クエスト35 少年法王と話そう
鳳凰小都の大通りは、正面門から街の中心に位置する第七位王子の居住する鳳凰館から、最深部の高級花街エリアまで続く。
すでに日も沈みかけた夕暮れの中、鳳凰小都正面門から大通りへを三頭の白馬が猛スピードで駆けてゆく。
目の前を通り過ぎる白馬を見た老婆は、驚いてその場に座り込み膝をついて両手を合わせた。
二頭の馬は、光り輝く純白の鎧に身を固めた聖騎士が手綱を握り、それに守られて複雑な魔法文様が刻まれた金糸の長細い帽子をかぶった少年を乗せた馬が走る。
若葉のような黄緑色の髪に闇夜を写し取った黒い瞳、薄い生地の金の衣を数枚重ね着にした法衣は、霊峰女神神殿 少年法王 白藍のみが着ることを許された衣。
不思議な事に、街中を疾走する馬の蹄の音が聞こえない。
白馬はわずかに地表から宙に浮き、土煙の代わりにキラキラと「神の燐火」を撒き散らす。
それは額に白い角を持つ聖獣ユニコーンであり、ユニコーンを騎獣として従えることができるのは霊峰神殿の法王と従者のみ。
終焉世界で人々に祝福を分け与える象徴だった。
だが、それは過去の話。
今は霊峰神殿自体が、欲と権力闘争の魔窟であると噂されている。
***
女神聖堂前に集う人の波に押されながらも、痩せた男は壊れたリアカー引き、緑のベレー帽をかぶった少年が後ろから押している。
「オラの名前は抹茶っていうだ。みんなチャチャって呼んでいるだよ」
群衆の邪魔にならないように聖堂から離れた道の端にリアカーを置く。
二人はコノ騒動の当事者でありながら、中からはじき出され集まった群衆の最後尾に居た。
チャチャのリアカーに山と積まれたのは1ピョコ紙幣。
現在鳳凰小都は物価が五十倍で、パン1個買うのに5000ピョコ紙幣も払わなくてはならない。
男がリアカーに放置しても誰も1ピョコ紙幣など見向きもしない。
「この1ピョコ紙幣はオラのお布団なんだぁ。
どんなに寒い夜でも中に埋まって寝るとほんのり暖かくて、朝までぐっすり寝れるだよ」
「チャチャさん、そのお金一枚見せてください。
へぇ本当だ、とても綺麗な模様、色鮮やかな鳳凰の絵が描かれてますね。
お金として価値が無くても、1ピョコ紙幣を何かに使えるといいな」
「ああ、その鳳凰の絵を描いたのは第七バカ王子だよ。
二年前までは絵ばかり描いてる役立たず王子と言われてたけど、オラはあの人の描く絵が好きだったな。それが他の王子の口車に乗ってピョコ紙幣を刷り出してから、様子がおかしくなったんだぁ」
ワァワァと周りの群衆が騒ぎだすのをよそに、ハルと痩せた男はのんびりおしゃべりをしていた。
だって、僕がラミアと戦うとか、大神官と交渉するとか絶対無理。
SEN達の邪魔にならないように、離れた安全なトコロで待機するのが一番です。
しばらくすると、群衆の最前列から多くのどよめきが上がった。
「鳳凰大神官が辞めさせられたぞぉ」
「大神官が身ぐるみ剥がされ、素っ裸で聖堂から出てきたぞ」
「前の大神官、黒鳶さまが、巨人王から青珠大神官に選ばれたんだって?」
まるで伝言ゲームのように、人々が口々に聖堂の中の状況を伝える。
建物の影から様子をうかがっていた者も集まりだし、更に聖堂側に押し寄せ、群衆の中心は身動き取れない状態になっていた。
モンスターの死体の山と半壊した鳳凰聖堂。
そこから叩き出された猿顔で半裸の男を、群衆がぐるりと取り囲んでいた。
「なぁこの大神官が悪魔祓いだといって、俺の女房をもてあそびやがった。
あれはペテンだったのか!!」
「病が治る人形をコイツに売りつけられたが、いくら拝んでも効き目は無くて、親父は死んじまった」
「俺の娘に聖女の素質があると騙して連れて行った。なぁ、娘はどこにいるんだ!!」
昨日まで女神の名を語り詐欺三昧を繰り返していた大神官の周りを、洗脳術が解けた人々が口々に罵る。
「な、何言ってるんだ!!あの女は本当に悪魔憑きだったし、人形は霊峰神殿から授けられた霊験あらかたな品だ。
お前の娘も、霊峰神殿に奉公に出した。しばらくすれば帰ってくるはずだ。
この俺に向かって暴言を吐くとは、貴様ら全員地獄に落ちろぉ」
猿顔の男は叫ぶように言い訳を喚きたて怒鳴り散らし、それが更に群衆の怒りを招く。
誰かが思わず大神官の腕を掴んだのがきっかけで、簡単に転んだ小柄な男に、次々と人々の手が伸びた。
サル顔の大神官は群衆の中を引きずられ、集団リンチも避けられない状態に、聖堂の中から様子を伺っていたSENとティダが立ち上がる。
「あんなやつを助けるつもりか?
