クエスト34 鳳凰大神官を辞めさせよう
ぐちゅり ぐちゅり
粘着質なソレが靴底に張り付いて足を取られそうになる。
SENが降り立った地面はラミアで埋め尽くされ、蛇女の体からにじみ出る体液で濡れ、毒を含んだ匂いがきつい。
背中を冷たい汗が流れる。胃液が逆流しかかり生理的な嫌悪感が沸き起こる。はっきりいってココから逃げ出したいとSENは思った。
だが、飢えた化け物が聖堂の外へ放たれ街の住民が襲われれば、それは恐ろしい地獄絵になるだろう。
SENは改めて右手の大刀左手の脇差を握りしめると、化けモノへと飛び込んでゆく。
「背徳の大神官と穢れた使い魔よ、我に牙をむけた事を悔いるがいい!!
二刀流 如来双腕 旋風切」
2本の刀が4本に、さらに8本、16本、数十の刀の軌跡がラミアの体に刻まれる。
SENの周りを取り囲んでいた3匹の化け物は形を失い、ミンチになって飛び散った。
しかし、ラミアの人型に見える上半身はフェイクで、その胴体を切り落としても自切で片方が生きて再生するのだ。
見た目以上に硬いラミアの鱗と、強い酸を帯びた血で、SENの刀は所々が刃こぼれていた。
普段なら一太刀で倒せるのに、数十回も刀を振るわねばならず、しかも大きな破片から再生するラミアもいる。
倒した数以上のモンスターが自己増殖し続けている。これではキリが無い。
仕方ない 宝刀 タケミカヅチ を使い、雷で仕留めるか。
モンスターを倒すために強力な雷を落とすと、一緒に聖堂建物も破壊され、借金の差し押さえが失敗することになる。
しかし、今のSENに躊躇する余裕はなかった。
「あーSEN、早まるなよ。こいつら倒すにはコツがあるんだ。
武器は使い捨て、切り刻むんじゃなくて、縦に三枚おろしにして蛇の背骨を砕けばいい」
半壊した聖堂入口に、巨大な武器を構えた大柄な人影が見えた。
ハーフ巨人の竜胆は、片手に身の丈ほどの大斧を持ち、籠のような入れ物の中に大量の刃物を背負い、まるで御伽噺に出てくる弁慶のような出で立ちだ。
新たな敵の出現にラミアが一斉に襲いかかる。だが、竜胆の振り下ろした分厚い鉄の大斧で頭から胴体まで縦に割られた。
ラミアの血糊で刃先が解けはじめる斧を投げ捨てると、背負った籠から2メートル越えの鉄の大剣を取り出す。
手前のモンスターの腹に剣を刺すと、下へ叩き付けるように振り下ろす。
下半身が二つに裂けたラミアを踏みつけ、上半身も頭から胸、腹まで縦に裂く。
飛び散る血糊が肌を焼くが、竜胆はそれを面白そうにペロリと舐めた。
「巨人族の”王家の血”は、終焉世界で最強血族。たかが下級モンスターの毒には殺られない。
それにこいつらの獣臭も、複数の女が発するフェロモンに慣れた俺には効かないぜ」
「竜胆の言う通り、巨人族の生命力と精力は、人間やエルフを軽く超える。
だが!!変態紳士の俺の前で、もてもてリア充自慢されると非常に腹が立つ。
したがって、お前には『淫獣ハンター竜胆王子』と名乗る呪を掛けてやろう」
「何だよそれ、俺の名は淫獣ハーー!!
SEN、ホントに言霊の術を掛けやがった」
怒声を上げる竜胆にSENは暗い笑みを返すと、両手の刀を仕舞い、小型ナイフタイプの魔剣に持ち替える。
「なるほど、縦に裂くなら魔法詠唱で充分だ。
鎌風よ、堤馬風よ、鋭い刃の鞭で彼の者を断て 風魔 鎌鼬!!」
振り下ろしたナイフの刃が、しなやかな鞭のように伸びて、鋭利な風の牙となりラミアのいる空間を切り裂く。
きょとんとした表情のラミアは、自分が頭から縦に切られた事も気付かないまま、キレイに二つに分かれる。
軽々と大剣を振り回し、まるで薪を割るように敵を切りつける竜胆と、風の鞭で一瞬のうちに真っ二つにするSEN。
モノの十分も経たぬうちに、すべてのモンスターを倒していった。
一瞬の形勢逆転、修羅のごとく凄まじい暴力に、鳳凰大神官は信じられないモノでも見るかのような顔をしている。
だが徐々にこみあげてくる怒りを抑えきれず、興奮して赤ら顔の猿のような奇声をあげた。
「ぎ、ぎぃぃぃーー、霊峰女神神殿 法王さまから授かった俺の可愛いラミア達を殺したな!!貴様ら、許さないぞ。こうなったら塔の中で飼う200匹のラミアを放ち、お前らも街も全部滅ぼしてくれる」
鳳凰大神官が踵を返し白い塔へ逃げ去ってゆく後ろ姿を、SENと竜胆は嘲笑を浮かべながら眺める。
***
あんな怪物たちとまともに戦って勝てるわけない、数にモノをいわせて残りのラミアで襲ってやる。
鳳凰大神官は邪悪な策を練りながら、ぜいぜいと息を切らして渡り廊下のがれきを越え、白い塔に近づくが、その場で足を止めてしまった。
塔の前では天女のようなエルフと小太りの男が待ち構えていた。
「気高き氷の聖霊よ、汝の敵を凍て尽くせ、永久に光なき氷に閉ざされん
極 零 氷 封 印」
鳳凰大神官の目の前でクロトビは氷魔法を唱え、ラミアの飼われている高さ三十メートルの円柱塔を丸ごと銀色に輝く巨大な氷の塊に変えた。
「おお、この呪杖は凄い!!
