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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
魔獣グリフォン編
146/148

クエスト141 火炎薬珠牛狩り4

 ハルは矢を番え狂牛の大きな翼に狙いを定めた。その時、やじりが突然別の的を狙い手元がぶれる。


「違う、それじゃない。僕が狙うのは、白い翼だ」


 次の瞬間、狂牛の背中の羽に女神の矢が刺さり神の燐火が燃え移る。

 背中を炙られた狂牛は飛ぶことが出来ず、空から巨体が落ちてきた。


「よくやったハル。おい立てるか、しっかりしろ」

「ふわぁ、女神の矢を三本立て続けに射ると、体力と魔力が、ごっそり奪い取られて目が回るぅ」


 大きな和弓を抱えたハルの体がふらつき、その場にペタンと尻もちをつく。皆の邪魔にならないように大人しくしていた萌黄が、慌ててハルに駆け寄った。

 女神の弓は持ち主の命を贄に力を発動する。ひ弱なハルは、女神の弓を使用するたびにへたり込んでしまうのだ。


「この矢、最近僕の意志を無視して、勝手に違うのを狙うんだ。

 今はアレを相手してる場合じゃないのに」


 女神の弓をアイテムバッグに戻しながら、ハルは少し不機嫌そうな声でつぶやき、その言葉に萌黄は首を傾げ、クノイチたちはハルを励ましながら支えて立ち上がらせた。


「終焉世界の力の源である神の燐火は、異界の魔物を燃やし消滅させることができます。

 しかしそれを扱うハルくんは、女神の弓に自分の生命力を絞り取られてしまいます」


 王の影YUYUは竜胆に決断を迫る。

 ハーフ巨人たちだけで戦いを続けるか、撤退してすべてをYUYUに任せるか。

 竜胆たちが安全な場所まで撤退した時点で、王の影YUYUは草地にいる共食いの狂牛とボス炎牛、火炎薬珠牛の群にグリフォンもろとも一帯を凍結壊滅魔法で滅ぼすだろう。

 しかし竜胆は獰猛な笑みを口元に浮かべ、手にした武器で一点を指し示す。

 それは進撃の合図。

 駆けだした竜胆に続いて仲間のハーフ巨人戦士たちも、水辺近くに落下した狂牛に向かっていった。



***



「さすがの火炎薬珠牛も、あんな高い場所から落ちれば無事では済まないだろう」


 ハーフ巨人戦士の誰もがそう思っていたが、しかし背中の翼を焼かれ空から落ちて地面に叩きつけられても、共食いの狂牛は生きていた。

 巨体はぬかるんだ地面にのめり込み、体を覆う色とりどりの宝珠は泥で汚れ、四本の足はすべて折れて苦悶の声を上げている。


「竜胆さま、これなら簡単に仕留められそうですね」