自業自得だろ、百回殺されたって釣りが来るような酷い事をした愚図だ」
竜胆が冷たく言い放つが、ティダは曖昧な笑みを浮かべると答えた。
「竜胆王子と神科学種は、鳳凰大神官に神官職を放棄させる契約を交わした。
皮肉なことに、鳳凰大神官はその契約によって、俺たちの敵から味方にポジションが移動したんだ。
だからヤツを味方であるはずの信者に殺されれば、神科学種の『幸運度』が下がる。
特にハルちゃんの『幸運度』奇蹟の力を、愚か者の死で弱らせる訳にはいかない」
『神科学種の終焉』ゲームは、契約によって敵味方が激しく入れ替わる【下剋上イベント】がある。
その時、味方になった元・敵キャラを私怨でPK (プレイヤー・キラー)すると『幸運度』ガタ落ちペナルテーが科せられる。
この終焉世界にも、そのルールが適用されているのだろう。
SENとティダは聖堂の外に出て、興奮状態の人々を掻き分け鳳凰大神官を探す。
しかしそれよりわずかに早く、三頭の白馬が群衆を蹴散らして、人々に小突き回されていた鳳凰大神官の前に現れた。
「おい、あれは、白馬に純白の鎧、霊峰神殿の聖騎士じゃないか」
「まさか鳳凰大神官のヤツ、霊峰女神神殿の連中を呼び寄せたのか!!」
リンチで全身傷と痣だらけの鳳凰大神官は、腫れ上がった顔に鼻血を流しながら、助けを求めるように白馬に駆け寄る。
「霊峰神殿、法王さま。どうか私をお助け下さい。
この愚かな連中は霊峰神殿に反旗を翻し、大神官である私を亡き者にしようとしております」
しかし白馬から降りてきた二人の聖騎士は、這いながら白藍少年法王に近づく猿顔の男を蹴り倒した。
「たかが大神官ごときが、軽々くし白藍さまに声を掛けるとは何事だ!!」
「我々は白藍法王さまの千里眼で、貴様が巨人族の王子に大神官職を売ったと知り、コノ場に駆け付けたのだ」
聖騎士の断罪するような冷たい声に大神官は顔面蒼白になり、ガタガタと小刻みに震えだす。
金の衣を着た馬上の人物を縋るような目で見上げながら、ひたすら弁明した。
「そ、そんなぁ、俺は他所の聖堂の数倍も霊峰神殿へ寄付を贈りました。
アマザキさま、アンタ言ったじゃないですか。
要求した金を積めば、いくらでも聖堂を自由に好きにしてイイって……」
「アマザキって誰?この人、ナニ意味ワカラナイ事を言っているの。
オマエハ、ワタシの許可なく大神官の座を巨人族にウッタんだ。
霊峰女神神殿とのケイヤクヲ破った天罰が下さなくちゃ。
ほら、女神さまがオコッテル」
少年法王は、ユニコーンに跨ったまま手に持つ巨大な呪杖を天へと掲げる。
すでに日が落ちかけた空にドス黒い雲が現れ、聖堂上空に渦巻きながら分厚い雲の層を作る。
それは秋の高原に現れる事のない巨大な積螺雲。黒雲の中を雷が走り、地表に殴りつけるような風が吹く。
まさか、これだけ群衆が居る中で術を使うのか?
聖騎士たちも、少年法王に思いとどまるよう制止の声をかける。
しかしまったく聞く耳を持たない馬上の少年は、瞳を爛々と狂気の色に染めあげ、歌う様に最高位雷攻撃詠唱を行う。
二人の会話を聞き、SENは武器を手に少年法王の姿を目指して駆けだした。
「アマザキだと、まさかあの疫病神が、この終焉世界に送り込まれているのか!?」
彼は上限レベル200のランカーでありチートプレイヤー、ゲームNPCデータを丸ごとコピーして様々な悪事を繰り返す疫病神。
そして、神科学種を滅ぼした【黒い蝶予言】を信じる終末思想の持ち主だ。
「裏切り者の大神官と、ついでに雑魚も一緒に、天罰ーーー!!
