クエスト142 聖女柘榴の決断
竜胆が羽毛の化け物に寄生された狂牛と戦っているのは、旧巨人住居跡にいるティダにも知らされた。
「あちらにはYUYUさまがいらっしゃいますから、万が一の場合でも大丈夫です。
それにしてもいったい……誰がペガサスが殺したのでしょう」
水浅葱の言葉にティダはうなずきながら、報告した騎獣世話係にたずねる。
「一つ聞くが、殺されたペガサスに翼はあるか?」
「えっ、ティダさま何故その事を知っているのですか。
おっしゃる通り、殺されたペガサスの翼が無くなっています」
「そうか、これで誰がペガサスを襲ったか予想は付いた。
聖女柘榴の守護騎士、デイゴはどこにいる。
それから水浅葱さん、貴女が王の影と別行動で来た理由はコレですね」
ティダはキキョウと聖女柘榴がいる豪華テントを見ると、十人あまりのクノイチが周りを取り囲んでいる。
水浅葱は緊張した面もちでティダに答えた。
「私はYUYUさまの命で聖女柘榴の監視を、そしてSENさまにも理由を話し浅黒い肌の守護騎士デイゴの監視をお願いしました。
私たちの監視に気づいたデイゴは、慌てて逃走したと思われます。
しかしペガサスに乗って逃げればいいのに、どうして殺したのでしょう?」
「あのデイゴは、背骨が見えるほどの大怪我を負いながらも、聖女柘榴とハルちゃんを連れてタコモンスターの腹から出てきた。
そんな強靱な肉体と強い意志の力を持つ男が、ペガサスの翼を得たらどうすると思う?」
竜胆と戦う狂牛は羽毛の翼で空を飛んだ。
羽毛の化け物に知性は無く、宿主の意のままに動くのだ。
「まさかデイゴは羽毛の化け物を自分に寄生させ、空を飛んで逃げたと!!」
「とにかく殺されたペガサスの状況確認と、デイゴの行方を探す。
聖女柘榴にも話を、うっ、ぐぅっ!!」
その時、水浅葱と会話していたティダが、急に腹を押さえ膝を折る。
鮮やかな紺色のアオザイ風衣装が深紅の赤が染まり、絹糸のような銀の長い髪を乱しながらティダは床に崩れ落ちた。
「えっ、ティダさまの体から急に血が流れ出て、いきなり怪我を……。
まさかこれは、王族の血と肉と魂の契約」
いきなり倒れたティダの口元が動き、誰かと会話をしている。
ティダの契約相手の竜胆は、狂った火炎薬珠牛と戦っているはずだ。
水浅葱はティダの傷口を慌てて押さえるが、腹部から溢れだした血は止まらない。
「ああ、どうやら竜胆がヘマをしたらしい。
腹を貫かれて即死モノの大怪我を、お姉さまが身代わりに引き受けた。
くっ、傷が深すぎて出血が多い。
自己治癒魔法の効きも悪いし、このままでは大量出血で仮死に陥りそうだ」
「ティダさま、とても酷いお怪我です。
私は治癒魔法を使えませんので、早く外にいるSENさまに助けを呼んで下さい」
ティダたち神科学種は、離れた場所にいても魂で会話ができる。
しかしティダから返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「嫌だ、SENに蘇生魔法を使われるぐらいなら、死んだ方がましだ!!」
死にかけのティダは、きっぱり断った。
完全蘇生魔法は直接口移しで相手に魔力を流し込む、つまりチュウしなくてはならないのだ。
「そうだ、ハルちゃんに蘇生魔法してもらおう。
フフフッ、ハルちゃんにチュウしてもらえるなら、仮死状態でも本望だ」
「SENさまは嫌だというお気持ちは良く分かりますが、ハルさまがココに到着するまで時間が掛かります。
ああ、私にYUYUさまのような蘇生魔法を使えたら……」
腹からドクドクと血を流しながら譫言をつぶやき、口元に薄笑いを浮かるティダはかなり危ない状態に見える。
水浅葱はコールド・リーディングと勘に似た微弱な魔力で読心術を行うが、治癒魔法は使えない。
その時外の喧噪に気づいたキキョウと聖女柘榴が、テントの中から出てきた。
「き、きゃあーっ、ティダさまが血だらけで倒れている。
あなたティダさまに何をしたの!!」
「聖女柘榴、怪我人の前です。大声を出さないで下さい。
ティダさまは傷を負った竜胆さまを助けるため、魔法の力で竜胆さまの大怪我を自らの体に移したのです」
柘榴の声は良くも悪くも人々を引き寄せてしまう。
その声に異変を感じたハーフ巨人戦士が集まり始め、髪を乱して床に倒れ腹から血を流すティダを見て驚愕の声を上げる。
水浅葱は集まってきたハーフ巨人戦士を見回すが、魔力を持ない巨人族は治癒魔法を使えない。
連れてきた女官たちも魔力ゼロ、今ここで魔力持ちは一人しかいなかった。
「聖女柘榴は魔力持ちだ。彼女なら治癒魔法が使える」
「そうですね。他に方法がありませんし、聖女柘榴に治癒魔法をお願いします」
ティダはうっすらと目を開けて、色あせた長い黒髪にエルフ耳の聖女柘榴に手招きした。
しかし治癒魔法という言葉を聞くと、彼女はガクガクと震え拒否反応を示す。
「私は絶対、汚らわしい治癒魔法なんて使わない!!
