クエスト143 火炎薬珠牛狩り5
幼いグリフォンは甲高い声で鳴くと竜胆たちを乗せ空高く舞い上がり、小脇に抱えて運ばたハルはグリフォンの背中に下ろされた。
竜胆がグリフォンの首に手綱をかける作業をしている間、ハルは背中に張り付いて獅子の艶やかな毛並みをモフモフと撫でまくっている。
「子供グリフォンの毛並みって、毛が細くてサラサラして気持ちいい。
えっと竜胆さん、僕も一緒に戦う為に連れてきたんだよね」
これまで何度も狩りに参加したいと言っていたハルは、期待で嬉しそうに声が踊る。
「ハル、グリフォンに振り落とされないように気をつけろ。
俺は戦えない奴は連れてこない。空中戦ならお前は充分戦える。
それに俺が使いたいのは、いちいち鞄から取り出すのも面倒な、空から攻撃するアレだ」
「えっ、空から攻撃するって……そうか、アレだね」
月明かりが地上を照らし松明のように全身が炎に包まれた狂牛の姿は、空を飛ぶグリフォンからよく見えた。
子供グリフォンは高く高く、燃え上がる狂牛の真上を旋回している。
「YUYUさま、竜胆さんの乗ったグリフォンが豆粒みたいに小さくなっちまった。
空の上からどんな武器で、狂牛を攻撃するんだ?」
視力の良いウツギでもやっと確認できるほど空高く、グリフォンは上昇していた。
小さな四翼での長距離飛行に疲れたYUYUは人形のようにウツギに抱えられながら、紅い右目で雲一つない夜空を見上げる。
「劫火を身に纏っている狂牛を攻撃しても、硬い金属で出来た武器でも炎で溶けてしまいます。
どうやら竜胆は、アノ方法で攻撃するつもりですね。
皆に伝令です。ハーフ巨人もクノイチも急いで狂牛から離れ、体を守れるような木の影や岩に身を隠しなさい。
竜胆はバケモノの動きを封じるために、空から石を降らせます!!」
王の影YUYUの指示に、異形と化した狂牛の周囲にいた全員が素早く離れる。
火に炙られ続けた罠が、ついに崩壊した。
激しく身震いをして憤怒の雄叫びを発しながら、狂牛は足元の罠を燃やし尽くし、体にまとわりつく捕獲縄を全て焼き切る。
コツン、コツン
その時、空から狂牛の上に小石が降ってきて、炎に炙られ砕け散る。
コツン、コツン、バラバラッ
空から降る小さな石は狂牛に当たる前に砕け、体に当たったとしても全くダメージを与えない。
「子供のイタズラみたいに石を投げて、竜胆さんは何してるんだ」
「いいえ、よく見なさいウツギ。
竜胆はあの高さから石を落とし、ちゃんと狂牛に石を命中させています」
YUYUの言葉通り、罠から抜け出した狂牛を追いかけるように空から小石が降り続ける。
そして大きめの石が鈍い音を立てて狂牛の顔面に当たり、次の瞬間、石や巨大な岩が空から大量に降り注いだ。
コツン、コツン、コツコツン、
コツコツン、コツン、ガンガン、コツコツ、
コツン、コツン、コツコツン、ガンッ、コツコツン、コツン、ガンガン、
落ちてきた石の数は、十や二十ではない。
百、二百、千以上、狂牛の体の上に、滝のように石や岩が降り注ぐ。
地面が揺れモウモウと砂埃が立ちのぼり、まるで一つの山が崩落したかのように岩が砕け散る轟音が周囲に鳴り響く。
石が狂牛を埋め尽くし、体に宿した炎が消えてしまう。
その場から離れ岩陰に避難したハーフ巨人やクノイチは、その様子をただ呆然と見ていた。
「狂牛の体半分が石で埋まっちまった。竜胆さまは、どこから大量の石を運んできたんだ?」
「そういえばミゾノゾミ女神さまが、奴隷海賊に怒り空から星を降らせたという噂を聞いたことがあるぞ」
アイテムバッグの中にある石を落とすだけの簡単な仕事。
ハルが考え出したその方法は破壊力は絶大で、過去に数多くの海賊船を沈没させた。
終焉世界に降臨した女神を、本気で怒らせてはならないのだ。
「やっと邪魔な石を処分できた。アイテムバッグの中に石が沢山あって、とても重たかったよ」
軽くなったアイテムバッグを返されて、ハルは喜んだ。
竜胆は次の作戦に移るために、グリフォンの背から身を乗り出し地上の火炎薬珠牛を眺める。
石は山のように積っている。これではさすがの狂牛も身動きがとれないだろう。
「よし、狂牛の体の炎も消えかけている。
次はヤツの視界を奪う。狂牛に目潰しの煙幕は効かないからな。
ハルお前、黒い弓を持っていただろ。
ソイツで狂牛の右目を狙えるか?
