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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
鳳凰小都編
33/148

クエスト30 果物屋店主と話そう

「ありがとう少年、本当に助かった。アノ時はもうダメかと覚悟したよ。

 それにしても……たった一週間前に店で買い物した客が、娼館で働かされるほど身を落としてるとは。

 体を売れば金は簡単に稼げるかもしれないが、今ならまだやり直せる。

 キツくても真っ当な仕事を探したほうが良いぞ」 


 高級娼館「完熟遊誘かんじゅくゆうゆう館」の玄関間に、小太りに白髭の男が休んでいた。

 怪我をして倒れた娘を助け、厄鳥の攻撃から庇った初老の果物屋店主だ。

 果物屋店主は、現れたハルに礼を述べながらも何やら勘違いした様子で、両手を固く握り返しながら諭していた。


 低く重厚なその声は聞く者の心に響き、ハウッ、何だか涙腺が緩くなって思わず懺悔したくなるような……


「お、おじさん、ごめんなーーって違います!!そういうお仕事はしていません。

 僕はココで、捨てられた孤児の世話や食事のお手伝いしてるんです」


 不本意ながらも、ハルが必死で言い訳すると、果物屋店主は納得したようで手を放してくれた。

 そこへ死黒鳥から助け出した若い娼婦が、傷の手当てを済ませ姿を見せた。

 少し足を引きずりながらも元気な様子で男の元へ駆け寄り、何度も感謝の言葉を繰り返している。


 そんな彼女の後ろから、小柄な少女、いや、目映いほどの美しさに身震いするほど神々しいオーラをまとった天使が、館の娘達を従えて男へと歩み寄る。

 その姿を見た途端、初老に差し掛かった小太りの男は玄関の土間に平伏した。


「こ、これは『王の影』。

 巨人王 鉄紺陛下の第四位側室にあらせられるお方。

 なるほど、先程の殲滅魔法は、鳳凰小都を穢す厄鳥を退治するため『王の影』自ら鉄槌を下されたのですな」


 額を土間に擦りつめながらも、男の口調は淀みなく、きっぱりと真実を言い当てた。

 その振る舞いはただの果物屋主人というより、貴人や神職者のようだ。


「ふふっ、下女を救ってくれた礼をと思いましたが、その男、私が誰か知っている様子。

 高位神官の持つ携帯用呪杖といい、その高速魔法詠唱といい、二年前に鳳凰を盗人に奪われ神職を解かれた、ノロマで間抜けな鳳凰聖堂大神官そっくりです。

 顔を挙げなさい。随分と太りましたね、黒鳶くろとび


 黒鳶くろとびと呼ばれた果物屋店主は、額から噴く出す汗を袖で拭い苦笑いを浮かべながら『王の影』と向かい合った。

 YUYUの言葉に、館の住人も男の顔を見て思い当たった様で「ああっ」とか「うわっ」とか感嘆の声を上げる。

 

「霊峰神殿から神職をはく奪されたワシの名をまだ覚えていましたか、ありがたい」


「間抜けな大神官は、たかが鳳凰を奪われただけで責任を取らされ、その命令に抗する事もせず大神官職を辞してしまいました。

 それから二年……見事に肥え太って、随分と気楽な暮らしをしてるようですね。

 果物屋を営んでいるようですが、肉屋の店主が向いてるのでは?」


 どうやら二人は顔見知りのようです。

 YUYUさんの辛辣な言葉にも、某アニメのパン屋似おじさんは困ったように微笑みながら聞いている。





 『王の影 YUYU』と、果物屋店主『元 鳳凰女神聖堂大神官クロトビ』が向かい合う場面。

 そこへ廊下手前の地下階段からパタパタと賑やかな足音が響き、地下室に避難していた子供たちが上がってきた。

 好奇心旺盛な子供たちは、外の様子を見たがって玄関先に押掛けクロトビの前を通り過ぎる。大声を出したり走って騒ぐこともせず、きちんと躾けられ整然と外に出てゆく。

 エリア転送ゲート前のバザーで物乞いをしてる子供と見比べると、皆、健康的な肌の色で髪はすっきり整えられ清潔で綺麗な色の服を着ている。


 これだけ大勢の子供たちが高級娼館に住み、世話を見てもらっているという違和感のある光景にクロトビは『王の影』に向き直る。


「巨人王御用達の娼館に子を捨てた。という話をよく耳にします。

 こちらで子供たちを保護して頂いていたのですね。

 ワシが皆になりかわり、巨人王 鉄紺陛下の御慈悲に感謝します」


 だが『王の影』は、厳しい口調で返事を返した。


「クロトビ、善と倫理を説く貴方が辞めた後、他の神官たちは教えを歪めてやりたい放題。

 鳳凰聖堂は人間の子供達を保護するべき務めを放棄して、ミゾノゾミ女神を穢し背徳の怪しげな商売に精を出しています。

 こちらにとばっ……いえ、こちらが聖堂の代わりに子供を保護しているのですよ?