捨てられた赤子でも奴隷でも命は皆平等なのに、金持ちが生き延びるために弱き者を犠牲にする治癒魔法なんて使わない」
法皇アマザキが治める霊峰神殿では、奴隷や赤子の命が金で買われ、病魔に冒された裕福な者たちの延命に使われている。
そして多くの神官や巫女たちは、容易に金を得られる治癒魔法に手を染めた。
彼女の話を聞いたハーフ巨人戦士たちは、怪訝な顔をして聖女柘榴を眺める。
「なんか、あんたの言っている治癒魔法は変だ。
神科学種さまやミゾノゾミ女神さまは、手で触れるだけで怪我を治してくれた」
「俺の知り合いは、オアシスの女神の泉に浸かって怪我を治したよ。
奴隷の血とか赤ん坊の生け贄とかそんな話、オアシスで聞いたこと無いぞ」
彼女はハーフ巨人戦士たちの視線に居たたまれず、思わず顔を伏せる。
そんな彼女にティダは痛みを堪えながら聞く。
「まさか前法王の娘ですら、真の治癒魔法を知らないとは驚きだ。
生け贄を用いる治癒魔法は、法王アマザキがあみ出したもの。
お姉さまは、聖女柘榴に本物の治癒魔法を教えてあげよう。
しかしそれには、貴女は霊峰神殿の側から巨人王族側へ改宗しなくてはならない」
それは聖女柘榴に、身の振り方を示せと問いかける。
巨人王族側に付いたミゾノゾミ女神の恩恵を受けるなら、霊峰神殿への忠誠を捨てなくてはならない。
顔を伏せ肩を震わせる聖女柘榴に、キキョウが優しく声をかけた。
「柘榴さん、アンタは父親だった法皇の抜け殻が治癒魔法の生贄として狙われたから、覚悟を決めて深い森に逃げて来たのだろ」
「でも私、終焉世界に降臨したミゾノゾミ女神さまのお姿なんて見たこと無いし、ティダさまには憧れているけど巨人の何を信じればいいの?」
「柘榴さん、ココの食事は気に入ったかい」
何故そんなことを聞いてくるのか、キキョウの言葉に彼女は顔を上げ首を傾げた。
「それはもう、あの男の子は時々に変な料理を作るけど、霊峰神殿の食事よりずっと美味しいわ」
「アンタはまだ、女神の憑代が誰か気づかないのか?
