クエスト1 パーティを組もう
【亜空間女神霊廟 カミノレンジャク】
光の柱と硝子の壁、宙に浮く階段が螺旋を描きながら天まで続く光の塔。
ゲームにログインすると、最初に神科学の霊廟と呼ばれる建造物が現れる。
その中央には女神像『ミゾノゾミ』が鎮座し、転送ゲートと呼ばれる魔法陣の上にはステンドグラスで彩られた扉が並び、そこから四十七のエリアと一〇八のダンジョンへ旅立つ。
白衣に緋袴の巫女服を着た幼い顔立ちの女神像は、腰まで伸びた絹糸のような碧の黒髪、紅い瞳にぷっくりとした桃色の唇、白魚のような細く白い両手を重ね、祈る様に遠くを見つめていた。
ゲームの中で、プレイヤーは神科学の歴史を未来に伝承するために造られた『神科学種』と呼ばれる。
この亜空間女神霊廟に保管された神科学種の器に、ゲームプレイヤーの魂が宿り、終焉世界を冒険するという設定だ。
******************************
人間は【生命力/魔力/体力】が均等に与えられたオールマイティな種族。
エルフは【魔力】が3倍に特化され、身軽さが特徴の種族。
巨人は【体力】が3倍に特化され、バトルを極めた種族。
終焉世界を支配する「巨人」に対抗するゲームシナリオで、プレイヤーは「人間」か「エルフ」のキャラクターを選択することができる。
******************************
ハルは女神像を仰ぎ見ながら、無意識のうちに自分の頬をなでた。
【名前:ハル 種族:人間 性別:男 年齢:15歳 レベル:36】
ゲームを始めて三ヶ月、そろそろ初級クエストを終了して、もっとレベルを上げたいと考えている。
ハルのキャラは東洋人の少年、体格は少し細身の平均より低めの身長。
右目は赤色固定なので左右の違和感がないオレンジ色に設定した。
癖のある青い髪に、細い尻尾のような三つ編みが背中まで伸びている。
一見なんの変哲もない初心者キャラは、しかしそこに居るだけで周りの注目を集めていた。
ハルが頭にかぶる大きな緑のベレー帽には再生と復活を司ると言われる鳳凰の羽根飾り付きだ。
黒いライディングスーツの背中には高位の聖獣が刺繍されている。
右手の持つバスターソードは、南の深い海底の宝箱でしか手に入らないレアカラーの群青色、背負う弓は、それを作ったとされる神の銘が刻まれていた。
初心者ハルは、とある理由から全身レア装備で身を固めているのだった。
「クエスト内容は砂漠の中にあるダンジョン攻略だから、スタミナアイテムを多めに持って行った方がいいな。
罠素材も必要だし、使わないアイテムは売ってみよう」
朝九時という時間帯はゲームにINしてる人もが少ないのだろう。
亜空間中央ゲートは行き交う人もまばらで、とてものんびりとした雰囲気だ。
これが土日の深夜になると、転送ゲートの上はゲームプレイヤーが溢れかえり、まるで満員電車のようだ。
ゲームへのアクセスが一度に集中すると、キャラクターの動きが鈍くなり、運が悪いとサーバー負荷によるシステムダウンも年に数回あった。
中央ゲートの周りにはヨーロッパの洒落たバザーをイメージして作られた様々な露店が立ち並ぶ。
ゲームプレイヤーはウィンドウショッピングを念入りに行い、お買い得アイテムを探す。
同じ商品でも値段や性能が微妙に変化するので、アイテムの売り買いには値段交渉をする必要があり、下手すると安く買い叩かれて泣きを見ることもあった。
「うわぁ、ハルちゃん久しぶり。
どうしてこんな時間にINしてんの?」
突然、ハルは背後から声かけられ、驚いて後ろを振り返る。
地面に届くほどの長い銀髪に薄紫色のローブをはおり、銀のチェーン状のアクセを体に巻き付けた、絵画から出てきたような美形がハルに近づいてきた。
「おはようございます、ティダさん。
久しぶりって、三日前に一緒にダンジョンに行ったじゃないですか」
「あら、ひと月ぶりに会えたのにハルちゃんったら何てつれない返事なの。
フフッ、さてはお姉さまに会いたくて学校サボってゲームしてたのね」
「ち、違いますよ!