 慈悲に感謝すると、よくも簡単に口にできますね。」


 えっと、YUYUさんの話をまとめると、おじさんは鳳凰女神聖堂の大神官だったけど、今は果物屋店主になっている。

 おじさんが辞めたあと、鳳凰女神聖堂は占いと媚薬で儲けに走り、孤児保護の務めを放棄してる。女神を穢した姿……あのM字開脚の女神像は凄く恥ずかしいよね。


「それに私たちは、オメデタイ無償の愛で子供の世話をしてるわけではありません。

 子供に生き延びる知恵と護身術を身に着けさせる事、その中から特異な才能を開花させるダイヤの原石探し。

 将来を見据え、巨人王の手足となる「知」と「武」に優れた子供を育てる、打算的な目的もあるのです。

 だがそれにしても、人間たちは巨人王に頼りすぎます……」


 そこまで話すと、王の影はお付きの者が用意した背もたれ椅子に腰掛け、疲れたように目を閉じた。

 YUYUさんは、あれだけ大きな殲滅魔法を行使した後で、実は起きているのも辛い状態かもしれない。

 それでも無理を押して、黒鳶と呼ばれる初老の男と対面するほどの重要事なのだろう。

 僕はあまり力は無いけど、鳳凰小都に来てから思うことは色々あった。


「おじさん、僕も巨人王の高級娼館が人間の子供たちを保護するのは、間違っていると思います。

 何人かの子供たちは親元に帰したけど、また今日も二人の捨て子が館の前にいました。

 巨人たちは財も力もあるけど、人間がそれに頼り下僕に甘んじて何もしなければ、そのうち巨人王も見捨ててしまいますよ。

 僕が前に居たオアシスでは、人々が力を合わせて砂漠竜と支配者を倒す姿を見たけど、ココでも同じ事は出来ないの?」


「おおっ、少年はオアシスから来たのか!!

 オアシスに女神が降臨して、人々を救って下さった。と噂で聞いているのだ。

 ああ、奇蹟が起こったオアシスを羨ましい。

 ワシは孤児達を救いたくても何もできない、どうかその話を詳しく聞かせておくれ」


 聖堂を追放されてからも、男の魂の拠り所はミゾノゾミ女神だった。

 ハルがオアシスの奇蹟を目にしたという話に、クロトビは少年に駆け寄ると思わず両肩を力を込めて掴える。

 覗き込んだ優しげな少年の顔立ちはどこか見覚えのあるモノ、オレンジに見えた双眸は右目は紅く、それは女神の使徒の証。



 女神によく似た少年が、穏やかな微笑みを浮かべながら静かに宣言する。



「もう既に、コノ地にも女神は降臨しています。

 僕らは精霊の導きで終焉世界に蘇った『神科学種』です」


 SENさんの真似をしたんだけど、ちょっと芝居臭かったかな……


 あ、あれーーー?

 おじさんいきなり平伏、YUYUさんの付き人さんも平伏、館の従業員さんも平伏。

 まるでこれは、水戸黄門の印籠状態です!!

 皆さん顔を上げて下さいっっ


 オロオロしてる僕を、眠っていたはずのYUYUさんは薄目を開けて眺めている。

 肩を震わせて笑いをかみ殺してるね、どうせまだ僕には役不足ですよ。


 王の影は椅子から体を起こすと、しっかりとした足取りでハルの隣に立ちクロトビに声を掛ける。


「貴方にはまだ、孤児たちを救いたいという気持ちがあるのですね。

 それなら霊峰神殿と決別し、敵対する巨人王に忠誠を誓いなさい。

 貴方が誓えば『王の影』は、いいえ『神科学種』はその願いを叶えてあげましょう。

 女神の使徒である神科学種が与えるチャンスを、掴むのか拒むのか選びなさい」


 顔を上げた初老の男の瞳は揺らぐことなく静かで、既に覚悟を決めた表情だった。


「しばらく考える時間を頂いても宜しいですか?」

「貴方は既に二年も考える時間を与えられたはず。

 無力な町民のままか、巨人王に忠誠を誓い、孤児達を救う道を選ぶのか決めなさい」


 クロトビは自らの呪杖を差し出すと、王の影は静かに受け取った。

 それは巨人王に、神官自らの魔力を捧げるという忠誠の証だ。

 代わりの杖を、とYUYUが付き人達に声を掛けていると、ハルが隣でアイテムバックを漁りはじめた。


「えっと、僕とても丈夫な杖を持っているので。

 ゴソ ゴソ ゴソ 

 あ、あった。砂漠竜が噛んでも折れなかった呪杖です」

「なんとこれは!!

 歴代の最高位神官でも、手にした者はわすか数名しかいないという至宝の杖」

「僕あまり魔力ないから、魔法の杖は全然使わないんです。良かったら貰ってください」


 軽い口調でハルが取り出したのは、激レアアイテム『淡雪ユニコーンの杖』

 それは、杖に頭部に大きな三色の水晶がはめこまれ、持ち手の部分は純金、杖本体は淡雪ユニコーンの角でできていた。


「ハ、ハルくん。その……超激レア、プレミアムアイテムを……いえっ、ボソッ、羨ましい」


 何故か落ち着きのなくなったYUYUを不思議そうに眺めながらも、ハルはユニコーンの杖を黒鳶に手渡す。

 その時、何故かYUYUは顔を袖で覆い、しばらく身動き一つしなかった。



 ***



 数か月後、親密になったYUYUは、その時のことをハルに白状する。


「アノ時は、本当に泣きそうだったんですから。

 私がすっと探し求めていた淡雪ユニコーンの杖を、ハルくんは目の前で簡単に人に渡したんですよ。えっ、泣いて、思い出して泣いてなんかいませんっ。」

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