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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
鳳凰小都編
29/148

クエスト26 子守をしよう

 うつらうつらと、まどろむ。

 でも、もう少し、布団を頭までかぶろうと引き寄せると、ヒヤリと冷たい感触に驚いて脳が覚醒する。


 んんっ!?湿ってる、しかもこのツーンとした匂いは、

 まさか……この歳になって オ ネ シ ョ !!


「おわ、あわわっーー!!あれ、この子だれ?」


 慌てて飛び起きあがったハルの右脚には、小さな男の子がしがみついて眠っていた。

 子供のズボンがぐっしょりと濡れて、敷布団におねしょの地図を描いている。

 室内を見回すと、そこには子供、子供、子供……。

 昨日高級娼婦たちと脱衣じゃんけんをした部屋は合宿所のように布団が敷き詰られ、見た目幼稚園から小学生ぐらいの子供たちが二十人以上寝転がっている。


「やぁ、ハルちゃんお早う。昨日はご苦労様でした」


 ちょっと気怠そうなアルトの声に振り返ると、『王の影』が居た座椅子に腰掛けたティダがキセルを咥え煙をくゆらせていた。 


「あのうティダさん、この子達どうしたんですか??僕の寝ている間に何があったの」

「フゥーッ この子たちは娼館に捨てられた孤児で、王の影が世話を見ている。

 SENが余計な事をほざいたせいで、お姉さまたち神科学種が孤児の面倒をする羽目になったんだ。

 夜泣きする子供をなだめたり、寝相の悪いガキに何度も蹴られて、お姉さまはほとんど寝てないよ」


 一晩中子守をしていたティダは、怠そうに座椅子の背に体を預けると、眠気覚ましのつもりなのかスパスパと煙草を吸う。

 窓の外から朝日が覗き、すっかり明るくなっていた。

 ハル達の話し声に目を覚ました子供が起きてきたが、これだけの大勢の子供たちが無言でティダとハルを縋るような目で見つめている。


 とりあえず、僕のできる事を……始めますか。


「えっと、皆さんおはようございます。

 まず自分の布団を片づけて、顔を洗ってお着替えをしましょう」





 子供たちに指示を出して布団を畳んでいると、こっそり部屋を覗くSENを発見する。

 一晩子守を押し付けられたティダがSENをボコった後、おねしょした子供数名を風呂に入れるように命令した。

 その後館の娘たちがハルの様子を見に来たので、子供の世話を任せてハルとティダは厨房に向かった。


 高級娼館にしてはそれほど大きくない厨房、それを取り仕切る料理人は、主に高級娼婦や客に出す料理担当、その弟子がまかないで子供たちの分まで食事を作る。

 すでに朝食用のご飯が炊きあがっていたので、ハルはそれで一品作ることにする。


「ここの食事、大人向けの酒のつまみには良いんだけど、塩を使いすぎるんだ。

 料理にトマトっぽいのが使われていたから、子供が大好きなメニューの料理を作ろうと思います」

「えっと、お姉さまは何を手伝えばいいのかな?料理は全然できないんだけど」


 ドンと台の上に置かれたのはおなじみの竜兜。ハルはその中に刻んだトマトとニンニク、他の調味料を投げ込む。


「僕がドラゴンヘルムをしっかり支えてますから、ティダさんはメイスで具材をかき混ぜながら『稲光竜巻』の技をかけてください」

「それって、まさかハルちゃん、武器をハンドミキサー代わりに使うつもり?」


 『稲光竜巻』の技とは、文字通り電圧による加熱にトルネード回転を加える攻撃技。

 いつも鍋代わりにしている竜兜ドラゴンヘルムを使えば、技が外に漏れ出さずフードプロセッサー状態になるとハルは言う。

 しかし愛用の鈍器をトマトとニンニクまみれにするという事は、ティダの狂戦士としてのプライドが許さない。

 そんなティダに構わず、ハルは瞳を爛々と輝かせて、さっさと手伝えと言わんばかりに鍋を目の前に突き付ける。


「ハルちゃん……このメイスでゴブリンの頭をカチ割ったりしたんだけど」

「お湯も準備してます、煮沸消毒で殺菌すれば大丈夫。

 早くしましょう。みんな、お腹空かせてご飯を待ってますよ」


 料理オタクのハルには何を言っても無駄だろう。ティダは諦めてメイスをグツグツと煮沸消毒した後、トマトの中にメイスを突っ込んだ。

 厨房から鼓膜を破るような爆音と暴風が吹き荒れ、建物自体をビリビリ揺さぶった。

 そうして出来た手作りトマトケチャップを、ハルは満足そうに眺める。


「さて、朝ご飯作りに取り掛かろうか。みんな、手を洗って待っていて下さい」

 


