クエスト19 女神聖書を読もう
【女神ミゾノゾミ逸話】
神科学人の時代
闇から生まれた「黒い蝶」は、人々の体に卵を産み付け蝕み喰らった。
神科学人は急激に数を減らし、神科学世界は終焉を迎えようとしていた。
-私の体は花の様に香り、血は蜜のように甘い-
予言を携え現れた聖女ミゾノゾミは、「黒い蝶」に自らの体を差し出す。
聖女の甘い血に、全ての「黒い蝶」は引き寄せられた。
そして全ての「黒い蝶」引き連れ、全ての「黒い蝶の卵」を抱え、聖女は消えた。
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SENが礼拝堂の本棚に手を伸ばしたのは、全く無意識の行動だった。
本棚に飾られた、丁寧に磨かれた蝋燭台も、小さな女神像も花柄の宝石箱も、ゲーム内では背景グラフィックなので決して触れることはできない。
しかし今は、その本棚の中に収められた文庫サイズの古びた女神聖書を手に取ることが出来た。
SENが本を開くと、最初のページには女神逸話が書かれていた。
それは『End of god science -神科学の終焉-』ゲームのオープニングムービーで語られる始祖の物語。
消えた聖女は、神格化され『女神ミゾノゾミ』として終焉世界の信仰の象徴となる。
改めて女神の話を読み返すと、今リアルで起こりつつある出来事と符合する箇所が多くあった。
SENは考え込んだまま本を閉じ、裏表紙の文様に目が留まると、思わす声を上げる。
「なんだこりゃ!!おいティダ、ハルも、この本を見てくれ。
裏表紙のモノグラム模様が『QRコード』になっている」
女神聖書の裏表紙の文様を赤い右目で凝視すると、バーコードリーダーが起動する。
目の前の景色と二重になって浮かび上がるスクリーンに、読み込んだURLが表示された。
神官達に手作りコンパスで円の書き方を教えるティダと、手伝いをしていたハルが近寄ってきて、一緒に本を覗き込む。
「終焉世界の本にQRコードが組み込まれてるなんて、これもクエストの一部なのか?
とにかく、アドレス先に飛んでみよう。
……ゲゲッ、なんだこれは!!」
そこに映し出されたのは、8ケタの英数半角文字を入力するパスワード画面だった。
唖然とするハルとティダに、SENは不敵な笑みを浮かべる。
「クククッ、たかが英数字8桁の組み合わせなど、鉄壁のエ@動画サイトパスワードを楽々解読する俺が簡単に解いてやる。
さぁ、ミゾノゾミ女神の籠る天の岩戸を、こじ開けてやろう」
そういうとSENの両目が赤く染まり、VBWシステム5機を同時起動させる。
通常VBWシステムは、使用者の脳疲労を考慮して10時間制限が掛けられている。
しかしSENのプレイヤーは、違法改造したVBW5台を9時間30分ごとに切り替え、24時間フル稼働するシステムを構築していた。
ただ、それは脳にかなりの負荷を強いる行為でもある。
SENの赤い両眼は、瞬きすることなくカッと見開らかれ、額からダラダラと滝の様な汗を流す。
「あのう、SENさん、お取込み中悪いのですが、ちょっといいですか?」
女神聖書を手にしたハルが声を掛けた。
「ハル、ちょっと黙ってくれ、集中できない」
「いえ、あのう、パスワード解けちゃいました」
「「なにぃ」」
ハルが、手にした女神聖書の背表紙を指差すと、そこには本の持ち主の名前なのか、カタカナ3文字が小さく記されている。
「えっ、このパスワードって半角英数8桁じゃなくて、全角カタカナ3文字だと!!」
つまり、パスワード入力画面すら騙しが入っていたのだ。
がっくりと肩を落とすSENを、慰めるようにティダが肩をたたく。
「全角漢字8文字じゃないだけ良かっただろ、さっさとパスワード入力しよう」
「僕もパスワード入力してみたら、データ量が大きくてずっと読み込み中なんです。
SENさんなら容量が大きいから、すぐアクセスできますよ。」
「判ったよ、パスワード入力『ハ ヌ ケ』何の意味だ?
