緊急クエスト 誘拐された仲間を助けに向かう
「何故、神科学種のパーティであるティダ達でも探せないのに、竜胆にハルくんの居場所が判るのですか?」
「そんなの俺の方が聞きたい。だが、判るんだ!!」
真紅の翼をもつファイヤードラゴンは獰猛な嗚咽を周囲に撒き散らし、早く獲物を追いたいとねだる。
そんな魔獣の様子を気にも留めず、騎乗した竜胆にYUYUは再び問いかけた。
「互いの居場所を知ることができるのは、奴隷契約か王族の血の契約です。
竜胆はハルくんと、いつの間に『王族の血の契約』を結んだのですか?」
「あのガキとは仲間として一緒にいるが、王族の【血と肉と魂】の契約なんかした覚えは無い」
竜胆はきっぱりとした口調で否定するが、最初からハルを、暴力王鉄紺へお持ち帰り予定だったYUYUには、ハルが竜胆と契約を結んでいるというのは寝耳に水の話だ。
「ちょっと、お姉さま達にも分かるように話してくれないか?
確か『王族の血の契約』は、終焉世界の覇者一族のみ行える主従契約のはず……
もしかして竜胆が一度、ハルちゃんを殺った事が原因じゃないの」
「竜胆、それは本当ですか?」
「ああ、初対面の時、萌黄を誘拐した盗賊と勘違いしてハルの奴を殴り殺した。
その場でハルは甦生して、互いに喧嘩両成敗って事で謝って丸く収まったが」
「なんですって!?
それは【神殺し】と【神の復活】、【懺悔】と【許容】の儀式に当たります。
ではその時に『王族の血の契約』が不完全ながら結ばれたのでしょう」
YUYUはこめかみを押さえ苦悩の表情で告げると、顔を上げドラゴンに跨る竜胆を見つめる。
「王族の血の契約の導くままに、竜胆王子は決して迷うことなく、ハルくんを探し出してください。同行はティダさん、お願い「俺を連れてゆけ!!」」
YUYUの言葉を遮るように、SENの吠声が重なる。
怒気をはらませ眼の据わったSENが歩み寄り、ドラゴンに飛び乗ろうとする。
しかしドラゴンの腹に足を掛けようとしたその時、金色の鈍器が弧を描きながら飛んできてSENの頭部に直撃した。
まるでスイカが割れたような不気味な音がして、SENは仰向けに倒れ、ティダはそれを跨ぎファイヤードラゴンに騎乗する。
「SEN、誘拐犯を屠る気満々の物騒な顔をして、そんな状態で冷静な判断なんか出来ない。無事ハルちゃんを取り返すどころか、大失敗するのが目に見えてる」
「ティダ、俺も騎乗させろ!!
この誘拐に偽法王アマザキが関わっているなら、俺にも責任があるんだ」
ティダの鈍器に殴られ、陥没したザクロ状態の頭部を自己再生修復させながら怒鳴り返す。
「嫌だね、お前はココで担う役目があるはずだ。
アノ第七位王子の相手できる奴は、SENの旦那しかいないぞ。
あれだけ煽てて、鳳凰小都の支配権と王位継承の地位を手放させたんだ。
しばらく画伯の相手をして義理を果たせ」
「そうですわ。私たちは”萌え萌え”絵画の良さが、いまいち理解できません。
第七位王子の相手は、SENさまでないと務まりませんわ」
水浅葱の畳みかけるようなフォローの言葉に、SENは悔しそうに地面を睨み付けドラゴンに背を向けた。
先を急ぐ竜胆がドラゴンの手綱を引くと、魔獣は真紅の翼を大きく広げ、風を集め力強く羽ばたく。
その瞬間、物陰に隠れていた子供がドラゴンの真下で跳躍した。
「待ってぇー、竜胆さま!!萌黄も連れてって」
すでに地面を離れたドラゴンの足に飛びついて、大きく揺さぶられながらもしがみ付き必死に叫ぶ。
「萌黄はハルお兄ちゃんを守るっていったの。だけど、お兄ちゃんを助けられなかったよ。萌黄も竜胆さまと一緒に、ハルお兄ちゃんを助けに行くっ!!」
小柄な少女は宙を飛ぶ魔獣の体に生える鱗に手をかけ、竜胆たちの居る背中までよじ登る。
「ダメだ、帰れっ、子供は連れてゆけない!!これはとても危険な旅だぞ」
竜胆はドラゴンの背中まで這い上ってきた少女の首根っこを捕まえて大声で怒鳴ると、ドラゴンを再着陸させようとする。
だがティダは、泣き顔で目を真っ赤にした萌黄を竜胆と自分の間に座らせると、胸に抱え込むようにローブで包む。
「いや、竜胆、萌黄ちゃんを連れてゆこう。
今までハルちゃんが奇跡を起こした時、いつも萌黄ちゃんが隣にいた。
彼女はそういう星の巡り合わせかもしれない。きっとハルちゃんを探す手助けになるはずだ」
前方から苛立たしげな竜胆の舌打ちが聞こえたが、ティダは気にせず萌黄の黄金色の髪を撫でる。
さらに雪が吹雪き、地表も空も白の中、唯一真紅のドラゴンが南の空へと飛び去って行った。
***
次の日
鳳凰小都中に通達されたのは、ミリオン紙幣と1万紙幣の使用停止、そしてミリオン紙幣は金貨二十枚、1万紙幣を銀貨二枚と通貨交換する措置だった。
「何故YUYUさまは、金貨二十枚と換金するなんて、金をばら撒くようなことをするのですか?」
第七位王子より街の統治権が移譲されたYUYUは、鳳凰館の最上階で緊急案件の処理に忙殺されていた。
といってもYUYUの指は筆ではなく千羽ツルを折っていて、殆どの書類は水浅葱が処理している。
YUYUの折った紙細工が、フワリと浮かび上がった。
『神の燐火』は三日三晩、温かな七色の光を放ち、そして燃え尽きる。
「水浅葱、確かに現在のミリオン紙幣は金貨二枚分の価値しかありません。
しかし、この祝福を帯びる1ピョコ紙幣は、どのぐらいの価値があると思いますか?
