クエスト17 蒼珠砂竜討伐作戦5
シン と静まり返ったオアシス女神聖堂大広場。
砂漠竜を取り囲む村人達は、固唾を飲んでその様子を見つめていた。
祭壇から落ちて来た贄を竜が咀嚼する。
骨が砕け、肉を噛みちぎりる音だけが辺りに響く。
贄に異物が混じっていたのか、砂漠竜が酷く咳き込むと骨のようなモノを吐きだした。
竜に噛まれても傷一つ付かないソレは、SENが大神官に贈った淡雪ユニコーンの杖だった。
祭壇は後半分を残し崩落が止んだ。
大神官の死によって戒めが解かれ、ハルの腰を締め付けていた皮ベルトが緩んで、細い鎖がバラバラと千切れる。
最後の最後に、生贄を捕らえて離さない縛めの鎖は、屋上から転落を防ぐ命綱になった。
まさかこれも偶然?
ティダは、隣に立つ少年(MIKOコスプレ中だけど)に対する見方を変える必要があると認識した。
もはやハルの持つ「ラッキーボーイ」称号だけでは済まされない、不可侵な大きな力が働いている。
「ティダさん、はやくここから逃げ、あ~~っ転っ」
供物台から慌てて降りたハルは、床に落ちた長い筒に足を引っ掛け、派手に顔面からすっころんだ。
鼻をしたたか打ち付け涙目で体を起こすと、床に転がる黒い漆塗りの長筒が指先に触れた。転んだ時に踏みつけた衝撃で、筒は縦に裂け、その中に収められていた神具が見える。
それは、赤い地にびっしりと金色の呪文の様な文字書かれている、長さ2メートル余りの和弓だった。
ティダが弓を拾い上げるが、竹製に見える弓はまるで鉄の塊の様にずっしりと重い。
「な、なんて重さだ、こんな弓使えないぞ」
大神官の巨体を片手で放り投げるほどの怪力を見せたティダが、弓の重さで体がふらつくほどだ。
長い間『神科学の終焉』をゲームしているが、こんな弓は初めて見る。
周りに落ちている赤い矢を拾い上げると、それも重くて射って飛ばせそうにない。
ハルは、その赤い弓を受け取ると、片手でひょいと持ち上げた。
軽々と慣れた仕草で弓の弦を引き、矢を添える。
「そんなことありませんよ、普通の重さです。手に馴染んでとても持ちやすいな」
ティダは右の赤眼で、その不思議な弓の性能を確認すると【女神属性】の文字が浮かび上がる。
ハルが持てるということは『幸運度』の高いキャラが扱える武器なのだろう。
その時、ハル達の居る真下、神殿大広場では再び砂漠竜が暴れ始めた。
とっさに弓を番え、砂漠竜への遠距離攻撃を試そうと弦を絞り標的を定める。
祭壇から砂漠竜までの距離、そして自警団や村人が入り乱れる中に矢を射るのは不可能。しかし赤い弓を引き絞り狙いを定めると、標的は手を伸ばせば届きそうな、ハルの50センチ先にあるように見える。
祭壇に祭られて激レアアイテムだろうと予想していたが、こいつはとんでもないチート武器だ。
「えっ、嘘、的がこんな近くに見える!!」
驚きのあまり手が震え、いったん矢から手を放した。
ハルが弓を番い構える様子を見たティダは、感心したように声を掛けた。
「ハルちゃん、構えがすごく綺麗だ。
弓の扱いに慣れた様子だけどゲームスキル取っていたの?」
「僕は、去年まで弓道部でしごかれてました。ゲームスキルじゃないんです」
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それは、気の弱そうな担任に「部員不足だから名前だけ」と誘われた弓道部。
実は担任の彼女は、全国大会、高校総体の為に派遣された、選手育成のスペシャリストだった。
マイナー競技と甘く見た僕は、彼女に鬼のしごきにあい、弓道浸けの高校生活。
まぁ、経験者がレギュラーを固めて、僕は万年補欠だったけど、それなりに矢を射ることはできるようになった。
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弓を引く、ティダが重くて構えることのできなかった弓が撓り、弦はピンと張る。
「凄い、これが神器の威力なのか。」
どんな下手な補欠部員でも、50センチ先の的を外したりしない。
僕は矢を二本手に取ると、砂漠竜の血走る右目を狙い弦を引き絞る。
そしてイメージ、鬼のように厳しかった彼女の優美な引き成りを思い描く。
***
竜胆、臙火、退紅の攻撃を受けながらも、砂漠竜は底なしのスタミナで暴れ続ける。
頭部に立っていた臙火は、竜が頭を一振りするとふるい落され、竜胆の大剣も狙いが外れ弾き返された。
竜の最期のあがきだろう、額に埋め込まれている蒼珠が魔力を集め輝きだす。
「全員退避、砂漠竜のブレスが来るぞ!!」
しかし、その場には、戦闘していた自警団や神官だけではなく、村人や女子供に、やじ馬まで混じり、砂漠竜への恐怖心が呼び戻されパニックが起こり、人の波に飲まれた少年が転び、数人が定規倒しになる。
砂漠竜の裂けた口から青白い炎の舌がチラチラ覗き、口が大きく開かれる。
倒れた村人は足がすくみ動けない。
逃げ切られない!!