人間のワシでも”淡雪ユニコーンの杖”を使えば、氷属性の高位魔法を成立させることが出来るぞ。
さすがのラミアも、魂と肉体が芯まで凍っては復活もできないだろう」
「鳳凰大神官、このお姉さまを弄んだツケを返してもらいましょう。
(ここからオッサン声)借金のカタに身ぐるみ剥いで、ケツの穴の毛までむしり取ってやるから覚悟しな!!」
茫然自失でその場に座り込んだ男に、ティダはいつもの調教モードで歩み寄る。
パチンッと指をはじくと【差し押さえ】シールが貼られた法衣が、まるで生きてるかのように鳳凰大神官を脱がそうと動きだす。
服を止めようと、押さえつけ大声で怒鳴り抵抗する鳳凰大神官の姿に、物陰に隠れ成り行きを見守った居た他の神官達もこらえきれずに笑い出す。
裸に剥かれ、腹だけがポッコリ出た貧相な体の男の背中に、ティダは【差し押さえ】シールを貼る。
「これで、お前自身が差し押さえ対象”担保物件”になった。
行動に自由はなくなった、俗にいう奴隷だ。
これから馬車馬のように働いて、完熟悠遊館からの借金を返済してね」
「このっ罰当たりな悪魔め!!
俺は霊峰神殿の法王さまから、直々に命を受けた大神官だ。
このペテンを法王に訴えれば、貴様ら大神官に暴力を働き女神の教えに背いたとして、厳しい罰と破門が下されるぞ。
いくら巨人王の息がかかった完熟悠遊館でも、霊峰神殿に逆らって生きていけると思うなよ」
猿顔の鳳凰大神官は、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言葉を放つ。
しかし、突如見えない力で後ろに引き倒されると、体を強く地面に押し付けられ/動けなくなる。
顔を僅かにあげた男の目の前に巨人族の王子が立ち、見下したように睨み付ける。
大神官の背中に貼られた【差し押さえ】シールに違和感が生じ、それはジリジリと焼け付くような熱を放ちだすと、男は痛みと恐怖で悲鳴を上げた。
男が話した言葉は、霊峰神殿と対立する巨人王への不敬罪として首を落とされるほどのモノだ。
「鳳凰大神官、貴様に訪ねるが、この聖堂に”鳳凰”と”女神”は居るのか?
”鳳凰”も”女神”もいない、借金まみれで役立たずの聖堂は潰してしまえと巨人王はおっしゃった。
だが王の影は、鳳凰大神官が『自己破産』を受け入れれば、借金は無かった事にしてやるそうだ」
「へぇ、その『自己破産』とはなんだ?
俺がソレを受け入れれば、すべての借金が無くなるのか」
「神科学種の世界で『自己破産』とは、自分の財産を失う代わりに借金がチャラになることだ。
貴様の場合、聖堂を明け渡し大神官の地位を捨てれば、これまでの借金は帳消しになる。
【差し押さえ】シールも剥いでやろう。どうだ、悪い話じゃないと思うが」
鳳凰大神官は拍子抜けしたように、王子の言葉を聞いていた。
なんだ、大神官を辞めると言えばいいんだな。そんな簡単な事で借金をチャラにしてくれるのか。
いったんココを引き払い、ほとぼりが冷めるまで隠れた後、別のエリアで再び大神官を名乗って信者を増やせばいい。いずれコノ地に舞い戻り、こいつらに復讐してやろう!!
「確かに王子のおっしゃる通りです。
私は数々の過ちを犯し、もう大神官を名乗る資格はありません。
『自己破産』を受け入れ鳳凰大神官の職を辞します。どうかそれでお許しください」
あっさりと大神官職を捨てヘコヘコと媚ながら頭を下げる男の姿を、竜胆は冷淡に見つめながら、背中に貼られた【差し押さえ】シールを剥がす。
「もう貴様は鳳凰大神官ではない、さっさとココから出ていけ。
これより巨人王直属の神官 黒鳶を大神官として、『蒼珠聖堂』をコノ場に興す」