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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
オアシス編
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クエスト18 砂漠竜を食べよう

 ハルとティダは、聖堂屋上から疲労した体を引きずるように、狭く長い階段を下りて外に出た。

 大神官とのバトルで大量に血を失ったティダは、その場でずるずると座り込んでしまう。血塗れの服は着替えたが、銀色の美しい髪に、まだ血がこびりついている。 

 乾いた血液は拭っても落ちず、ゴワゴワした感触に嫌気して疲れたように呟いた。


「あ~~っ風呂に入って、全身体を洗いたい!!

 そんな贅沢、砂漠ココじゃ無理だと判っているんだけどね。

 大神官が禊に使っていた湯殿があったけど、あんな所、絶対使いたくないし」


「ティダさん、宿に汲み置きの水が残っていたから、帰ったら髪を洗いましょう。

 もう少し我慢してください」


 そんな会話をしてると、二人の姿に気付いたSENがゆっくりと近づいてきた。


「女神から与えられた様々な試練をくぐり抜け、ついに俺は未知の領域へ一歩近づくことができた」


 いきなりSENが酔ったように意味不明な言葉を呟き、ハルはおびえた表情を見せる。


「えーっと、SENの旦那の電波語を解説すると レベルが上がった ってコトね」


「そんな、SENさんズルい!!

 僕なんか三回デッドリーのペナルティで、レベルが3つも下がったのに~~」


 今回ハルは結構頑張ったが、それはバトルとは関係のない料理や治癒魔法ばかりだった。レベル上げに加算されたのは、唯一トドメを刺した親蜘蛛一匹。

 ちょっとウルウルしているハルに睨まれ、さすがのSENも困ったようにティダに助けを求める。


「ハルちゃんの愛情こもった料理を食べていながら、自分だけレベルアップするなんて酷い男。お姉さまも、人間相手で殺れないから、レベルが全然上がらなかったよ」


 そう言いながらも、ティダは立ち上がるとSENにハイタッチで祝福をした。


「旦那は、明日からハルちゃんのレベル上げを手伝いな。

 ちょっと肩を貸して、ハルちゃんが致命傷を負わせた獲物を検分しよう」



 ***



 聖堂大広場の中央に横たわる砂漠竜は、頭と胴体が綺麗に真っ二つに分かれ、胴の部分はまだビクビクと動いている。

 砂漠竜に近寄ったハルは、興味深々で見事な切り口をジッと見つめていたが、何を思ってたのか素手でペタペタと触り始める。


「この赤身具合は牛肉?

 いや、もっと柔らかくて脂の乗り具合からしたら魚……マグロの赤身!!」


「ええっ、砂漠竜の身がマグロ?っうかハルちゃん、これ食べるつもりなの。」


 ティダの叫びに振り返ったハルは、瞳をキラキラと輝かせ、口元は締まりなくうっすら涎が光り…本気マジだった。


「熟れたリンゴの様な色といい、艶と透明感のある肉質といい、まるで海の黒いダイヤ 本マグロのようだ。

 殺したてで鮮度も最高、身もキュウっと締まって、まさに今が食べ頃の状態!!

 ああ我慢できない、SENさん、試しに一切れ切ってください。」


 ハルは食材が係ると、普段の遠慮がちな彼とは異なる料理オタクな性格が出てくる。

 SENは言われるがままに 名刀 タケミカヅチ を包丁扱いにして砂漠竜の肉を切り取る。

 それをクリスタルシールド(水晶の盾)をまな板にして分厚い短冊切りにした。


「う、う、う美味い!!これはホンモノのマグロと変わらない。ワサビ醤油欲しいっ」


「もぐもぐ、この油の乗り具合だと中トロだな」


「僕の見立てた通りでしょ。

 砂漠竜の心臓近くは、電撃であぶり状態になっていそうですね」


 人を食う砂漠竜の生肉を、旨そうに食べる神科学種。

 まるで食物連鎖の頂点を見せつけるような恐ろしい姿に、村人はドン引きしていた。


「あれ、もしかしてココの人たちはナマを食べる習慣が無いのかな?」


 村人の怯えた様子にハルは箸を止める。

 その横から竜胆が現れ、ハルから切り身を一枚奪うと口に放り込んだ。


「ほう、これが「刺身」っていうモノか。

 親父の飼っている神科学種が、生の魚を乗せた『スシ』が御馳走だって教えてくれた事があったな。魚がぐるぐる台に乗って回っているんだって?」


「ちょっと待て竜胆。なんで、巨人族の王子が『回転寿司』を知っているんだ」


 この終焉世界は科学の代わりに魔法が、その魔法も衰退しつつある世界だ。


「神科学種の世界『リアル』に『回転寿司』はあるんだろ?