認証確認 OKサインが出たぞ。
かなり重いデータだが、ちゃんと読み込めそうだ」
25%
:
40%
:
75%
:
100% インストール完了
データを読み終えると同時に、別スクリーンが立ち上がる。
目の前に映し出された、浮かびあがるソレをみてSENは絶句する。
その見覚えのある蒼い球体、中央に現在の時間が記されてている。
A.D.2728/09/07
15:24:34
「西暦α 2728年だと……そんなバカな」
それは、ニュースの天気予報で映し出される人工衛星からの地上写真、またはグーグルアースそのものだった。
画面を操作すると、現在位置がどんどんアップで映し出され、大きな大陸の右端に見覚えのある細長く小さな島々を示した。
少し地形は変わっているが、見間違うはずもない……日の出ずる国。
「SEN、急に黙りこんでどうしたんだ、何が出た?」
***
この礼拝堂では、神官たちに聞かれて、込み入った話が出来ない。
SENは礼拝堂から二人を連れだし、埃まみれの道具部屋に場所を移した。
しかし、部屋に入ってもなかなか話を切れ出さないSENは、ティダに急き立てられてやっと口を開く。
「今日で、ゲームにログインして6日目に入った。
ハル、リアルの日付は何月何日だ?」
突然話を振られたハルは、戸惑いながら答える。
「えっと今日は12月7日、僕は風邪気味で学校休んで寝てます」
「ハルちゃん、なに言ってんの?
先週まで正月休みで、今日は1月8日。
俺は、生徒からインフルうつされたみたいで本日休業なんだ」
「「えっ!」」
ハルとティダは、相手の言葉に、お互い不思議そうに顔を見合わす。
そしてSENは、無表情のまま堅い声色で会話を続ける。
「俺がログインしたのは2月14日。
ハルとは去年12月、ティダは1月から連絡が取れなくなっていた。
それが、二人が同時にログインしている事に気が付いて、俺は後を追ってきた。
俺たちは全く違う日にゲームにログインして、何故か聖都カミノレンジャクで合流してるんだ」
それってどういう事、ココはゲームの中じゃないの?
「SENの旦那、ちょっと一言イイか?」
「なんだ、ティダ」
「バレンタインに、彼女と会う約束は無くてゲームしてたなんて カワイソウ♪」
おどけた口調で、ニヤニヤと笑いながらティダはSENをからかうと、ハルの肩を組み引き寄せた。
「ココに来てから、ハルちゃんは3回死に掛けたし、お姉さまは全身ズタボロの血まみれになってるんだ。
今更、何を驚くことがある。さっさと、旦那が知ってること全部ゲロッちまえ」
ログインしてからの六日間、戦闘以外も様々な生理現象が起きて、それはリアルそのもので、皆、薄々感づいていたのだ。ココはバーチャル空間では無いという事を。
そうしてSENに告げられた真実に、二人とも表面上は落ち着いて受け入れた。
「タイムマシンに乗った記憶無いんだが……ド@えもんもビックリだな。
ココは異世界ファンタジーもどきの、約700年以上未来の世界ってことか」
「そうだ、正確には『プレイヤーの意識』が時空を超えて、この世界の神科学種の肉体に宿った」
二人の会話をハルは黙って聞いていた。
異世界、未来?
僕だけだろうか、この世界に迷い込んだというのに、まるで違和感がない。
ココでやり遂げなければならない、何かが存在するような気がする。
「VBWシステムが、未来から過去にもたらされた技術なら、未来から過去の世界に帰る方法もあるよね」
「そうさ、終焉世界の24日はリアルの24時間。
ここに240日居たって、リアルではたったの10日だ。
時間はたっぷりある、焦らずのんびり帰り道を探せばいい」
ハルの問いにティダは力強く答える。
だがSENは、壁に背を預け、黙って目を閉じたままだった。
※独り言 ネタにしました~~