クエスト27 剣舞を披露しよう
鳳凰小都の中央に、豪華絢爛な六層六角の建物がそびえ立つ。
極彩色の鳳凰の彫刻と宝石を埋め込まれた柱、全ての壁と屋根瓦が金箔貼り、この街の支配者である巨人族の第七位王子 青褐の『鳳凰館』だった。
巨人族の住む建物は人の建物より全ての造りが大きく、鳳凰館の最上階の寝所から街を一望することができた。
豪奢な建物の最上階、寝所の中央で、巨人は仰向けに倒れている。
大きな肉の塊は血の気が失せ、手足を激しく痙攣させて、その振動は部屋をガタガタと震わせる。
第七位王子アイカチは、王族の中でも飛びぬけて巨体の持ち主だ。
配下の者はその巨体を動かす事ができず、白目を向いて横たわる主を遠巻きに眺めるだけだった。
下の階から幾人かの声が騒がしく聞こえ、階段を駆け上がる足音がした。
「兄上どうしたのです、お体の具合が悪いと伺いました。
ああ、何ということだ!!今、弟の紫苑がお助けします」
そこに現れた人物は光り輝く金色の髪で蒼い神秘的な瞳とスラッと高い鼻梁、見た者が言葉を失うほど整った顔立ちの男。
人とは異なる長身、だが巨人族にしては線が細すぎる。
一番の際立つ特徴は、透けるような白い肌と細長く尖った耳だった。
巨人とエルフのハーフ 第十七位王子 紫苑は、倒れた巨人に駆け寄ると懐から紙に包まれた紅い丸薬を取り出す。
「この紫苑、兄上から譲られた鳳凰の血を用いて秘術を行い精製した不老不死の薬をお持ちしました。
エルフ族の秘術であるコノ薬を服用すれば、衰えた体は一瞬のうちに二十歳の若者へと回帰するでしょう」
紫苑が差し出された薬を、第七王子を介護していた男が受け取り横たわる巨人の口元に持って行く。
だが口を閉じたままの巨人に、介護人は指示された通り口をこじあけてようと触れた……
「ご主人さま、お薬でございますよ。呑み込んで ヒイッ、ギャアァァア!!」
ギチャリッ
介護人が丸薬を直接に口に押し込もうとした途端、第七王子はその手に噛みつき、丸薬を持っていた指ごと喰い千切った。
悲鳴を上げて、指先から大量の血を流しのた打ち回る男を、寝室を警備していた兵は眉を顰めながらも引きずり出す。
王子がゴリゴリと薬と指を咀嚼する音が部屋に響き渡る。
配下の者は誰一人表情を変えず、その様子を見守っている。
白目をむいて口から涎を流し、獣の様な唸り声が漏れ、だらりと横たわっていた第七王子。
与えられた丸薬を飲み数分もすると、眼球がギョロギョロ動きだし視線が定まった。
全身から油汗が噴出し、でっぷりと弛んでいた肉がみるみる引き締まる。
土気色に近かった肌は血の通った張りのある健康的な浅黒い肌に戻り、ブルドックのようにたるんだ顔の肉が引き締まると巨人族の精悍な顔立ちになった。
主人の急激な変化に、周りの者から思わず感嘆の声が上がる。
「おおっ、こ、これは凄い!!
体が軽く自由に動くぞ。全身から力が湧き出てくるようだ。
紫苑、お前と兄者のペテンに引っかかって鳳凰を渡してしまったかと心配したが……本当にエルフの不老不死薬を作れたのだな」
意識を取り戻した巨人は脂汗にまみれた服を脱ぎ棄てると、傍で待機していた下女が濡れた布で体を清める。
巨人族第七位王子アイカチは、王子の中でも一、二位を争う巨漢だった。
だが六十代で北への遠征に出る体力のある王に対し、飽食と快楽に溺れた息子は四十半ばで肉体が老化の兆しを見せた。
元々巨人族の老化は早い。若く力のある王子達と比較され、アイカチは巨人族の次期王後継争いの候補に数えられず、誰からも無視されていた。
「巨人族の中でも、飛びぬけて立派な巌のように逞しい体は、真の巨人王の証。
いつまでも王座にしがみ付く、老いた貧相な暴力王とは比べ物になりません。
武勇は野蛮な証、知識は軟弱者の証、次期王に相応しいのは兄上でございます。
その御姿を、愚か者たちに、終焉世界に知らしめるのです」
完璧な美を持つ紫苑が、まるで王に接するように褒め称える。それは第七王子の自尊心を増越させた。
「ところで兄上、鳳凰の替わりに住み着かせた死黒鳥は役に立ってますか?」
第七王子の首から下げられた笛は、鳳凰小都空を我が物顔で飛び回る黒死鳥を操る魔笛だった。
死黒鳥は光物を収集する癖のある鳥で、人を襲うことも躊躇わない。
「ああ、高級花街エリアに上客が来たという報告があった。そろそろ鳥どもに仕事をさせてやろう。
それに金が足りないとうるさい連中を黙らせるために、来週からミリオン紙幣を印刷することにした。
お前のおかげで、俺はこんな僻地に押し込められても贅沢三昧で暮らせる。
俺が王になった暁には、他の王子を粛清してお前を右腕として重用してやろう」
紫苑は床に額を擦りつけるほど平服すると、呼び寄せられた四人の女たちと入れ替わり第七位王子の寝室を出た。
優美な美貌に笑みを張り付かせたまま館を出ると、待機していた王族専用の馬車に乗り込む。
