クエスト20 耳長砂漠ウサギを狩ろう
見渡す限り白い視界、そんな砂漠の上を、何かがピョンピョン跳ねている。
体のサイズは普通の兎と同じ、耳の長さが50センチある『耳長砂漠ウサギ』
長い耳は、片方が某キャラクターの様に折れて愛らしく、白い毛色が保護色となり敵から身を守っていた。
そんなウサギが十数羽、砂漠の真ん中で倒れたカピバラの周りに群がっていた。
よく見ると、砂漠ウサギの口の周りは赤く染まり、草を食む前歯は犬歯のように尖っている。
ウサギはカピバラに歯を立てて噛みつくと、その血を啜りはじめた。
植物の生えない砂漠で、耳長砂漠ウサギの食料は、動物の血だった。
夢中でカピバラの血を啜っていたウサギが、小さな音に聞き耳を立てる。
その瞬間、二本の矢が同時に飛んできて、砂漠ウサギの頭と腹を縫い止めた。
砂の中に潜み獲物を待ち構えていた少年は、素早く弓を番え続けざまに二本の矢を同時に射る。
さらに二羽の砂漠ウサギが仕留められ、他のウサギは、正に脱兎のごとく間近の巣穴に逃げ込もうとするが、そこには両手に短剣を握る少女が待ち構えていた。
金色の長い髪をなびかせながら、小さな少女が砂の上を滑るようにステップを踏み、まるでダンスを踊るかのよう様に二本の剣を振るう。
一瞬のうちにウサギ三匹を切りつけ、更に逃げる二匹のウサギに追いつくと、電光石火の早業で仕留めた。
「やったぁ勝った、萌黄の捕まえたウサギが五匹だよ。
ハルお兄ちゃんはウサギ三匹で、萌黄に負けたでーす!!」
「す、凄いよ萌黄ちゃん、もう戦闘力で僕を上回っている……ガクッ」
ハルはペナルティで落ちたレベルを取り返すため、食糧確保を兼ねて砂漠でモンスターを狩っている。
一緒に付いてきた萌黄に狩りを教えたところ、抜群のバトルセンスでどんどんレベルを上げてきた。わずか2日で、戦闘レベル40 という凄まじい才能を見せつける。
「萌黄の両親は、王都で近衛隊団長と副団長を務めたほどの戦士。
それに、萌黄の双剣を用いた剣舞が得意で、王の前で披露できるほどの舞い手だ」
「持って生まれた才能と、剣舞による無駄のない洗練された身のこなし。
これは、萌黄の将来が楽しみだな」
ハルの付き添い役のSENと、ティダの勉強会から逃げてきた竜胆が、二人のバトルを見学している。
「あのう、SENさん、僕へのアドバイスはありますか?」
「ああ、ハルは萌黄のサポートに徹してくれ」
ウウッ僕のレベル上げのはずが、いつの間にか萌黄ちゃんのレベル上げになっている。
「ハル、お前は非力だしテクニックも大して無いんだから、サポートが向いてるんだよ。
矢もチマチマ射るヤツじゃなくて、連射のできるクロスボウにした方がいいな。
的を外さないだけの、取り柄はあるんだから」
竜胆のアドバイスは全くおっしゃる通りで、トホホ、手加減ないが、最後の一言は褒められてると受け止めていいかな。
「大丈夫、萌黄はもっと強くなって、ハルお兄ちゃんを守ってあげる」
「ハハッ、ありがとう萌黄ちゃん。頼りにしているよ」
萌黄はキラキラと輝く瞳で力強く答える。ハルは苦笑いしながら頷くしかなかった。
***
次の狩場に移動しながら、竜胆はSENに話しかける。
「ティダが全域転送魔法陣を修復すれば、俺たちもやっと王都に戻ることができる。
昨日、オヤジの飼っている神科学種から連絡が入った。
どうやら、SENあんたたちの事を知っているらしい」
「オヤジって、巨人族 乱暴王の鉄紺の事か」
「今は誰も『乱暴王』なんて呼ばない。影では『ロリコン王』と噂されている」
「ほう、それはステキな趣味だ、俺は高く評価してやろう。是非一度、王とそっち方面で話がしたいな」
怪しげな単語が聞こえたハルは、ギョッとした顔で立ち止まり二人の顔を眺めている。
竜胆は慌てて、危なげな眼の色になったSENを軽く度突く。
「ソレは噂だと言っただろう!!
