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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
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クエスト59 奴隷海賊と話をしよう

 黒岩島の浜辺では、体長二メートルあまりの蒼牙ワニの群が、柔らかな日差しの中でのんびり昼寝をしている。

 その中に一匹、四メートル近い飛び抜けて巨体の蒼牙ワニが、辺りを警戒しながら歩いていた。


 砂の上に散らばった僅かに残る仲間の血と、引きずられた跡が岩影の方に続いていた。

 共食いの癖のある巨大ワニは、血の匂いに誘われて跡をたどり、岩の後に回り込んだところで、風を切る冷たい音を聞いた。


 岩山から浜辺を眺める絶好の位置で、ハルと六人の子猫たちは弓を引く。

 普通、堅い蒼牙ワニの鱗と皮は簡単に矢を弾く。

 しかしハルたちが放った矢の先には、蒼牙ワニの鋭利な牙がやじりとして使われ、堅い皮で覆われた巨大ワニの頭部に何本も突き刺さった。

 更にトドメとばかりに、ワニの眼を二本の黒い矢が視界を奪い、恐ろしい鳴声をあげながらのたうち回る。


「いいぞ、これでヤツの目は潰れた。

 恐れるな、落ち着いて網で絡み捕れ!!二人がかりでやれば上手くできる」


 暴れる巨大ワニに、左右二方向から、巨木のツタで編まれた丈夫な網が投げられた。

 ワニの上半身が縄に絡んで、動きが封じたところでテコの原理で腹に棒をつっこんでひっくり返す。

 黒髪に眼帯の青年が、手にした縄をワニの口に回し、その細身の体から信じられないほどの剛腕で締めあげ、無理矢理口を閉じさせる。


「今だ、前足の生え際から中心に向かって、銛を突き立てろ!!」


 両腕でワニの口をホールドした青年の指示通りに、四人の若い漁師が銛を突き立てる。


「ダメだっ甘い、次っ!!完全に動きを止めろ」


 二番手の漁師たちが、雄叫びをあげながらワニに襲いかかる。

 続いて三番手の漁師が突き立てた九本目の銛は、ワニの体の反対側まで貫き、巨大ワニは動きを止め絶命した。

 青年の率いる若い猫人族の漁師たちは、この一週間で自分たちの三倍の大きさはある巨大ワニを仕留められるまでに腕を上げていた。





 岩の上から矢を放った子猫たちが歓声を上げるのに、青年は手を振って答えた。

 人の数倍の視力と夜目が効き、弓師だった女神の伝承がある猫人族。

 最適な弓と、最適な指導を行えば、その才能は瞬く間に開花する。

 それを与えたのは、優しげな頼りない顔立ちをした少年だった。


 青年は、仕留めた巨大ワニの周りで騒ぐ仲間から離れ、わざわざ岩山の少年の所まで登ってきた。


「まさか、子猫たちがあんなに上手く矢を射れるとは驚いた。

 これで危険を冒さずにワニを誘き寄せて、それに目潰しすれば致命傷も与えられる」


「うん、子猫たちの中でも、特に六つ子は弓の才能があるね。

 もう少し練習すれば、ワニの目を狙い撃つ出来るようになるよ。と、ハルお兄ちゃんは言っています」


 ウンウンと頷くハルの正面に回り込むと、青年は熱に浮かされたような眼差しで見つめてくる。


「何故だろう。神科学種様の弓を番える美しい姿は、神卸の巫女が行う神聖な儀式を見ているようだ。

 俺は神事なんか見た記憶も無いのに、魂が激しく揺さぶられる。

 何かずっと探し求めていたモノと、やっと巡り出会えたような気持になるんだ」


(ひいっ、神卸の巫女だって!!クジラにーにさん、やっぱりこの人勘が良すぎる。

 しかも、ちょっと熱心すぎる信者入ってるし。

 オアシスの生贄少女、銀朱ちゃんみたい、あの子は熱狂的なほど過激だったけど)


