クエスト50 クロコダイルハンター
オレ達の家は、10歳の双子のオレたちと、下に3人のチビどもがいて、親代わりの兄が漁をして生計を立てている。
あの日、いつものように、兄が漁に出た後、島を大きな嵐が襲った。
バケツをひっくり返したような雨と暴風が三日間続く。
嵐が去った後、家の中にオレ達は食べるモノが無くなった。
兄は食料を持って、いや、生きてオレたちの家に帰ってくる?
オレと弟は、嵐で浜辺に何か打ち上げられてないか、探しに出かけた。
そしたら、いつもは深い海の底にある貝が大量に転がっている。
オレと弟はそれを夢中で拾いまくった。
ふと気が付くと、兄に決して近づくなと注意させていた、蒼牙ワニの縄張りまで入ってたんだ。
青い鱗をギラギラ光らせた十匹以上のワニの群れに囲まれてた。
そして、今まで見たこともない大きなボスワニと目が合った!!
オレも弟も、悲鳴を上げて、拾った貝を放り出して全力で逃る。
いつもなら、ワニなんか簡単に逃げきれるのに、砂浜もモノが散らばって走りにくい。
気が付くと、足の速い小さなワニが、弟のすぐ後ろまで迫っていた。
ギャアッ
弟がワニに尻尾を噛まれた!!
転んだ弟の背中に、ワニが乗り上げる。
ワニの鋭く蒼い牙が、弟の頭を噛み砕く……
兄助けて!!神さま神さま、弟を助けて!!
赤い光が、弟を噛み殺そうとするワニの口に飛び込んで、次の瞬間、ワニが血を吐きながら倒れた。
えっ、何が起こったの?
だけど、すぐ後から、ドスドスと地響きを立てて、目を血走らせ怒り狂ったボスワニが迫ってくる。
ワニの姿を見ると、怖い怖い、足が震えて動けない、今度こそダメだと思った。
その時、青い髪の人間が、岩山から駆け下りてくる。
色が白くて女みたいな顔をした、とても弱そうな人間。
人間は、オレの前に透明なガラスの盾を置くと、ボスワニの前に立ちはだかった。
***
「今、半身の契約者、ハルが巨大ワニと格闘している場面が見えたんだが……」
竜胆がそう告げると、ティダは顔面蒼白になり声を上げる。
「な、なんですとーー!!
約束してから1時間も経ってないのに、ハルちゃん何してんの。
り、竜胆、何とかしろ。ハルちゃんの魂を乗っ取って、お前がワニと戦え」
普段の冷静なティダとは思えない、酷く取り乱した様子に、竜胆は呆れたように声を荒げ言い返した。
「前から思っていたんだが、SENもアンタも、ハルを過保護に守り過ぎだ。
事故とはいえ、俺様と契約したからには、これからビシバシしごいて強くするぞ。
たかが巨大ワニぐらい、視線で射殺す気合が必要なんだよ!!」
竜胆は、意識を高めながら目を閉じると、半身の契約者、ハルの様子を伺う。
同じ神科学種の血が、赤い右目のシンクロ率を上昇させた。
巨大ボスワニは暴風を砂の中で耐えて、空腹で酷く飢えている。目の前に飛び込んできた餌が、一匹増えたことに喜んだ。
追いかけていた二匹の猫人族の子供より大きい、肉も付いて白くて柔らかく、とても旨そうだ。
ターゲットを大きい白い餌に変え、喰いつこうとしたトコロで、身構えた。
白い餌の、赤い右目が異様な光を放つ。それは、圧倒的な恐怖を呼び起こす強者の視線、巨大ワニは視線に射すくめられ動けなくなる。
***
ハルは巨大ワニと相対し、腰が引けながらも、背後の子供たちを守ろうと懸命に足を踏みしめる。
なんだ?ワニが脅えたように後ずさり、今にも背を向けて逃げ出しそうだ。何に脅えているのか分からないが、これは万に一つのチャンス。
アイテムバッグの中から、首を落とした死黒鳥を取り出すと、巨大ワニの目の前に投げた。雑食悪食で腐った獲物も平気で食らう蒼牙ワニは、珍しい獲物の匂いに飛びつく。
さらに死黒鳥を数匹取り出すと、ワニに向けて投げつけた。
ソレは、ワニの気を外らすための時間稼ぎのように見えたが、ハルは逃げようとせず、巨大ワニのわずか側面に回り込む。
手にした武器は、刃渡り二十五センチの『良く切れる包丁』。
ハルは、SENからそれを貰った時、一言こう告げられた。
「これは『良く切れる包丁』で【妖刀 チャタンナキリ】呼ばれ、普通の武器とは扱いが異なる。
むたみやたらと振り回し敵を傷つけるモノではない。
ハルなら、包丁の扱い方を良く知っているだろ」
そうだ、これほどの切れ味の刃物は、力任せに切りつける必要ない。
正しい包丁の使い方は、軽く添えて、引けばいい。
ハルは、死黒鳥を食らう巨大ワニの首に、そっと包丁の刃先を向ける。
Vooヴヴォ ヴォVooオンーー
ハルの細い躰は、衝撃で反り返り弾き飛ばされ、後のクリスタルの盾にぶつかる。
次の瞬間、右手に握られた【妖刀 首切り チャタンナキリ】の刃先から、禍々しい波動が膨れ上がり、力の奔流が鋭利な黒い牙となって放たれ、空間を切り裂く。
巨大ワニの首をいとも簡単に絶ち落とし、更にその先の一直線上に居た、他のワニの首も次々刎ねた。
首と胴体の分かれたワニの死骸が、一線上に四体転がり、白い砂浜は大量の鮮血で赤く染まった。
(ギ、ギヤァァーー!!
