クエスト140 火炎薬珠牛狩り3
竜胆のいる草地で異変が起こった同時刻、ティダ率いるグリフォン捕獲本隊は不眠不休の強行軍で、目的地である旧巨人族住居跡に到着した。
エアーズロックに似た巨大奇岩『王の椅子』の洞窟に、旧巨人族住居跡がある。
岩山の割れ目から人工物の通路をかなりの深さまで降りてゆくと、長い通路の先に予想外の光景が広がっていた。
岩山の穴底は白い石畳が敷き詰められた広い空間に、数十本の巨大な水晶の柱が整然と並んで立ち、磨き上げられた岩壁に獣のレリーフが刻まれ、それは人の手が加えられた巨大建造物だっだ。
ハーフ巨人戦士たちは、たどり着いた岩山の洞窟を見て行軍の疲れも忘れ驚愕の声をあげる。
「なんだ、こりゃ!!
外は夜で真っ暗なのに、洞窟の中は昼間のように明るいぞ。
しかもこれは火の明かりじゃない、岩壁の夜行石が光ってるんだ」
「大昔の巨人が住んでいた穴蔵が、まさか石の宮殿なんて驚きだ!!」
初めて旧巨人族住居跡を見たハーフ巨人戦の隊列はバラバラになり、好き勝手に内部を見学し始めた。
「アイツ等、まるで遠足に来た小学生のようだ。
まぁ、洞窟内にモンスターが入り込んでいる様子は無いから、自由に動き回っても大丈夫……なんだ、先客がいるな」
本隊をここまで率いたティダは紅い右目の暗視赤外線センサーを起動させ、旧巨人族住居跡内部に危険が無いか確認していた。
巨大奇跡の内部をくり抜いた巨大建造物の広場を奥に向かって進むと、その先は鉄の扉が並ぶ巨人族の武器庫がある。
鉄の扉の前にはSENたち先発隊テントが張られ、少し離れた場所に巨人王族のファイヤードラゴンと豪華すぎるテントが建っていた。
後からキキョウと聖女柘榴もやってきて、ティダが不審に思い豪華テントの中を覗こうとした時、別の場所から聞き覚えのある声がした。
「お待ちしておりました、ティダさま。
それにキキョウさまも、深い森の行軍お疲れさまです」
声がしたのはSENたち先発隊テントの方で、中から波打つ水色の髪に豊満な肢体を持つ王の影側近、水浅葱が出てきた。
「水浅葱さん、どうして貴女がここにいる?
確か王の影は、ハルちゃんや竜胆たちと合流してるはずだ」
旧巨人族住居跡に到着する少し前、ハルからティダに念話チャットで「YUYUさんが遊びに来た」と連絡があった。
「YUYUさまが一刻も早くハルさまに会いたいとおっしゃるので、私はYUYUさまの代理としてコチラに参りました。
コチラでの急の用事を片づけ次第、YUYUさまの元へ合流いたします」
「水浅葱さんが出てきたのはSENのテントのハズだが、SENの姿が見えないな」
「SENさまでしたら、先ほどグリフォンの巣穴に溜まる羽毛の化け物を偵察に出かけました」
普段と変わらず優しげに微笑む水浅葱に、ティダは違和感を感じる。
彼女の主である王の影と、SENはとても仲が悪い。
それに読心能力のある水浅葱は、変態紳士で電波脳のSENを本能的に恐れている。
そんな彼女がSENのテントから出てくるなんて普通ならあり得ないのだ。
ティダは色々と考え込むが、自分自身連日の強行軍で疲労が蓄積し思考がまとまらない。
「まぁいいか。とにかく今夜は休もう。
これからの予定は、明日SENが戻って来てから打ち合わせしよう」
「ティダさまは、とてもお疲れのご様子ですね。
あちらのテントに、マッサージの巧い女官が待機しています。
キキョウさまの寝床も整えてありますので、こちらへどうぞ。
それから柘榴さまも、今夜はゆっくり行軍の疲れを癒してください」
水浅葱は急の用事でココに来たというが、すでに寝床は準備万端整えられ、あれほど露骨に嫌っていた聖女柘榴の名を猫なで声で呼ぶ。
そのあからさまな態度に、ティダは吹きだしそうになる。
「私は嫌よ、王の影の女官なんかの世話にならないわ。
キキョウさん、私をそっちのテントに泊めてちょうだい」
聖女柘榴は眠り続ける生き人形の子供を抱きしめながら、きっぱりと断った
水浅葱が何を企んでいるのかわからないが、柘榴の危険回避能力はなかなかのものだ。
「膝の痛みがぶりかえしているキキョウは、女官のマッサージを受ければいい。
柘榴さんは、お姉さまと一緒のテントで休もう」
「えっ、私が純血のエルフ族のティダ様と、同じお部屋で休んでも宜しいのですかっ」
聖女柘榴の声が洞窟の中に響き渡る。
しかしその声はいつもの不快な感情を呼び起こすものではなく、単純に歓喜の声だ。
「あっ、柘榴さん。アンタはワシのテントで休みなさい。
ティダ様は特殊な趣味を好まれて、一緒の部屋は危険、ごほんごほん」
見目麗しい白銀の天女さまの本性は、調教好きのドS (しかもネカマ)。
キキョウはティダの趣味を知らない柘榴に助け船を出したつもりだが、せっかく憧れのエルフさまと二人っきりになるチャンスを潰された彼女はキキョウを睨んできた。