 ソイツも、SENと同じ『リアル』から『バーチャル』に来たって言ってたよ」


 この世界がゲームの中なら、ゲーム世界の住人相手に『バーチャル』発言はしない。

 『バーチャル』『回転寿司』を竜胆に教えた神科学種は、自分たちと同じように、コノ世界に迷い込んだゲームプレイヤー。


 三人は竜胆の何気ない一言に、ココは仮想現実空間ではなく、終焉世界という名の『リアル』だと確信した。




 オアシスの村は、大神官を倒した解放感に包まれ、祝宴ムードで村人の隠し持っていた酒が振る舞われている。


 砂漠竜の肉はハルの指導の下、魚天ぷらとガーリックステーキとクリーム煮 マグロ(砂漠竜)丼に調理され、大広場には骨のみとなった砂漠竜が残された。


 マグロ丼の味を堪能したティダとSENは、場所を礼拝堂に移動して、竜胆から聞いた他の神科学種の話をする筈だった。

 しかし、砂漠竜討伐の立役者の二人を皆が放っておくはずがない。


「お姉さま!!俺たちと乾杯しましょう~~」


「SENさま、砂漠竜討伐の指揮お見事でした。

 こいつらにも、詳しく話を聞かせてやって下さい」


 自警団&神官達&村人が酒とツマミを持って押しかけて、神聖な礼拝堂は大衆居酒屋状態になる。

 皆は互いに武勇伝を称賛し合い、そのうち歌が始まりオヤジの裸踊りが飛び出して、最後は隠し芸大会で締めくくられた。


 ちなみに、酔ったSENの歌った「ミクミク♪」が子供たちに大受けで、そのままオアシスの童謡として末永く歌い継がれる事となった。



 ***



 おはよウサギ、ではなく、こんにちワニ


 明るすぎる日差しとサウナのような熱さ、そして近くで人の話し声が聞こえ、ハルは意識を浮上させる。

 気が付くと、礼拝堂の長椅子の上で、数枚のローブに包まれて汗だくになりながらミノムシ状態で寝ていた。


 昨日ハルは、礼拝堂に料理を運んできたところを酔っ払いと化したティダに捕まり、勧められるまま酒を飲んだ。

 たいした酒量ではないのに酔いつぶれ、意識が途切れたまま寝てしまい、ハルを起こさないように、皆が親切心で毛布代わりに被せたローブが暑くて起きてしまった。


 僕は、リアルでは眠りが浅いタイプなのに、セーブ(就寝)状態の意識は完全に無くなってしまう。冒険者がこんな無防備な眠り方をしていては、野宿なんか出来そうにも無いです、はい。

 



 礼拝堂の大テーブルには、半巨人の竜胆と神官の退紅、その後ろに白い作務衣を着た年配の男と弟子の少年が控えていた。

 彼らを相手に、SENとティダは広げられた図面を見ながら話し合っている。


「あっ、ハルちゃん起きたんだ。ちょうどいい、コレが出来上がってるよ」


 ティダに指差す先を見ると、床に2メートルほどの白い石板が三枚重ねられ、一番上の面に魔法陣が刻まれていた。

 それはハルと萌黄が地下鍾乳洞ダンジョンで写し取った魔法陣で、石板自体が微かに発光して、刻まれた文様を魔力マナが流れ、すぐにでも起動できる状態だと判る。


「まだ一枚しか完成してないが、ちゃんと魔法陣としての機能を果たしている。

 残りの二枚も腕のいい石工五人で取り掛かっているから、明後日には仕上がるだろう。

 さて、お前の指示通りに魔法陣を作ったが、コイツをどう使うんだ?」


「竜胆さん、石板の手配をしてくれてありがとうございます。

 まず、一枚目の石板は神殿の横にある、水の枯れた噴水の底に設置してください。

 二枚目は、村はずれの宿の水槽に沈めます。

 そして三枚目は……ここまで種明かしすれば判りますよね」


 ニヤッと悪戯っぽく笑うハルに、竜胆は目を輝かせ、SENは ああっ とタメ息をついた。

 

「さすがハルちゃん。

 そうだね、魔法陣ならどんな遠くにあるモノでも一瞬で転送できる」


 ハルの説明に納得した仲間たちと、神官の退紅は話の見当がつかない顔をしている。

 そこへ年配の石工が、感嘆したように話し出した。  


「それにしても、この魔法陣は凄いですなぁ。

 霊峰女神神殿の法王さまでも、起動できる魔法陣を描くことはできませんでした。

 さすが神科学種さま、子供でも魔法陣を描く技を習得してるとは素晴らしいですなぁ」


 あれ、なんだか可笑しな話だ?