誰もが次に起こる惨劇を予想した。
プシュン プシュン
その時、聖堂屋上の祭壇から放たれた赤い矢が、狙い通り砂漠竜の右目に刺ささった。
再び放たれた二本の矢は、今度は左目に刺ささる。
両目から黒い血を流して、大広場をのた打ち回る砂漠竜を、頭上の祭壇から弓を番えた黒髪の巫女が見つめている。
まるで、ミゾノゾミ女神の化身のように。
祭壇から次々放たれる赤い矢は、砂漠竜の頭部を針山状態にした。
その隙にSENが竜の背に駆け上がる。
背びれの生え際、砂漠竜の心臓真上に、雷属性を帯びた太刀 タケミカヅチを、深々と突き立てた。
「神官全員、俺に続いて呪文詠唱!!雷よ集え鳴り響け」
その場にいる神官達が、一斉に呪杖を天高く掲げる。
「「「「「「雷よ集え鳴り響け 稲妻鷹落」」」」」」
朝日が顔を覗かせる、雲一つない砂漠の空を、無数の小さな稲妻が走る。
それが一点目指し幾重にも重なり合い、巨大なエネルギーとなって、龍の背中に突き刺さる太刀 タケミカヅチに雷が落とされる。
バチッ バーーバーーーバーーーァァッ
轟音とスパーク。膨大な量の落雷を、直接心臓に受けた砂漠竜は、ショックで気を失い動きを止める。
フラッシュバックで、その場にいるほぼ全員、視界を失い立ちつくしていた。
だだ一人、退紅だけは、巨大な龍殺しの斧を手に砂漠竜に向かって駆け出す。
「これで終りだ、ウアァァァァァーー!!」
渾身の力を籠め、砂漠竜の首に、斧を振り下ろす。
ドラゴンスレイヤーの銘を持つその斧は、吸い込まれるように砂漠竜の首に喰いこみ、骨も肉も一刀両断にした。
ごとんっ
巨大な砂漠竜の首が、長い胴体と別れを告げ、聖堂大広場に転がった。
***
「砂漠竜に大ダメージ与えたぞ、ハルちゃん、その弓凄いな」
ティダは戦闘の様子を眺めながら声を掛けると、ハルは最後の矢を放つと同時に、その場に崩れ落ちる。
弓を引き絞り矢を放つたび、加護の代償に、ハルは自分の生命力が奪われていくのが判った。だか、何かに憑かれたように、無意識のうちに矢を手に取り弓を番え射る。
手元の矢が尽く頃には、すでにハルの意識すら弓に奪われていた。
デンデロ~♪デンデロ♪デデ~~ン
ウルサイなぁ、なんだか不安を誘う音楽が脳裏に流れている。
ふと目を開くと、何故か嬉しそうなティダに膝枕され、寝転がっている自分がいた。
「ハルちゃんたら、デットリー状態になるまで戦うなんて無茶するわ。
ちゃんとお姉さまが完全蘇生魔法で、カイフク♪ してあげたから、ごちそうさま」
え、え、僕また死に掛けたの?ティダ、ごちそうさまって何!!
デンデロ~♪デンデロ♪デデ~~ン
そんな僕に追い打ちをかけるように、脳裏に響く音楽と、右の赤眼にペナルティ文字が浮かび上がった。
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【ペナルティ発生】
●ゲーム100時間内にトリプルデッドリー
1、半巨人からのPKによりデッドリー
2、キャラ蘇生のため完全治癒魔法行使により生命力および体力ゼロ
3、特殊武器使用により生命力ゼロ
従って3ランクダウンのペナルティが実行されました。
【神科学種(冒険者)ハル レベル36→レベル33】
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うわぁぁぁぁぁ~~~~何やってんだ、僕は!!