降臨したミゾノゾミ女神は、飢えた人々に施しを与える豊穣の神だ」
キキョウに言われて、彼女が思い当たる人物は一人しかいなかった。
あの地味で平々凡々で普通の姿をした男の子が、まさか本当に女神の憑代なのか。
「柘榴さん、欲におぼれた神官と妄想に駆られた法王のいる霊峰神殿と、慈悲深い豊穣の女神のいる我らの陣営。
どちらを選ぶか、今決めてくれ」
地面に横たわるティダが血濡れの右手を差し出したが、戸惑い困惑した聖女柘榴は手をこまねいている。
そんな彼女の様子にティダは瞳を閉ざし、細い腕が力なく下ろされたのを見て、柘榴は思わずティダの手を取った。
「ああ、ティダさま。わ……私は!!」
「OK、これで貴女はコチラ側だ。
聖女柘榴の魔力なら、手を触れるだけで治癒魔法を行使できる。
ほら、こうやって」
ティダの白く細い指が強い意志を持ってからみつき、握り返された手のひらから温かい魔力が流れこむ。
ティダと聖女柘榴の体が仄かに輝いたように見えた。
床に倒れた天女の長いまつげに縁取られた瞼が開き、薄く形のよい唇が安堵の吐息が漏れる。
側でひざまずき指をからめる聖女柘榴の前で、ティダはゆっくりと体を起こすと優雅に微笑んだ。
「おおっ、ティダさまが生き返ったぞぉ」
「柘榴さんが天女さまを助けてくれた。
ありがとう、アンタは本当に聖女さまなんだな」
「えっ、私はティダさまの手を握っただけで、なにもしていません?」
周囲にいたハーフ巨人戦士は歓喜の声を上げ、ティダの側に座る柘榴に感謝の言葉を告げる。
あっさりと立ち上がったティダに、キキョウは聖女柘榴に聞こえないような小声でたずねた。
「ティダさまのお怪我は芝居、いいえ、簡単な治癒魔法で治る程度の怪我でしたか」
「死にはしないが、気を失うぐらいの怪我だったよ。
しかしお姉さまが気を失ったら、次目覚めた時に聖女柘榴はデイゴに連れ去られるか、それとも水浅葱に処分されていただろう。
彼女は巨人王族陣営に組み込まれた。
キキョウ、これからも聖女柘榴の世話を頼む」
戸惑い顔の聖女柘榴を少し離れた場所で様子を監視していた水浅葱は、ティダに軽く会釈すると足早にその場を離れた。
***
グリフォンに向かっていった竜胆が、何故かきびすを返しハルたちの所に戻ってきた。
「ハル、またお前のアイテムバッグの中にある武器が必要だ」
「そんなこと言っても、鞄の中に竜胆さんの武器は無いよ。
まさか僕が集めた武器まで……」
「当たり前だ。
今のお前が持っていても使えない高レベル武器だ。俺が使ってやる。
いちいち鞄から取り出すのも面倒だから、お前も一緒に連れて行こう」
「竜胆さま、ハルさまを連れて行くのはおやめ下さい!!」
一度死にかけても相変わらずな竜胆はクノイチたちが止めるのを聞かず、ハルを小脇に抱えると、地上に降りたグリフォンに向かって駆け出す。
ハルは再び揺さぶられて乗り物酔い状態になるが、竜胆はそんな事一切かまわず、何度も指笛を吹いて子供グリフォンを自分の所へ呼び寄せた。
竜胆の体には流れ出た血が大量に付着して、腹を空かせたグリフォンは血の匂いを嗅ぐとけたたましい鳴き声をあげる。
「グリフォンが血の匂いに反応している。まさか獲物として認識された?」
「俺はグリフォンに喰われてる暇は無いんだ。
ハル、お前のアイテムバッグの中にデカい肉の塊があるだろ」
「それって僕のとっておきの食材、特級極上カタストロフドラゴンのカルビ肉の事?
これはダメだよ。二度と手には入らない食材なんだ。
ぎゃあ、痛い痛い。竜胆さん、腕を締め付けないで!!」
無駄な抵抗を試みたハルだが、ジャイ@ン気質の竜胆に逆らうことは出来ない。
ハルは「ティダさんに言いつけてやる」と文句を言いながら、アイテムバッグから両手で抱えきれないほどの大きな肉を取り出す。
肉の塊を見たグリフォンは大喜びでそばに寄ってきたが、何故か竜胆は肉を後ろに下げると、グリフォンの前に立ちふさがる。
「おいマイゴ、腹が減っているだろ。
でも今はおあずけだ。この肉が喰いたければ俺の言うことを聞け」
竜胆はふてぶてしい表情で笑いながら子供グリフォンを睨みつける。
知性の高いグリフォンは竜胆の言葉を理解し、苛ついて鷲の前足で地面を蹴り大声で威嚇するが、竜胆は涼しい顔をしている。
竜胆とグリフォンのにらみ合いが数分間続く。
そしてついに根負けしたグリフォンは、翼をたたむとその場に座り込んだ。
「えっ、グリフォンがお座りした?」
竜胆が血の乾いた手でクチバシに触れても、グリフォンは大人しくしている。
「いいかマイゴ、肉を喰わせてやるから、俺たちをお前の背中に乗せろ。
敵はあのバケモノだ。アイツを俺たちで倒すぞ!!」
「まさか竜胆さん。俺たちって、僕も頭数に入っているの?」
ついにグリフォンを服従させた竜胆は、ハルを抱えたままグリフォンの前足からよじ登る。
グリフォンは大きな肉の塊を二口で飲み込むと、竜胆の言葉に答えて勇ましく翼を羽ばたかせた。
ハルが便利なド@えもんのポケット状態