 ゲームの中で魔法陣を描くスキルなんて存在しないし、単純になぞり書きしただけで、魔法陣の半分は萌黄が描いている。


「そもそも、今までどんな魔法陣が描かれていたか、俺たちもよく判らない。」


「それでしたら、こちらは霊峰女神神殿より送られた一級品です。

 破壊されたタイショ砂漠の全域転送魔法陣を、正確に描いたものです。」


 そう言って、退紅が女神像の足元に置かれた宝物入れの中から、ビロードの様な薄紫の布に包まれた紙を取り出す。


 全域転送魔法陣は、魔力マナの代わりに硬貨を捧げ、目的地まで移動するエリア転送ゲート。

 タイショ砂漠のエリア転送ゲートは、魔法陣が破壊され、現在はゴブリンのテリトリーになっている。

 

 うやうやしく退紅が布を広げると、そこには金の糸で複雑な図形が細かく刺繍され、呪文が色とりどりの飾り文字で描きこまれていた。


 鮮やかな布の豪華さに、見た瞬間は感嘆の声を上げた。

 しかしそれをじっくり眺めていると、だんだん眉に皺が寄ってくる。


「只の派手なタペストリーだろ?この魔法陣じゃ起動しないぞ」


「そうね、見かけは派手だけど、形がいびつで描線は途切れまくっている。

 呪文のスペルも間違いだらけだし。」


 魔法陣は、魔力マナを陣の描線に走らせることで、様々な魔法を生み出す。

 それを例えるなら、デジタル回路を正しく配線しないと起動しないようなものだ。


 二人の指摘通り、全域転送魔法陣は見栄え良く描かれているが、図形としては穴だらけだ。

 中央の星形ペンタグラムの各辺角度がバラバラ、重なる縁取り線も並行に描かれていない。星形の先端五個の円は、正円ではなく楕円形に崩れ、6本の放物線アスタリクスは描線自体が歪んでいた。


「そ、そうなのですか?

 我々には、大変立派に描かれた魔法陣のように見えますが」


「ハルちゃんが写し取った魔法陣は、左右対称、すべての線が途切れることなく描かれている。

 それに比べ、この全域転送魔法陣の描線は切れたり飛び出したり、外枠の正方形も角が直角90度じゃない」


「あのう、正方形ってなんでしょうか?

 是非、ハル様や神科学種さまで、正しい魔法陣を描いていただきたいのです。」


 ん、またもや『神科学者さま頼み』他力本願が出てきました。

 退紅と会話していたティダの目が座ってます。


「この魔法陣がオカシイ事も見抜けないのに、神官が務まるのか?

 退紅、あんた達は今までどうやって陣を描いていたんだ」


「それはもちろん、霊峰女神神殿の法王様にお伺いを立て、ありがたい口伝を頂き」


 ガシャァァァン


 退紅の答えを聞いたティダは、怒りにまかせて礼拝堂の大テーブルを『ちゃぶ台返し』する。


「待て、そんな馬鹿な事ありえない。

 魔法陣という複雑な図形を描くのに、上の連中は口伝えでしか教えないの!?

 それとも、わざと知恵を付けさせないように仕組んでるのかもしれない」


 声を荒げるティダに、ナニ当たり前のことを聞くんだ と不思議そうにしている退紅。


「で、では正しい円の書き方を、口伝で言ってみなさい」


「はい、円は天から落ちる雨の滴が、池の波紋をイメージし、滑らかな曲線で描きます」


 ダメだこりゃ、基礎の基礎から教えてやらなくてはならない。

 そしてティダは、リアルの本職 学習塾経営『教育者』の誇りがうずいた。


「知識が乏しいのは判った、正しい魔法陣の書き方を伝授してあげる。

 神官を10人集めなさい。お姉さまが調…神科学種の知識を皆に授けよう」



 ***



 それから神官達に小テストを行った結果、女神聖書500ページを丸暗記し、星座と月の満ち欠けから気候を読み取る知識は豊富だが、算数は三桁の足し算を間違うお粗末さ。


「計算が出来ない……大神官に騙されて、オアシスの住人が財産をまきあげられた理由が判った。とりあえず、小学校低学年の算数から教えますか」


 礼拝堂が寺小屋に替わり、何故かザーマス眼鏡に黒のタイトスカート風の衣装に変身したティダが、鞭をピシピシ叩きながら神官の回答を見まわっている。


「ティダ、ちょっと待て。小学校一年の算数から始めるつもりか。

 魔法陣を描きあげるまでに、何年かかるんだ!!」


「100時間集中して算数の基礎を叩き込んであげる。

 五日あれば大丈夫でしょ、図形も並行しながら教えるからね」


「えっと、五日で100時間って……もしかして神官を一日20時間勉強させるの?」


 ハルの愚問に、ティダは妖艶な笑みを返した。

 スパルタですね、スパルタ。

 


美食冒険バトル作品ではありません。危ない危ない

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