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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
鳳凰小都編
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クエスト43 萌え萌え絵師を説得しよう

 色鮮やかな青紫のアオザイ風の衣装を着た長い銀髪のエルフが、巨大な肉の固まりと化した巨人族の王子アイカチと相対している。


 巨人の右顔面に加えた鋭い蹴りは、大したダメージを与えられず肉の壁に弾かれた。

 そして巨岩のように変化へんげした拳がティダを追い、振り下ろされた場所には大きな穴が開く。

 運悪く直撃すれば、細身のエルフの骨など簡単に砕くだろう。だがティダはその攻撃を軽々とかわし続ける。


「ふん、動きが鈍すぎる。これならエルフの秘薬が切れるまで逃げ切れそうだが、でもそれじゃあ面白くない。

 せっかく巨人とのマジバトルだ、デカい図体をひっくり返してやりたいなぁー」


 ティダはこの場面で唯一の傍観者であるハーフエルフの紫苑に聞こえるように呟くと、妖艶な笑みを浮かべる。

 このエルフという奇妙な器は、戦闘で相手をねじ伏せる時に一番の快楽を感じる。ゲーム内の無機質なバトルではない、触感や匂いが伴い反撃されれば自分も痛い目に遭うという状態が、ティダには楽しくて仕方なかった。


「それにしてもデカい、この体格差じゃマトモにやり合えないなぁ。

 御伽話、一寸法師の真似事でもしてみるか」


 ティダは降り下ろされる拳の雨の中を縫い、巨人の股をくぐり背後に回り込むと黒い木刀を巨人の左踵に突き立てる。

 踵をわずかに傷つけただけで木刀はポキリと折れたが、巨人が悲鳴を上げて仰け反る様子に効果有りとみた。


 ドスンドスンと足下に陣取るティダを踏みつぶそうと、第七位王子が動き回る。床がミシミシと嫌な音を立て揺れる。

 相手の攻撃をかわしながら、ティダは執拗に何度も何度も巨人の左カカトへ蹴りやパンチを加える。

 岩盤のような足の表面が裂けジクジクと血が流れ出すのを確認すると、ティダは攻撃を止めた。僅かに傷つけただけだが、巨人の膨れ上がった体を支える事は困難になる。


 グラグラと体のバランスを崩し両ひざを付いた巨人は、相変わらず意味不明な言葉を漏らしながら、四つん這いの体勢でティダに突進してくる。

 巨人族の住居である鳳凰館は天井が高い。小山の様な肉ダルマの猪突猛進をヒラリと交わすと、壁を蹴り天井に吊るされたランプの鎖に飛びつく。




 獲物の姿を見失い、辺りをぎょろぎょろ見回している第七位王子の真上にティダは居た。

 上から見下ろすティダの視界の片隅に、薄暗い中でも輝くブロンドと白いマントの紫苑の姿が捉えられる。口元に薄笑いを浮かべながら、感情のない蒼い目で二人のバトルを眺めていた。

 いや、様子が変だ。紫苑の纏う白いマントが、ガサゴソと不自然に蠢いて、次の瞬間、中からドス黒い煙の様な物体が溢れ、蝶の群れが現れると鱗粉を撒き散らしながら飛び回る。


