クエスト36 策略を巡らせよう
鳳凰小都の大神官が交代して一日が過ぎた。
昨日モンスターバトルで派手に壊れた聖堂は、朝早くから信者たちの手で修繕作業が行われていた。また大神官達が扱っていた怪しげな媚薬や玩具が中から運び出され、問答無用で廃棄処分される。
聖堂周辺の見回りから戻ってきたSENは、大神官となった黒鳶の部屋の前でうめき声を聞いた。
慌てて中を覗くと、白髭をたくわえた小太りの男が簡易ベットの上で激痛に襲われ苦しんでいる。
「ど、どうした、クロトビさん!?いったい何があったんだ」
「イタタッ、ああSENさま、これはワシの持病のギックリ腰です。
久々に大魔法を使った負担がでてしまってのぉ、持病が再発してしまった。
魔力が足りなくて、治癒魔法も効き目が無いんじゃ……イタタッ」
クロトビは昨日の氷属性高位魔法の行使して、消耗した魔力が戻っていなかった。
疲れ果てた老体に鞭打って働かせるのも気の毒なので、今日は自己回復に専念させゆっくり休んでもらおう。
大神官代理は、神科学種の天女様(笑)に押し付ければいいのだ。
聖堂前には食べ物の施しを求めて人々が押しかけ、臨時配給所のような様相を呈している
そこで大きな鍋を抱えて忙しく走り回る少年、ハルの姿を見つけた。
SENは声を掛けようと近づいたトコロで、ハルが氷漬けになったラミアを食い入る様に見つめる様子にデジャブ―を感じて無視しようとした。
「あっSENさん、ちょっといいですか?
ラミアって半分蛇だから、臭みを抜いて照り焼きにすれば、ウナギの蒲焼きモドキが作れそうですよね」
瞳をキラキラと輝かせながら満面の笑みを浮かべSENに話しかけるハルに、うっかり「そうだな」と頷いてしまうところだった。
何故いつもハルは、俺にゲテモノ料理を毒見させる気満々で聞いてくるのだろう?
「ぎゃあぁぁ!!ハルちゃん、ラミアを喰うとかヤメテくれ。
お姉さまは匂いだけで死に掛けたのに、喰えば猛毒で即死確実だよ」
SENが返事をする前に、ティダが悲鳴を上げ顔面蒼白で拒絶反応を示す。
「そうかなぁ……わかりました、ラミア料理は諦めます。
ここのモンスターって、食べられないのばかりでツマラナイな」
SENとティダは、心底がっかりした様子で呟くハルの言葉を聞こえないふりをした。
***
蒼珠聖堂はギックリ腰で動けないクロトビとSENに任せ、竜胆とティダとハルは高級花街エリアの『完熟遊誘館』に戻ってきた。
三人の帰りを待っていたのは、大神官の借金代理取り立てを頼んだ娼館経営者たち。
鳳凰大神官の差し押さえ結果を報告した後、彼らを前に王の影は一つの条件を出した。
頼まれた借金は全額徴収できなかったが、その代わりに、後任の聖堂大神官の黒鳶を承認すれば、巨人王から借金不足分を保遁するというコト。
娼館経営者は、鳳凰小都の実権を握る商売上手な実力者が多い。大神官に全額踏み倒される覚悟をしていたのに、その条件を呑めば、巨人王が満額保障してくれるのだ。
皆あっさりと王の影の提案を認め、もろ手を挙げて歓迎した。
「蒼珠聖堂の修繕が終われば、子供たちは聖堂で引き取る事が出来ます。
クロトビは巨人王直属の大神官、孤児たちの生活は巨人王が保障するでしょう。
しかし、これはまだ街の一つの問題が解決されたにすぎないのです」
すべての計画を立案した『王の影 YUYU』は、それが成功裏で終わった後も素直に喜べる気分ではなかった。
「今日の夜明け前に、子供が六人聖堂の前に置き去りにされていた。
夏なら食物だけ確保すれば何とか生きてゆけるが、これから冬になると貧困から寒さを凌げずに凍え死ぬ人間も増えるだろう」
「だがこの貧困は人間達の問題だ。巨人王は成人した人間の世話まで見ることはない。
人間が巨人の奴隷になるなら、話は別だが」
YUYUさんと竜胆とティダは、お互いの立場からこの街を救おうとしている。
鳳凰小都は金さえあれば衣食住に困ることはないし、聖堂がマトモに機能すれば最低限の食事は配給で得ることが出来るはず。
だけどチャチャさんみたいに家もなく路上で暮らす人や、弱く力のない人々は厳しい冬を越すことが出来るだろうか?