俺はユニコーンの角で左目を直接攻撃する」
竜胆はまだ攻撃の手を緩めない。二人で狂牛の左右の目を攻撃して潰す作戦だ。
ハルは少し考え込むと、アイテムバッグを漁りだした。
「もう少し鞄を軽くしたいから、長くて重たい槍を竜胆さんにあげる。
これはゲームにログインした時もらった、アニメ映画の武器なんだ」
「ゲームログイン、アニメ、映画?
デカい槍だな、先端が鋭く尖って二股に分かれた赤い螺旋状で、俺の身長の倍以上長さがある。
これだけ長ければ、離れた場所から狂牛に攻撃できるぞ」
***
水浅葱から極秘任務を受けたSENは、一人岩影に潜みながら紅い右目を鈍く光らせ、何かに聞き耳を立てている。
現在ハルからの念話で、火炎薬珠牛討伐の実況中継中だ。
「うわぁあーーあぁーー!!
ハルが竜胆に渡した槍って、まさかアニメ映画ゲームタイアップでログイン時に配られた【特賞アイテム・@ン@@@の槍】
俺はどうしてもそれが欲しくて、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだって課金しまくって新アカ50も作ったのに、欲望センサーが発動して手に入らなかった。
やめろ竜胆。それは耐久度1で、一度使用したらする消失するマニア向け鑑賞用の槍なんだよぉ」
アニメに詳しくないハルは、特賞アイテムの価値が分からないので、それをあっさりと竜胆に譲った。
現在隠密行動中のSENはハルと直接連絡が取れず、ギリギリと奥歯をかみしめ身悶えして悔しがる。
その時タイミング悪くSENと待ち合わせた水浅葱がやって来て、頭を抱え地面を転がりながら悶えるSENを見て悲鳴を上げた。
***
竜胆とハルは、グリフォンの背中から頭部に移動していた。
狂牛に近づくのを恐れる子供グリフォンを、竜胆は何度も指笛を吹き言葉をかけて励ましている。
賢いグリフォンは、すでに人の話す言葉を理解していた。
意を決したグリフォンは急降下すると、障害物の少ない水面の上を滑空する。
泉の向こう側の草地には、石で体半分が埋まった狂牛の姿がある。
「黒い弓は、魔力を使わないから扱いが楽だよ。
それにこの矢がオートチャージだから、下手な僕でも数打てば当たる」
不安定なグリフォンの頭の上に立つハルは腰に手綱を巻き付けて体を固定し、弓を引きしぼり矢を放つ。
「どこが下手なんだ。
弓の腕前だけなら、王族近衛兵の弓部隊並の実力はある」
竜胆が言うのも最もだ。
ハルの一射は確実に狙った的に当て、狂牛の右目を針山状態にしている。
石に埋まって動けない狂牛は、自分の正面から滑空してくるグリフォンに向かって燃える舌を伸ばして攻撃してきた。
それを間一髪で避け、急旋回するグリフォンの背中に二股の長い槍を構えた竜胆がいる。
「マイゴ、よく頑張ってここまで狂牛に接近した。
次は俺の番だ。コイツで奴の目玉を串刺しにしてやる」
そして竜胆は、二股の長い槍を振りかざし、真下に投げ落とすように渾身の力を込めて放つ。
両目をふさがれた狂牛は、苦痛と怒りが混じった声を上げてながら石に埋もれてもがく。
視力を失った狂牛に、再びグリフォンは大きな羽音をたてて近づいてくる。
しかし聴覚の良い火炎薬珠牛には、羽音とさっき舌で串刺しにした獲物の血の匂いで、敵のいる場所がはっきりと分かる。
コツン、コツン、ばさっ、コツン、コツ
降ってきた石は執拗に体に当るが、それにかまわず狂牛は自分に近づく音の方に頭をめぐらせた。
狂牛の気を引くように、グリフォンは燃える舌で攻撃できるすぐ側まで接近する。
グリフォンの頭にいるハルは竜胆の血塗れの服を羽織り、竜胆は水面を飛んだ時、体に付いた血を洗い流していた。
そして視界を奪われた狂牛が血の匂いに引き付けてられている間に、竜胆は投げ落とした石に紛れて狂牛の背中に飛び移ったのだ。
グリフォンと血の薫りに気を取られた狂牛は、竜胆が気配を消しながら首の後ろに移動しても気付かない。
狂牛の頭上まで来て片角に手をかけるが、それでもまだ気付かなかった。
