クエスト61 海賊船を沈めよう
久々の、偽お色気注意
「まさかこんな事を……神をも恐れぬ、罰当たりな連中め」
舞い上がる火の粉を茫然と眺めながら、青年は押し殺した声で呻いた。
深緑島の中央にある村から上がった火の手は、瞬く間に島中に飛び火して、巻き起こる熱風は隣の黒岩島まで吹いてくる。
むき出しの黒い岩肌の島には、木はほとんど生えておらず、飛び火して燃え移る心配はない。
岩山の山頂で、ただ事の成り行きを見つめるしかない青年と猫人族の漁師たちの元へ、泣きじゃくりながら金色の髪をした幼い少女と子猫たちが戻ってきた。
「おや、萌黄にお前たちも、なんでそんなに泣いているんだ。
神科学種のハルさまと一緒に居たんじゃないのか。ハルさまはどうした?」
「ハ、ハルお兄ちゃんが、隣の島に。ウワァァン だけどすぐ捕まっちゃったぁ」
「クジラ兄、ハル神さまはミゾニャンニャン女神さまに変身した!!
女の子たちを助けるって言ってたけど、すぐ見つかって、奴隷海賊たちに連れて行かれちゃった」
***
ティダや竜胆に、大人しく待っていろって言われているけど、この猫人族のピンチを伝えるには、直接現場の状況を知らせるしかないよ。ハルは心の中で決意した。
黒岩島と深緑島の間には、奴隷海賊の船がひしめき合い、隣の島まで渡る方法は、バンジージャンプ台から恐怖の綱渡りをするしかない。
ハルは子猫たちに手伝ってもらい、身軽な萌黄は、子猫たちの真似をしてスルスルと隣の岩に飛び移っている。
神科学種の躰は、リアルより身体能力が倍以上になってるはず、なのだが……
高い高い高い ヒイイィ 落ちる落ちる落ちる!!
ハルは無様で情けない姿を晒しながらも、子猫たちに助けられ、必死の思いで何とか隣の島に辿り着くことが出来た。
これから猫人族の村に潜入するためには、同じ猫人族に変装する必要がある。
ハルは萌黄から借りたネコ耳と尻尾を装着したところで、ソレを眺めていた子猫がポツリと呟く。
「ハル神さま、猫人族の村には若い女の子しかいないんだ。
猫人族の男の子のカッコで潜り込んだら、すぐ余所者だとバレて掴まるよ」
そうか、深緑島の猫人族の村は、女の子を奴隷として売るために育てているんだよね。
女の子に変装するなら……アイテムバッグの中にYUYUさんから貰った『紅白の巫女衣装』がある。まさか自分の意思で、この服を着るコトになるとは思わなかった。
ハルは、ため息交じりにモソモソと服を着替える。
白い小袖(白衣)に、袴の丈膝上30センチの短すぎる緋袴、白いレースの足袋はSENの趣味を採用したようだ。
ネコ耳カチューシャと尻尾装着なので、緋袴の後ろは少し捲れ上がっている。
透き通るような白い肌に腰まで伸びた絹糸のような碧の黒髪、ぷっくりとした桃色の唇に赤みがかった優しげな大きな瞳。
かなりサイズの大きなサボテンの実(ピンクの甘い方)を胸の詰め物にした。
見事に、猫人族の娘に変装したハルを見て、子猫たちは声を張り上げてニャンニャン騒ぎ出す。
「本物のミゾニャンニャン女神さまだ!!」
「万歳万歳、ミゾニャンニャン女神さま、悪い海賊を早くやっつけて」
(ちょ、みんな静かにっ。声が大きいよ、敵に気付かれちゃう)
いくら焦っても声の出ないハルは、興奮した子猫たちを静かに大人しくさせることはできない。
ガサッ
「随分とにぎやかだな。ヒヒッ、村から逃げ出してきた娘を見つけたぞ」
そしてお約束の展開。
子猫たちは素早く敵をかわし黒岩島に逃げ帰り、あっさりと捕らわれたハルは、首に縄を付けられ小舟に乗せられたのだ。
***
沖に停泊する大型船の甲板には、猫人娘を捕らえられた鉄籠が並ぶ。
その中のひとつの檻の前で、騒ぎが起こっていた。
檻の中に捕らわれた娘は、男たちが物心ついた頃から何度も話を聞き、写絵を見せられ、時には必死で祈りをささげたミゾノゾミ女神にそっくりの姿形をしていた。
