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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
鳳凰小都編
35/148

クエスト32 借金を取り立てよう

 鳳凰小都の正面門から三区画奥へ進んだ場所に、鳳凰聖堂は存在した。

 木造の東洋風の建物が立ち並ぶ中で、鳳凰聖堂はゴシック風の本館と円柱状の塔が数本建つ洋風の建物である。

 天に向かって伸びる白い塔は、以前は象牙の塔と呼ばれ街で印刷された書籍が大切に保管されていたが、今では塔の中からモンスターの奇妙な鳴き声が聞こえてくる。

 聖堂の周囲には、ミゾノゾミ女神の祝福の力『神の燐光』を宿す街灯が弱々しく光を放ち、わずかなぬくもりを求めて浮浪者たちが溜まっていた。


「こんにちは、私は神科学種の冒険者ティダと申します。

 突然の訪問失礼いたします。

 完熟遊誘かんじゅくゆうゆう館から遣わされ、こちらの大神官さまにお話があってまいりました」


 鳳凰聖堂の正門横の扉を叩いたのは、滝の様に流れる美しい銀髪に見惚れるほど優美な姿をしたエルフ。そのエルフと後ろで影のように控える武士の男、ふたりは女神の使徒の証を持つ、紅い右目の神科学種だった。


「これは、貴方がたは、まさか神科学種様ではありませんか!!

 しかし今鳳凰大神官はたいへんお忙しく、事前に約束が無ければ、例え王様であろうともお会いすることはできません」


「私たちは三日前から大神官様へ面会を申しこみ、なにかと理由を付けて断られています。それで仕方なく直接訪ねてきたのですが、女神の使徒である神科学種に会えないとは……。

 鳳凰大神官は、いったい誰に仕えているのでしょうね」


 聖堂の門番は、これほど近くから神科学種を目にするのは初めてだった。

 大神官が神科学種の訪問を断る理由は、あまりにも分かり切っていた。

 この神秘的な雰囲気を纏った美しい天女のような神科学種が、卑猥な偶像で埋め尽くされた鳳凰聖堂の中を見てどう思うだろうか。

 実は……門番の自分ですら、大神官達の女神を愚弄した行為には耐え切れないものがある。

 大神官の命令と、女神の使徒である神科学種の命令では、どちらを選ぶか。


「では、俺が鳳凰大神官様を呼んできますので、どうぞ中に入ってお待ちください」


 信仰心の厚い鳳凰女神聖堂の門番は、ためらうことなく彼らを聖堂内へと導いた。

 




 鳳凰大神官は、憤怒の表情で脂汗を流しながら、報告に来た門番を怒鳴りつけた。


「貴様ぁ、そいつらが娼館の使いなら、借金の取り立てに決まっているだろう!!

 相手が神科学種だからと怖気づいて、言われるがままに聖堂の中に入れちまったのか。

 我々に楯突く連中は、痛めつけて追い出してしまえ」

「そ、そんな、相手は神科学種様、この世界に豊穣をもたらす女神の使いですよ」


 口答えをする門番を、腹立ちまぎれに拳で殴りつけた大神官は、他の神官達を呼び寄せると、神科学種が通された聖堂大集会所の小窓から様子をうかがう。


「この街で我々に逆らうとは、たとえ神科学種でも許してはおかないぞ。

 ヒヒッ、塔の中で腹を空かしているモンスターに奴らを襲わせるのだ。

 男の方は殺ってもかまわん、エルフは極上品だ、生かして慰み者にしてやろう」


 猿顔の鳳凰大神官は、手鏡で髪を整えながらそう呟くと、大集会所の扉を叩いた。



 ***



 鳳凰女神聖堂の中に通されたSENは、その場のカオスっぷりに呆れを通り越して笑いたくなった。


「ココはホントに……女神に祈りを捧げる場所なのか?

