クエスト37 露天風呂に入ろう
ドボドボと音を立てて源泉から湧き出る温泉水が飛沫を立てながら岩壁を流れ落ちて、鏡のように磨かれた黒曜石の湯船に満たされる。
周囲は高く伸びた竹林に囲まれた巨大な露天風呂で、ここが高級花街エリアの中とは思えない風情のある眺めだ。
「うわぁ、さすが巨人王御用達の上客専用お風呂。
ココまで凝った造りだったなんで凄い。まるで山奥の露天風呂みたい」
普段ハルが利用しているのは従業員用浴室で、毎日幼い子供達を世話しながら慌ただしく入浴していた。それが、今この高級娼館の露天風呂を一人貸切状態だ。
すぐにでも湯の中に飛び込みたいけど、まずは汚れを落として、身も心も清めてからのんびりと浸かりたいね。
ヒノキの香りと敷き詰められた床の感触がいい、お湯に手を沈め温度を確認。
水質はサラリとして、うん、ちょっと熱めで僕の好みの湯加減だ。
桶を手にしたハルは、湯船から湯を汲んでバシャバシャかぶり、準備されていた石鹸を手にする。シャンプーやリンスは見当たらず、濡れた髪に直に石鹸をこすりつけガシガシと泡立て洗い出した。
気分よく鼻歌交じりで体を洗っていると、露天風呂の出入り口の方から物音がした。
ふとそちらに目を向けると……
「あら、ハルさま、私がお背中をお流しすると言いましたのに。
そのように乱暴な洗い方では、キ・レ・イになりませんよ。
ふふっ、私がハルさまを全身くまなく丁寧に洗ってさしあげます」
水浅葱は一糸まとわぬ姿で豊満な肢体をさらしながら、妖艶な笑みを浮かべ露天風呂に入ってきた。ハルは驚いて固まったまま動けない。
「ええっ、ちょっと水浅葱さん、本当に一緒にお風呂に入るつもりだったの!!
もしかして、このお風呂って混浴!?」
熟れた胸のふくらみが左右に揺れ、滑らかな腰のラインとそれに続く部分も隠すことなく、まるで見せつけるように成熟した女の色香を漂わせながら歩み寄る。
体格は水浅葱がハルより少し背が高い。
床に直で座り込んでいるハルを、後ろから覆いかぶさるように胸と腰を密着させる。
うわわわわっ~~
これは、背中に弾力のある二つの大きなメロンが押し当られて……柔らかさは水蜜桃ぐらいです!
水浅葱さんの腕が背中から前に回されて、細くて長い綺麗な指が、僕のお腹とか、お、お尻を撫でまわしている!
「ハルさま、そんな緊張しなくてもよろしいのですよ。
フフッ、私が、手取り足取り、腰取り、導いてあげますわ。
気持ちを楽にして、水浅葱にすべてを委ねてください」
顔を真っ赤にして、パクパクと金魚のように口を開け閉め、声すら出ないハルの顔を両手で包み込むようにして唇を重ねる。
ああ、ハルさまったら、近くで見れば見るほど女神に似てらっしゃる。
お肌も張りがあって、健康的でぴちぴちして、初々しい様子が私好みです。
このまま押倒して、私の殿方の体を熟知した手業で、あーんなコトやこーんな悪戯をして、喰べちゃいましょう。
すっかり自分の術中にはまった少年の唇の感触を堪能していると、硬く目を閉じていたハルが薄目を開けた。
少し頬を赤らめながらも冷静な視線で、水浅葱の顔を覗き込んでいる。
アノ時と同じ表情、女神を憑依させる心を持ち、触れることのできない高みより見下ろされている圧倒的な感覚。
ハルの指先が水浅葱の頬や瞼の上に伸びて、やさしく愛撫するように肌をなぞる。
「あ、あのう、ハルさま、どうしました……」
「水浅葱さん、このままお風呂に入ったら湯船のお湯が汚れるよ。
お化粧落とさなくちゃ、その重たそうな髪飾りも全部取りましょう」
「ハルさま、突然何をおっしゃっているのですか?」
水浅葱は戸惑いながらも、うっとりするような柔らかいタッチで触れてくるハルの指先に、思わず声を漏らした。
***
ティダの前には酒瓶が並べられ、手にした盃が空になると、傍で控えた少女がすぐさま酒を継ぎ足す。正面に座る、色鮮やかなガウンをまとった妖精のような愛らしいハイエルフの姿が酒の肴だ。
さて、ハルと水浅葱が席を立ってそろそろ一時間過ぎた。
仕組まれた茶番にここまで付き合ってやったのだ。こちらもそれなりの報酬を頂こうか。
「ティダさん、貴方にお聞きしたいことがあります。
私はリアルで看護関係の仕事をしています。
稀に怪我をして救急で運ばれた男性がセクシーなランジェリーを着用している事があるのですけど、ネカマの貴方もそんなご趣味があるのかしら?」
話を切り出したのはYUYUの方だった。
「残念ながらお姉さまはリアルで女装趣味はないな。だけどせっかくのバーチャル世界なら、違う自分になりたいと思ったよ。
軽い気持ちでおねえキャラ演じたら結構楽しいから、そういったジェンダーを持っているのだろうね。