略奪行為により高ぶった感情と強すぎる酒の酔いも手伝って、傭兵たちは競いながら檻の中に腕を伸ばして、娘に触れようとしている。
傭兵たちのリーダーである半巨人の赤毛の男は、無表情のまま、騒ぎの起きている檻の前まで来た。
檻にしがみ付く男たちを払いのけると、人間の男五人がかりで動かす鉄檻を、柵を掴み軽々と持ち上げる。
ソレを甲板中央まで運ぶと、檻の扉を開け、長い腕を伸ばして黒髪の娘の足を捕らえ、外へ引きずり出した。男達の下卑た歓声が起こり、赤毛の男は娘を抱えたまま檻の上に登ると、首の縄を引いて立ち上がらせる。
怯えた表情の娘の耳元で、赤毛の男は低い声で呟いた。
「ハルてめぇ、弱いくせにしゃしゃり出て、あっさりと捕まってるんじゃねえよ。
こうなったら、俺の計画を手伝ってもらうからな。野郎どもの餌になる覚悟しろよ」
底冷えするような怒りの視線に、ハルは冷や汗を流しながらコクコクと頷く。
竜胆の計画では、捕らわれた娘の中から、一人を生贄にする必要があった。
できるだけ、男の欲望を狩りたて嬲りたいと思われるような色香のある娘だ。
そして巫女服で女装したハルの姿に、竜胆は心の中では感嘆の声を上げる。
普段は地味で目立たないガキが、ミゾノゾミ女神に化けた途端、輝くような存在感を放ち始める。
終焉世界で女神は絶対的人気を誇り、特に男にとっては理想の女だ。酔ってマトモな判断の出来ない傭兵どもを、女神さまに魅入られたまま昇天させてやろう。
竜胆の口元に浮かぶ腹黒い薄ら笑いを見て、ハルは背筋に寒気が走る。
「おい、お前たち喜べ。
ミゾノゾミ女神が、俺達の願いを聞き遂げて天から降りていらっしゃったぞ。
この中に、女神さまに慰めてほしい奴はいるかぁ?」
「リ、リンの旦那ぁ、猫人族の娘達には手を出したら商品価値が無くなりますぜ。
疵モノを献上したって、廃王子や法王の目は誤魔化せませんぜ」
見るからに臆病そうな男が恐る恐る竜胆に進言すると、それを鼻で笑い、娘を抱きかかえたまま腰を引き寄せて座り込む。
「お前は、突っ込むことしか考えてないのか?
生娘にちょっと悪戯するだけだろ。女神さまが俺達を、この可愛い小さな口や、真っ白な手や、でかい胸で慰めてくれるんだ」
竜胆の、一段声を落とした色気のある下半身直撃の悩殺ボイスは、同性にも有効だ。
娘の両脚を割り開くように男の片足を割り込ませ、細い体に似合わぬ豊満な胸を、白衣の襟を割って鷲掴み、荒々しく揉みしだく。
男達の間にどよめきが起こり、ゴクリと生唾を飲み込む音に、竜胆は腹を抱えて爆笑したいのを必死で堪える。
ハルのそれは、薄桃色の肌に似た色の、サボテンの実を詰めた偽モノの爆乳なのだ。
楽しげな竜胆の芝居に付き合うハルは、声を出せずに荒い息になってしまうのが、余計に男達をその気にさせる。
ミゾノゾミ女神と見まごう美少女を、見せつけるように嬲る半巨人の男に、周りに群がる傭兵たちに欲望と嫉妬が渦巻く。
しっかり喰いついてきたか、コレで仕掛けは十分だ。
さて、ゲームの開始を告げよう。
「お前ら、俺と賭けをしないか?
コノ、鉄の檻に何人の猫人族の娘が入るのかを当てるゲームだ。
七十二人の娘、全員が檻の中に入れば俺の勝ち、コノ娘も独り占めだ。
俺が外れて人数を正確に当てた奴に、俺の有り金全部と傭兵のリーダー、そしてコノ娘を譲ってやる」
激しい酔いと女神を思わせる娘の痴態に、傭兵たちは狂った判断しかできなくなっていた。次々と鉄の檻の扉を開き、娘達を追い立てる。
「ギャハハッ、俺は61匹に賭けるぜ。おら、外に出ろ、着込んだ服を脱げ」
「ああ、いい考えだな。裸にすればもっと檻の中に詰め込める。俺は68人に賭けるぜ」
男達に囃し立てられ、娘は自ら服を脱ぎ捨てて薄着で檻の中へ飛び込んでゆく。
一つの檻に娘達が押し込まれている間にも、赤毛の男に嬲られ続ける女神の化身は、剥き出しになった細く白い脚をぶるぶる震わせ、頬を染めて喘いでいる……ように見えた。
(ブブッ、ウハハッ、お、可笑しすぎる、腹筋崩壊だ!!