「いいや、コイツはまだ意識がある。動けないからって油断するな」


 竜胆は仲間を制し、距離を置いて狂牛を取り囲むように命じる。

 少し離れた草地で倒れていたボス炎牛が、何か気配を感じたのか突然からだを起こし野太い警戒音を発しはじめた。

 竜胆の勘は当たる。

 足が折れて立ち上がれないはずの狂牛の体が、ゆっくりとぬかるみから持ち上がってゆく。


「なんだコイツ、足が折れているのに立ちあがろうとしている」

「うげぇ、牛の腹から変なのが生えてきたぞ!!」


 みしみしと肉の裂ける音がして、狂牛の腹の下から黒く長いモノが這い出てきた。

 それは蜘蛛の足によく似た羽毛の寄生部分で、まるでムカデか昆虫のようにザワザワとうごめきながら、狂牛の折れた足の代わりに体を持ち上げている。

 それはもはや、生きた彫刻と呼ばれる美しい火炎薬珠牛の面影はない。

 片方の角を失い背中は真っ黒に焼けただれ腹から蜘蛛の足を生やした化け物が、ぬかるんだ地面をぐちゃぐちゃと音を立てて進む。


「おまえたち慌てるな、確かボス炎牛用の捕獲網があったはずだ。

 それを狂牛の進行方向の草地に仕掛けろ。

 蜘蛛の足は移動速度が遅い。俺はその罠までコイツを誘導する!!」


 竜胆は素早く仲間たちに指示を出すと、狂牛に向かって煙幕珠を投げつける。

 火炎薬珠牛に煙幕はほとんど効き目がなく、攻撃を仕掛けた竜胆を狙わせるのが目的だ。

 共食いの狂牛は周囲にいるハーフ巨人戦士たちには目もくれず、片角になった頭部を傾かせて蜘蛛の足で巨体を支えながら竜胆に向かってきた。

 竜胆は草地を横切り、共食いの狂牛を引き連れて、ハルのいる結界の張られた巨木を目指して全力疾走で駆けてくる。


「ええっ、また竜胆さん、なんで僕たちのいるところに逃げてくるのぉ!!」

「なんでって、ハルお前俺に素手で戦えっていうのか?

 俺の武器はお前のアイテムバッグの中に入っているんだ。早く武器をよこせ」

「竜胆さま、ハルさまを連れてゆくのは危険です。おやめ下さい!!」


 しかし竜胆はハルをつまみ上げ小脇に抱えると、クノイチたちが止める声も聞かず、きびすを返すと今度は追いかけて来た狂牛に向かっていく。

 女神の弓に体力と魔力を奪われて目眩がするのに、竜胆に片手で荷物のように運ばれる。


「抱えて走る振動で、うっぷ、気分が悪くなってきた。

 僕のアイテムバッグなのに、お前のモノは俺のモノって、竜胆さんまるでジャイ@ンだよ。

 中に武器が沢山入っているけど、どれが必要なの?」

「武器は何本あっても足りない、全部使い捨てだ。

 狂牛の蜘蛛の足を切り落とし、増殖できないように地面に縫い止める」

 

