クエスト2 ゴブリンを倒そう
初級クエストの地下鍾乳洞ダンジョンは、タイショ砂漠エリアの中心にある。
転送ゲートからダンジョンまで徒歩で三〇分。
仮想現実体感ゲームのVBWシステムでは、現実と同じように暑さや日差しの強さも体感されるため、スタミナ消費の激しい砂漠エリアはゲームプレイヤーの間でも不人気なダンジョンだ。
地下鍾乳洞クエストは狂戦士ティダが一人で暴れまくり、わずか十五分でスピードクリアした。
クエスト報酬は、二メートル超えの巨斧『ドラゴンスレイヤーアックス(龍殺しの斧)』
某ゲームの木こり少女の持つ斧に似ていたが、初心者ハルが使いこなすには難しい得物だ。
そして楽に終えたクエストの後、予想外の出来事が待ち構えていた。
地下鍾乳洞ダンジョンから地上に出ると、砂漠の熱風と吹き付ける細かい砂が激しく顔に打ちつける。
「うわっ、ぺぺっっ、口の中に砂が入った」
「砂嵐が発生しているとはタイミング悪い。
早く転送ゲートに戻って別エリアに移動しよう」
ハルたちパーティは、突風に吹き飛ばされそうになりながら視界ゼロの砂嵐の中を歩く。
これはダンジョンバトルよりキツい。
ハルは前を歩く二人にはぐれないように後ろを追いかけるが、体力は倍のスピードで減少する。
「おい、なんだこりゃ!!」
しかし苦労してたどりついた転送ゲートは、見るも無惨な姿で何故か魔法陣の描かれた台座が壊れ起動できなくなっていた。
それもついさっき破壊されたようなものではなく、長年雨ざらしで風化して自然に崩れ去ったかのような状態。
「ココに来た時、転送ゲートはちゃんと起動していたはずだ。
それが故障ではなく壊れているとは、一体どうなってんだ?」
壊れた魔法陣の台座の上に、唖然と立ち尽くす三人。
砂嵐は徐々に収まりつつあった。
しかし遠くから、人の金切り声によく似たモンスターの声が聞こえる。
それは子供のような大きさで、全身に黒い毛を生やした半獣人モンスター『ゴブリン』。
運の悪い事に、二十匹あまりのゴブリンの群れが、転送ゲートに近づいてくるのが見えた。
「なんだゴブリンか。
面倒だな、こんな雑魚モンスター倒してもレベル上げにならないよ」
やらたと興奮して吼えるゴブリンの手には棍棒や鎌のような武器が握られ、背にはどこから盗んできた戦利品の入った汚れた袋を背負っている。
「ちょっと待て、あいつらの持ってる袋をよく見ろ」
二匹のゴブリンが運んでいる大きめの袋の口から、傷だらけの白く細い脚が覗いている。
彼らの存在に気付くと、ゴブリンは奇声を上げ一斉に襲いかかってきた。
「ティダ、あのゴブリンは人間をさらってきたらしい。
これは新たに導入されたイベントなのか?」
「あの袋の大きさだと子供が入ってるよ。絶対助けなくちゃ!」
面倒だと愚痴っていたティダは、イベントと聞いた途端嬉々としてゴブリンの群に向かって駆け出す。
ティダは柄頭に鋭い突起の付いたメイスを両手に持ち、黄色い歯を剥き出して飛びかかるゴブリンの頭に振り下ろした。
レベル165の狂戦士(エルフ族なのに)なら一撃で倒せる相手だ。
ぐちゃり
「えっ……」
メイスはゴブリンの頭蓋骨を、まるでスイカのように一撃で叩き潰す。
破裂した脳や血が辺りに飛び散り、頭を失った体から赤紫色の生暖かい血が噴出して、肉の破片がティダの腕や頬に、ベチャリと音を立て張り付く。
それはバーチャルではなく、リアルな感触。
「う、うわぁー、どうなってんだ!!
まるでコレは、ホンモノ、みたいな……」
驚いて後ずさるティダに三匹のゴブリンが襲いかかる。
「氷の聖霊よ 我が敵を撃て 氷 鋭 弾」
SENは魔法攻撃で、ゴブリンの体を鋭利な氷の刃で切り裂いた。
「ティダ、鈍器はよせ。剣か魔法で攻撃しろ」
「おかしいぞ、SEN。これはおかしい」
ティダはうわ言のように呟きながら、武器をメイスから長剣に持ち返る。
勝てる相手でないと逃げ出すゴブリンを追って、剣で背中から一刺しにした。
肉と骨を絶つ感触、溢れ出す赤紫の血、崩れ落ちるゴブリンの重みが腕に伝わってくる。
ハルは弓を番えると、捕らわれた子供を入れた荷物を引きずるゴブリンを狙う。
「どうして、腕が震えて、狙いが定まらない!!」
VBWシステムは、脳が指令を出すだけでゲーム操作ができる。
腕が震えるなんてありえないのだ。
ハルはなんとかリアルの感覚を思い出しながら、敵に向けて無我夢中で矢を放つ。
矢はゴブリンの目に突き刺さり、そのまま頭部半分を射ぬいて破壊した。
ハルは死にかけのゴブリンを横目に眺め、崩れ落ちそうになる足を奮い立たせ、地面に放り出された襤褸袋の口を緩めると、中に押し込まれた子供を助け出した。
見た目八歳ぐらいの、長い金色の髪をした痩せた女の子。
ゴブリンに捕まった時必死に抵抗したのか、全身痣や切り傷だらけで、服もボロボロに破れた酷い姿だ。
「これはまずい、生命力がほとんど無い。早く回復させないと死亡判定になる」
怪我を治す治癒呪文は、ゲームを始めて一時間で強制取得できるので、レベルの低い初心者ハルにも使える。
でもこの瀕死状態では、さらに上位の完全蘇生呪文を使用したほうがいいだろうとハルは判断した。
「魂の回復と蘇生を司る聖霊よ、命の光を 灯せ えっ ええっ」
呪文詠唱状態に入ったハルは、無意識のうちに地面に横たわる少女に、眠れる姫に目覚めのキスをするように唇を重ねようとした。
「うわぁ、ストップストップっ!?
どうして完全蘇生呪文でチュウを~~」
この呪文は、特に戦闘の仮死状態時に使われるポピュラーな蘇生呪文なのに、何故わざわざキスするエモーション(表現行動)が必要なんだ。
「あらまあ、それではお姉さまがお嬢ちゃんを、熱いベーゼで甦らせてア・ゲ、げふっ!!」
「やめんか!!このネカマロリコン」
見た目だけは美しいエルフの麗人の顔面に、SENは躊躇わずとび蹴りを食らわす。
「ハル落ち着け、治癒呪文ヒールの多重掛けで回復させればいい」
ハルが恐る恐る唱えたヒールは、光る右手を相手にかざすだけのエモーションだった。