竜胆は気配を殺したまま、手にした純白のユニコーンの角を渾身の力で振り下ろし、楔のように狂牛の額にトドメの一撃を打ち込む。
羽毛に寄生され共食いのバケモノと化した火炎薬珠牛は、不気味な断末魔を上げると、そのまま動かなくなった。
「やっと竜胆は、狂った火炎薬珠牛を仕留めたようですね」
「あんな火を吐く牛のバケモノと戦うなんて、俺は見てるだけで怖かったよぉ」
王の影YUYUを腕に抱えていたウツギは、その場にへなへなと座り込んだ。
YUYUはひとつ小さなため息を付き、力を抜くと自分の周囲に張り巡らしていた結界を解除する。
竜胆は指笛を吹いて子供グリフォンを呼び寄せる。
グリフォンも敵を仕留めたのが嬉しくて体を左右に激しく振って喜び、グリフォンの頭にいたハルは落ちる落ちると悲鳴を上げトサカにしがみついていた。
木や岩の影に避難していた仲間たちは雄叫びをあげながら、倒した狂牛の上にいる竜胆の周囲に集まってくる。
「スゲェ、さすが竜胆さまだ。
巨人の兵士でも仕留めるのに苦労する火炎薬珠牛を、俺たちで二頭も倒したぞ」
「それにグリフォンも竜胆さまを認めて服従した。
やっぱり竜胆さまは、俺たちの王になるにふさわしいお方だ」
石に半分埋まった火炎薬珠牛の上に立つ竜胆は、仲間の喜びの声を聞いてもどこか浮かない表情をしている。
そこへウツギに抱えられた王の影YUYUがやってくる。
小柄なハイエルフの疲れた様子に、これまで黙っていた竜胆が口を開いた。
「火炎薬珠牛を倒したのは俺の力じゃない。
俺は火炎薬珠牛のボス牛に手も足も出なかったし、最初に狂牛と戦ったのはボス牛とグリフォンだ。
俺たちはまだ力不足だ、ハルやティダやYUYUの力を借りて、やっと火炎薬珠牛を倒せた」
「そんな事、前から分かりきっていました。
半人前のお前と比べて、あのボス牛は火炎薬珠牛の群を率い敵から身を挺して守る風格ある立派な獣。
私たちは、火炎薬珠牛の縄張り争いにちょっかいを出しただけです」
「でもYUYUさま、竜胆さんはやっと子供グリフォンを手懐けることが出来たよ」
そうしている間に、YUYUの周囲にいた火炎薬珠牛の群がゆっくりと動き出し、草地に倒れたボス牛の方へ歩いてゆく。
よろめきながら立ち上がった火炎薬珠牛は、人間のような小物には関心ない様子で、仲間を率いて森の中に消えていった。
「ねぇ竜胆さん。
バケモノ化した狂牛は痛んで食べられないけど、羽毛を取り除いた若牛は毒に犯されていないし、普通に食べられるよ!!
極上カタストロフドラゴンのカルビ肉を譲ったから、火炎薬珠牛の肉は僕が貰うよ」
クノイチたちに助けられてグリフォンから降りたハルは、竜胆やYUYUの元ではなく、最初に倒した若牛のところに走っていた。
こんな時もハルは相変わらずで、若牛の解体作業と肉質の品評会を始めている。
「ああハル、火炎薬珠牛の肉は全部お前にくれてやる。
ソイツでみんなに旨い料理を作ってくれよ」
「そういえばハルくん、私にユニコーンの角を下さい。
なんて大きな淡雪ユニコーンの角。
これで呪杖を作れば、私はさらに上位の大魔法を行使する事ができるでしょう。
さぁ竜胆、狂牛に額に突き刺したユニコーンの角を、さっさと抜いて持ってきなさい」
以前から淡雪ユニコーンの杖を欲しがっていたYUYUは、竜胆をせき立ててユニコーンの角を持ってこさせた。
そして角の先端に狂牛の血がこびりついて固まったユニコーンの角を、YUYUは愛おしそうに何度も頬ずりしている。
「YUYUさんが今まで以上の大魔法が使えるようになれば、破壊神並の強さを得られるね」
「そうですハルくん。
このユニコーンの角なら、もしかして偽法皇アマザキの大魔法に打ち勝つことが出来るかもしれません」
YUYUは満面の笑みをハルに返すと、長い夜が明けて白みはじめた空の向こう側を凝視する。
深い森の上空から、この戦いを観察している者がいた。
闇に紛れていたその者の白い翼が、昇る朝日に照らされて赤く染まった。