 ハルは目を回しながらも必死でアイテムバッグを漁り、中から鋭い刃先の大剣を取り出した。

 右にハルを抱え左に大剣を握りしめた竜胆は、よろめきながら追いかけてきた狂牛とすれ違いざまに蜘蛛の足を一本切り落とす。

 そして落とした脚を大剣で地面に縫い止めると、ハルはアイテムバッグから新たな剣を出し、受け取った竜胆は再び狂牛に切りかかってゆく。

 巨人王族と神科学種の血を引く竜胆は、巨人用の武器を軽々扱い人間並みの敏捷さを持つハイブリットだ。

 一本、二本……十五本、二十本。

 竜胆は片側の蜘蛛の足を次々と切り落とし、地面に足を縫い止めた剣が墓標のように見える。


「竜胆さん、コイツ切っても切っても新しい足が生えてくる。もう大剣は品切れだ」

「新たに生える蜘蛛の脚は細い、もうすぐ重たい狂牛の体を支えられなくなる。

 決着つけるぞハル、鞄の中から一番デカい斧を出せ!!」


 ハルの視界の端に、草地に潜むハーフ巨人戦士が合図を出すのが見えた。

 竜胆はその場所まで来るとハルを仲間に放り投げて、自分は身の丈以上ある巨大斧を構え、共食いの魔物を迎え撃つ。

 蜘蛛の足を切られて、体を左右にふらつかせながら狂牛が目の前に迫る。

 竜胆は一度、後ろに大きく飛び退いた。

 その瞬間、草地に張り巡らしていた捕獲罠が蜘蛛の足を絡め狂牛の動きを止め、周囲に潜んでいたハーフ巨人戦士が飛び出してくる。

 竜胆に挑発され怒り狂い追いかけ回していた狂牛は、まんまと罠まで誘導されたのだ。


「作戦通り。今だ、牛の片角に縄を掛けろ!!」


 グリフォンに角を折られた狂牛は、頭を斜めに傾けている。残った角にハーフ巨人戦士が狩猟縄を掛け、一斉に引っ張り始めた。

 竜胆は巨大斧を構えると、片角を引かれ顎をのけぞらせた狂牛の正面に立つ。


「コイツは全身堅いを宝珠で覆われているが、喉と腹部は普通の皮だ。

 弱点の喉をかっ切れば、致命傷を与えられる」





 その時、不意にパチリパチリと炎の爆ぜる音がした。

 狂乱状態だった狂牛の瞳に知性の色が宿り、そして突如全身が炎に包まれる。

 それは火炎・・薬珠牛と呼ばれる所以、罠にはまり動けなくなった狂牛は炎を操り火焔をその身に纏った。

 肌を炙る炎に構わず、竜胆は狂牛の喉を狙い雄たけびを上げながら巨大斧を振り下ろした。

 しかし巨大斧は、熱された鉄板状態になった皮表面を少し傷つけて弾かれる。

 狂牛の片角にからみついていた縄が炎で焼き切られた。


「そうか、共食いの影響で肉体も強化されているんだ!!」


 これはマズいと慌てて後ろに下がる竜胆の目の前で、狂牛が口を開く。

 炎の息を吐く狂牛の舌は、燃えたぎる槍のような形をしていた。

 抜群の跳躍力で後ろに飛びのいた竜胆だが、あまりに狂牛に接近しすぎていた。

 炎の舌はありえない長さに伸びて、竜胆に襲い掛かる。

 それは一瞬の出来事、竜胆は炎の舌を避けきれず、腹を串刺しにされた。



 火焔に身を包む狂牛は、足下に仕掛けられた罠を燃えつくそうとしている。

 火炎薬珠牛は炎の息を吐くが、舌が武器化するなんて聞いたことがない。

 羽毛の魔物に寄生された狂牛は、すでに異形のバケモノと化していたのだ。

 近くで戦闘を見ていたハルは、急いで草地に倒れた竜胆に駆け寄る。

 飛び散る鮮血、肉の焼ける臭い。

 竜胆の防具を貫き腹部に大きな穴が開いて、そこから焼けただれた肉が見えた。


「まさか竜胆さん、死んじゃった?」


 同じく駆け寄ってきたハーフ巨人戦士も、倒れる竜胆の姿を見て思わずうめき声を上げる。

 これは胴体が繋がっているだけ、まだ運がいいと言えた。

 今は死んでいない、今はまだ。

 白目を向いて意識を失っているが、口元は微かに動き息はある。

 ハルが後ろを振り返ると、草地の向こう側から小さな四翼を羽ばたかせてYUYUがコチラに向かって来るのが見えたが、今すぐ竜胆の傷を治さなければ事態は一刻を争う。

 膨大な魔力を必要とする蘇生魔法を行えば、魔力の枯渇したハル自身が仮死状態デッドリーになるが迷っている暇はない。

 ハルは自分の体に宿る魔力を意識する。

 足りない、絞り出せ、早く早く、助けなければ間に合わない。

 

「ストップ。ハルちゃん、竜胆はこのぐらいでは死なないよ」


 ハルが術を行使しようとした直前、竜胆の声で別の人物が返事をした。

 ハルは驚いて竜胆の顔を見ると、意識を失い白目を剥いたままで口元だけが動いている。


「竜胆のヤツ、いきなり即死モノの大怪我なんてヘマしやがって」

「その話し方は、まさかティダさん!!