 なんつぅか【―淫魔の邪教館―】ってエロゲタイトル付けたくなるぐらい、イカガワシイ展示物満載だ」


 聖堂正面に祭られていた『M字開脚の女神像』は、まだまだカワイイ物だ。

 信者が腰かけるはずのベンチには、大人半分サイズの精巧な愛らしい少女人形が、モニョモニョな姿で鎮座し、床には使用方法が想像できない奇妙な形をした器具が並べられている。

 毒々しい色の液体の入った瓶が並び、胸をざわめかせるような、今まで嗅いだことのない獣の匂いが部屋を充満していた。


 同じように、室内を興味津々で眺めていたティダが、縛り吊るされてモニョモニョな少女人形を一瞥すると呟いた。


「こんな縄じゃダメだ、収縮性もないし硬すぎる。

 見本の縛りも、団先生の洗練されたモノと比べれば全然劣る。

 しかし、未来でも人間の欲望は変わらないのね。もちろんお姉さまは相手を縛り上げたい方だけど」


「ティダ、妄想世界だけで欲望をとどめる変態紳士の俺は、縛るのも縛られるのも勘弁」


 ティダの目付きが怪しい……普段からナチュラルなS趣向を持ってるが、それを平気で口にする様子を見ると、部屋に充満する匂りに媚薬効果があるのだろう。

 嗅覚の鋭いエルフにはモロ影響が出るヤバい場所かもしれない。

 

「早く用事を済ませたほうが良いな。さっさと手分けして金目のモノを全部差し押さえるぞ」





「な、なんだ、これは!!お前たちいったい何をしているんだ」


 歴史ある鳳凰聖堂には、数々の貴重な彫刻、絵画、装飾品が収められている。

 神科学種たちは、イカガワシイモノに埋もれた、その貴重な品々を探し出し『差し押さえ』と書かれたシールをベタベタ張っていた。


「あんたが何時まで経っても来ないから、俺たちは先に仕事をさせてもらった。

 完熟遊誘かんじゅくゆうゆう館が鳳凰聖堂に借金の取り立てをする話が他の娼館にも伝わって、大神官様の借金を代理取り立てして欲しいって要望が数えきれないほど舞いこんで来た。

 さぁ、娼館で淫行三昧で溜めたツケを、今日中に全額返済してもらおうか」


 眼光鋭い黒衣の武士が、厚さ数センチの及ぶ借用書でペチペチと鳳凰大神官の頬をはたくと、普段は威張り散らかしている猿顔の男は、顔面蒼白でワナワナと小刻みに震えだす。


「この差し押さえシールは、借金が返済されない限り剥がせないのよね。

 大神官様、完熟遊誘かんじゅくゆうゆう館で一晩楽しんだ料金をお支払下さい。

 ああ、支払いはピョコ紙幣ではなく金貨でお願いします」


 神科学種のエルフが差し出された請求書を見て、鳳凰大神官は悲鳴を上げた。



 脱衣じゃんけんゲーム料金 金貨2枚×48回

 高級娼婦 接待料金 金貨8枚×3名

 宿泊料金 金貨9枚×3室

 飲食料金 金貨6枚 ……etc etc 

 ------------------ 

 合計 金貨185枚

 ------------------


 延滞日掛利子 4割 

 金貨185枚×1.4×1.4×1.4……(複利計算)

 ------------------

 合計 金貨1392枚 

 ------------------



「なんだこりゃ!?そ、そんな金額、払えるわけないだろ!!

 アノ脱衣じゃんけんゲームは、竜胆王子がやってみないかと勧めたから参加しただけだ。ゲーム代は王子に払わせればいいだろう!!」


「何か勘違いしているようね、竜胆王子様は客じゃないの。 

 巨人王の側室様から店を譲渡された、完熟遊誘かんじゅくゆうゆう館経営者。

 あんたは王子の営業トークに乗せられて、オハルという娘と勝負して負けたんだから、ゲーム代払うのは当然でしょ」


 口から泡を吹きながらも、血走った目で大神官は怒鳴った。

 よりによって、巨人王御用達の高級娼館でバカ騒ぎして借金をこしらえるなんて。

 大神官の後を付いてきた神官の半分は、さすがに呆れ果てて無言で部屋を出て行く。


「代理取り立て借用書分の借金計算をしたが、聖堂丸ごと差し押さえても足りないな。

 ちょっと失礼するよ、ペタッと」


 そういうとSENはニヤリと笑い、鳳凰の描かれた派手な大神官の法衣に『差し押さえ』シールを貼った。





「き、貴様らぁ、よくもこの俺を嵌めやがったな。

 こうなったら生かして帰す訳には、そうか……ココでお前たちの口を封じて証書を奪えば、借金はチャラになるじゃないか」


 開き直った様子の大神官は、その場に残った腰巾着の神官達に合図を送ると、くるりと踵を返し部屋の外へ飛び出していった。

 その後を追いかけるSENに飛びかかってきたのは、数体のモニョモニョな少女人形。

 SENの背中に少女人形は縋り付き、腕に抱き付き細い足を絡め、半分サイズながら生身と変わらない造りのモニョモニョを押し当てる。 


「うわぁ、こ、これは、即席ハーレム!!

