クエスト28 影分身で戦おう
『鳳凰』
それは徳の高い王よる平安な治世の証。真の覇王出現を知らせる瑞獣ともいわれる。
ツルの様な長い首に、体は五色絢爛な色彩で、羽には孔雀に似て五色の紋がある。
その鳳凰が、鳳凰小都の空から姿を消して二年が過ぎた。
今、小都の空を埋め尽くすのは、体長50センチ、翼を広げれば1メートルを越え、額に魔力の源である”蒼珠”が埋め込まれた、禍々しい黒色の羽を持つ狂暴な厄鳥『死黒鳥』
死黒鳥は、定期的に討伐しなければ、ネズミ算式に増え続けるモンスターだった。
しかし鳳凰小都で、金にならないモンスター狩りに時間をつぶす暇人は居ない。
死黒鳥の天敵である鳳凰が姿を消し、数年かけて数を増やした厄鳥は、今や鳳凰小都の真の支配者と言っても過言ではなかった。
***
鳳凰小都の高級花街エリア、そこで営業する娼館の窓には、美しいデザインの頑丈な格子が嵌められている。
仕事を嫌がる娼婦が逃げ出さない為の、しかしそれ以上に、頻繁に高級花街エリアを襲う死黒鳥の襲撃から身を守るためだった。
獣なら、腹を空かしていれば身近な獲物を狩る。しかしこの死黒鳥は、いくら飢えていても肉より光りモノを求め、高級花街エリアに現れた。
空を埋め尽くす何百の厄鳥、窓の外を食い入る様に眺めていたハルに、厨房の料理人は声を掛けた。
「来やがったか、奴らは忌々しいことに鳥の癖に知恵が回るんだ。
死黒鳥一羽でも傷つけたり殺したりすれば、小都の上空に居る数百羽の仲間が一斉に襲ってくる。
人間は館に立て籠もり、死黒鳥に手出しせず光りモノを与えて、立ち去るまで大人しくしておくのが一番の方法なんだ
しかし月の頭に死黒鳥の襲撃があったばかりなのに、十日も空けずに襲ってくるなんて変だな?」
館の中も蜂の巣をつついたような大騒ぎで、肌襦袢に乱れ髪の高級娼婦たちが、慌ただしく客を安全な奥の部屋に案内している。
猥雑とした鳳凰小都の中にあって、高級花街エリアだけは格式のある洗練された建物に、美しく整備された街路樹の緑が映える。
そこに住まう高級娼婦たちも一流の着物や装飾品で身を飾り、品のある佇まいと磨き抜かれたテクニックで男達を篭絡させる。
自然とこのエリアに集まる人々は、高価な貴金属を身に着けた富裕層に限定されていた。
それは光モノを好む死黒鳥にとっても格好の餌場だった。
大通りを歩いていた人々は、死黒鳥の群れに気付くと慌てて身近な館の中へ避難した。
各娼館の入り口の扉も、死黒鳥の襲撃に備え頑丈な格子で閉じられる。
しかし中には初めて高級花街エリアを訪れ、何も知らず逃げ惑う人間も居る。
果物を積んだ重い台車を引いて初めてエリアを訪れた果物屋店主は、厄鳥の姿を見てパニックになった人の波に巻き込まれ台車を倒される。
苦労してココまで運んだ果物が地面に散らばり、逃げ惑う人々に踏み潰され、唖然となって立ち尽くしていた。
男に向かって、逃げろと警告する声が響き渡り、慌てて周囲を見渡すと空から黒い影が降りてくる。
急いでココから逃げよう踵を返すと、背後からか細い女の悲鳴が聞こえ、倒れた台車に挟まれて身動きのとれない美しい娼婦を見つけた。
「ひぃ、いたい……たすけて、誰か助けて、動けない」
「おい娘さん、早く逃げるんだ!!……足を怪我したのか?」
小太りの果物屋主人は、娘を台車の下から引きずり出した。
座り込んで動けない彼女を背負おうと近寄る、その背後に獲物を見つけて急降下はじめた黒死鳥が迫っていた。
果物屋主人は普段は地味な綿のシャツ姿だが、高級花街エリアに入るため宝石の縫いこまれた一張羅のベストを着ていたのが災いしたのだ。
死黒鳥のターゲットになった初老の男が、無残に襲われ喰われる場面を誰もが予想した。
「ここはワシが食い止めるから、あんたは這ってでも逃げなさい。
雷よ集え鳴り響け 稲妻鷹落」
小太りで白髭の、初老の果物屋店主がエプロンのポケットから取り出したのは、高位神官が携帯用に持ち歩くキセルを模した最高級呪杖だった。
死黒鳥が獲物に喰らいつく寸前、男は高速呪文詠唱を唱える。
黄色い火花が杖の先から膨れ上がると、その瞬間飛び散って、死黒鳥は電撃を纏った杖に貫かれた。
「うわぁ、あのオッサン何やってんだーー!!死黒鳥に攻撃しちまったよ」
「怒った鳥どもは、光りモノだけじゃ満足できなくて、腹が膨れるまで人間を喰らい尽くすぞ」
上空を旋回していた黒鳥の群れは、仲間が殺されたコトを感知すると、一つに塊のように渦巻きながら男に襲い掛かってきた。
娘が館の中に逃げ込んだのを見届けると、果物屋店主は覚悟を決めたかのように空を仰いだ。
そこへ、館から鍋のような物を抱えた小間使の少年が飛び出してくる。
ドラゴンヘルムの中身、萌黄が剣舞を披露して得た大量の宝石や金貨を惜し気もなくソノ場にばら撒いた。
本物の輝きを放つ宝石や金貨の一つ一つが地面を転がり、肉より光モノを好む死黒鳥の狙いが男から逸れる。
「おじさん、急いで僕の後を付いてきて。今のうちに逃げるよ」
小太りの店主に声を掛けたのは、一週間前に彼の店で銀貨でリンゴを買った少年だった。
ギャアギャアと煩く喚きながら光りモノを拾う厄鳥の間を縫って、果物屋店主は少年に手を引かれながら一件の館に逃げ込んだ。
***
「くそっ、数が多すぎる!