 あっ、竜胆さんのお腹の傷が塞がってゆく」


 竜胆の腹に空いた穴から吹きだしていた鮮血が止まり、瞬く間に肉が再生されて傷口を塞ぎ怪我が癒えてゆく。

 これは神科学種の中でも自己治癒魔法に優れたティダの技だ。


「ハルちゃん、竜胆の怪我はお姉さまが貰ってゆく。

 竜胆、火炎薬珠牛の弱点は額だ。グリフォンを使役して空から攻撃しろ」


 その言葉を告げるとティダの気配は消え、竜胆の致命傷は完全に治っていた。

 白目を剥いていた竜胆の瞼が何度かまばたくと、勢いよく体を起こす。


「竜胆さんが、目を覚ました!!

 今、竜胆さんの中の人がティダさんだったよ」


 しかし意識を取り戻した竜胆の顔は青ざめ、だらだらと冷や汗を流す。


「うわぁ、これはヤバいぞ。俺はティダに助けられたのか!!

 早く狂牛を仕留めないと、後でどんな目に会わされるか分からねぇ」


 生き返ったことよりティダに助けられた事に焦りまくる竜胆を、ハルは生暖かい目で見た。

 うん竜胆さん、お仕置きは覚悟したほうがいいね。

 しかし今は要らぬ心配をしている場合ではない。ハルは竜胆に伝言を伝える。


「竜胆さん、火炎薬珠牛の弱点は額だってティダさんが言っていた」

「そういえば、ボス炎牛も縄張り争うの相手に頭突き攻撃をしていたな。

 だが狂牛はどんな堅い武器も炎で溶かしちまう。どうやって弱点を攻撃する。

 それに額を攻撃しようとしても、ユニコーンの次に固い火炎薬珠牛の角で防がれちまう」


 そう言って考え込む竜胆の側で、ハルはアイテムバッグを漁りだした。


「武器じゃないけど、僕、ユニコーンの角なら持っているよ」


 そう言ってハルがアイテムバッグから取り出したのは、巨大な聖獣ユニコーンの角。

 太く先端が鋭く尖った純白の『淡雪ユニコーンの角』は、ハルの身長と同じぐらいの長さがある。


「そういえばお前は、ユニコーンを肥え太らさせていたな。あの時の角か。

 このデカくて太い聖獣ユニコーンの角なら、狂牛にトドメを刺せるぞ!!」


 竜胆はユニコーンの角を受け取ると、指笛を吹いて子供グリフォンを呼び寄せる。

 上空で旋回していたグリフォンが合図の反応して地上に近づき、竜胆はグリフォンに向かって駆けだした。




 四翼で草地を低空飛行してきたYUYUが、ハルの隣に降り立つ。

 YUYUはその場で結界を展開し、続いてクノイチたちも追いつき二人を囲み守りを固めた。


「竜胆の怪我は治ったようですね。あの力を使いましたか」

「えっ、YUYUさん何か知っているの?

 竜胆さんの中の人がティダさんになって、大怪我を自己治癒魔法で治したんだ」


 子供並みの体力しかないYUYUは、長距離飛行に疲れ肩で息をしている。彼女はミニドレスの袖で汗を拭いながらハルに話しかけた。


「ハルくん、あれが真の『王族の血と肉と魂の契約』。

 元は終焉世界の覇者一族の暗殺対策に編み出された魔法契約です。

 王と契約者は意識と魂を共有し、危機に陥った片割れを助け、時には命を救います」

「竜胆さんの怪我を貰うってティダさんは言っていたから、怪我の負担があちら側に行くって事だよね」

「普通なら怪我の半分しか負担できませんが、エルフのティダさんなら全部負担できるでしょう。

 向こうにはSENもいますし、即死モノの大怪我でも対応できるはず。

 ちなみにハイエルフの私との契約を行った鉄紺王さまは、戦場での怪我を瞬時に治し何度でも蘇るので、人々は王を恐れ敬い【不死の暴力王】と呼びます」


 ちょっと自慢げに話すYUYUに、しかしハルは浮かない表情で答えた。


「ティダさんが心配だなぁ。

 蘇生魔法ってアレだから、ティダさんとSENさんは死んでも互いに蘇生魔法は使わないよ」

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