今日は風邪で学校休んでて、退屈だから初級クエを消化するためにログインしたんです」
【名前:ティダ 種族:エルフ 性別:不明 年齢:22歳 レベル:165】
天使をイメージして造られたエルフには性別がない。
ティダは透けるような白い肌に、切れ長な瞳を縁取る長い睫、紅く薄い唇が常に微笑みを浮かべる。
実は魔力をすべて自己回復と自己治癒に回し、エルフ最強の狂戦士を目指してるネタキャラ。
お姉さま言葉を使って、時々聞くものを惑わすが、中身はさっぱりした性格の野郎だったりする。
ハルが露店前で売却アイテムを選んでいると、ソレを覗き込んできたティダが驚いて目を輝かせる。
「ちょ、ちょっと待ってハルちゃん。
そんな馬鹿みたいに安い値段で、激レアアイテムの黒曜石の台座を売るなんてやめてくれ。
(ここから野郎の声)っうか俺に譲って、お願いします!!」
「この黒い石って珍しいアイテムなんですか?
昨日初級ダンジョンで倒したガイコツのお化けが落としたヤツだけど、ティダさんならプレゼントしますよ」
「うっしゃあ、ありがとうハルちゃん!
まさか上級クエストの赤翼ドラゴンを十回倒して一度しか出ない黒曜石の台座が、まさか初級クエで出るとは、さすが『ラッキーボーイ』」
「お礼なんか、あぁーぁぁーー、グル、グル、グルグル」
ハルは頭ひとつ分背の高いお姉さま?に抱きつかれ、コマのように遠心力を付けて振り回される。
体感システムの影響で、生身と同じように眼を回してその場に倒れこんだ。
******************************
『ラッキーボーイ』
【幸運度】と呼ばれる非表示ステータスが高いキャラクターに与えられる称号。
【幸運度】が高いと、敵を倒した時に出てくるドロップ品や宝箱報酬がレアアイテムになる。
******************************
ハルはキャラ設定時、1万分の1の確率で、幸運度MAX『ラッキーボーイ』の称号を与えられた。
そのおかげで全身レア装備で身を固めることができるのだ。
また、この【幸運度】は、ゲーム内で不必要に同じゲームプレイヤーを攻撃して傷つける残酷行為 PKをすると下がるシステムになっている。
悪質PKを繰り返し幸運度マイナスのキャラが、最上級ダンジョンのラスボスを倒した宝箱報酬が「ネズミの糞」だったという都市伝説もある。
「ちょうど今、SENもログインしてきた。
二人でハルちゃんの初心者クエを手伝わせてよ」
中央転送ゲートに、背の高い黒い袴姿の青年が現れる。
鍛え抜かれた鋼のような細身の体、眼光鋭い黒い左瞳、右頬に青い刺青、黒い髪を後ろに束ねている。
【名前:SEN 種族:人間 性別:男 年齢:21歳 レベル:197】
SENはココに住んでると言っても過言ではない、最上位レベル:二〇〇という未知の領域に挑む廃プレイヤー。
頭脳明晰でゲームAIプログラムをいじれるほどの知識を持っているらしい。
「ああ、時は満ちた。二人そろって現れるとは……伝承通りだな」
「SENの旦那ったら、電波な会話はやめてくれよ。
普通にハルちゃんのクエストを手伝うだけなんだから」
「いいんですかSENさん、初級クエストのサポートなんて」
ティダとSENは最上級クエストを軽々クリアできる実力の持ち主だ。
「遠慮するな。お前を連れ歩けば俺たちのレアアイテム入手率が高くなるんだ」
「そうそう、SENみたいな汚れた大人には、ハルちゃんの清らかな魂が必要なのよ。
お姉さまも幸運のおこぼれが欲しい。
不純な動機で手伝うんだから、気にしない気にしない」
ハルはゲームを始めて三日目に迷い込んだ中級ダンジョンで、SENとティダに出会った。
右も左も判らない初心者のハルに同情した二人は、彼をアシストするつもりで一緒にダンジョンを回る事になる。
そこでハルの隠しステータス【幸運度』が発動し、レアアイテムがウジャウジャ出現したのだ。
その時アイテム価値の判らないハルは、同行したベテランプレイヤーが目の色を変え狂喜乱舞する姿に恐怖を覚えた。
「さて、女神の元へ行こうか」
三人はパーティを組むと、ミゾノゾミ女神が守護する魔法陣に向かって歩き出す。
その時すでに世界が異なっていたことに、彼らは誰ひとり気付かなかった。