なに、この大量殺戮兵器。良く切れるって、切れすぎだし!!
SENさん説明不足だよ。こんな包丁、僕以外使いこなせないよ)
コレを、あの病んだ聖騎士の彼女が持って振るったとしたら、どんな惨事が起こっただろう。
決して、戦いに使用してはいけない、呪われた妖刀。
戦いと無縁な厨房で、食材を捌くのに使用されるのが一番だ。
しばらく、その場で尻もちをついたまま呆けていたハルは、立ち上がると、恐る恐る倒した巨大ワニに近づいた。
頭と胴体に、綺麗に二つに分かれた巨大蒼牙ワニ。蒼く鋭い牙を剥き出しにしたまま、砂の上に転がる頭部を眺めて、ハルはふと気が付く。
(あれ、ワニの歯って”蒼珠”と同じ、透き通った綺麗な蒼い色をしている。
これは、もしかしてもしかして!?)
アイテムバッグから、蒼珠を一かけら取り出し、ワニの歯と並べて比較してみると全く同じ色をしていた。
ハルは腕組みをして、しばらく考え込んだ後、ワニの胴体部分の確認をする。
綺麗にスパンと断たれた胴体の切り口、クンクンと匂いを嗅いだり、指でプニョプニョ押して肉質を確認する。
(ワニは動きが鈍いから、肉の色は白っぽいね、白身の魚より鶏肉の方が近い感触だ。
そういえばワニ肉って美味しかったよね)
実は、貧乏学生ハルのアルバイト先の肉屋は、何故か普通の肉以外にも、馬ヤギやダチョウ等、珍しい肉を扱っていた。もちろんワニ肉も含まれている。
砂浜に、頭と胴の二等分にされ、倒れている数体の蒼牙ワニ。
ハルは屈んでアイテムバッグの口を開き、バッグの中に押し込むイメージで触れると、中へと転送された。
【蒼牙ワニ頭×4 蒼牙ワニ胴×4】
(やったね!!これだけの量の食材(注 蒼牙ワニ)があれば、当分飢える心配はないよ。それに一度、本マグロとか、大物を一人で解体してみたかったんだよね!!
『良く切れる包丁』を使えば、楽々解体できそうだ。ちょっと種類は違うけどね)
すっかり料理オタクモードに入ったハルは、今、自分の置かれている状況も忘れ去り、ルンルン気分でワニを回収している。
助けられた猫人族の双子の兄弟は、青い髪の人間を不思議そうに見つめていた。
あの巨大ワニを、触れずに真っ二つにして、手品みたいに消した。
この人は誰、いつも兄がお祈りしている、ミゾノゾミの神様?
***
「ハルの奴、SENから貰った武器で、巨大ワニを倒しちまったぞ」
目を開けた竜胆は、ティダに実況生中継で戦闘の様子を報告した。
「ソレは良かった。早くハルちゃんに、その場から離れるように伝えなくては」
「う~~ん、どうやらハルは、ワニを食べる気満々なんだが」
「ま、またゲテモノ料理を始める気なの。
むやみに動き回らない、危険な事はしない、って約束したのに」
隣でガックリと肩を落とすティダを、竜胆は同情の眼差しで見つめた。
***
倒した蒼牙ワニを片づけて、ハルは猫人族の双子の兄弟に近づく。
ワニに尻尾を噛まれた子供は、足を痛めて歩けないみたいだ。さて、僕は声が出ないから、どうやってコミュニケーションを取ろう。
近づくハルに、猫人族の子供が駆けよると、両手を胸の前で合わせて、何やら拝むポーズをする。
「神さま神さま、オレたちを助けてくれてありがとう!!
