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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
風香十七群島編
51/148

クエスト46 猫人族を治療しよう

 もうどれだけ時間が過ぎただろう?


 悪天候で、昼とも夜とも判らない薄暗い世界、荒れ狂う暴風は納まる気配がない。


 必死の思いで避難した孤島の洞窟入口まで波が押し寄せる。

 幸い洞窟の中は深く、奥の方は広さも充分あり苔が分厚く生えて、雨風から身を守ることは出来た。


 聖騎士の彼女は、熱を持った腹部の痛みと、酷い喉の乾きに襲われていた。

 洞窟の中の溜まり水を口に含むと、それは塩辛い海水で、飲めるものではない。気休めにスポンジみたいな食感の苔を口に含む。


 聖騎士の証である、体に纏うミスリルの鎧が重く感じる。彼女はそれを脱ぎ捨て、薄いシャツとズボン姿になった。

 武器も荷物をすべて失ない、唯一身を守るのは、篭手に仕込んでいた小型ナイフ一本だけ。汚れたローブに包まり体を横たえると、もう指一本も動かせない。


 四肢が折れて重傷のユニコーンが数回痙攣する姿が見える。せめて水を与えてやりたいが、外に水を探し行く事もできず、宥めてやることも出来ない。


 鳳凰小都から奪って連れてきた少年は、一度目覚め、再び眠り続けている。

 嵐が去った時、はたして自分と聖獣は生きているだろうか?



 ***



 久々に、とてもよく寝たなぁ。



 パチクリ、と目を開けたハルは、周りの暗さに首をひねる。


 あれ、まだ夜だっけ?

 隣に寝ているのは誰だろう。触り心地のイイ毛深い……毛並みの良い白い馬?


 ハルはゆっくりと体を起こすと、枕だと思って背中を預けていたのが、ユニコーンだと気が付いた。

 暗闇の中、その白い聖獣の体が仄かに発光して明るい。

 ユニコーンは横たわったままで、その足はすべて負傷して添え木を当てられている。顔をのぞき込むと、半分白目をむき、時折痙攣するような不規則で苦しそうな浅い息をしている。


 どうして、このユニコーンは酷い怪我をしているの?

 何が起こった、思い出せ!!


 確か、僕は厨房の勝手口に居た女の人と話をして……

 連れていたユニコーンを触らせてもらった、それから、記憶がない。


 生温い空気と、外で吹き荒れている暴風の音と、岩に波の打ちつける音、磯の香り。

 ここが鳳凰小都でないことは分かる。

 暗闇に目が慣れ周囲を見回すと、そこはゴツゴツとした岩場で、自分の寝ていた場所は分厚い苔がクッションになっていた。


 自分の髪も服もゴワゴワして、もしかしたら海水に浸かっていたかもしれない。

 ハルはその場で立ち上がりかけ、天井から飛び出した岩に頭をぶつける。


 ガツン「!!!!!!!」


 (痛ぁァァ、あれっ、声がでない。どうしたんだ?)


 ぶつけた痛みで悲鳴を上げたはずなのに、喉から空気が抜けるだけで声にならない。

 喉は何の違和感もない、しかし、何故か上手く舌が動かない。


 ハルは首を捻りながら、腰に巻いたエプロンの下に隠していたアイテムバックを出す。

 ウエストポーチタイプのアイテムバックの中から大鍋を取り出し、更に逆さに持ち、バックの中から蛇口を捻るように水が溢れ出た。

 水を大鍋いっぱいに満たし、ハルは直接口を付けて含むと、数回うがいを繰り返す。


 (あーいーうーえーおっ!やっぱり声が出ない)


 その時、助けを求めるような弱々しいユニコーンの嘶き声がして、後ろを振り返る。


 ぐったり横たわっていたユニコーンが、水の匂いに反応して頭を起こそうとしていた。水を欲して大鍋に首を伸ばすが、頭を上げる力もなく舌か宙を彷徨っている。

 慌ててハルは、エプロンを大鍋の水に浸し、たっぷり含ませると、ユニコーンの口元に持ってきて潤した。

 それを数回繰り返し、顔や首や体まで拭いてやると、ユニコーンは少し意識がしっかりしてきたようで、自力で頭を起こした。大鍋の中に頭をつっこんで、ゆっくりと水を飲み始めたのを見て、ハルはホッと一息つく。


 改めて周囲を注意深く観察すると、かすかに外の光が射し込む洞窟入口付近に、倒れる人影を見つけた。

 ハルは恐る恐る近づくと、それは見覚えのある人物で、ローブの下に隠れていた頭には白い獣耳があり、体を覆う布の下から白く細いしっぽが覗いている。


 (ユニコーンを連れていたお姉さん、猫人族だったの!!この人も大怪我して、今にも死んでしまいそうだよ)