オッサンたち、騙されているとも知らずに、サボテンの実に釘付だよっ)
一つの船に娘を全員乗せるため、傭兵たちは別の船に移動する。
猫人族の娘たちは、人間より躰に柔軟性があり、小さな檻の中に次々と入って行った。
竜胆は、自分が捕らえられた娘の一人に、あることを告げていた。
全員が一つの檻に入れたなら、ココから救い出してやると。
***
「おい、まさか」
「ウソだろ、これで七十二人全員か?」
「ちくしょう、大外れだよ」
娘たちの詰め込まれた檻の扉が閉まり、鍵が掛けられる。
「七十二人の娘全員が檻の中に入れば俺の勝ち。
約束通り、コノ娘たちは俺の独り占めだぜ」
猫人族の娘達の捕らわれた檻の上に、仁王立ちで傭兵たちを見下ろす半巨人の男。
荒くれた傭兵たちの中でも、男の力は飛びぬけて強かった。
だが今は、修羅場を潜り抜けてきた傭兵たちが、その眼光に射竦められるほどの威圧感を持つ男だった。
チャラ、チャリン、冷たい音がする
空から銀色の細い鎖が、娘達のすし詰めにされた鉄檻の上に垂れ落ちてくる。
銀の蛇が檻の上を這うように、銀の鎖が檻をがんじがらめにする。
上空で、身の毛もよだつような獣の吠声が聞こえ、船を巨大な影が覆い尽くす。
男達が慌てて空を見上げると、真紅の巨大な翼をもつ魔獣ファイヤードラゴンが、ゆっくりと滑降してきた。
そして、ドラゴンの足には細い銀の鎖が結わえつけられている。
竜胆は銀の鎖を伝って魔獣の背に騎乗すると、ドラゴンは静かに上昇を始め、娘達の捕らわれた鉄籠が甲板から宙に持ち上がる。
「し、しまった、メス猫を全部連れ去られちまう。
ヤツに騙されたんだ!?
早く女を奪い返さねぇと、俺達は全員、奴隷海賊の首領 廃王子に殺されるぞ」
傭兵たちが武器を取って、鉾や弓矢でドラゴンを攻撃するが、銀の鎖による氷の結界で全て弾き返されてしまう。
猫人族の娘たちの詰め込まれた鉄籠は、ゆっくりと静かに船から離れてゆく。
鉄檻の上に残ったハルは、腰にバンジージャンプのツタを結び付けると、恐る恐る檻の真下まで降りてきた。
腰帯の中に隠していたアイテムバッグの中から、小石を取り出して下に落とす。
その様子に、ドラゴンに騎乗した竜胆は眉をひそめる。
ハルのヤツ、何をしているんだ。また、とんでもない事を思い付いたんじゃないか?
ハルの落とした小石が、真下の船の甲板に当たるのが見えた。
再びバッグから小石を取り出すと、下に落とす。
その行動が意味のあるものだと感じ取った竜胆は、ドラゴンを上空で停止させて、ハルの様子を見守った。
ハルは中身をひっくり返すように、バッグの口を大きく開き、取り出す仕草をする。
すると、小さなアイテムバッグから、2メートル大の巨岩が飛び出す。
巨岩は、
小石と同じように、
真下の大型船の甲板に
落
ち
る。
ドラゴンの真下で、武器を振るっていた傭兵たちは悲鳴を上げた。
女神の姿をした娘が、宙から巨大な岩を出現させ、船の上に落としてくるのだ。
それも、一つ二つではない。数十個の巨岩が、次々と空から降ってくる。
巨岩が船にぶつかり砕ける音と、激しい水しぶき。
岩に船首が破壊され、甲板に落ちてきた巨岩の重みで軋みながら沈む大型船。
***
ハルは黒岩島で、子猫が石を投げる姿を見てひらめいた。
アイテムバッグには、巨大ワニを収納することがでるなら、黒岩島に転がっている巨岩も収納して持ち運べるはずだ。
その岩を、船の上にぶち撒ければ、重みで船は沈む。
ハルは、そこら辺に転がっている岩を片っ端からアイテムバッグの中に収納した。
アイテム容量表示は【岩石45個×12セット】その数は5百を超えていた。
***
傭兵たちは、大慌てで隣の船に飛び移ろうと、仲間を押しのけ小競り合いになる。
しかし、その船にも巨岩の雨が降り注ぐ。
猫人族の村を滅ぼし、娘たちを略奪した奴隷海賊。
ミゾノゾミ女神の怒りに触れた三艘の大型船は、わずか十分で、巨岩による空爆で海の藻屑と化した。