貴女はいくら出して欲しいと思いますか」
「そうですね、普通に換金すると銅貨一枚でピョコ紙幣150枚ですが……。
千羽ツルの形に折られたモノなら銅貨一枚出して10枚なら喜んで買います。
ああっ、そういうことですか!!」
水萌葱はYUYUの言葉に納得した表情でパチンと両手を叩き、尊敬のまなざしでYUYUを熱く見つめる。
物価五十倍の鳳凰小都では、ミリオン紙幣(100万)は金貨2枚(2万)の価値しかない。
しかし祝福の宿る1ピョコ紙幣だけは、王の紺硬貨以上の価値が生まれていた。
プレミアがあるのは鳳凰の図柄の1ピョコ紙幣のみで、ほかの紙幣に価値は無く、特にミリオン紙幣が流通していては鳳凰小都のハイパーインフレは解消されない。
市中に溢れかえっているピョコ紙幣を一挙に回収する効率的な方法は、住民が得をする高額通貨交換を促すことだ。
街中の人々は通貨交換の通達を知り、家で眠っていた1万紙幣やミリオン紙幣をかき集め、銀行や両替所で金貨や銀貨と交換に走った。
「この措置は、我が巨人王の国庫も一時的負担を強いりますが、バカ息子のしでかした賠償金として飲んでもらいましょう。
将来的には、1ピョコ紙幣の原版を持つ私たちが有利になるのですから」
水浅葱は「お茶にしましょう」と席を立ち、隣の部屋に控える召使いに話をしている。
YUYUは巨人族に合わせて作られた大型の執務机に山積の書類を見ないように、鳳凰館最上階のバルコニーに出る。
眼下に広がる白い雪に覆われた街並みの中、紙細工の生み出す七色の小さな灯りが、ホタルの群れのように光っていた。
「破滅へと向かっていた鳳凰小都に、女神の祝福による豊穣がもたらされました。
そして、すべてのクエストをクリアした途端、強制イベントが始まる……。
忌々しいことに、すべてがシナリオ通り、お約束な展開です」
YUYUは、その妖精の様な幼い風貌とは程遠い、酷く冷めた目の色でひとり呟く。
「踊らされたばかりでは、私の性に合いませんからね。
ゲームを完璧に全クリして、隠しエンディングを見せてもらいましょう」
ゲームプレイヤーが、神科学種として終焉世界に送り込まれるのには理由がある。
女神霊廟に眠る神科学種は、過去からの魂の補給が無ければ只のオモチャ、生き人形にすぎない。
過去からピックアップした魂を神科学種にインストールして、知識の正確な伝承と遺物の保存管理の役割を負わす。
数百年前、このシステムを作りだした人々の自己顕示欲の強さには寒気がする。
しかしYUYUはその理を壊し、禁忌に手を染める覚悟があった。
今まで終焉世界に送り込まれた、どの神科学種も成しえなかった過去への復帰と、未来を変える禁忌を実行に移す。
それにはどうしてもハルの存在が不可欠で、それを利用する必要があるのだ。
『End of god science -神科学の終焉-』
・トウジ高原エリア 鳳凰小都 complete
私が話を描く(書くではなく、元がマンガ脳なので)テーマの中に、現実であった出来事をファンタジーのオブラートに包み、親しみやすく伝えたいという願望があります。
いかにもファンタジー話のようですが、実は30年前、似たような出来事が日本で起こります。
◆ニクソン・ショック(ドル・ショック)
1971年8月15日 1ドル=360円 の金本位制から変動為替相場制へ移行。
翌1972年5月15日、沖縄がアメリカから日本復帰した際、1ドル360円→300円になっていました。
国家間の都合で、住民の財産はわずか9か月で、六分の一も目減りしたのです。
そこで、「沖縄の復帰に関する特別措置法」として6日間だけ1ドル=360円での通貨交換が行われました。
そして現在紙幣の1ドル札より、銀を90%含む50セント銀貨は2000円.(プレミア)と価値観が逆転しています。
YUYUの取った方法は、この通貨交換からアイデアを頂きました。