 その時、女には意識が在り、ハルの様子をうかがっていることに本人は全く気が付かなかった。




 ***




 彼女は暗闇でも夜目か効き、獣の耳は聴覚が鋭い。

 そして護衛聖騎士として訓練を積んだ感覚で、離れた場所にいる少年が目覚める気配を感じとった。


 二日ぶりに目覚めた少年は、自分の置かれた状況が分からないのか、慌てふためいている。その様子に、彼はまったく頼りにならないと思った。


 しかし少年をそのまま観察していると、腰に巻いた小さな鞄から手品のように大鍋を出し、そして次は鞄の中から水を出し大鍋にそそぎ入れる。


 あれは神科学種の魔法鞄。過去の遺物や武器、あらゆる物を中に納めていると噂で聞いたことがある。


 少年は、てきぱきとユニコーンに水を与え、体を拭って世話をする。

 ユニコーンの落ち着いた様子に安堵したらしく、周囲をキョロキョロ見回し、どうやら私が倒れているのを発見したようだ。





 猫人族の女の人は、顔色が鬱血したようにドス黒く、全身も腫れ上がっている。

 白い手足は細く短い白毛が皮膚を覆い、触れると滑らかな手触りだ。


 (怪我を直したいのに、声が出ないからヒールの呪文が唱えられない。直接、手の平から魔力マナを送り込んで治癒しよう)


 彼女は、痛めた脇腹を庇うように背中を丸めている。

 ローブからのぞく擦り傷だらけの肩に、ハルはそっと触れるとイメージする。


 SENがタケミカズチを抜刀する時に左手に宿らせる魔力マナ、ティダが狂戦士モードで素手に宿らせる魔力マナを真似る。

 手の平がほんのり温かくなる、その温もりを相手に流し込むイメージ。



 (生命を司る精霊よ、傷つく彼の者を癒せ ヒール)



 横たわる彼女の全身に青い光が巡り、治癒魔法が行使される。

 だが怪我は酷い、一度の治癒魔法では癒しきれない。


(僕の魔力マナと生命力では、治癒魔法はギリギリ三回しか使えない)


 ハルは、繰り返し治癒魔法を多重行使する。

 




 彼女の全身を包み込むように温かな魔力マナが癒し、脇腹の痛みが消え、折れた骨が自動修復してゆくのが判る。

 目立つ傷は消え、急激な傷の修復に全身が痺れる。


 癒されたはずの彼女は、ひどく恐れ戦いていた。

 まさか、こんな弱々しい少年でも、神科学種はこれほどの治癒魔法が使えるのか。

 終焉世界に、魔力マナを持つ者は僅かしかいない。一度の治癒魔法を行使するには、神官三人がかりで行うのだ。

 それが一人で三回も治癒魔法を、しかも無詠唱で行使した。

 彼ら神科学種も、あのアマザキのような、悪魔の力を秘めている!!


 そのことが、彼女のハルに対する警戒心を高めてしまった。



 ***



 治癒魔法が上手く効いたようで、猫人族の彼女の傷が消えてゆく。

 ドス黒かった顔色も、頬と唇に赤い血の色が戻り、手足の腫れも引いている。


 (さすがに疲れたよ。うわっ、魔法行使で【生命力 残り2】ってマジですか!!)


 治癒魔法ヒールは、魔力8 生命力8を消費する。

 初心者レベルのハルは、魔力&生命力が30程度で、ヒール魔法を3回行使すると生命力は僅かしか残らない。

 ハルは、しばらく眠って生命力を回復すればいいかと単純に考えた。


 まさか、命を助けたはずの相手が、牙を剥くとは思ってもいなかった。




 

 傷が癒え、息使いの穏やかになった猫人族の彼女を状態を確認すると、ハルは、ユニコーンを枕に一休みしようと立ち上がる。

 その途端、相手が起き上がると背後から羽交い絞めにして、ハルの細い喉元にナイフを突きつける。

 

 霊峰女神神殿 法王付 守護聖騎士 瑠璃るり

 彼女は『冷たい牙』と呼ばれ、女神神殿と法王に逆らう謀反人の命を狩る執行人だった。


「動くな神科学種、アナタの持ち物を渡してもらう。

 その腰に下げている鞄を渡しなさい」


「ええっ、ま、待って、あれ?声が出る」


「アナタには、女神神殿禁術で言葉を奪う『沈黙の呪』を印したの。

 私以外の者とは会話が出来ない」


 驚いて後ろを振り返り、自分の顔を覗き込む少年に対し後ろめたい感情が沸き起こる。

 思わず腕の拘束を緩めてしまい、逃げようと暴れ出す少年の喉元のナイフが動いた。


 ハルの喉元に、一筋の切り傷と数滴の血が流れた。

 


 【直接攻撃-2 生命力0】



 暴れていた少年が抵抗を止めると、カクンと膝を折り、前のめりに倒れる。

 えっ、一瞬彼女も訳が分からす、その体を手放してしまう。


 目を見開いたまま、少年は事切れていた。

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