表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
鳳凰小都編
44/148

クエスト41 女神の奇蹟

「はぁ~~っ、今日も雪がドカドカ降ってお外で遊べないね。

 退屈だよぉ、ハルお兄ちゃん」


 蒼珠聖堂の大食堂のテーブルに突っ伏して、金色の髪を鮮やかに散らしたまま話しかける幼い少女に、青い髪の少年は困ったように微笑みながら、広げられたカードを箱に仕舞う。


「萌黄ちゃん、十回連続のババヌキも飽きちゃったね。

 何か別の遊び、そうだ、ジャンケンでもする?」

「ハルお兄ちゃんには誰も勝てないのに、それって卑怯だよ。

 いーち、にーい、さんっ……もう8日目。早く雪止まないかなぁ」


 顔を上げた萌黄は指を折って建物に閉じこめられている日数を数えると、またパタッと顔を伏せた。

 寒波に襲われた鳳凰小都、街を取り囲む壁の外に立ち並ぶスラムには、聖堂の『神の燐火』の力は及ばない。

 降り続く大雪で、スラムの粗末なバラック造の家は簡単に積もった雪で押しつぶされ、住処を失なった人々が大挙して街中に避難してくる。

 鳳凰小都は、統治者である第七位王子の指導力が皆無に等しく、各コミュティのリーダーや商工組合、そして花街の支配者はそれぞれのテリトリーで自主自治状態になっている。

 このような災害時に何の後ろ盾もない貧しい人々の唯一の拠り所は、終焉世界に豊穣をもたらす女神の教えであり聖堂だった。


 今日も朝早くからYUYUや竜胆、ティダたちは大雪被害の対策と避難民の対応に追われ出払っている。

 そしてこの慌ただしい最中、SENは留守中起こったアマザキとの戦闘で怪我を負い、療養という名目で象牙の塔の書庫に引き籠もったままだ。

 ハルは聖堂で暮らす孤児たちの食事の世話と、ついでに遊び相手を任されていた。


 食堂から子供たちの元気な笑い声が響き渡り、並べられたテーブルの間や下の狭い隙間を縫うように、駆けずり回って遊んでいる。

 畳の上に掘りコタツが設置されたスペースには、竜胆が拾ってきたお婆ちゃんたちが、背中を丸めウトウトと居眠りしていた。

 竜胆が連れてくるのは何故か老婆ばかりだったが、保護した彼女たちは身だしなみを整えると”美”老女に変身して、皆を驚かせた。

 さすが竜胆さん、ここまで徹底した審美眼で女好きを極めるとは、なんて漢前だ!!とハルは意味のない感動をしていたりする。



 ***



 食事担当のハルは頭の片隅で夕食のメニューを色々と考えながらも、退屈する萌黄に付き合っていた。


「塔の中には本がいっぱい置かれているから、絵本の読み聞かせしようか。

 萌黄ちゃんは、どんなお話が聞きたい?」


 ハルは手元に置かれた本をぺらぺらめくり……それはSENが象牙の塔から持ってきた大人向けの絵本で、慌ててパタンと本を閉じる。

 SENさんは、塔に閉じこもって何をしてるのっ!!


 ふと気が付くと、ハルの居るテーブルの周りを子供たちが取り囲んでいた。

 完熟優遊館で保護していた子供とはタイプの違う、目つきの鋭い痩せた少年少女は、聖堂が最近保護した浮浪児たちだ。どの子も不安そうな顔をしてハルを見つめ、その中でリーダーらしき黒髪の少年が、ひとり前に歩み出た。


「白髭オッサン、いえ、大神官クロトビさまの体調が悪くなっている。病気は治らないの?