 ***



 SENは風呂に入れて綺麗になった子供たちを連れて部屋に戻ろうとしたところで、入れ違いに二人の娘と風呂に向かう竜胆を鉢合わせする。

 彼女たちは昨夜の閨での激しさが伺えるような色香を放ち、ハーフ巨人の王子はスッキリして元気溌剌、鋭気を蓄えた状態だ。


「おはよう王子さま。チッ、一人だけイイ思いしやがって」

「ああ、おはようSEN。さすがの神科学種さまもガキには振り回されっぱなしだな。

 俺も前に『王の影』にはめられて、1週間子守をさせられた事があった。

 しかしその時より、捨て子の数が増えてるな」


 そうなのか?とSENは呟くが、目のやり場に困る娘達の姿に、竜胆へ嫌味の一つでも返したくなる。


「それにしても綺麗な娘二人を相手にするなんて、王子様は随分とお盛んだな。

 リア充禿げろ」

「巨人の相手に、人間一人だと抱きつぶしてしまう。俺だと二人でちょうどいい具合だ。

 何妬んでるんだ、SENも毎日綺麗どころをハベラしてるじゃないか。

 あれだけ美しいエルフの相手ができるのは、終焉世界では王ぐらいのものだ」


 なんだ、今、空耳がしたぞ。

 綺麗どころはハベラす?美しいエルフ?ってアレのことか!!


「えっ……待て、それは変態紳士のハートが砕け散りそうな勘違いだ。

 俺はロリや猫娘までが範疇、サキュバスも追加オーダーしよう。

 しかしびーえるはジャンル違うし、そもそもあいつエルフだぞ」


「エルフと人間で付き合うって、そんな珍しくないから気にするなよ。

 巨人王はもっと凄いぞ。

 ハイエルフを側室にするし、第十七位王子は巨人とエルフのハーフだ」


 猫人族とハイエルフ、それにエルフと巨人のハーフだと!!そんな俺も知らないゲーム設定があるのか?

 廃プレイヤーとしてゲームをやり込んで、すべての謎を解き明かし極めたハズの終焉世界。

 しかし実際にこの終焉世界はゲーム設定と異なる点が多すぎる……っうか、仲間ティダにも重大な秘密があったのか。

 「無知は罪」それがSENの信条だ。

 この世界の情報を得る一番の方法は、やはり『王の影』に取り入るしかないだろう。


 二人の立ち話も長くなると、空腹に耐えきれなくなった子供がSENをせかし始めた。

 慌てて話を切りあげると、SENと子供たちは食堂へ向かう。

 その子供の後姿を、竜胆は憐れみをこめた目で見ていた。

 鳳凰小都は、強いものに守られなければ、あっという間に喰いつくされる弱肉強食の世界。

 最下層の猫人族は、獣に近い分、この街でも生き延びる生命力がある。

 一番の犠牲者は、親に捨てられた力の弱い人間の子供だろう。


 そういえば、誰からも手を差し伸べられることなく、弱肉強食の世界を生き延び、醜い獣になったハーフエルフ王子が居たな。

 この騒動にヤツも関わっているという噂も聞くが、『王の影』が動いたなら、それも納得できる。

 険しい顔つきになった竜胆の腕に娘たちの細い腕が絡む。


「どうか気を落とされずに。

 私たちは、竜胆様や皆様がコノ街を救ってくださると信じてます」


 一瞬だけその瞳は潤んで見えたが、すぐ艶めいた猛々しい色に戻ると、娘たちの腰を引き寄せ湯殿の中に消えた。

 


