にいたら、今頃ユニコーンの子を孕んでもおかしくないぞ」


 竜胆の言葉に、ハルの笑顔が凍り付いた。

 そして二人の会話を理解したのか、ユニコーンは低く嘶いて前足で地面を叩く。


 そこへ、洞窟の中の様子を確認してきた青年が顔を出す。


「この洞窟の中なら、娘たちも充分安全に過ごせそうですね。

 おや、どうしました。ああ、これがハルさまのユニコーンですか」


 竜胆とにらみ合っていたユニコーンが、突如青年の声に反応する。

 首を巡らし眼帯姿の青年を探し出すと、激しく威嚇していたのが嘘のように大人しくなり、そして、天を向いていた角を地面に突くほど頭を下げ、両膝を下り、青年の前で服従の体勢になった。


 霊峰女神神殿の聖騎士付きのユニコーンが膝を折る相手など、その長たる法王以外存在しないはず。

 青年は不思議そうに、淡雪ユニコーンの角を撫でる。


 その様子に竜胆は驚いていたが、ハルは今までの自分の予感が正しかったと確信した。

 すべてはクエストという名で、終焉世界が指し示す運命に導かれていたのだ。

 法王 白藍の魂は、違法BOTと呼ばれる神科学種の青年の器に宿っていた。




 竜胆も薄々と感じ取ったらしい、二人は黙って青年と甘えるユニコーンの様子を見つめていた。

 しかし突如、浜辺を監視していた漁師の、敵襲を知らせる指笛が鳴り響く。

 人間の視界では、まだその姿を捉えられないが、遠目の利く猫人族はいち早く敵を発見できる。

 竜胆は青年に向き直ると、強い口調で問いかけた。


「アンタに娘達を任せたい。

 救い出した娘達を、猫人族の男だけで守れるか?」


 竜胆の言葉に、青年は笑顔で答える。


「一月前でしたら、奴隷海賊相手にするなど、恐ろしくて考えられませんでいた。

 しかし今は、我々はハルさまのおかげで、蒼牙ワニを倒せるだけ戦えるのです」


「ハルのおかげとは、どういう意味だ?」


「ハルさまが、蒼牙ワニの牙”蒼珠”が欲しいと言われたのですよ。

 最初無謀な話だと思ったのですが、コツさえつかめれば動きの鈍いワニは狩りやすい。

 しかも、蒼牙ワニの丈夫な鱗皮やワニ骨、美味しいワニ肉が手に入り、港町に出せばよい値段で取引される。

 獰猛なワニ相手ですが、危険を冒してでも狩るだけの価値はあります」


 漁師たちの蒼牙ワニ狩りは、そのまま戦闘訓練になっていたのだ。

 しかも、捕らわれて傷ついた娘達を目の前で見た猫人族漁師たちは、雇われ傭兵や奴隷海賊たちを前にしても怯むことはないだろう。


 そして竜胆の言わんとしている事を読み取ったかのように、聖人めいた雰囲気から逞しい海の男に眼の色を変えた青年はキッパリと断言する。


「巨大蒼牙ワニと比べれば、取るに足らない弱い相手だ」



 ***


 

 黒岩島の浜辺にたどり着いたのは、三人の傭兵に船を操る二人の奴隷海賊だった。

 奴隷海賊は、浜辺に潜む蒼牙ワニを恐れて船から下りようとしない。


「なにぃ、ワニが怖いだと。この腰抜けどもめ!!

 たかがワニの一匹や二匹、俺たちが切り刻んでやる。

 あの岩山に猫人娘が逃げ込んでいるんだ。ほかの奴らを出し抜いて、俺たちが一番にメス猫を捕り放題できるんだぞ」


 傭兵のリーダーらしいスキンヘッドに入れ墨をした男は、奴隷海賊たちを大声で罵ると、小太りの男とモヒカン頭の若い男達は、船から下りて白い砂浜を歩く。

 視線の先には、空になった鉄檻が砂の上に置かれているのが見えた。


「ハハハッ、頭の悪い猫どもは、手がかりを残したまま逃げ出したみたいだな。

 砂の上の足跡をたどれば、隠れ場所もすぐ見つかるぞ」


 娘たちの居場所を示す、砂の上に残された足跡を追って、傭兵たちは奇声を上げながら走り出す。

 白い砂の上、岩影の裏に続く足跡の先で傭兵たちが見たモノは……


 目の前に数十匹の、蒼牙ワニがコロニーを作っていた。

 そしてワニの体には数本の矢が刺さり、瞳を赤く染め憤怒状態になったいる。


 ゴキゴキガリッ バリバリッ


 血のにおいと骨をかみ砕く音、男たちより一足早く、この場所におびき寄せられた傭兵がワニに食われている姿が見えた。


 手前の三メートル超の巨大蒼牙ワニが、ゆっくりとスキンヘッド男に近づいてくる。

 男は震えながらも背中に担いだ鉄の大剣を構えると、動きの鈍いワニの頭部に降り下ろした。


「お、脅かすんじゃねえよ。こんなワニごとき、俺の剣で切り刻ん」


 スキンヘッド男の言葉は続かなかった。

 ワニの頭に当たった大剣は簡単にポキリと折れて、次の瞬間鋭い牙が男は腸を喰いちぎり、リーダーが目の前でワニに襲われる姿を見て、二人は悲鳴を上げてその場から逃げ出す。


 浜辺で待っているはずの、自分たちが乗ってきた船の姿は見えない。奴隷海賊は先に逃げ出して置き去りにされたのだ。

 小太りの男は、足の速い小さなワニに追いつかれ足を噛まれて倒される。

 振り返ることもせず仲間も見捨てて、モヒカン男は逃げ場所を探す。


 浜辺にポツンと置かれた空の鉄檻が見える。

 男は後ろに迫るワニから必死で逃れ、檻の中に飛び込むと扉を閉めた。


「ハァハァハァ、なんとか逃げきった、ここならワニに襲われる心配な、いぞ……」


 モヒカン頭の傭兵の目の前に、いつの間にか現れた眼帯をした男が、閉めた鉄檻の扉を開け放った。

 すぐ後ろまで、鋭い牙をガチガチと鳴らしながら目を血走らせて迫ってくる蒼牙ワニ。

 男は右手に持った網を、自分と同じ大きさの蒼牙ワニに向かって投げつけ絡め捕る。

 そのワニの口を両手で締め上げて抑え込むと、生かしたまま檻の扉の正面に立つ。


「今からこのワニを檻の中に入れるぞ。

 傭兵のお前と蒼牙ワニと、どっちが強いか見てみたいな」


「ひぃぃいっ、や、やめろぉ!!た、助けてくれ、食い殺されちまう。

 武器は捨てるからっ、降参だ、捕虜になる。助けてくれ」


 ふと上を見ると、浜辺の後ろ、岩山の上から弓を構えて自分に狙いを定める猫人族の姿が見えた。

 男は慌てふためいて、自分の手にしていた武器を投げ捨て、両手を上に挙げる。

 



 雇われ傭兵たちは、互いに連絡を取り合うという事をしないため、同じ罠に次々と嵌り、人数の半分がワニに襲われ餌になった。

 そして鉄檻に逃げ込んだ傭兵が三十人以上、情けない姿をさらしたままファイヤードラゴンに運ばれて、バンジージャンプ台に鉄檻をぶら下げられることになる。

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