 今日は朝食にも姿を見せなかったし、だんだん元気が無くなってきているみたい」

「そうか、みんなクロトビさんを心配しているんだね。

 ゴメンね、僕は料理はできるけど、大神官さまの病気を治せるような力は無いんだ」


 黒髪の少年の顔に見覚えがあり、転送魔法陣前のバザーで物乞いをしていた子供だったことを思い出した。クロトビに救われ、この聖堂にやってきたのだろう。

 ハルはしばらく考え込んで、ふと何か思い付いたかのように顔を上げると、子供たちを手招きして呼び寄せる。


「みんなで大神官様の病気が早く治るように、ミゾノゾミ女神様にお願いしよう。

 僕のお手伝いしてくれる?」


 この方法なら雪で部屋に閉じこめられた子供たちの気晴らしになるし、クロトビさんにみんなの気持ちが届けば、体を壊すほど無理をしなくなると思う。


「なあに、ハルお兄ちゃん、どんな魔法を使うの」


 不思議そうに尋ねる萌黄に、ハルはニコニコ笑うと、鳳凰の描かれた1ピョコ紙幣を取り出し萌黄と子供たちにそれを手渡した。

 机の上に1ピョコ紙幣を広げ、それを丁寧に折り畳み始める。


「みんな、僕の真似をして、同じように折り紙してね。

 これを千個作って大神官さまにプレゼントすれば、病気が早く治るかもしれないよ」


 そう言いながら器用に紙を折るハルの手元を、子供たちは興味深くのぞき込んだ。

 チャチャが寝床代わりにリアカーに積んでいた価値の無い1ピョコ紙幣。ハルが極彩色の鳳凰の絵柄を気に入り、聖堂に住み込みで働けるようになったチャチャがお礼に1ピョコ紙幣をハルに譲ったのだ。