 ***



 ジューシーなトマトと、ふわっとした半熟卵の優しい香り、ガーリックのスパイスが食欲をそそる。

 テーブルの上には、みんな大好きオムライスが並べられている。

 トマトケチャップで描かれたスマイルマークに、子供たちが声を上げて笑い出す。


「ご飯は炊けていたので、トマトケチャップと合えてオムライスを作りました。

 これなら子供でも好き嫌いなく食べてくれるでしょ」

「まぁ美味しい。以前YUYUさまがお作りになった、ライスがベチャベチャして卵が焦げて苦くなっていた「おむらいす」とは比べ物になりません。

 これが本物のオムライスなんですね」

「もぐもぐ、何気に罵詈雑言ですね。ポムライスと言って下さいポムライスと。そういう新たな発見があってこその創作料理の醍醐味でもあるのですよ。

 それにしても、ふわとろ卵焼きのテクニックまで習得しているとは、さすがハルくんは女神の力を授かるだけありますね」

「ハルちゃんの料理の腕に、女神は関係ないよ。

 というか、どうして『王の影』のような高貴な方が、子供と一緒にオムライス食べているんだ?」


 いつの間にか子供たちに混じって、何の違和感もなくオムライスを食べているYUYU。そんなYUYUを探しに来た水浅葱もちゃっかりオムライスを御馳走になっていた。


「神科学種のコックが作る料理が絶品だという報告がありました。

 是非一度、リアルの世界の料理を食べてみたいと思っていたのです。まさかコックがハルさまだったとは驚きですわ」


 ハルと水浅葱の会話を聞いたティダは眉をひそめた。そんな庶民の噂話まで『王の影』は把握してるのか。それとも水浅葱の能力で、誰かの心を読んでもたらされた情報かもしれない。


「水浅葱さん、ハルちゃんの料理は最高ですよ。好きなだけ召し上がってください。

 実は貴女に、是非協力してもらいたいことがあるのです」


 いきなりティダに丁寧語で名指しされ、戸惑った水浅葱はYUYUに判断を仰ぐ。

 『王の影』はオムライスを食べ続けながら、こくんと小さくうなずいた。


「神科学種さまから、直々の御指名を受けるなんて感激です。

 さて、私は何をすれば良いのでしょうか?」


「貴女に、ココに居る子供全員の生い立ちを読んでもらいたい。

 幼い子供たちは自分の年齢、それどころか自分の正しい名前すら知らないモノもいる。

 貴女の力を借りれば、親の顔や名前、住んでいた場所も把握できるはずだ。

 そして、もし親が健在なら親元へ帰してやる」


 ティダの言葉に、水浅葱は語気を強めて抗議した。


「そんなの子供たちが可哀相です!!

 捨てた親元へ返せば、再び同じ目に会うかもしれないのに」


「奴隷商人に子供を売ったりせず、巨人王の娼館に捨てれば飯ぐらい食わせてもらえるだろうと、この館を選んだ僅かな親心に賭けたい。

 子供を捨てるまで親が追い込まれる、この鳳凰小都の状態が異常だと思う。

 帰した子供が暫らくマトモに生活できる援助と、親にはキツめの調教を加えて、二度と捨てる気の起こさないようにしよう」


 でも、と躊躇う水浅葱に、ティダは言い聞かせるように話す。

 ティダが鳳凰小都に入ってからどこか不機嫌だったのは、孤児たちを気に病んでいたのだ。

 口の周りにケチャップが付けたままのYUYUが立ち上がると、水浅葱の背中を優しく撫でる。


「あと数か月もすれば、厳しい冬が来るでしょう。そうなったら、今より更に酷い状況になります。

 ここはティダさんに協力して、とりあえず子供たちを親元へ帰してあげましょう」

「YUYU様がそうおっしゃるのであれば……ティダさまに協力いたします。

 ただ、これほど大勢の子供の読心を行うとなると、私の精神負担も大きいです。

 YUYU様、それなりのご褒美を オ ヤ ク ソ ク してもらいますからね」


「そ、そんなに何度もご褒美はないですよっ。

 あまり多くご褒美をやると、楽しみが慣れてしまいますから、それなりの成果を出した場合のみ約束します。か、勘違いしないようにっ」


 水浅葱の一言に『王の影』は、何故か頬を赤く染め恥ずかしそうに返事した。

 アレッ、上下関係逆転してる?約束したご褒美ってなんだろう。


 

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