兄も弟も、ずっとミゾノゾミの神様が現れるのを待っていたんだ。
オレは、あまり信じていなかったけど、今日からは神さまを信じるよ。
ねえ、早くオレたちの家に来てよ!!」
子供は、黒い猫耳と尻尾に紫の猫目、茶色に黄色のメッシュの入った髪の三毛猫風猫人族だ。僕の腕を無理やり引っ張って、連れてゆこうとするけど、怪我をした兄弟はどうするの?
結局ハルは、猫人族の子供の勢いに押され、怪我をした弟を背負って、彼らの家まで行くことになった。
ハルたちのいる洞窟から島の反対側、切り立った崖のわずかな平地に、岩をくり貫いて作られた彼らの家があった。
子供をおぶったまま家の中に入ると、ガラクタがそこらかしこに転がり、薄暗く汚れた室内の中央に、猫人族用にアレンジされたミゾノゾミ女神の像がある。
(ああ、ここも小さいけれど、ちゃんとした聖堂なんだ。)
突然現れたハルの姿を興味津々で見つめる小さな猫人族は全員男の子で、異なる毛並みの彼らは、他人同士の孤児なのだと判る。
一番小さな子が、ハルを家に連れてきた猫人族の少年に「お腹が空いた」といって泣いている。
「ありがとう神さま。ねえ、どうしてお話してくれないの」
背中から降ろした、大人しそうな猫人族の少年が聞いてくるので、ハルは口を開いて舌を見せた。
紫に変色した舌に、奇妙な印が刻まれている。
ソレを見て怖がるかと思ったら、皆興味深そうに寄ってきて「痛いの」とか「痒いの」とか聞いてくる。
こんな貧しい暮らしなのに、彼らの保護者は、とても大切に世話をしているんだ。
さて、僕は、ここで出来る事をしようか。
***
夕刻、岩を刳り貫いた小さな船着き場に、ぼろぼろになった一人乗りカヌーが横付けされた。
船から降りた青年は、よく日に焼けた浅黒い肌に短く刈り込んだ黒髪、そして右目を黒い眼帯で覆っている。
三日間、嵐をやり過ごし、必死で島に戻ってきたが、弟たちは無事だろうか?
漁の獲物は無し、家の食料も尽きて、腹を空かせているだろう。
とにかく今は休みたい、青年は力無く切り立った崖を登り、家が見えると奇妙な事に気が付く。
なんだ、家の方から、旨そうな料理の匂いがする。それに、油が切れてランプが使えない家に、外に漏れ出るほど煌々と明かりがついているぞ?
青年は驚いて家に飛び込むと、しばらく使われていなかった暖炉に大鍋が置かれ、中に白身の魚の様なスープが作られていた。
部屋の中を、鳥の形をした紙細工がふわふわ浮いて、暖かな七色の光を放っている。
弟たちは自分の帰りを喜んで「兄、本当に神さまが来たよ。スープを作ってくれたよ」と、興奮して大騒ぎしている。
一体、何が起こったんだ?
聖騎士の彼女は、隣の島まで足を延ばし、洞窟に帰ってきた時には月が昇り切っていた。何一つ食糧を見つけきれず、落胆して帰ってくると、洞窟の中は美味しそうな匂いが充満している。
金色の兜の中に、美味しそうな魚の切り身と、野菜を混ぜ込んだ団子の浮いたスープが入っていた。
この料理はどこから持ってきたの?
洞窟の奥の寝床で、神科学種の少年は、ユニコーンのたて髪を編んで遊んでいる。
「アナタ外に出たのね。この食べ物は、どうしたのですか?」
「島の裏側に、猫人族の男の子ばかりの小さな聖堂があって、そこから料理を分けてもらいました。中身は、ヨモギ入りの団子に、白身のお肉のスープですよ」
その話に彼女は少し顔をしかめ、そして辛そうな表情でポツリと呟いた。
「猫人族は、女の子は高く売れるけど、男の子は売り物にならないから、無人島に捨てられるの。きっと、どこかのモノ好きが、子供を哀れに思って世話をしてるのね。
そんな事したって、貧しい猫人族は同じ事を繰り返すだけなのに」
ユニコーンにもたれ目を閉じた少年が、眠そうな声で尋ねる。
「それでも、子供たちは、神さまを信じていましたよ」
「神なんていないわ。私はそんなモノ信じない」
その言葉に返事な無く、少年の小さな寝息だけが聞こえた。