脱初心者、レベル上げ目指してゲームにINしたのに、レベル下げてるよ。
僕は、あまりのショックに再び失神しかけた。
***
オアシス神殿の大広場では、砂漠竜の周りに村人が集まり、喜びを爆発させていた。
自警団も神官も肩を組み雄叫びを上げ、村人は男も女も抱き合って喜んでいる。
子供が、倒れた砂漠竜の体に、恐る恐る触れていた。
「おい、腹いせに砂漠竜を傷つけるな。
これは邪神への復讐なんかじゃない。ただのボスモンスター狩りだ」
SENは、砂漠竜の躯を傷つけようとした神官を厳しくとがめる。
半年もすれば、別の縄張りから似たような砂漠竜が現れるだろう。
それは自然発生的な事であって、神の意志という屁理屈を付けてはいけない。
「さすが神科学種だ、俺に大口叩いたダケのことはあるな。
自警団が1年かけて仕留める事ができなかった砂漠竜を、たった一昼夜で倒したんだ。
紺の王子として、SENあんたに礼を言うよ、ありがとう。」
「ああ、自分で殺った方が楽だったが、後々を考えるとオアシスの村人が自力で倒さないと意味ないからな。
それに砂漠竜は、部位から色々なアイテムが採取できる。
狩ることが村の資源になるんだ」
ゲーム内では数枚しか採取できない貴重部位『蒼珠砂竜の鱗』が、今SENの目の前に数百枚も並べられている。
さらにゲーム内では入手不可能アイテム、砂漠竜の額に埋め込まれた『蒼珠』を臙火が抉り出している。
人々の中から歓声が上がる。
龍殺しの斧を肩に担いだ神官 退紅が、彼の妹で生贄の巫女 銀朱を連れて現れた。
オアシスの村人たちは二人の元に駆け寄り、感謝の言葉を口にする。
「あの兄妹はカリスマ性があるから、大神官の替えに適任だな」
SENはそう呟くと、彼らから離れた神殿入口で疲れたように座り込んでいる仲間の元へ向かう。
「1.生贄の少女を救う 2.砂漠竜を倒す 3.悪大神官をボコる クエスト完了」
***
***
終焉世界を支配する巨人族 暴力王 鉄紺。
そして、黄金の都と人々が憧れと称賛で語る、ハクロ王都。
巨人族の王宮は細かな装飾を排した、宮殿を形取るために積み上げられた石の一つ一つが巨大な宝石だった。
王の宮殿そのものが巨大な宝物、他種族をしのぐ圧倒的な力は、五十棟に及ぶ華やかな後宮御殿にも表れている。
そんな豪華絢爛な後宮の中に、くすんだ赤レンガ造りの小さな古代図書館が紛れこんでいた。
神科学の時代から終焉世界まで、すべての書物がココに保管されている。
その図書館の最奥、幾重にも扉で閉ざされた古代禁書本棚の前で、小さなランプを手に本を読みふけっていた少女が立ち上がる。
細かな銀刺繍の施されたヴェールで顔半分をかくし、大きめのガウンで足先まで体を覆っている。
少女に声を掛けたのは、最近将軍との逢瀬を楽しんでいると噂される、豊満な肉体に美しく波打つ水色の髪を持つ第十八位側室だった。
少女の正面でひざを折り優雅に挨拶すると、顔を寄せそっと耳打ちする。
しかし、その仕草は隙がなく、鍛え抜かれた兵士を思わせた。
「報告ご苦労 水浅葱。あの堅物で有名な将軍を落とすのは大変だったでしょう。
だが、これだけの情報が得られるとは、苦労した甲斐がありました。
二年ぶり、しかも三人同時に現れた神科学種が、末席の王子の元へ飛んでいたとは。」
「ありがとうございます!!
YUYU様に喜んでいただけるのでしたら、水浅葱はどんなご命令にも従います。
そ、そのうっ、YUYU様の顔を拝ませて下さいませ。」
輝くような美しさの水浅葱は頬を赤く染め、そっとYUYUのヴェールに手を伸ばす。
取り払われたヴェールの下には、柔らかいふわふわなブラウンの髪が肩先で跳ねる。
透き通るような白い肌に小さな顔、好奇心旺盛な輝きを放つ大きな青い左瞳。
見た目12歳くらいの幼さの残る天使の様な雰囲気、先端のとがった長い耳と、服の下に隠された背中の小さな白い翼、赤い右目の【神科学種 ハイエルフ】だった。
「ああっYUYU様、そんなお顔で睨んでも、愛らしさが増すばかりですわ。」
感極まった彼女が、涙目になりながらYUYUを抱きしめる。
小柄なハイエルフは、豊満な胸に力いっぱい押しつぶされ、軽く窒息しかけた。
「ぷはっ!?こほっこほっ……はぁはぁぜいぜい
私はしばらくココを空けることになりそうです。7番目の馬鹿王子が何やら企んでいるらしいので、ちょっと様子を見に行かなくてはなりません」
YUYUは水浅葱にそう告げると、手にした古代禁書を棚に仕舞いヴェールをかぶり直す。
「そういえば、神科学種の一人はミゾノゾミ女神神にそっくりだそうです。
他にも、色々と、面白い噂がありますのよ」
その場を離れようとするYUYUに対して、彼女は絶妙のタイミングでネタを振ってくる。
まったく、ここの住人は儚い乙女の様なふりをした肉食系猛女ばかりだ。
「……ふふっ、では、もう少しおしゃべりするとしましょうか。
水浅葱、私の部屋でお茶などいかがですか」
砂漠竜討伐作戦 完了!!