クエスト4 食料を調達しよう
A.D.α 2025/01/07 10:14 東京都某区
藤田友哉の住む地区すべての学校が閉鎖され、彼の経営する学習塾も役所の通達により休塾になる。
「インフルなんだから家で大人しくしてろよ、カラオケなんか行くんじゃねえぞ」
1月は高校受験真っ只中、私立高校の受験日も差し迫っているこの正念場に、インフルエンザ騒動が起こってしまった。
塾生一人ひとりに連絡を入れ、体調と勉強の進み具合や世間話をする。
実は友哉自身、昨日から体調が悪く起きて動き回るのも辛かった。
ベットで横になりながら、塾生に電話をかけまくっていたのだ。
いくらうがい手洗いに気をつかっても、大勢の生徒や父兄と係る仕事なので病気をうつされても仕方ない。
インフルは症状が出てから1日経たないと検査できないらしい。
今日一日外出できないしテレビも退屈なドラマばかり、無意識のうちに首に巻いたチョーカーに触れる。
友哉が気にしたのは、ゲームの中で知り合った不思議な少年。
ひと月前から姿を見せない彼は、今日こそ現れるだろうか?
目の前に浮かび上がるのは、砂漠の彼方にそびえ立つガラス細工の巨大な建造物。神科学の霊廟。
オンラインRPGゲーム『神科学種の終焉』ログイン場面から、彼のアバター『ティダ』を選びパスワードを入力する。
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おまけで捕まえた川エビは、新鮮なうちに食しましょう。
炎の結晶を利用した簡易コンロで湯を沸かし、塩辛いハーブティーを作って川エビを茹でる。半生状態でピクピク動き回るエビを、踊り食い状態で口に放りこんだ。
「きゃっ、そんな食べ方したらエビがかわい……。
もぐもぐ、美味っ、もっとちょうだい」
「このハーブって、塩コショウ味がして食欲が進むね」
「一匹串焼きにしてみるか。おおっ、この食べ方もいけるな」
ちなみにエビを茹でている鍋は、ドラゴンヘルム(竜兜)だったりする。
水の問題は何とかなりそうなので、次は食糧を探すことにした。
砂漠に住む動物を狩れば肉の確保(要解体)はできるが、他の食材も確保したい。
「このダンジョンに住んでる白デビルモンキーは何食べてるんだ?」
初心者用鍾乳洞ダンジョンの最奥には、ボスモンスターの『地底世界樹』が生えている。
某魔法使い学校の映画で出てきた大樹にそっくりで、蛇のようにうごめく根で獲物を捕食する肉食植物だ。
その根を麻痺させれば簡単に動きを止めてしまうという、初心者向けボスモンスター。
地底世界樹に住む白デビルモンキーは、背中に飛べない黒い羽根の付いた真っ白な猿で、黒い木の実を餌にしているようだ。
木の実は野球ボールほどの大きさで、数えきれないほど鈴なりに実り、子ザルが器用に実を割って白い種を美味しそうに食べていた。
「猿が喰える木の実なら、人間が食べても大丈夫じゃないか?」
「でも猿たちも木の実を盗られたくないみたい。すごく怒って威嚇しているね」
猿はキイキイと耳障りな鳴き声をあげて、彼らを木の上から睨みつけている。
「ああ、この反抗的な目付きなら慣れている。
お姉さまが、ちょっと調教して ア・ゲ・ル」
ティダはメイスをしまうと代わりに木の枝を折り、それを勢いよく振り回す。
まるで鞭のように撓り、ひゅん と風を切り裂く鋭い音が響く。
ティダの様子をSENは苦笑いしながら眺めている。
「リアルでティダの経営している学習塾は中学生対象、しかも問題児の高校受験対策に力を入れてるから、悪ガキ連中の扱いには慣れてるんだ。
このゲームも生徒に教えられて始めて、今は生徒以上に嵌ってるんだと」
「清らかなハルちゃんには、ちょっと刺激が強いから見ない方がいいよ。
萌黄ちゃんを連れて焚火の所で待っていてね」
突如、切り裂くような鞭打つ音とティダの高笑い、猿の悲鳴が洞窟中に響き渡る。
ハルは恐怖で振り返ることもできず、萌黄の手を引いて駆け足でその場を離れた。
三十分ほどすると、ティダが白猿を従えてたき火まで戻ってきた。
三匹の白猿は両手に黒い木の実を抱えていて、それを悲しそうな顔で差し出すと全速力で逃げて行く。
野球ボールサイズの木の実の黒い皮を割ると、堅くて干からびた白い種がびっしり詰まっている。
遠目からだと甘くて柔らかいフルーツに見えていたのに、予想が外れてガッカリしてしまった。
「う~ん、食おうと思えば食えるけど、味、食感もいまいちだな」
種を一口食べてみると、硬くてパサパサしていた。が、ハルにはこれとよく似たモノを食べた記憶があった。
果物と思わなければ焼いたり煮たり、茹でて蓋を取るのが早すぎなければ。
まさか、まさか!!アレと似たものができるかも。
「もしかしたら大当たりかもしれない、この木の実を茹でてみます」
兜の鍋に木の実を放り込んで、ぐつぐつ茹でていると、もっちりとした懐かしい香りが漂ってくる。
二人もこの匂いに思い当ったようで、鍋の前に座り込んで僕の作業を眺めている。
これは間違いない!!
