クエスト53 子猫と遊ぼう
ああ、懐かしい。
神の燐火と呼ばれる、温かな七色の光あふれ、祝福の満る法王の間。
金色の衣を着た、綺麗な若草色の髪の小柄な少年が、私の横で穏やかに笑う。
「ねえ瑠璃、あまり僕を子供扱いしないでくれよ。これでも君より年上なんだから。
十三歳で法王の神託を受けてから、エルフ族の秘術による肉体錬金で、躰は時を刻むことを止め、人として生を放棄したんだ。
ミゾノゾミ女神降臨を迎える準備を整え、終焉世界を豊穣に導く聖人を探す事こそが、僕の務めなのだから」
前法王からの負の遺産、苛烈を極める巨人族 暴力王との争いを停戦に導き、終焉世界の半分の支配権を譲り渡す代わりに、人々に心の平安をもたらした少年法王。
「広い支配地に金銀財宝、居のままに従う下僕を持って、征服欲、虚栄心、名誉欲は満たされるだろう。
だけど、ソレは本当に征服したことになると思う?
恭しく叩頭する相手の心の中は、罵りの言葉が渦巻いているのに」
栄華を極める巨人族 暴力王に富を奪われ、民衆の心が離れつつある霊峰女神神殿。
説教で飯は食えるか。と人目もはばからず、堂々と言い出す神官も現れてきた。
それを、少年法王はいつも涼しい顔で聞き流す。
「もうすぐ、この終焉世界に、ミゾノゾミ女神が降臨すると僕は信じている。
その時まで、各地の聖堂を訪ね歩く祝福巡行を続けるだけさ」
少年法王は、僅かな従者を連れ、僅かな荷物で、終焉世界の聖堂を巡る。
私は常に隣に控え、猫人族の私をココまで引き上げて下さった少年法王の為に、命を懸けて守る。
白藍様がここまで信じて祈ることで、この笑顔を見ることができる幸せを、私も女神に感謝していた。
2年前ノ、アノ日マデハ。
***
久しぶりに、白藍様の夢を見た。
洞窟の中、サラサラとした手触りで弾力のある苔の床に横になり、眠ていた彼女は、自分の頬が濡れている事に気が付いた。
夢を見て涙を流すなんて、何て無様なの。
彼女はゆっくりと起き上がり、洞窟の外に出る。既に日は登り、傷のほとんど癒えたユニコーンが気持ちよさそうに日向ぼっこしていた。
今はまだ立つだけで精一杯のユニコーンは、切り立った岩場を降りることは出来ないのだ。
まさか、攫ってきた弱々しい神科学種の少年に、私もユニコーンも怪我を癒され、食事の面倒まで見させて、ひたすら施しを受けている。
以前の私は、聖騎士という施しを与える立場だったのに、実は、一人では何もできない無力な存在。
洞窟の中に少年の姿は無く、すでに出かけた後だった。
昨夜までそこにあった、丸焼きにされた蒼牙ワニの頭部は片づけられ、代わりに金色の兜が置かれている。
白身のワニ肉だったら絶対食べない、と思いながら中身を覗くと、白く太い麺に大根の様な野菜とヨモギ、エビがいっしょに煮込まれていた。
白い具と麺に、エビの赤い色が映え、ヨモギの緑と香りが食欲をそそる、鍋焼きうどん風煮物。
ココに置かれているってことは、食べてもいいのよね。
そう、力を付けて、他の島へ偵察に出かけなくてはならないのだから。
***
(彼女、鍋焼きうどん食べたかな?