「YUYUさん、蒼珠聖堂に子供たちが引き取られたら、僕らも一緒にソコに行きますね。人手はいくらあっても足りないし、僕でも手伝える事が色々あると思います」
ハルの言葉を聞いて、一瞬YUYUが固まったように見えた。
「ハルくんは、ずっと完熟遊誘館のお客様でいらして良いのですよ。
ココに来てから孤児の世話でゆっくりすることがなかったでしょう。
もう女神姿の囮役をさせたりしませんから、ねっ。
どうぞ、今日は、ココで、ゆっくりのんびり、過ごして、下さい!!」
YUYUは語意を強め、言い含めるようにハルに話しかける。その後ろで控えていた水浅葱は目配せをして立ち上がると、三人に声を掛けた。
「今日、館にいらっしゃるお客様は竜胆様とティダ様、そしてハル様の三人だけです。
鳳凰聖堂を廃し、新たな聖堂を立ち上げた成功報酬として、私たちが存分におもてなしいたしますわ」
部屋に豪華な食事が運ばれ、普段以上に着飾った娘達が中に入ってくる。
特に竜胆の周りは華やかな雰囲気で、王子様の気を引こうと甘い声で誘い群がる娘達は次第にエキサイトしてキャットファイトを始める。
「おい竜胆、これじゃあ落ち着いて食事もできない。さっさと相手を決めろ」
綺麗な高級娼婦相手だと、ティダさんもおっさんモードになるんだね。
竜胆はティダの叱咤にフェルモンむんむんの流し目で答えると、食事には手を付けず、若い娼婦を三人連れて部屋を出て行った。
三人ですか、さすが竜胆さん、すごいよ巨人族。
ふと気が付くと、僕の隣には水浅葱さんが座っていて、ご飯をよそっています。
僕は目の前の豪華膳に箸を伸ばし、赤魚の姿煮をモグモグと噛みしめる。おや、塩分控えめになって味に深みが増しているよ。
炊き込みご飯は彩りも綺麗で、固くパサついていた米も芯まで柔らかく炊けている。
出された料理の味付けが、塩辛い濃口からあっさり和食に変化していた。
「この料理、ハルさまのお口に合いますか?
厨房の者も、ハルさまの真似をして味付けを変えたところ、お客さまからの評判が良くなったと言っています」
「料理人さんたちの腕が良いのですよ。
以前より料理の味にバリエーションが増えて、美味しくなってますね」
YUYUとティダは、なにやら真剣に話し合い、水浅葱がハルの相手を務めていた。
普段以上に着飾った美女との華やいだ食事はとても楽しい。
ハルが和菓子風デザートを食べているトコロで、部屋に大量の衣装を抱えた女の人がニコニコと笑いながら入ってきた。
水浅葱がその衣装を受け取ると、ハルの方を何度も見ながら服を選び始めると、なんだか嫌な予感がした。
「ハルさまはいつも地味で飾り気のない平々凡々服ばかりで、せっかく綺麗な女神さまのお顔をしているのに、宝の持ち腐れですわ。
水浅葱がハルさまに似合う服を取り揃えてきました。
さあ、コノ場で着せ替えゴッ、いえ、衣装合わせをしてください」
「ええ~~っ、僕は聖堂の片付けで埃まみれ、今ものすごく汗臭いんですよ。
こんなに綺麗な衣装を着たら汚してしまいます。
ごちそうさまでした!!ちょっと部屋に戻ってお風呂に入ってきます」
慌てて立ち上がり部屋を出てゆこうとするハルの後ろを、水浅葱が服を抱えてついてくる。
「ハルさま、今日は使用人浴室ではなく、館の上客専用露店風呂をご利用ください。
せっかくですので、私もご一緒させてください。ハルさまのお背中を流させていただきますわ」
えっ、えーーっ、マジですか!?
***
それはハルたち三人が『完熟遊誘館』に戻ってくる数時間前。
「水浅葱、霊峰神殿が動き出しました、もはや時間はありません。
あの狂った頭真っ白な偽法王がハルくんを手に入れてしまったら、いくら私でも奪い返すことは困難です。どのような方法を使ってもかまいません、今日中にハルくんを堕としなさい」
王の影YUYUは、普段の冷静で落ち着き払った姿をかなぐり捨て、酷く焦った様子で側近の水浅葱に命じた。
女神聖堂に現れた霊峰女神神殿の白藍法王は、二年前に現れた『アマザキ』という神科学種が入れ替わっている。
ソイツは改造能力で神科学種を超える力を有し、YUYU以上にパワーのある殲滅魔法を行使して、鳳凰聖堂自体を滅ぼそうとした。
その力をハルは、無自覚で発動させた『神の燐火』で、壊滅魔法を打ち消したのだ。
偽法王を超える女神の力『神の燐火』、それを発動させるハルを敵の手に渡さないためにも、霊峰神殿の連中より先に動かなくてはならない。
「YUYUさま、私、ハルさまはちょっと……読心術が使えないので苦手です」
「水浅葱、もはや悠長な事を言っている場合ではないのです。
貴女の手業でハルくんを色に溺れさせ快楽漬けにして、愛玩用男の娘に仕立てあげ、王都へお持ち帰りするのです!!」
脱衣じゃんけん勝負で、ハルに対して読心能力が使えずに敗北感を味わった水浅葱だったが、めったに見られない主の焦る様子に気持ちを切り替える。
「YUYUさま、後半部分はかなり歪んだ願望が……。
そこまでおっしゃるのでしたら、御期待の応えなくてはいけませんね。
ハルさまはそちら方面が淡白な様子ですが、私がこれまで殿方に施した房中術で虜にして、堕としてみせましょう。
くふふっ、YUYUさまとハルさま、三つ巴が出来るかと思うと心躍ります」
「み、水浅葱こそ、後半部分はかなり歪んだ願望が見え隠れしていますよ。
ハルくんを一人きりにするには、保護者気取りのティダを引き離す必要があります。
私は邪魔者のネカマエルフの相手をするので、その間にハルくんを連れ出し、水浅葱の妖艶な身体と手業で籠絡するのです!!」
食事を済ませたあと、二人で部屋を出ていくハルと水浅葱。
その後ろ姿を眺めながらYUYUは某漫画主人公の様に心の中で呟いた。
「 計 画 通 り 」
今回のタイトルは、YUYUたちのクエスト(笑)
ついに次回はお風呂でドッキリ!!