ロリコン王と呼ばれる原因は、アノ神科学種に有るんだ。
王の後宮に居座って十年、見た目は童女のまま年を取らず、天使の様な愛らしい姿形で人を惑わす『王の影』と呼ばれる化物だ」
「竜胆、なんで俺たちに、そんな王の裏事情まで話すんだ?」
「SEN、察しがよくて助かるよ。
乱暴王 鉄紺 第四位側室『王の影 YUYU』が、あんた達に会いたがっている」
後宮に住まう側室が、同じ神科学種だからといって簡単に外部の者と接触できるのか?
その事を竜胆に問うと、とんでもない答えが返ってきた。
「全然大丈夫だ、アレは後宮の名を借りた女戦士育成所だ。
YUYUは、側室の中から使える連中を鍛えて「女忍者」にするらしい。
神科学の世界では、普段は平民に交じって暮らす、忍者と呼ばれる暗殺集団が、主の危機には大活躍するんだろ」
なんだか間違った知識を植え付けられて、弾んだ声で楽しそうに忍者の話をする竜胆に「リアルに忍者は居ない」と言えなくなる。
『王の影』とまで呼ばれる神科学種は、一筋縄ではいかない相手のようだ。
これは、楽しくなりそうだ。
皆の後を歩くSENが、今まで見せたことのない狂暴な微笑を浮かべたのに、気が付く者はいなかった。
***
「くしゅん、くしゅん……これは、誰かが私の噂をしているのでしょうか?」
「まぁ、YUYU様がお風邪をひかれては大変です!!
さぁこちらにいらして下さい、水浅葱の懐で温めて差し上げます」
北のトウジ高原エリアは、短い夏を終え、夕方の風は肌を刺す冷たさだった。
小柄なYUYUは、水浅葱の膝上で上質な毛皮のマントに包まれながら、鳳凰小都へと続く街道を馬車の窓から眺める。
身分を隠しての旅なので、馬車は目立たない下級貴族が使うモノを用意した。
その横を、豪華絢爛な装飾が施された、いかにも成金趣味の馬車が先を競うように追い抜いてゆく。
「なんだありゃ、まるでデコトラ……デコトラですか」
「YUYU様、デコトラとは何ですの?」
「ふふっ、神科学の世界では『トラック』と呼ばれる召喚獣を手なずけるため、獣の体に金銀財宝で装飾して飼いならすのです」
そうですか。と、水浅葱は生返事をしながら、YUYUのフワフワの髪を撫でて堪能していた。
道の両脇はバラック建てのスラムが広がり、道の先には過度な装飾が施された建物が立ち並んでいる。
花街からは、活気あふれる呼び込みの声と喧騒と音楽が聞こえ、汚臭を誤魔化すように造られた花の香りが漂う。
全身を着飾った商人が目付きの悪い用心棒を従え、僅かな布を纏った娼婦たちが品をつくり客を捕まえようと躍起になっている。
暮れゆく空に、闇を纏った漆黒の烏が、群れをなして花街の上空を旋回する。
「栄華を誇っていた『鳳凰の住まう高貴な都』が、わずか二年でここまで堕ちるとは」
窓から身を乗り出して、変わり果てた都を眺めるYUYUの傍で、水浅葱は楽しそうに呟く。
「YUYU様のお力で、堕ちる処まで落としてあげてはいかがです」
窓から離れると、再び水浅葱の膝の上に抱き上げられ、柔らかな彼女の腕にぬくぬくと包まれた。
これは、楽しくなりそうだ。
YUYUはマントの中に顔をうずめながら、こっそりと狂暴な微笑を浮かべた。
***
「この穴の中にモンスターが住んでるの?」
たどりついた先は山の様な巨大な黒い岩で、岩の裂け目は、半巨人の竜胆がぎりぎり中に入れるほどの横穴になっていた。