「死黒鳥は光モノを餌に、そして死黒蝶は乙女の生血を餌にする。

 伝承では女神の血と肉は酔うほどに甘いと言われているが、神科学種のエルフの血はどんな味がするのだろう!?」


 オオゴマダラに似た死黒蝶が百羽あまり、花の蜜に吸い寄せられるようにティダの周囲で黒い鱗粉を撒き散らす。

 視界は黒く塗りつぶされ、騒がしい蝶の羽ばたきが周囲の空気をかき廻し、カマイタチが起こる。

 小さく鋭利な風の刀が獲物を切りつけ、ティダの銀の長い髪の毛がハラハラと散ってゆく。


「チッ、カマイタチで肉を裂き、血を啜る吸血鬼の真似事をする蝶か。

 なら、思う存分喰らうがいい!!」


 そう叫ぶとティダは自由な方の腕を口元に持ってゆき、自らの手首に噛みついた。

 動脈近くの白い肌を破って、鮮やかな血しぶきが流れ出す。

 掌を伝い指先から滴り落ちる血を蝶の群れに差し出すと、まるで花の蜜を舐めるように黒い蝶が集まってきた。


「まさか、こんな馬鹿な方法で、何て野蛮な、よせ、やめろっーー!!」


 死黒蝶の群がる血まみれの手のひらに魔力マナを溜める。

 呪杖すら必要ない、自分の血を媒体にした初級攻撃魔法。だが高ランクエルフの出力は最大MAX。


「正しい害虫駆除の方法を教えてやるよ。飛んで火に居る夏の虫ってなぁぁ

 火の聖霊よ 怒れ!!ファイヤァァーーッ」


 ティダの掌に燈る魔力の火に、群がる蝶たちは自ら飛び込んで消し炭となり、喰らった死黒蝶の魔力で、火はどんどん膨張して炎の球体となる。

 そして狙いを定め、背を向けて逃げ出す男に狙いを定め、火焔球を投げつける。

 魔力マナ結界が火焔玉を相殺するが、媒体となったティダの血が狼狽えるハーフエルフの男の白マントに赤黒い染みを作った。


 死黒蝶を片づけたティダは、宙吊り状態のまま足裏に魔力を溜め、天井のランプから手を離す。

 落ちる先は肉ダルマの背中。

 軽身の躰がズシンッと重々しい鈍い音をたて両足で背を踏みつけ、下へ向かって更に魔力の圧を高める。

 巨人の背中に居る細身のエルフが、まるで鉄の塊のように重みを増し、木の裂ける嫌な音を立てて床が抜け、二人はそのまま下の階に落ちて行った。



***



 これがSENの仕掛けたトラップだと?!

 巨人と一緒に下の階まで落とされ、受け身の体勢で床に投げ出されたティダは、その部屋の有様に立ち上がる気力を失ってしまった。


 七色の光を放ちながら『神の燐火』を纏う紙細工の鳥が数十羽、明るく室内を照らしている。そして目に飛び込んできたのは、床一面広げられ、壁中ベタベタと貼られた“超絶萌え萌え”女神美人画。

 清楚に微笑む絵もあれば、大蛇に跨り祈りをささげる御姿……いかにも行為を妄想させる卑猥な絵もあり、ミゾノゾミ女神画というオブラートで包まれた萌え美少女イラストで埋め尽くされている。



 どこのオタク部屋だ、ここは!!

 


 SENは部屋の中央に腕組みし、今まで見たこともない喜色満面な表情で立っている。その部屋の隅で、酷く冷めた眼差しで様子を見守る王の影の姿があった。


 天井を突き破り落ちて来た巨人は、むっくりと体を起こすと、驚いた様子で部屋の中を見回す。それはそうだろう、自分の描いた女神画が部屋一面に溢れかえっているのだから。

 SENは体を起こした異形の王子の前へ、背を正し歩み出ると、胸に手を当て深々と敬礼する。


「巨人族 暴力王鉄紺 第七位王子 蒼褐さま、仲間が手荒な真似をして失礼しました。

 私は神科学種のSENと申します、どうぞお見知りおきを。

 いえ、蒼褐画伯の前では神科学種などという下らない肩書は必要ありませんね。貴方様の描き出す究極の美、俗世の穢れを祓った真の女神像に惚れ込んだ、只のファンなのですから。

 この素晴らしい終焉世界の至宝をご覧ください。

 貴方の描かれた女神像一枚一枚、すべてに魂が宿っていると言っても過言ではありません。聖なる光を発し、あらゆる魔を払い、この私すら凍てついた心を震わせられ思わず涙を流しました。

 描かれた髪の毛一本の描線、まるで温かな血が通い生きているかのような肌の質感、無垢な少女でありながら慈悲の心あふれる聖母の写し絵。

 そしていつかめぐり合うであろう理想の恋人の姿を描き出す天才、いや、絵筆に宿るネ申です」


 恐ろしいほど饒舌なSENの様子に、ティダもYUUYも横から口を挟むことすらできない。

 凄いな、オタクの熱意がひしひしと感じとれる。

 SENの話を理解したのか、まだ肉ダルマの変化は解けてないが、第七位王子の瞳に正気の色が宿る。ごにょごにょと、何か話そうとしているが言葉にならない。


「蒼褐王子、これより私は貴方の事を画伯とお呼びしたい。

 今までこれほど素晴らしい作品を制作されていますが、ここ二年ばかり画伯の描かれた女神像が一枚もありません。

 誰の口車の乗せられたか知りませんが、飽食と美女に酔う酒池肉林の日々は楽しかったでしょう。しかし、それで画伯の心の飢えは満たされることはない。

 なぜなら、いくら絶世の美女と呼ばれる女を抱いても、画伯の描き出す究極の女神と比べれば、足元にも及ばないからですよ。

 巨人だとか王子だとか、そんな下らない地位にこだわる、凡人どもの言葉を聞いて創作のネ申の行為を止めるなど言語道断!!