「本当に愚かなヤツだ、高級花街エリアの上客が誰なのか判ってない。
欲に駆られ相手も知らずに『王の影』を敵に回すことになるんだからな。
アマザキ、これから面白いモノが見られるぞ」
ハーフエルフの王子は凍るような冷たい笑顔を浮かべ、座席の奥に控えていた者に声をかけた。
その者は歌う様に返事をする。
「巨人の世界は、紫苑のオモウガママニ掻き回せ掻き回せ。
この薄汚れた終焉世界、俺ト共に予言通り破滅へと導コウ」
***
高級娼館とは名ばかりで、孤児院状態の「完熟遊誘館」。
その娼館の前、高級娼館エリアの大通りで、幼い少女が金の髪をなびかせながら双剣を振るい剣舞を踊る。
『王の影』が、巨人王の前で披露した萌黄の剣舞を見たいと言ったのが始まりだった。
店前で余興に披露したのが「巨人王お抱えの天才剣舞少女」の噂に、舞を見るためだけに完熟遊誘館を訪れる客が殺到した。
目の覚めるような赤い着物を着た少女が宙を舞い、二本の剣の軌跡が煌めきながら光の帯のように少女を取り囲む。
見えない敵を薙ぎ払う無駄のない華麗な舞に、集まった群衆は魅入られたように釘付けになった。
激しく美しい剣舞が終了すると客が投げたおひねりの宝石や金貨を雨のように降り注ぎ、これを小間使少年が兜を持って一つ逃さずキャッチする姿も、この出し物の名物になっていた。
「萌黄ちゃんお疲れさま、本日も大入り満員、明日の食費を稼げました」
「えへへ、ハルお兄ちゃん。今夜はエビフライのタルタルソースを食べたいな」
ドラゴンヘルムの中にジャカジャカ入った宝石や金貨、そしてピョコ紙幣。
小さな子供たちも手伝いで、ハルに金貨や宝石の数え方を教わりながら本日の売り上げを計算する。
この実益を兼ねた方法で、子供たちはあっと言う間に足し算引き算を習得していた。
鳳凰小都の中では紙幣しか使えない決まりだが、超インフレ状態のピョコ紙幣を欲しがるものは殆どいない。
紙幣の代わりにお手当という名目で、宝石や金貨が流通していた。
ただ貧しい殆どの人々には、宝石や金貨を入手する手段も限られてる。
身を売るか、犯罪に走るしか道は残されてなかった。
そんな中で萌黄の剣舞は、まさに芸は身を助ける。の典型的な成功例だ。
「萌黄を先生にして館の子供達に剣舞を仕込もうと思います。
ただの遊戯ではなく、剣舞の動きを習得することで物騒な鳳凰小都で生きる護身の技も身に付けられるでしょう」
何の違和感もなく、子供たちの中に混じって小銭を計算しているYUYU。
晩ご飯のエビフライを一緒に頂こうという魂胆だ。
「はいYUYUさま、みんなで踊れるように、萌黄頑張って踊りを教えます。
だけどハルお兄ちゃんは踊りがとても下手で、すぐ怪我しちゃうから、みんなと別々がいいです」
ヒィ、萌黄ちゃん、僕の面目丸つぶれな事をハッキリと断言するなんて。
ハルたちが「完熟遊誘館」で孤児の世話をして一週間が過ぎた。
二十八人いた孤児のうち親元に帰せたのは十人で、そして十二歳以上の子供は館で雑用係として働くという。
「それでも、館に子供を捨てていく親は後を絶たないだろ。
根本的な問題は、孤児を保護する役目を持つ鳳凰聖堂があんな状態だからな」
SENが館の警備の休憩時間に、一服するため食堂に入ってきた。
「SEN、持ち場を離れるには一分三〇秒早いですよ。ペナルティとしてエビフライを一本減らします」
初対面の互いのイメージが悪すぎて、犬猿の仲になった二人。
SENの姿を見ると『王の影』は必ずイチャモンを付ける。
それを無視することが出来ないSENは、歯ぎしりしながら言い返す。
「エビフライのカロリーって70kcalだったな。
どっかの誰かさんは、体が重くて背中の羽根では飛べないんだろ。
毎日館でダラダラしてハルの旨い料理食べてたら、さらに太っちまうぞ」
だ、誰か~~~この人たちを止めてっっ
「ククッ……SEN、その暗い服装の同等に暗い台詞しか吐けないデリカシーも皆無な方ですね。さぞモテずに自分に酔っている私生活が見えますよ……。
まぁ、それはさておき、確かに、鳳凰聖堂は信仰の場としての役割を全く果たしていません。
だがこれは、巨人族の陣営に居る私は口出しできません。
彼らを戒めることが出来るのは、女神の使徒である神科学種だけなのですから」
数日前、ハルたちは鳳凰小都の女神聖堂を訪問した。
しかし、そこは安っぽいお色気グッツや媚薬を販売している怪しげな占いの館だった。
ミゾノゾミ女神像は巨乳グラビアアイドルのようで、紐水着にM字開脚の悩殺ポーズで佇んでいた。
あんな聖堂に子供を預けるより完熟遊誘館の方が百倍もマシだと、ハルですら思う。
睨み合う二人をそのままにして、夕食の準備に取り掛かろうと厨房へ向かうハルは、急に暗くなった窓の外を見た。
「あれ、凄く黒い雨雲だ。なんだ、羽音が、様子がおかしい」
鳳凰小都の空を埋め尽くす黒い物体。
飢えた狂暴な数百の死黒鳥の大群が、一件の高級娼館を目指して飛んでいた。