うどんはコシが出てツルツル食べやすく、味は薄味にしてるがら食が進むんだよね。
ふふっ、実は麺に植物油をたっぷり練りこんで、完食すると1500キロカロリーです。
これを1日2食3000キロカロリー食べ続ければ、半月で確実に3キロは太るから、はっはっは、ミスリル鎧が入らなくなるよっ)
「ハル神さま、なにニヤニヤ笑っているの?」
ハルが、姑息な仕返しを思い出し、頬を緩めているのを子供達は見逃さない。
猫人族の双子の男の子、三果が元気な兄 穏やかな弟は四果という。
今日は、ハルの居る洞穴と似た場所が岩の島にはいくつもあって、そこを双子に案内してもらっていた。
もしもの時、密かに隠れる場所が必要だしね。
「ねぇねぇハル神さま、全然声か出ないと不便だろ。
俺達、貝殻で笛を作ったんだ。
ハル神さまが俺達を呼ぶ時、この笛を吹いてくれれば、何処にいても来るよ」
そういって、白い渦巻き状の貝笛の首飾りをハルに渡した。
子供たちは笛を吹いてみろとせがみ、ハルが息を吹き込むと、BUUOO とホラ貝のような音が出る。
おや、コレはおもしろい。さらに強めに吹くと PUPUU と間抜けな音がした。
「ハル神さま、俺たち猫人族は耳が良いから、小さく笛を吹いても聞こえるよ」
「そうそう、凄くうるさかったよ」
「耳がキーーンとしてるぅ」
「きゃははっ、おならみたいな音」
「アタシも、その笛吹いてみたい」
えっと……増えている?
双子に案内された島の頂上に近い洞穴の中、ハルの目の前には、黒い猫耳と尻尾に紫の猫目、茶色に黄色のメッシュの入った髪の、三毛猫風猫人族の子どもが二人と四人。
こーういうのは、瓜二つじゃなくて、瓜六つというのかな?
ただ、男の子は破れたシャツにズボン姿だが、洞窟の中で待っていた4人の女の子は、色鮮やかなワンピースを重ね着して愛らしく着飾っている。
「僕らは六つ子で、妹たちは隣の深緑島に住んでいるんだけど、ハル神さまのご飯がおいしいって話をしたら付いて来たんだよ」
「ハル神さま、耳の先が少し尖っているのが、一番目に生まれた一果。髪が長いのが二番目の二果、それから……」
次々に兄弟を紹介されたけど、同じ顔をした愛らしい子猫がじゃれ合っている姿は、か、かわいいっ!!
隣の島には猫人族の大きな集落があり、女の子たちは、その集落で暮らしているらしい。
海岸は蒼牙ワニがウロウロしているのに、子猫達はどうやって島に渡ってきたんだろう? 何とかゼスチャーで、ハルはその疑問を伝えると、子供たちは嬉しそうに手を引いて、洞窟の奥へと繋がる細い横道へ案内する。
夜目が利く猫人族とちがって、ハルは薄暗い洞窟の天井や壁にポコポコ頭をぶつけながら進むと、出口付近は、天井からのれんのようにツタが垂れ下がって、その先から光が漏れている。
背を屈めて、狭い洞窟の道を進んだハルは、やっと出口についたかと背を伸ばし周囲を眺め、その場で硬直した。
(うわわわっ、なにこの、断崖絶壁、バ、バンジージャンプ台!!)
出口と思った先に地面はなかった。
バンジージャンプの飛び込み台のように岩が外へ突出し、下は波が渦巻く海で、隣の島まで鉛筆のような柱状の岩が数十本、海から伸びている。
子猫達は、楽しそうにはしゃぎながら、岩から生えるツタを腰に巻いてハルに手渡した。
ま、まさか、これは本当に、向こうの島までバンジーですか!!
拒否してプルプル頭を振るハルを、子猫達は違う意味に受けとったのか、ハルの腰にギッチリとツタを巻き付けると、体にしがみつき、勢いをつけて外へと飛び出す。
(うきゃああっーー!!やめてぇぇ)
重力のまま、海に向かってバンジー状態のハルの体が、腰に括られたツタが伸びきってピンと張ると、今度は上へと反動で引き揚げたれ、数回上下に揺さぶられた後、振り子のように前後へ激しく揺れる。
(ひぃいいっ、何のドッキリ、罰ゲーム!!!!)