しかしまさかゲームで無性のエルフが、終焉世界では“天使”なんて半端な性で(ここからオッサン声)男の方は極小で全く役に立たない。正直プライドはズタズタな状態だ」
そういいながらも美貌のエルフは艶めいた微笑を浮かべながら、杯の酒を一気飲みする。YUYUも少し足を崩して、座椅子の背もたれに体を預けながら、小さなガラスの器に注がれた酒に口を付ける。
「私はまだ、貴方がた三人の関係がよく判りません。
ただの仲良しゲーム友達にしては、まるで違和感がある。
それに霊峰神殿の法王 白藍と中身が擦り替わった、薄気味悪い自己中のアマザキという神科学種はSENと知り合いのようですね」
「俺とSENはゲーム歴も長く腐れ縁状態で、リアルも数か月に1回は会って飲みに行く仲だ。
アマザキは悪名高いチーターで、理由はよく判らないが、いつもSENの真似をして優位に立とうと頻繁に絡んでいた。
ヤツは道徳観念皆無で欲しいモノはどんな手段でも用い、垢ハック(アカウントハック)というネット犯罪行為にも手を染める」
「では、SENもその犯罪者の仲間なのですか?」
「いや違う。SENはディトレーダーで、ざら場の板を覗きながら片手間でプレイをしている、あくまでゲームは趣味の世界。
アマザキはRMTの業者もどきの事をしているが、どうやらゲームと現実の区別がつかないらしい。
一度SENの真似をして、より優れている自分なら大稼ぎできると思い込み、リアルの株取引に手を出した。
結果は予想通り、株の信用取引で散々大損を繰り返し、有り金全部スッて借金までこしらえたらしい。以来バーチャルゲームの中に引きこもり、SENを逆恨みしている。
それが、まさか終焉世界まで追って来たとは、真性ストーカーだ」
終焉世界での予言には、神科学種は“豊穣”と“破滅”に導く者が現れる。
これは偶然ではなく、見えない力が意図したモノなのだろうか?
ティダは話を続ける。
「三か月前、一万人に一人の確率で『幸運度』MAXのアバターが出現するという噂が流れた。もちろんアマザキはそれを狙う。
まさか偶然ダンジョンで出会った初心者が、その『幸運持ち』だと知った時には驚いたよ。
それから俺たちは、ハルちゃんのレベル上げに付き合う名目で、アマザキや他の悪質プレーヤーの毒牙にかからないように見守る事にした」
「そうでしたか、貴重な情報をありがとうございます。
ふふっ……確かに貴方がたはハルくんの保護者のようですね。
では、もしハルくんが自らの意思で私たちと一緒に王都に行きたいと言えば、保護者はそれを止めないのですね」
あどけない人形のような顔立ちのハイエルフは、勝ち誇ったまなざしで見つめ返しながら、こちらの出方を伺っている。
なるほど、既にコトがなされた後で、成果に自信があるんだな。
「そんな遠回しな言い方しなくてもいいよ。
水浅葱がハルちゃん相手に激しい濡れ場を繰り広げているか、それとも彼女が堕ちているか。さぁ、風呂を覗きに行こうか」
「えっティダさん、お風呂を覗くって、そんな破廉恥な、あっ、ちょっとーー」
酔っているはずのティダが勢いよく立ち上がると、向かいに座るYUYUの手を取って、無理やり引きずるように部屋から連れ出す。
館の露天風呂目指して歩き出した。しかしYUYUの右手はしっかりと固く握られ、とても酔っているとは思えない。
「王の影、君に聞きたい事がある。
SENに訊ねても、いつも答えをはぐらかされる」
押し殺した硬い声にYUYUは顔を上げるが、前を歩くティダの表情は見えない。握られた手が小刻みに震える。
「この終焉世界に来る前に、俺は超新型インフルに感染していたはずだ。
死亡率の高いインフルで、まだ治療法も見つかってない。
リアルの俺は、俺達は生きているのか、死んでこの世界に送り込まれたのか?」
YUYUの握られた右手がそっと解かれると、表情を無くしたティダが振り返る。しばらく二人の間で沈黙が流れた。
「SENが話さない、ということはそれだけ深刻な話なのでしょう。
私の持つ古代禁書の中に、貴方の居た時代ACα.2025に何が起こったのか記されている書物があります。
望むのなら、本当の真実を教えましょう。
しかし聞けば貴方は今までの生活には戻れなくなる、その覚悟はありますか?」
「何も知らずに、まるで根無し草のような気分で日々を過ごすより、俺は真実を知りたい。」
「では、真実を教えましょう。勿論、望む事も。その代わり、私に力を貸してください。
ゲームプレイヤーが、神科学種として終焉世界に送り込まれるのには理由があります。
しかし私はその理を壊したい。
私は禁忌に手を染める、その共犯者になってもらいたいのです」
この言葉に、ティダはその場で答える事が出来ず、「考えさせてくれ」と早々に露天風呂へと歩を進めた。
なんと、お風呂が次回まで続きます~~