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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
鳳凰小都編
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クエスト22 エリア転送ゲートを利用しよう

 頬を撫でる風はヒンヤリと冷たく、乾いた空気と柔らかい日差し。

 ハル達パーティと竜胆一行は、灼熱の太陽と砂嵐の砂漠エリアから、北のトウジ高原エリアへと転送した。


「へ、へっ、へーーーくちゅ、

 あっ唾飛んだ、竜胆さんゴメン。

 まだ九月なのに、砂漠と比べたらココは肌寒いね」

「……」


 竜胆はムッとした表情でハンカチを取り唾を拭くと、仕返しにハルの頭をわし掴み、無理やり顔面をゴシゴシと擦った。

 ティダが修復したエリア転送ゲート『全域転送魔法陣』の乗り心地は、エレベーターを二階から一階に降りて「えっ、もう着いた!?」な感じだ。


「おい、あんたらさっさと魔法陣から退いてくれ。次の客がつかえてんだよ」


 半屋外の高原エリア転送ゲートは、相撲の土俵に似ていて中心に魔法陣が描かれている。

 緑の粗末な着物を着た魔法陣の管理人は、箒で魔法陣を掃き清めながらハル達を急き立てた。

 慌てて場所を譲ると、すぐ魔法陣が起動して次の転送が始まる。

 やたらと派手に着飾った商人グループが転送されてきたが、全員顔色が悪く足元がふらついていた。


「かわいそうに、あの商人達は長時間の転送で『魔法陣酔い』してるんだ。

 やはり、ティダ製の魔法陣は性能がいい。

 俺達は他の連中を押しのけて、最速で転送して来たみたいだ」


 竜胆が笑いながら指差した商人たちも、管理人に箒で追い立てられている。

 トウジ高原エリアの全域転送魔法陣は、分刻みで転送を繰り返し、大勢の旅人を招き入れていた。


 北のトウジ高原エリア 『鳳凰小都』


 鳳凰の住まう高貴な都と呼ばれる、高級避暑地のはずだが……。

 エリア転送ゲートの建物を出たハルの目の前に広がるのは、人の波、波、波。

 アジアのバザーを思い起こさせるような、人々の喧騒と立ち並ぶ露店の数々。

 なんだか人混みにもまれて、肌寒さを感じなくなるくらいだった。

 見るからに金をかけ全身着飾ったメタボ男とガラの悪そうな用心棒、露出の多い派手な服で誘う女。

 露店には、高級そうなドレスや装飾品が並び、怪しげで目付きの悪い店員が客引きをしている。

 そんな喧騒の中を、裸足で襤褸をまとった幼い子供が物乞いをしていた。


「あのう『鳳凰小都』って、セレブの多く利用する高級リゾート地の設定でしたよね」

「確かに、王族や貴族、裕福な民がバカンスを楽しむ避暑地だったはず。

 いったい何がどうなったら、こんなカオス状態になるんだ?」


 SENも戸惑ったようで、隣に立つ竜胆に問いかける。

 竜胆は苛立たしげに腕組みすると、声を落として返事をした。


「1年前は、もうちょっとマシだったんだが……。

 こいつは身内の恥を晒すもんだ。詳しくは馬車の中で話す」



**



「おいふざけるなっ、先月は乗車代200紙幣だったのに、300紙幣に値上げだと!!

 俺は足を怪我してて、街まで歩いて帰れないんだ。

 せ、せめて220、いや270に乗車代をまけてくれよ」


 馬車乗り場では、乗合馬車の持ち主と乗客が、激しく言い争いを繰り広げている。

 その横を二頭立ての豪華な高級馬車が、乱暴な運転で乗合馬車を追い越してゆく。


 竜胆たち巨人族を乗せる大型馬車が出払っていて、馬車が戻ってくるのに二時間ほど待ち時間ができてしまった。


 ハルと萌黄にとっては、見るもの聞くもの全てが珍しい初めての高原エリア。

 時間ができたので露店見物することになり、SENとティダが武器や魔法道具を、ハルと萌黄は竜胆が付いて食料を仕入れることにした。

 