「ココは、中級モンスター『砂漠大イノシシ』の住処なんだ。いつまでもウサギをチマチマ倒すより、強い大イノシシ相手にした方が一気にレベルが上がる」
どうやら竜胆も、ハルの弱さを不憫に思ったていたようで、自警団お勧めの狩場を紹介してくれた。
この狩りに加わるSENが大イノシシを追いたてて、ハルが矢を射って動きを止め、萌黄がトドメを刺す事になっていた。
SENが一人穴の中に入り、外におびき出す手筈だが……かなり時間が経過していた。
「SENさん遅いなぁ、中にイノシシいるのかな?」
ハルは穴の正面から距離のある一直線上に、萌黄は穴にすぐ横で待機していた。
「ホント、SENのオジちゃん、まだ出てこないよ。
どうしたんだろう?ちょっと萌黄が中に入って見てくるねぇ」
そわそわと穴の中を覗き込んでいた萌黄は、ついに痺れを切らして中に入ってゆく。
「えっ、待ってよ萌黄ちゃん、勝手に「来るなぁーーにげろぉーー!!」えええっ」
穴の中から血相を変えて飛び出してきたのは、萌黄を抱きかかえたSENだった。
突如、穴の中から壮絶な腐臭が漂い、グチャリグチャリと、湿った巨大な物体が這い出てくる。
穴から大イノシシを咥えて這い出てきたのは、汚れた不死の『オーガゾンビ』だった。
体の一部が穴に閊えたらしく、上半身が外に出たところで動きを止めた。
しかし、長い腕が伸びてきて、萌黄を抱えて走るSENを捕らえようとする。
生きながら人を腐らす呪いを撒き散らす、特殊モンスター『オーガゾンビ』に、通常武器は使えない。
ハルはとっさの判断で、クロスボウを投げ捨てると赤い和弓に持ち替える。
彼以外、番える事の出来ない弓を引き、赤い矢の先に狙いを定める。
女神の弓に、自分の力が流れ込んでゆくのを感じる。
射れる矢は2本が限界、弓に魅入られないように意識を保ちながら、矢を放つ。
肉を絶つ鋭い音が響き、異様な長さに伸ばされたオーガゾンビの腕を、赤い矢は射落とす。さらに、頭を上げてぎょろぎょろと周囲を見回したところを狙い、首を射る。
グチャリッ ゴロ ゴロ ゴロ
矢に断ち切られた頭と胴体、そしてオークゾンビの頭部が砂漠の緩い傾斜を転がった。
その先には……
「うぎゃぁぁぁーーひぃいーーうわうわうわっっ」
女神の弓に生命力を吸い取られ「ライフはゼロよ」状態のハルの目の前まで、オークゾンビの頭は勢いよく転がってきた。
巨大な生首の、血走った目とお見合い状態になり、ハルは腰を抜かして座り込んだまま動けなくなる。
**
あれは誰だ?
場の空気が変わる。
優美な構えから、赤い弓の弦を引き絞り、不死のオークゾンビを狙い矢を射る。
その顔は見慣れた少年の筈なのに、王子の自分が膝をつきたくなるほどの神々しいモノだった。
なるほど、神降ろしの巫女か。
だが、どうしてそんなモノが、よりによって末席の俺の前に現れるのだ。
**
「ちょっとーー竜胆さん!!オーガゾンビが出てくるなんて、話が違いますよ」
神の業を見せ付けた巫女は、砂まみれで泣き言を言う、弱そうなガキに戻っていた。
「イノシシだろうがオーガだろうが、レベルが上がったからイイだろ。
文句あるならシバくぞ」
そんなハルを怒鳴り返しながらも、竜胆は古の予感に縛り付けられる。
この神科学種は、
俺を豊穣へ導くのか、破滅へ導くのか。