 邪魔だ、振り払う、グゥオォォ、俺にはできないっ」


「こらぁー!!ダッチ@イフにときめいてる場合かぁ。

 炎の精霊よ、我の敵を焼くつくせ ファイヤボルト」


 ティダは人形に向けて、SENが巻き込まれることも気にせず炎の弾丸を撃ち込む。

 炎が愛らしい人形の頭部を次々と破壊し、小さな体がビニールのようにめらめらと燃えて解け落ちる。

 アチチ!!と悲鳴を上げる仲間を放置して、ティダは大神官の後を追った。



 ***



 部屋の外には渡り廊下があり、円柱の白い塔へと繋がっている。

 塔の入り口である扉が開け放たれ、鳳凰大神官はそこに逃げ込んだのだろう。

 夢中で後を追いかけていたティダは、渡り廊下を半分ほど進んだトコロで、その場に立ち止まり足を動かせなくなる。


 なんだ、この、匂いは、酷く、気分が、悪い、心が、乱れる


 焼け焦げた姿でティダに追いついたSENの目に、異様な光景が飛び込んできた。


 嗅覚鋭いエルフのティダは匂いにやられ、渡り廊下の途中で目を閉じて座り込み、苦しそうに口元を覆っている。

 SENは警戒しながらティダの傍までくる。

 渡り廊下の先にある塔の入口、開け放たれた扉の中に人影が見えた。

 その人……いや、その化けモノが外へと這い出てくる。


 ズルッズルッ パチャパチャ


 人と同じような頭部、女性の様な上半身、細い2本の腕、そして下半身部分は、3メートル以上の長い胴体を持つ大蛇だ。

 ビー玉の様な黄色い眼に、耳まで裂けた口から二股に分かれた赤い舌が見え隠れして、腕に見えたものは軟体動物のように奇妙な動きをして、手のひらや指は見当たらない。

 全身小さな赤紫の鱗が生え、異様な匂いを放つ分泌物で体は濡れていた。


「これは……ラミア(蛇女)、キメラの出来損ないか。

 人型に近いモンスターとは趣味が悪い」


 塔の中から溢れ出てくるように、ラミアが次から次へと扉の外に這い出てくる。

 狭い渡り廊下が、十数匹のカミラの重みで軋み、大きく揺れる。

 白い塔の窓に目をやると、外に出たがって硝子にへばり付く化けモノの姿が見える。


「どんだけラミアを飼ってるんだぁ?

 塔の中にいるバケモノたちを、これ以上外に出したらマズイ。

 ティダ、起きろ。俺がラミアを引きつけている間に、氷属性魔法で塔の入り口を塞いで閉じ込めてくれ」


 ティダの肩を激しく揺さぶると、目を閉じながらも意識はあるようで、震える手でアイスワンドを握りしめる。

 SENはラミアに向かって駆け出すと、黒い残像だけ残して一瞬姿を掻き消した。


「穢れたキメラの成れの果てよ、我に牙をむけた事を悔いるがいい 

 二刀流 如来双腕 旋風切」


「てめぇら臭せぇぇ、汚臭は密封封印するぞ!!

 氷の聖霊よ加護せよ アイスボルト」


 二人の目の前まで押し寄せてきた蛇女が、SENの繰り出す刀によってミンチになり形を失う。

 化けモノで埋め尽くされた空間に一瞬隙間ができ、ティダがその間を縫って氷属性魔法を放ち、塔の入り口を氷で塞ぎ固める。

 これ以上、塔の中で蠢くモンスターの放出はない。

 しかし、激しい大立ち回りで、狭い渡り廊下が不気味な音をたて軋み始める。

 高さは五メートルほどの渡り廊下、落ちても自分たちにダメージは無いだろう。

 しかしそれは、エルフのティダにこれほどダメージを与えた十数匹の化けモノが、地上に放たれ人々を襲うのだ。

 


 SENの足元の板が抜け落ち、鳳凰聖堂の渡り廊下は、音を立てて崩れ落ちた。



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