「クソッ、この俺様がガキの子守とは。

 ハルしっかり付いてこいよ。お前の成りだとはぐれたら攫われまうぞ。」


 竜胆は、小さな萌黄をひょいと肩に乗せ、ハルはその後ろを付いて歩く。

 人混みの中でもハーフ巨人の体は威圧感を与え、凛々しく高貴な面立ちの竜胆はかなり目立つ。

 彼が王族だと気付く者もいるようで、自然と周囲には人垣ができる。


 果物を扱う露店の主人は、通りの騒ぎを覗こうと外に出たところで、青い髪をした小間使いの少年に声を掛けられた。


「おじさん、包装はいらないからリンゴ十個買うことできる?」


 白いひげを生やした恰幅の良い、某パン屋のおじさんそっくりな店主が果物を並べていた。

 リンゴそっくりのさくらんぼ、腕のように長いバナナ、スイカ大の梨。

 そんな果物がキレイな箱や籠に入れられ贈答用として置かれている。

 

「ああ、果物だけでも売るよ。

 美味そうだろう、今入ってきたばかりの新鮮なリンゴだ。

 一個40紙幣、十個なら350紙幣にまけてやるよ」


「えっと、紙幣ってことはコインじゃないよね。

 僕、今このエリアに来たばかりでまだ換金してないんだけど、コン銀貨でリンゴ代を払ってもいい?」


 ゲーム内通貨『コン』は、終焉世界の支配者 コンの巨人族の名から付けられた。

 銅貨一枚は主食の白穀物が一食分買え、銅貨十枚で銀貨一枚。

 そして銀貨十枚で金貨一枚になる。

 通貨価値は日本円にすると銅貨百円、銀貨千円 金貨一万円だ。


「お、お客さん、代金を銀貨一枚で払ってもらえるならリンゴ四個オマケに付けますよ!!」


 店主の大声に、ハルの周りにいた売子たちが、一斉に商品を手に押しかけてきた。


「お兄ちゃん、この帽子あんたに似合いそうだ、銅貨五枚でどうだい!!」

「ほら、銀貨一枚でこのネックレスを買えるんだよ!!」

「コン銀貨三枚あるなら、この鶏五匹買わないか!!」


 売り子の迫力にハルは立ちすくむと、背後に立っていた顔に傷のある痩男が、いきなり腕を引いた。

 カモを囲いこんだ売子達は、目配せすると逃がさないように路地に連れ込もうとする。


「なぁ坊主、俺たちの商品買い取ってもらおうか。

 痛い目に会いたくないなら有り金全部出しな」


「おい貴様ら、俺の従者に何してるんだ?」


 その時、売子達に囲い込まれたハルの襟首が抓みあげられ、突然現れた大男の肩に担がれた。

 獲物を横取りされた売人達は、相手が高原エリアの支配者である巨人族だと気付くと、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。


「ふわぁ、ビックリした。随分と強引な売り子だな」


「このバカ!!お前、俺の話を聞いてなかったのか。

 あいつらに路地に連れ込まれて、身ぐるみ剥がされるトコロだったんだぞ」


「あの人悪者なの、ハルお兄ちゃんいじめたの?萌黄がやっつけようか」


 その後、竜胆に担がれたままのハルは、露店を見て回ることもできず馬車に押し込まれた。



 ***


 

 巨人族の乗る頑丈な造りの馬車の窓から、ハルは夕焼け空を眺めていた。

 ハルと別れて、露店で武器を探したSENとティダの方も散々な目にあったらしい。

 見かけ高級防具はバッタもんの偽物で、魔法道具と思って入った店は大人のオモチャ屋だった。

 その店で何を買ったのかは、二人とも話さなかった。

 

「タイショ砂漠では、お金を使う機会がなかったけど、終焉世界の通貨って『コン』でしたよね。

 この高原エリアは、別の通貨が使われているみたい」

「鳳凰小都の支配者 紺の第七位王子 青褐あいかちの命令で『ピョコ紙幣』が使われている」


 ピョコ ピョコ マジで……そんな紙幣で大丈夫か?