半分意識を失いかけているハルに、一緒に飛んだ三果が声をかける。
「ハル神さま、ほら、向かいの岩から伸びたツタを掴んで、離さないでね」
崖上からのバンジーで振り子状態から、躰を伸ばし空中でさらに跳躍して、子猫たちは隣の岩のツタに掴まると飛び移る。これを繰り返し、島の間を渡ってきたのだ。
しかしハルには、そんなターザンのような芸当ができるはずなく、揺れが収まるのを待って、ツタをよじ登って元の飛び込み台に戻る。
突然の命がけアトラクション、茫然自失状態のハルの隣で、面白かったと騒ぐ子猫達。
下級種族と言われている彼らだが、その獣に近い運動神経は、俊敏さを誇るエルフ族と張り合いそうだ。
ハルは、腰に巻き付けられたツタを解こうとして、細く強い張りのある手触りが気になった。
ツタがどこから伸びているのかをたどると、洞窟の途中に、天井が抜けそこから枝葉を伸ばした巨木が生えている
下半分が洞窟の中にあるので、厳しい風雨にも耐えて、この岩山の島でもで育つことができたのだろう。木の枝に触れると、木肌は滑らかでよくしなる。
この木なら、自分が使い慣れているアノ武器を作れそうだ。
***
2年前
神科学種の男が現れたという情報を聞きつけ、少年法王はコクウ港町エリアに向かう。
ミゾノゾミ女神降臨を信じ、数年も厳しい巡行を続けてきた少年法王は、女神の使徒である神科学種出現の話に、ついに自分の願いが神に通じたと喜んだ。
面談を希望した神科学種は、半島の先端にある物見やぐらの上で待っているといい、言われるがまま、少年法王はその場所を訪ねる。
肩にかかる黒髪に赤い右目、整ってはいるが、まったく特徴の無い顔立ちの男。
そこには、見たことのない奇妙な魔法陣が敷かれ、罠が少年法王を絡め取った。
聖騎士の彼女は異変に気付き、罠を解除して黒髪の神科学種に切りかかる。
異様な赤い光を放つ右目を狙いレイピアで突くと、手ごたえがあり、男は物見やぐらの上から真っ逆さまに海へと落ちた。
罠により意識を失った少年法王は、二日間眠り続け、目を覚ました。
しかしそれは彼女の知る 少年法王 白藍ではなく、最凶な魔力を持つ別人。
少年法王 白藍の器は、神科学種アマザキに擦り変わっていた。
少年法王の器に宿ったアマザキは、巨人族に付いた神科学種 王の影YUYU を凌ぐ氷属性壊滅魔法を行使し、奪われた地を取り返す。
最初、女神神殿の人々は、法王が女神から新たな奇蹟の力を授かったと喜ぶが、アマザキの狂気は、聖堂や神官、そして信者にも向かう。
倫理観を持たない偽法王の、飽くなき富と力への欲望は、霊峰女神神殿を変質させる。
終焉世界は、緩やかな坂を転がり落ちるように、破滅に向かい始めた。
***
「キヒヒッ、YAっと裏切り者を見ツケタッ。まあ、猫人族が逃ゲラレル場所と言ったら、同族ノイル風香十七群島しかないからNA」
霊峰女神神殿の最奥、部屋の壁面を埋め尽くす百余りの水晶玉は、終焉世界のすべての場所を映し出す。その中の水晶玉一つに、白く輝く鎧を身にまとった猫人族の女の姿が居た。
ほんの数日前まで、彼の隣に控えていた側近の聖騎士。
そして、ここ数か月、オアシス女神降臨の情報を、彼の耳に届く前に握り潰していた裏切り者。
「この二年、随分と可愛ガッテヤッタのに、恩を仇で返SUとはトンデモナイ罰当たりだ。コウナッタラ、猫人族HA連帯責任として償ってモラオウかぁ」
アマザキは、隣に控える聖騎士に、宙から取り出し乱暴に書きなぐった書面を渡す。
受け取った聖騎士は、姿勢を正すと、背後に控える神殿付神官へ聞こえるように読み上げる。
「一月後、霊峰女神神殿にて、ミゾノゾミ女神を異界より呼び寄せる最高位秘術を執り行う。その儀式の生贄に、猫人族の乙女100人を、神へと、捧げ、る。
まさか法王様、本気ですか……」
「キヒヒッ、ナンダァ100匹じゃ足リナイかぁ。なら50匹追加するか。
風香十七群島を拠点とSUる、奴隷海賊の首領、第十一位廃王子 に伝えろ。
普段ノ倍の値DE、猫人族の娘を買い取ってYAると」