 このハルの呟きは、萌黄も翻訳せずに同意する様に頷いた。



 ***



 小山の様な巨大ワニの鱗皮を剥がすと、一度に四人分の防具が作れるほどの大きさだ。

 せっせと『良く切れる包丁』で解体作業をするハルの周りで、若い猫人族の漁師たちは女の話で盛り上がっている。


「最近、俺の嫁の店にスゲェ美人が手伝いに来てるんだよ。

 なんつぅか、この辺の娘と違って田舎臭くない、垢抜けた高嶺の花っう感じ。

 でもよぉ、その美人は猫人族なのに、人間の、しかも黒髪の男にしか興味が無いんだと」


「それなら、クジラ兄は人間の黒髪だし、その美人とお見合いさせてみろよ。

 えっ、好みのタイプがクールで表情の無い男前。

 何だそりゃ。あーあっ、全然クジラ兄とは真逆のタイプじゃないか」


 その話を、こっそりと盗み聞きしていたハルは、思わず包丁から手を離しそうになる。

 まさか、その美人の猫人族娘って……



 ***



 青紫の島にある小さな売店の中で、年若い妊婦の娘が、一回り大きくなったお腹を抱えながら注文の酒瓶を数えていた。


「スゴイね、当店始まって以来の大量注文だよ。

 えっと、熱泡酒を六十四本だって。いち、にい、さん、…よんじゅうに??」


 無造作に並べられた酒瓶を何度も数え間違えている娘の所へ、畑から葉タバコを摘んでいたハクと呼ばれる彼女が帰ってきた。

 しばらく娘の様子を眺めていたが、おもむろに縄を手に酒瓶を5本ずつまとめる。


「ほら、こうして五本まとめて二列にすると数え易いわよ。

 十、二十、六十と八本、四本多いわね」


「ホントだ、数え易い、ありがとう。ハクさんって客の対応もうまいけど、商品の扱いも良く分かるよね。なんか商売していたの?」


「そうね、主は頻繁に高価な貢ぎ物を頂いていて、宝物の扱いには特別注意を払っていたから、それでかしら」


「ええーっ、み、貢ぎ物や宝物を貰える身分の高い人!?

 白さんの恋人はお金持ちなんだ」


 彼女の話に、瞳をランランと輝かせて、大きなお腹の娘は身を乗り出して続きを聞き出そうとした。

 だが、彼女は曖昧な言葉で話をそらし、別の事をたずねた。


 この店の手伝いをして、買い物に来る奴隷海賊と猫人族の関係がとても良好だったのだ。その事を不思議に思い娘に聞くと、意外な答えが返ってきた。


「アタイの小さい頃、この風香十七群島とコクウ港町は、双子の巨人族王子が治めていたんだって。ところが傲慢な双子の兄が、暴力王に謀反を起こして、それを双子の弟が止めたらしいよ。

 負けた傲慢な兄王子は廃王子になって、逃げ出して暫く経った頃、風香十七群島に海賊たちを引き連れてやってきた。猫人族は弟王子側に付いていたから、その復讐に、殆どの猫人族の村を滅ぼしたんだぁ」