 紙幣を半分に折って三角形にした紙をさらに半分に折り畳み、中を広げて正方形にして、縁を折ってひし形にする。


「わぁ、おもしろそう。あたしも作りたい」

「ねぇハル兄ちゃん、形が変になっちゃった。どうしたらいいの?」


 テーブルの上で折り紙教室が始まり、細かい手の動きを上手にまねる子供たちに感心しながら、ハルは丁寧に教える。


「紙がこんなに小さくなっちゃった。ねぇ、これでなにが出来るの?」


 手のひらで複雑に折られたひし形の紙を不思議そうに見つめる萌黄。


「萌黄ちゃん、みんなもよく見てね、折り曲げて細くなった方が頭としっぽ、反対側は鳥の羽だよ。

 せっかくキレイに折った紙を破らないように、注意して広げて」


 ハルは微笑みながら、仕上がった千羽鶴の羽を広げ、萌黄の手の平に乗せた。




 その時、小さな異変が起こる。




 象牙の塔に引きこもっていたSENが、その異変に逸早く気付いた。思わす手にした本を取り落とし、慌てて全神経を集中させ変化を探ろうとする。

「幸運度=祝福」の力は、神科学種の赤い右目を通してもステータスは表示されない。

 ただ、純粋に肌で力を感じ取ることと、目の前で起こる「奇跡の現象」を確認するしかない。


 それは最初、とても小さな力が ひとつ 生まれ、

 ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、

 数分おきに、その数はどんどん増えてゆく。


「何だ、敵の攻撃か!!」


 蒼珠聖堂のすべての窓から眩しいほどの光が漏れ出て見えた。

 象牙の塔を飛び出したSENは、駆け込んだ聖堂のあけ放たれた扉の前で、信じられないモノを見る。

 眩し過ぎるほどの七色の光溢れる大食堂の中で、興奮した子供たちが、宙を漂うソレを捕まえようと手を伸ばしテーブルの上でジャンプしている。


「まさかこんな事が……やっぱり、ハルの仕業だろうな」


 賑やかな笑い声が聞こえる中、SENの足はその場から動けなかった。

 その場で膝を折り、平伏したくなるような、これが畏怖の念というやつか。

 自分の姿に気付いたハルが、嬉しそうに笑顔を返すが、何故か喉が枯れて返事が出なかった。



 ***



 小さな千羽ツルを核にした『神の燐火』は、ふわふわと大食堂の中を漂う。

 手のひらサイズの七色の光が数百個、夜空の星のように輝いている。

 SENと同じように異変を感じ蒼珠女神聖堂に戻ってきたYUYUやティダは、力が溢れ出し暖かすぎる室内で防寒コートを脱ぎながらハルの話を聞く。


「つまりハルくんたちは、大神官クロトビに千羽ツルをプレゼントしようと1ピョコ紙幣で折り紙をしたら、それが突然光り出したと……」


 ティダは、光を放ちながら宙を漂う千羽ツルを一匹捕まえると、広げて一枚の紙に戻す。

 その折り目に指を這わすと、魔力マナが折り目に沿って流れているのが感じ取れた。


「終焉世界の魔法陣は完全なシンメトリーと正円、アスタリスクを基本とする。

 この1ピョコ紙幣に描かれた鳳凰の図柄は、微かに『祝福』を帯びているようだ。

 そして千羽ツルの折り目は完全なシンメトリー、立体の3D魔法陣となって『神の燐火』を発生させている」


 転送魔法陣を修復したティダは、その仕組みを素早く見抜いた。

 リアルの知識があるメンバーはその話の内容を理解できたが、水浅葱や他の者にティダの説明は謎の呪文にしか聞こえない。


「そうらしいな。折り紙が下手くそだと、ほら『神の燐火』は宿らない」


 SENの作った不格好なツルは、羽を広げると僅かに光ったあと地面にポトリと落ちた。


「まったく、この寒波を退けるために走り回っていた私たちの苦労が、たった一枚の紙切れで解決できるとは。死黒鳥の蒼珠や殲滅魔法の解除なんて、大した奇蹟ではないのですね。

 これが……神寄せの巫女の行う、真の女神の奇蹟ですか」

「ほらYUYUさま、上をご覧ください。ああ、なんて美しい。

 まるで鳳凰小都の空に、鳳凰が舞い戻ってきたかのようですわ」


 紙細工の鳥の放つ七色の光が、鳳凰が描かれた女神聖堂のステンドグラスを鮮やかに浮かび上がらせる。

 この奇蹟を起こした当の本人は、子供たちに混じって再び千羽ツル作りに熱中している。

 しかもコタツに座って居眠りばかりしていた老婆たちが、かくしゃくと動き回りテーブル上に立って暴れる子供たちを叱りつけ、一緒に千羽ツルを作ってる。


「まさか、婆さんたちの体調まで良くなっているみたいだぞ」

「そうなんですよ、SENさま。

 ワシのぎっくり腰の痛みもピタッと止まって、なんだか体も軽くなりました」


 力強い張りのある声に振り返ると、背筋も真っ直ぐに伸び、血色の良くなった大神官クロトビが部屋に入ってきた。子供たちは大喜びで大神官の周りに集まると、自分たちの作った千羽ツルを手渡してはしゃいでいる。


「ほんとだ、ハルさまの言った通り、女神さまが僕らのお願いを聞いてくれたね」



 


 七色に輝く光を放ちながら宙を舞う紙細工を、水浅葱はうっとりと眺めていた。

 だが隣に居る主の表情が、硬く緊張したものであることに気が付くと、『王の影』の合図に目配せをして大食堂から廊下へと場所を移動する。


「水浅葱、これよりハクロ王都の近衛師団を大至急、鳳凰小都へ派遣させます。貴女は

 転送魔法陣で待機して、師団が到着次第、ソレを率いて目的地を制圧しなさい。

 事態は一刻を争います。霊峰神殿より先に動かなくてはなりません」

「畏まりましたYUYUさま。して、その制圧地点は何処ですか?」


「場所は、鳳凰小都 書籍の森の中にある、ピョコ紙幣を印刷する造幣局。

 秘密保持のため、中で働く職人も一人残らず全員捕らえなさい。

 印刷輪転機、そして1ピョコ紙幣の原版を確保するのです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