我々日本人のソウルフード、オカズなしで何杯も食べられるヤツだ。
茹であがった木の実をひとつ取り出して硬い皮を割ると、つやつやと銀色に光輝く粒が目に飛び込む。
その粒をつまむと粘り気があり、口に放り込んで噛みしめるとつい笑みがこぼれた。
「間違いない、正真正銘おコメの味です!!」
「おおっ炊き立ては旨いな。これはこしひかり、いや、あきたこまちかな」
白い種はお米が10倍に巨大化したような形で、茹でた木の実はおにぎりそのものだ。
しかも中心の赤くやわらかい種は、まるで梅干しのようなスッパイ味がする。
「キュウリがあれば種で梅キュウが作れるな。このまま梅茶づけも美味しいかも」
砂漠でのサバイバルライフとは程遠い会話が繰り広げられていた。
***
ゲーム内での一日は、現実では一時間の設定になっている。
そしてゲームをセーブするためには、転送ゲートに行くか就寝タイムを作る必要があった。
ふわふわと触り心地の良い芝の上で、ハルと萌黄はローブを毛布代わりに眠っていた。
「おにぎりの実なんて誰が考えたんだ。絶対遺伝子操作して造ったモノだろ。
誰かさんがお願いすれば、そのうちワインの川も造ってくれるだろうよ。
我らは電脳空間から次元を越えた異空の切れ間から流れ込れこんだ魂、まるで一種の無の状態から突如星雲の彼方へと導かれ現れたモノ」
「SENの旦那、誰かさんって誰?電波語で話すのはやめてくれよ」
ティダはオネエ言葉から地の男言葉に戻り、乱暴なしぐさでSENの持つウィスキー瓶を奪い取る。
SENはジロリと横目でティダを睨むと、懐から新たに缶ビールを取り出した。
リアルのSENは下戸でアルコールを受け付けない体質なのに、この世界では酒豪だ。
VBWシステムの中では程よく酔え、聴覚と味覚、嗅覚を完全に体感できる。
しかしそれはゲームプレイヤーの過去の経験を脳内再現したにすぎず、実際に経験した事のない未知の感覚は存在しない。
今日一日の出来事は、これまでリアルでの記憶にない体験が多すぎる。
SENはほろ酔い気分のティダにたずねてみた。
「あまりにも、できすぎた話だと思わないか。
村人は水も食料も無く飢えているのに、俺たちはこんな簡単に水や食料を手に入れることができる」
「お約束というか、そういうクエスト設定なんだろ?
それに水を運ぶ方法や、茹でた木の実もハルちゃんが思い付いたんだ。
俺たちだけなら、硬い木の実をかじって川の水を手ですくって飲んでただろう。
川エビを踊り食いしたり梅干し味のおにぎり食べたり、ハーブティで一服なんてできなかった」
確かに過酷な状況でありながら、恐ろしいほどの幸運に恵まれ快適に過ごしている。
さっきは少し横になろうと話していると、まるで突然現れたかのようにやわらかい芝の生えた横穴を見つけてしまったくらいだ。
この終焉を迎える世界が、迷い込んだ俺たちを留めるために、接待づくしをしているようだ。
いや、ハルにもたらされる幸運のおこぼれを分けてもらっているだけか。
奪ったウィスキーを一気に飲みほしたティダは、速攻で酔っ払って横穴の入り口で膝を抱えて寝てしまった。
SENは一人たき木の見張り番をしながら、暗い笑みを浮かべる。
「女神様はすべてのクエストをクリアするまで、ハルを帰さないつもりのようだ」
***
明け方近く、鍾乳洞の泉につかる、輝く長い銀髪に白い肢体のエルフ。
天女と見まがうばかりの麗人の姿が水面に映り、ティダはゆっくりと己の身体に触れる。
まるで自分とは器の形が違いすぎる。あまりに異なる別の生きモノ。
「まさか、これが現実なんてありえない。そう、俺は今ゲームの中にいるんだ。
BVWシステムが進化しリアルティを求めた結果、現実と変わらない感覚をバーチャルで体験しているだけだ」
ティダは自分にそう言い聞かせる。
だが胸の奥底に横たわる不安を消すことは出来なかった。