 画伯の授かった才能を埋もれさせることは、終焉世界にとっての損失です。我ら魂の同胞、そして世の人々に究極の美を触れてもらうべきだ。」


 なんてこった、巨人の瞳から、滝のように涙が流れている。

 SENは熱に浮かされたようにオタク語りをまくしたてるが、その中身は「王位を諦めて才を生かせ」と暗に説得している。


「兄上、そのような戯言に耳を貸してはなりません。

 この男は王の影の仲間、我々の敵です!!

 次期巨人王の座に付くのは、蒼褐兄上さまなのです。こんなっ、イカガワシイ絵を描くという下らないマネはもう辞める時期なのですよ」


「お前、本当に第七位王子を次期王に祀り上げようと思っているのか?何故、兄に王の影暗殺を仄めかす。そのような事をすれば暴力王が見過ごすはずがない。

 画伯は、権力などという虚ろで不確かなモノに焦がれる小モノなど相手にする必要ありません。

 それより究極のミゾノゾミ女神像を、自らの手で描き生み出したいと思いませんか?

 私はその手助けができます。ココに居る王の影、天女と呼ばれる神科学種のエルフなどがモデルに相応しいでしょう。

 そしてオアシスに降臨した本物のミゾノゾミ女神を描き、終焉世界の人々へ知らしめたいと思いませんか?」


「ち、ちょっと、SEN。なんという外道なマネを……。

 巨人王第四位側室である私まで餌にして、その“萌え萌え”美少女イラストのモデルになれと言うのですか!!」

「ハルをモデルに、天才画伯の描いた究極のミゾノゾミ女神像を見たいだろ?」


 ニヤリと笑うSENの言葉に、YUYUは妄想でうっとりと頬を赤らめ「そ、それは素敵かもしれませんね」と呟く。


「俺は、どんな、贅沢をしても……満たされなかったのだ。

 いいや、どんなに金をばら撒いても……想いは、得られず……認められなかった」


 エルフの秘薬の効果が薄れて来たのか、体の腫れが引くようにアイカチ王子の躰は一回り小さくなり、言葉も何とか聞き取れた。

 混濁する濁った瞳には希望の光が宿り、王の影の方へその巨体を向けると第七位王子はゆっくりと頭を下げた。

 老いた側近が、泣きながら王子にしがみ付く。

 その様子を凍りついた表情で眺めていた紫苑は、足早にコノ場から去ろうとして、一瞬銀髪のエルフの麗人に目をやる。


「神科学種は、巨人族 次期王に、あの野蛮な末席の竜胆を選ぶと受け取ってよろしいか?フフッ、では次は竜胆を潰すとしよう。

 それから、私は貴女がオアシスに降臨した女神だと思っていたが、どうやら勘違いのようだ。

 貴女は狂戦士だ、豊穣の女神ではない。はて?真の女神は何処に居るのだ」


 ティダは壁に背を預け、煌びやかな美丈夫の王子を見返すが、何も語ることはない。

 背中に冷たい汗が浮かぶ。どうもかなり厄介な相手に目を付けられたらしい。



 ***



 粉雪が舞う寒い中、蒼珠聖堂の窓はすべて開け放たれ、七色の光が周囲に溢れ出ている。

 その窓の奥から、子供たちの賑やかな笑い声と温かいスープの匂いが漂ってくる。折り紙騒動で料理の準備がおくれ、普段より遅い夕食が始まった。


 ハルは数十人分の料理を作り終え、やっと仕事がひと段落ついた。

 安心感で気を抜いていたのだろう。

 空になった大鍋を外で洗うため調理場勝手口の扉を開けると、いきなり誰かにぶつかり、鍋を抱えたまま派手に尻もちをついた。

 薄桃色のローブを羽織った背丈のある若く美しい女性が、慌てて手を伸ばしハルを立ち上がらせた。


 彼女は、美しい白馬を連れていた。

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