 それは有名な話、巨人族 第十一位王子の暴力王暗殺計画。体を張って阻止したのが、双子の弟の第十二位王子だった。


「その出来事に怒った巨人王は、海賊の地位を猫人族以下の、奴隷海賊にしたの。

 やつらは、陸に上がれば身分は奴隷になってしまう。

 実は、奴隷海賊の首領になった廃王子は泳げないし、ププッ、巨人族ってヒドく船酔いするらしいよっ。

 だから、浅瀬に海賊船を何艘も動かないように括り付けて、船の島にしてるんだぁ」


 娘は、話しながらも可笑しさを堪えくれなくて、ケラケラと笑い出してしまう。

 廃王子は貧しい奴隷海賊たちの不満を煽り、コクウ港町エリアを襲わせよう企てた。

 ところが風香十七群島は、ここ最近、釣り針を垂らせば一つの餌に三匹は食いつくほどの豊漁で、港町も奴隷海賊たちも懐が豊かになっていた。


「元々、貧しさに耐えられず、生きるため奴隷海賊に身を落とした連中なんだ。

 漁師として稼いで生活できれば、それが一番なのさ。

 噂では、黒岩の聖堂で子供の世話をしてる人間の漁師は、豊漁をもたらす白波クジラ神さまの化身だって話だよ」


「でも、私はここにくる前にひどい嵐に遭って、神の怒りに触れたと思ったわ」


 彼女の一言に、娘はキョトンとして、それから再び大声で笑いだした。


「それは違うよ、白さん。

 今年は夏中日照り続きで、島の水が干上がる寸前にあの嵐が来たんだ。

 アタイと旦那の愛の巣は嵐で吹き飛ばされちゃったけど、井戸の水は満タンになった。

 だから、あの嵐は恵みの雨だよ」


 年若くとも苦労人の娘の一言は、彼女の中で小さなワダカマリを溶かす。





 青紫島の岩を削って造られた船着き場から、小舟が二艘、船着き場に停止した。

 陸に向かって大きな段差の階段を下りるのは、妊婦の娘にはかなりキツいので、彼女1人で酒を受け取りに来た奴隷海賊に対応をしている。


 黒髪の人間の行方を探すため、愛想良く奴隷海賊たちに話しかけて情報を引き出す。

 三人ほど、似ていると言われた黒髪の男と会ったが、まったく当ては外れた。

 探す男は、ロウ人形のような特徴の無い顔をしていた。特徴が無い事が特徴の男だ。


「こんなに沢山のお酒を、お買い上げ下さってありがとうございます」


 酒を受け取りに来た三人の男は、一見善良そうな只の漁師に見える。

 若い二人の男は、美しいミステリアスな彼女に話しかけられて、照れ笑いをするほどウブだ。

 しかし、骨ばって痩せた中年の奴隷海賊の男は、眼光鋭く彼女の様子をうかがっている。


「おい、ベラベラ喋ってるんじゃねえ。リンの旦那を待たせる気か!!

 この役立たずども、さっさと酒を船に積み込め」


 男たちが慌てて酒を船に積み込んでいる間、男は皮の金貨袋をジャラジャラと音を立てて、彼女に見せつけるように近づいてきた。


「アンタ、俺から目を逸らさない、堅気じゃないな。

 普通コイツを出したら、目はコッチに釘付けになるんだよ。

 随分とボロッちい腰の得物だな。ちゃんと使えるのか?」


 なんだ、この男は敵か?そこそこ腕は立ちそうだが、しかし私の相手にもならない。

 男は腰に差した二本の半月刀を握ると、彼女も腰をかがめ刀に手を構える。

 だが男は、自分の刀をあっさりと彼女の目の前に投げ捨てる。


「な、これは「シィッ、黙れ」」


 酒を運んでいる仲間の二人は、船の中でゴソゴソと隠れるように酒の味見をしているらしい。外で向かい合う二人の会話は聞こえない。


「アンタが、黒髪の人間を探している理由は判らんが、ココに来る時期が悪かったな。

 いいか、今夜中に店の娘達を連れて、黒岩の聖堂に逃げ込め。

 霊廟女神神殿が、奴隷海賊首領の廃王子と手を組んで「猫人族の娘狩り」を命じた」


 そう告げると、男は走って船に乗り込み、彼女が声を掛ける間もなく去って行った。




 なに、なぜ、霊峰女神霊廟が猫人族に手出しするの、わたしか、わたしが原因か。

 あの狂った偽法王 アマザキなら、平気で猫人族の娘も、男も女も、子供も年寄りも、全て滅ぼすだろう。

 わたしはまだ、白藍さまを、探し出していない、なのに。



 ***



 沖へ漁に出ていた猫人族漁師のグループが、更に数匹の蒼牙ワニを仕留めて盛り上がっている青年たちのトコロへ、慌てて駆けこんでくる。


「た、大変だクジラにーに!?

 隣の深緑島の周りを、見たこともないデカい奴隷船が取り囲んでいる」


「おい、遠洋で港町から帰った来たヤツが、とんでもない事を言っていた。

 霊廟女神神殿の法王が、ミゾノゾミ女神をこの世に蘇らせるために「猫人族の娘 150人」を生贄にするって。

 今、奴隷海賊や奴隷商人、裏稼業の傭兵まで100隻の船団が、奴隷海賊島にどんどん集結しているぞ」




 足の速い猫人族を追い越して、眼帯姿の青年は、岩山の山頂まで一気に駆け上がる。

 リング状の風香十七群島の、黒岩島から反対側に位置する奴隷海賊島は見ることはできない。

 しかし、眼下に広がる海の光景に唖然とする。砂糖に群がる蟻のように、大小の数十艙の船が、黒岩島の前を横切り、深緑島へ向かっていた。



 奴隷海賊VS猫人族 開戦

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