クエスト40 冬に備えよう
SENとアマザキが激しいバトルを繰り広げた直後から降り始めた雪は、夜には吹き荒ぶ風と雹まじりの雪となり、一夜で鳳凰小都は銀世界になった。
突然の寒波の到来で、野宿していた浮浪者たちが聖堂に逃げ込み、いや、冬への備えが間に合わない貧しい人々も寒さに耐えきれず大挙して聖堂の扉を叩いた。
それから蒼珠聖堂が興されて一週間が過ぎた頃には、寒さを逃れる民で聖堂は満杯状態になり、王の影YUYUの配慮で近所の宿屋を貸切ほどの事態となる。
「この寒波は偽法王アマザキの仕業でしょう。対抗できるのは我々神科学種だけです。
しかし私もメインは同じ氷系魔法なので、この寒波を引き起こす術の解除は困難。
ティダさんは狂戦士で攻撃魔法と自己治癒魔法、SENも武士だから似たようなものですね。
ハフハフ……呆れるほど見事な脳筋パーティ、まったく一人くらい、ハフハフ……魔道師は居ないのですか。ハフハフ、ああ、何て美味しいのでしょう!!」
蒼珠聖堂に住居を移したハルを視察という名目で追いかけてきたYUYUは、手料理の熱々チキンドリアを額に汗しながら美味しそうに食べている。
その様子を大鍋を抱えながら眺めるハルは、毎日の大量の炊き出しでさらに料理の腕が磨かれたような気がした。
大切な戦闘レベルは、1ポイントも増えてないけれど。
そんなYUYUの真向かいに座るティダが、お茶をすすりながら答える。
「聖堂がこの寒さに耐えられるのは、『神の燐火』による祝福があるからだ。
今、蒼珠聖堂はハルちゃんという祝福増強ブースターのおかげで寒波を免れている。その恩恵を街全体に行き渡らせれば、寒波から免れることができるんだが」
「ティダさんの言う通りです。
しかし『神の燐火』はまだ私たちの知らない未知の技術であり、そして終焉世界ではすでに失われた技術なのです。
あの神科学種の面汚し、中二病のアマザキが行使した氷魔法がどれだけの期間作用するか、誰にも予想できません。
長期戦も視野に入れ、炎の結晶を大量に確保するよう緊急要請しました」
「まぁ、素晴らしい状況判断、さすがYUYUさまですわ。
炎の結晶があれば、この『コタツ』を実用化することができるのですね。
外は吹雪だというのに、ぬくぬくと温まりながらハルさまのお手製アイスクリンを頂けるなんて、こんな贅沢ありません」
実は聖堂の食堂の一部に畳が敷かれ、掘り炬燵が作られていた。
YUYUとティダと水浅葱は同じコタツに入り、そこで作戦会議を行っている。
コタツのアイデアは、貧乏学生で隙間風の入るボロアパート暮らしのハルの提案で、ヒーターかわりに炎の結晶を使っていた。小さな結晶一つでは部屋中暖めることは出来ないが、コタツの中で足元を温めるだけで随分と寒さが凌げる。
蒼珠聖堂の食堂に不似合な掘りゴタツが五台置かれ、とても大人気でチャチャを中心とした信者たちが、要望に応じてコタツを製作している。
「彼らにも仕事が出来て良かったです。といっても、まだ冬はこれから。
コタツ程度の暖房器具では、気休めにしかなりませんね」
高原エリアの森林のほとんどを占めるのは書籍樹という木だ。
簡単に印刷用紙に加工できるように品種改良された樹で、その反面水分を多く含んでいるため燃料薪には適さない。
したがって鳳凰小都では冬になると薪不足に陥り、高級娼館などは高価な『炎の結晶』を大量に使用したが、貧しい人々はそうもいかない。
衣服を着こみ身を寄せ合って、隙間風の吹き荒れる家の中で僅かな薪の炎で暖を取り寒さを凌ぐしかなかった。
***
老婆の泣き声は、その轟音にかき消された。
竜胆は聖堂へ向かう道の途中で、奇妙な場面に出くわす。
一見すると大勢の男たちが手分けして廃屋を解体しているように見えたが、道の端にポツンと椅子に座らされた老婆が泣き叫び、必死でソレを辞めさせようとする。
近くで様子を見守る者たちも、気の毒そうに老婆を眺めてるだけだ。
これは、家賃を払えずに追い出されたって事か。
その場面に立ち止まり黙って見ている巨人の姿に驚く者もいたが、彼らも構っている余裕はなかった。
ボロ家を壊してでも薪を確保しなければならないほど、住民は困窮している。家が解体され大きな木材が運び出された後、散らかった木屑を拾おうと人々が群がり騒乱状態になる。
「ったく嫌になるぜ、何で人間は、こんなに無力で哀れなんだろう」
竜胆は呆れたように呟き、涙も枯れ果てヒイヒイと荒々しく息をして、寒さで凍える老婆を軽々と摘み上げる。片腕で抱きかかえ自分の着ていた外套に包むと、聖堂へ向かって歩き出した。
***
YUYUが食事を終えた頃、食堂に大勢の子供たちがなだれ込んできた。
三人はそっと席を外し、ハルは大鍋を火にかけ食事の準備を始める。
娼館に居た子供と転送ゲート前のバザーで物乞いをしていた子供は聖堂に保護されている。
更に寒波を逃れるため、親と一緒に聖堂に来た避難民の子供もいた。