孤児の親探しで留守しているティダと竜胆の奴が居てくれれば……」
小太りの男を助けて館の中に逃げ込んだハルと入れ替わりに、SENは外へ飛び出す。
それはあまり使いたくない能力だが、敵から高級花街エリアすべての人間を守る為に人数不足を補わなければならず、背に腹は替えられなかった。
黒衣の武士は袂から三枚の人型の札を取り出すと額に翳す。
「我が真の姿を見るものは有であり皆無
見えなき闇夜よ、辺りを覆いつくし彼の者を惑わせん 黒霧 幻想影分身!!」
SENの体を取り囲むように黒い霧が噴き出すと、透明な水に墨を垂らしたかのようにジワジワと闇が辺りを包む。
宝石を奪い合って争う死黒鳥たちが気付く頃には、その場は真黒の霧に呑み込まれていた。
「フフフッ、我は闇夜の深遠より生まれし者SEN。
愚かな獣どもよ、我「闇夜の剣聖」最終奥義を用いて、傀儡の刀の錆にしてやろう」
(電波語訳:魔法武士最上級スキル 影分身で倒す)
そこには鋭く研ぎ澄まされた雰囲気の、同じ姿形をした黒衣の武士が三人、刀を構えて現れた。
「このような化け物に、我の刀が触れるのも汚らわしい。
雷神よ、邪を薙ぎ払え!稲光紫冥燕月」
SEN1号は、刃先から放たれた雷は扇状に電撃を発生させ、死黒鳥は飛び立つ前に雷に打たれて絶命する。
「ほう、やるなぁSEN1号、では俺も試し切りさせてもらおうか。
蝶天剣 六方切り!!」
SEN2号の刀が、ヒラヒラと蝶が舞うような軌跡を描きながら、周囲六方向の敵を切り刻む。
「アタイも張り切るピョン♪悪いモンスターはお仕置きだピョン♪
火炎車 閃風突!!」
SEN3号の突きだした刀の先に真紅の炎が浮かび上がり、炎は地を這う車輪のように転がって、残りの死黒鳥をすべて焼き払った。
宿の入り口を守るように待機しているハルの傍に、子供たちを地下に避難させていたYUYUが戻ってきた。
神科学種の紅い右目は、SENが発生させた黒い霧の中を覗き込むことが出来る。
ハルとYUYUには、闇の中の戦闘の様子がしっかり見えた。
三人のSEN、彼の影分身が、霧の中に閉じ込めた数十羽の死黒鳥を切り刻んでいる。
しかし目が覚めるような素晴らしい無双な活躍も、突っ込みどころ満載の影分身がオジャンにしていた。
そのバトルを眺めながら、ハルの隣に立つYUYUがボソッと呟いた。
「今、ピョン♪って聞こえましたが……」
「あっ、それはSENさんのサブキャラ白ウサちゃんの口癖です。
ウサ耳コスプレの可愛い子なんですよ。
き、きっと久々の影分身で、うっかりサブキャラの口調が出たんだと思います」
例え使い捨てサブキャラでも、成りきり(ロール)プレイは譲れないと断言していたSENさん。
でもダメだよ、とても痛い、痛すぎる!!