 突然押し黙り、神科学種たちは紺の王子を感情のない視線で見つめる。


「うっ、確かに妙な呼び名だが……。

 この地域に伝わる古代呪文の一節から取った正当な言葉だ。

 雨乞いの呪文で、カエル ピョコ ピ「わかりました、竜胆さん」ピョコ」


 七百年も経つと、元の早口言葉の意味なんて歪曲されても仕方がないよね。






「さっきの馬車乗場の乗車賃が、ひと月で200から300に値上げしていたな。

 そもそも『ピョコ紙幣』ってどんな金なんだ?」


 ハルの隣に座るティダは、アイテムバックから金貨を一枚取り出すと親指で弾き、それを正面に座る竜胆がキャッチする。


「鳳凰小都は印刷技術が進んでいて、終焉世界の書籍はほとんどココで作られていた」


 オアシス聖堂で見つけたQRコードの印刷されていた女神聖書も、この鳳凰小都で印刷されたのだろう。


「だが、どんなに優れた技術で本を刷っても、大した儲けにならない。

 それで第七位王子は、とんでもないモノを印刷することにした。

 鳳凰小都での『コン貨幣』使用を禁止して、それに代わる紙の金『ピョコ紙幣』を発行したんだ」


 警備を兼ね、前の御者台に座るSENも話に加わってきた。


「露店で聞いた話では、最初紙幣5枚で銅貨一枚換金できたのが、今は150紙幣出して銅貨一枚だと。

 いちいち計算する必要もないらしい、明日にはまた換金率が変わるからな」


 ハルが、果物屋で「コン銀貨で支払う」と言ったら店主たちが大騒ぎした理由が判った。


「バカ王子は、遊ぶ金欲しさに『紙幣』を刷りまくって、二年で物価は三十倍まで跳ね上がった。

 来月はさらに倍、今年中で百倍までいくんじゃないか」





 街道を走る馬車の真上を巨大な黒い影が横切り、うるさい羽音が響く。

 黒い羽根、額に蒼珠の埋め込まれた数百羽の死黒鳥が、道の彼方にある光へと引き寄せられ飛んでゆく。


「第七位王子に誰かが入れ知恵したらしく、住人から金を巻き上げるだけじゃ飽き足らず悪どい仕組みを作った。

 元々高級避暑地だ、余所から来た裕福な連中から『アレ』を使って金を落とさせる」


 竜胆は立ち上がると、馬車の窓をすべて開け放つ。

 日の暮れかけた街道の先、遠目からでも色とりどりに照らされた鳳凰小都の街並みが見えてきた。

 道の両脇に広がる貧民街、それとは対照的に、鳳凰小都の中心は派手な装飾が施された建物が無数に立ち並ぶ。

 街丸ごと巨大な歓楽街、不夜城、花街とも呼ばれる。


「鳳凰小都内で、特に娼館で使用できる通貨は『ピョコ紙幣』のみ。

 他所から色と欲に釣られてココに来た金持ちたちは『ピョコ紙幣』に換金したら最後、すべてを搾り取られ無一文で街の外に放り出される」


 人間以上に欲望に忠実な巨人族の花街には、ありとあらゆる快楽が用意されていた。

 甘い欲望の蜜に群がる蟻は、その先にアリ地獄が仕掛けられている事も知らずおびき寄せられる。


「被害を受けるのは殆ど人間だが、誇り高い巨人王は見過ごせないのだろう。

『王の影 YUYU』が動くほどだ」


 鳳凰も逃げ出し、厄災を運ぶ死黒鳥の住処になった哀れな『鳳凰小都』

 神科学種たちを乗せた馬車は、欲望の都に呑み込まれていった。

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