蒼珠聖堂は孤児院としての役割も担い、念願叶って大神官に任命されたクロトビは、ギックリ腰をなだめながら子供たちに囲まれ忙しく動き回っていた。
運よくコタツに陣取った子供も含め、食堂のテーブルは大勢の子供たちで埋まる。
目の前に配膳された料理にはお子様ランチ風卵ピラフの上には小さな旗が乗っていて、カピパラ肉のから揚げが三個付いている。大きめの器には具のたっぷり入ったシチューが注がれた。
普段の食事は固いパンのかけらと具の無いスープだった避難民の子供たちからは歓声が上がり、早く食べたくてソワソワしている。
この食事は巨人王から蒼珠聖堂への援助もあるが、砂漠エリアで収穫される『おにぎりの実』を『蒼珠』との等価交換で大量に入手することで、食糧が容易に手に入るようになっていた。
「痛たっ、では食事前の祈りの言葉を捧げよう。
イタッ女神さまに与えられた祝福を、イタタッ皆で感謝して……」
大神官クロトビは、子供たちを前にしてに食前の祈りの言葉を捧げる。
祈りが終わると、一斉に食事を始める子供たちの様子を黒鳶は満足そうに眺めながら、自分は食事には手を付けず痛む腰に手を廻しながら食堂を出てゆく。
そのクロトビの姿を、食事を給仕しているハルは心配そうに眺めた。
ティダやSENが治癒魔法を施しても、黒鳶の頑固なぎっくり腰はなかなか完治しない。ハルの神手マッサージは肩こり限定なので、気休め程度の効き目しかなかった。
誰かが黒鳶に呪いをかけているらしい。
***
鳳凰小都中央に位置する場所に、豪華絢爛な六層六角の巨大な建物がそびえ立つ。
館を彩る極彩色の鳳凰の彫刻に、色鮮やかな鳳凰の壁画は、館の主巨人族の第七位王子 蒼褐の作品だという。
『鳳凰館』と呼ばれるその館は、今、奇妙な静寂に包まれていた。
館を警備していた兵が姿を消し、鳳凰館の周囲は汚物が散乱してゴミ溜まり、荒んだ雰囲気になっている。
建物の中を見ると、部屋を美しく彩っていた調度品が姿を消し、畳の上を複数の人間が土足で荒らし回った痕跡がある。
部屋の中に入り込んだ死黒鳥が飛び回って糞を撒きちらし、ゴミ屋敷と化した鳳凰館。
「おい、誰かいないのか!!主が呼んでいるのだぞ、返事ぐらいしないか」
第七位王子アイカチは、罵声を上げ苛立った様子で部屋から出てくると、幼少からの彼を世話している側近の男が一人、疲れはてた表情で立ち尽くしている。
第七位王子はボサボサの髪はシラミにまみれ、薄汚れた服を着て全身から異臭を放ちながら、年とった側近に詰めよる。
「おい、召使たちの姿が見えないぞ。
巨人王に一番近い王子であるこの俺の世話をサボるとは許せん。
召使全員に、厳しい罰を与えてやる」
「なにをおっしゃいますアイカチさま、彼らは奴隷ではありません、ただの召使いです。
まともに給金も払わずこき使えば、逃げ出すのも当たり前ではありませんか」
そういう年をとった男も、元は上等の服が薄汚れて、表情も暗く病んだ様子だ。
「何をいってるんだ!!召使には給金として100万紙幣も支払っているぞ。
それだけあれば、贅沢に暮らせるではないか」
「以前なら金貨100枚の価値があったミリオン紙幣ですが、アイカチさまが紙切れを刷りまくったおかげで、この町の物価は五十倍に跳ね上がっているのですよ。
100万紙幣も、今はたった金貨二枚の価値しかありません」
「なんだ、それなら一億紙幣を刷ればいい。
この話は仕舞だ。腹が減ったぞ、飯を準備しろ。それから女を三人ほど寄越せ」
「アイカチ王子、館の調度品をすべて売り払い、金策は尽きました。
もうココには米一粒買う金もありません。
例え一億紙幣刷ったところで、そんな紙切れで物を売ってくれるバカは、鳳凰小都には誰も居ないでしょう」
そう冷たく主に言い放ちながらも、なんとか苦労して用意した食事を差し出すと、自分は空腹に耐えて席を外す。
親代わりに長年王子の側で勤めていた男も、既に限界だった。
巨人族として体位だけは立派だが、知も武を並以下で社交性もなくバカ王子と蔑まれていた。
趣味の絵に没頭し、美食と女を楽しむ害のない凡庸な主だった。
それがアノ悪魔のような弟王子たちに舌先三寸で騙され、王位の証である鳳凰と引き換えにエルフ族の秘薬で偽りの若い体を得て、紙幣を刷って金を作り、贅沢を覚え満たされない欲望に溺れた。
この一月余り、金が尽きたと知った女たちは王子に寄り付かなくなり、食事も貧しくなって巨人の体を維持できず体重が減ったのは不幸中の幸いだ。
隠密の情報では、高級花街エリアに、王命を受けた『第四位側室 王の影』とその部下たちが潜伏してるらしい。
巨人王から授かった鳳凰小都をここまで疲弊させ、領地をまともに治めることの出来ない恥さらしとなじられるだろう。
しかしもう『王の影』に縋るしか道は残されていない。
弟の紫苑王子から引き離し、アイカチ王子の目を覚まさせたいのだ。
老いた男は雪に覆われた街を見下ろす庇の外に目をやる。
忌々しくも美しい白い雪がふわふわと空から降ってきた。