ここでカッコいい所を見せて、YUYUさんに認めてもらうチャンスだったのにっ。
***
黒い霧が晴れると、三人のSENの立つ地面はおびただしい獣の血で真っ赤に染まり、死黒鳥の亡骸で埋め尽くされていた。
だがこれは、上空を埋め尽くす数百の死黒鳥のほんの一部にすぎない。
仲間の死に怒る厄鳥の群れが、まるで数十本の黒い竜巻の柱のように、高級花街エリア上空に現れる。
厄鳥の不気味な羽音が、大地を震わすほど音をたてて、人々は窓から恐る恐る上空を眺めていた。
YUYUは館の外に出ると、足元の死骸を器用に避けながら大通りを横切りSENに近づいた。
「死黒鳥は、数十万の群れを形成することも可能です。
今ココに集まっている死黒鳥に、仲間を呼ばれてはやっかいです。一匹も残さず刈り取りましょう。
できるだけ高い場所から、鳥を攻撃する必要があります。
SEN、館の屋根まで私を抱えて運びなさい」
「え~~っ、あんたを連れて運ぶピョン?アタイめんどくさいピョン♪」
「ここで一番高いのは、完熟遊誘館の裏にある物見やぐらだな。
俺たち二人が地上から援護射撃をする、SEN1号はYUYUをそこまで運んでくれ」
「ああ、了解した。では王の影よ、我が半身達が鳥の注意を惹きつけている間に、我と共に参ろう」
ナイスチョイス、一番マトモな影分身でよかった!!ハルは心の中で叫んだ。
SEN影分身さん、ここで少しYUYUさんと親睦を深めてください~~~~
SEN1号はYUYUを片手で優しく抱きあげると、建物の壁面を、まるでロッククライミングのように軽々と登り始めた。
その姿に気付いて襲ってくる鳥をSEN2号が手裏剣で、再び増え始めた死黒鳥を、SEN3号が楽しげにチャクラムを投げ次々と仕留めてゆく。
「……絶対零度の氷の聖霊よ、太古より……約束されし印の元へ集え」
壁を登るSEN1号に抱えられながらも、YUYUは攻撃呪文詠唱を開始していた。
細い腕に握られているのは、モリア銀、伝説のミスリスで作られた魔弓『弓張月』
「大気に満ちる……空気よ、凍て尽くせ……」
SEN1号は、腕の中で長い呪文を唱え続けるハイエルフの魔力が高まってゆくのが感じ取れる。
複雑な術式を幾重にも言霊に乗せ、巨大な力を得た魔弓が、眩いばかりの銀色の輝きを増し始めた。
物見やぐらの上に到達する、静かにYUYUを降ろし、SEN1号は王の影のガーディアンとなり、群がる鳥を叩き落とす。
王の影は手に持つ魔弓、魔力を注ぎ込むことで実体化させた氷の矢を番え、弦を引きしぼる。
「極寒の息吹……白き世界……閉じ込めよ」
突如、高級花街エリア内の空気が急激に下がり、冷気が上空に向かって噴きあげる。
薄い氷の膜で覆われたかのようなドーム状の結界が、高級花街エリアの空全体に張り巡らされ、すべての厄鳥を囲い込んだ。
風にあおられバランスを崩す鳥の群れの中へ、王の影は凍てつく蒼い炎を纏った氷の矢を放つ。
「我が命を糧とし、彼の者を打ち砕け!!零 氷 裂 殲 塵」
魔矢が一羽の死黒鳥に刺さると、その贄の命を糧として空中に巨大な魔法陣が展開される。
絶対零度の氷属性魔法陣は、その陣内に居る百近くの獲物をすべて凍らせた。
続けざまに数発、氷の魔矢が死黒鳥の群れの中に撃ち込まれた。
汚れた黒で埋め尽くされた空を、蒼い光を放ちながら絶対零度の氷の魔法陣が次々と花開く。
YUYUの魔弓は、広域破壊に特化された殲滅“兵器”のようなもので、一度発動すれば魔力が尽きるまで獲物を屠り続ける。
数百の死黒鳥は一瞬のうちに氷の彫刻と化し、硬直したまま地面に落ちると、鋭い音を立てて砕け散った。
力を使い果たしたYUYUの体がよろめく。背後のSEN1号に支えられ、やぐらの床に腰を下ろした。
影分身は隣で膝を折り、まるで貴人に傅くように恭しく『王の影』に頭を下げる。
「これほど間近で、最高位魔弓の呪攻撃魔法が見られるとは、何という僥倖。
王の影、いやYUYU姫とお呼びすればよいのかな。
稀有な技を見せていただき感謝する。では我は消えるが、姫の御武運をお祈りする」
普段のSENから電波臭が除かれ、イケメン度が3割増の影分身は、次第に半透明になってゆく。
YUYUは腕を伸ばしてその顔に触れようとするが、指先は空を切る。
「世話になりましたSEN1号、いや『闇夜の剣聖』。また会いましょう」
地上でも、影分身たちの術が解かれようとしていた。
「今日は疲れたピョン♪さようならだピョ~~ン♪」
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3人のSENが光の粒になって消えると、影分身を解いたSENが頭をかきむしり苦しげに吠えた。
「うわぁぁぁーー、なんでこの場面でウサ子とキザ男の影分身が出てくるんだぁァァ。
く、く、黒歴史だ。この記憶はデスノ、いやチラシの裏に書いて破り捨てるんだ!」
SENはパニクって奇声を上げながら、生き残りの死黒鳥を遠距離魔法で乱射しまくり、次々と撃ち落としていった。