イケェェェーー全員カミナリニ打たれて黒焦げになって死ンジマエ」
「やはりテメェ、アマザキィ!!貴様が法王に化けているのか」
巨大な雷が形成され聖堂に落とされる瞬間、呪文詠唱途中の少年法王のユニコーンに、黒衣の男が飛び乗ってきた。
魔力の込められた呪杖の先を、SENはタケミカヅチで一閃する。
力は相殺、呪杖の先に埋め込まれた金剛石が砕け散り、タケミカヅチの先端がポキリと折れた。
ウワァァァアアアアーーー
聖堂前に集まった群衆の頭上で花火のように巨大な雷が弾け、流星群となって降り注ぐ。
人々は悲鳴を上げながら、物陰へ、聖堂の中へ逃げ込もうと走り出し出しパニック状態になった。
「うわっ、みんな落ち着いてって、聞こえないよね、アワワッ」
群衆の中に居たハルは、人波に運ばれていつの間にか聖堂内に足を踏み入れる。
チリンッ チリンッ
ハルの頭の中で、小さな鈴の音が鳴り響く。
脚先が微かに光ったかと思うと、体中を光が駆け巡り、それが倍に膨れ上がって外へ流れ出すような感覚。
ハルの存在そのものが”祝福”という見えない力を発動させるスイッチなのだ。
その瞬間、鳳凰小都中の『神の燐火』の外灯が油を足されたように激しく燃え上がり、七色の光が膨れ上がる。
鳳凰聖堂の周囲に立ち並ぶ円柱状の塔そのものが楽器であり、笛のような音色でアンサンブルの神曲を奏で出す。
人々は七色の光が上空に薄い膜をはり、降り注ぐ雷を弾き取り込むのを見た。
『神の燐火』はさらに輝きを増して、女神聖堂とその周囲はクリスマスイルミネーション状態になる。
だが一か所だけ、神の燐火の力に逆らい落ちた雷は、猿顔の男を消し炭に変えた。
群衆の感情は、恐怖から安堵、そして畏怖へ。
聖堂前に集った人々は言葉を発することも忘れて七色に輝く光を眺め、次第にぽつりぽつりと、夢見心地で会話を始めた。
「オアシスで女神さまが現れた時も、聖堂が光り輝いたって聞いた事あるわ」
「じゃあ、この中に女神さまが居るっていうのか?こんだけ人間がいるんだぞ」
「きっと天女みてぇな神科学種さまと、大神官のクロトビさまが俺たちを助けて下さったんだ」
「やっぱり、クロトビさまは女神に選ばれた本物の聖人だ!!」
一人がクロトビの名前を叫ぶと、他の者たちも次から次へと名前を連呼し大声援が沸き起こる。
群衆が自分の名前を呼ぶ声を聖堂の中で聴いたクロトビは驚いて尻もちをつき、竜胆は腹を抱えて笑い出した。
ティダはクロトビを立ち上がらせ、聖堂のテラスへ連れてゆき群衆の前にお披露目する。
美しい天女は、クロトビの頬に祝福のキスをすると高らかに宣言した。
「これより、巨人族鉄紺王配下の大神官 黒鳶を、神科学種承認のもと、蒼珠聖堂の大神官とする」
聖堂の前に集った人々は、歓喜の声を爆発させる。
そして一番の立役者であるはずのハルは、群衆の中に混じり、チャチャと一緒に嬉しそうに拍手をしていた。
***
霊峰神殿の聖騎士は、目の前で繰り広げられる女神の技を、信じられないモノでも見るかのように眺めていた。
終焉世界で最高位の神官である法王が下した術を、女神は否定するかのように打ち消した。
そして女神の使徒と呼ばれる神科学種が、少年法王に刃を向け互いに睨み合っている。
アマザキと呼ばれた少年法王は、SENの顔を覗き込むと、心底嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、SEN、ホントに久しぶりだね。
俺、もう待ちクタビレテ、世界ナンカトットと終わらせようと思っちゃった。
SEN、俺はアンタを追いかけたのに、二年も早ク、このツマラナイ世界に取り込まれたんだよ」
「なんだと、まさか……二年前?
オアシスの水が枯れ大神官が生贄乙女を差し出したのも、この街から鳳凰が消えてクロトビが大神官を辞めさせられたのも二年前だ」
「俺が役立たずの法王とイレカワッテ、退屈な世界をオモシロオカシク変えてやったのさ。
ソレナノニSENとネカマ野郎は、現れた途端に女神の使徒気取りで、悪者退治ハジメルンダヨナァ!!」
そう呟くと、アルカイックスマイルの少年法王の黒い右目が赤く変化する。
「霊峰神殿の神官たちも、俺の中身が法王 白藍とイレカワッテル事を知ってるよ。
ダッテ、俺が法王で居た方が、連中も好キカッテ贅沢三昧できるんだからな」
付き添う二人の聖騎士にワザと聞かせるように、アマザキは大声で話す。
純白の聖なる鎧に身を包んだ男たちの表情は、顔を覆うヘルムに隠され見えない。
少年法王はユニコーンに跨ると、人々を蹴散らしながら大通りを走り去る。
聖騎士の一人はすぐ少年法王の後を追うが、細身の聖騎士はしばらくその場を動かず、群衆がクロトビを呼ぶ声に耳を傾けSENに軽く会釈すると去って行った。