その様子に水浅葱は口元に笑みを張り付かせたまま、ティダはついに堪えきれず肩を震わせて笑い出す。
「くっくくっ、広い豪華テントなら三人一緒の場所で休める。
キキョウはマッサージを受けながらでいいから、この場所について色々と説明してほしい。
そういう事でいいですね、水浅葱さん」
ティダが念を押すように聞いてきたので、水浅葱は不承不承頷くしかない。
「ではそのように、寝床を整え直させます。
今日はもう休まれて、あら、ティダさま、どうしたのですか?」
水浅葱と話をしていたティダが、突然宙を眺め耳を澄まして何かを聞いている。
これは遠くにいる神科学種同士が、心の中で会話をしているのだ。
目の前にいる白銀の髪のエルフの表情が険しくなり、魔力を宿す紅い右目の光が増した。
「今ティダさまがお話しされていたのは、ハルさまですね。
あちらにはYUYUさまがいらっしゃいます。いったい何があったのですか?」
「水浅葱さん、どうもヤバいことになりそうだ。
羽毛の化け物に寄生された魔獣が凶暴化して、竜胆はその狂った魔物を相手に戦っている」
ティダの言葉に水浅葱は息をのむ。
その時ハーフ巨人の騎獣世話係が、青ざめた表情でティダの元に駆けこんできた。
「た、大変ですティダさま。
旧巨人族住居跡の入口で休ませていたペガサスが、何者かによって殺されました!!」
***
背中に寄生した羽毛の化け物の翼が慌ただしく羽ばたき、火炎薬珠牛の巨体を空中に持ち上げている。
上から落下してボス炎牛を押しつぶした共食いの狂牛は、真下のボス炎牛を鋭い蹄で激しく蹴る。
「もしかして最初の若牛は囮だったのか。
先にボス炎牛に若牛をけしかけて、戦いで疲れたところを狙って襲ったな」
二頭の激しい戦いを見ながら、竜胆は声を落としてつぶやく。
蹴られ続けるボス炎牛は、それでも渾身の力を振り絞り立ち上がったところで、共食いの狂牛が再び落下して押しつぶされ、その様子にYUYUの周りに身を寄せていた火炎薬珠牛の群は悲痛な声を上げた。
魔力で結界を維持していたYUYUは、隣に立つ臆病なウツギに声をかける。
「ウツギ、早く私の駕篭を背負いなさい。
あの狂牛がボス炎牛に気を取られている間に、私たちはこの場を離れます」
「ええっ、YUYUさま。
アンタ、ボス炎牛を見捨ててアノ化け物を野放しにするのか。
YUYUさまのスゴい魔力なら狂牛をやっつけられるだろ」
ウツギは震えながら言葉を絞り出してYUYUに訴えたが、彼女はそれを鼻で笑う。
「ええ、私の魔力ならあの狂牛を簡単に倒す事が出来るでしょう。
ただし私の魔力は膨大で、力の加減はできない。
狂牛もお前も竜胆もここにいる者全員、敵味方関係なく屠ってしまうのですよ」
王の影YUYUが膨大な魔力で行使する壊滅魔法は、敵を倒すためには味方の犠牲もいとわない最終手段。
YUYUの言葉にウツギは愕然として、うつむいたまま駕篭を背負った。
「さて、この隊のリーダーは竜胆でしたね。ハーフ巨人戦士にも怪我人が出ています。
今の竜胆では力不足、早く皆に撤退の合図をしなさい」
「くそう、ボス炎牛が共食いの狂牛にやられるのを、みすみす見逃すのか。
ここを撤退し野営キャンプには戻らず、急いでSENやティダと合流するしかない」
「ねぇ竜胆さん、僕のアイテムバッグ返して」
「なんだよ、今それ所じゃないだろ……ってハル、お前何をしている!!」
YUYUと竜胆が話している間に、ハルは竜胆が腰から下げたアイテムバッグを奪い返すと、巨木の影から飛び出して草地の向こう側をみる。
狂う炎牛の禍々しく気味の悪い気配が増すのを、ハルは感じ取っていた。
あれはこの世界とは異なる、存在してはならないバケモノ。
「だめだ、SENさんたちと合流してる時間なんて無い。
狂牛の背中の羽が自己増殖している!!」
暴力に酔う狂牛の羽毛の数が増し、翼が膨れ上がるように増殖し始めた。
「薬草を主食とする火炎薬珠牛の肉は万能薬と言われるほど栄養価が高く、仲間を共食いした狂牛は現在ドーピング状態です。
羽毛の化け物はその栄養を寄生して取り込み、自己増殖を繰り返しているのでしょう」
狂牛の背中で膨れ上がった羽毛は巨大な翼になり、激しく羽ばたくと空高く舞い上がる。
空を見上げた竜胆は、巨大な翼を得た狂牛が飛んで行く先を見て声を荒げた。
「ボス炎牛にとどめを刺すのを諦めた?
いや違う、コイツは別の獲物を見つけたんだ。
まさか共食いの狂牛は、子供グリフォンを狙っている!!」
好奇心旺盛な子供グリフォンは、ボス炎牛にやられた後も上空を旋回して竜胆たちの戦いを観察していた。
そんな子供グリフォンの前に、突然奇妙な白い翼の生えた牛が現れて襲いかかる。
狂牛は巨大な二本の角を振り回しながら突っ込んでくるが、空中戦ではグリフォンの方が有利だ。
グリフォンは狂牛の角を鷲の前足で捕らえ、鋭い爪を食い込ませて締め上げる。角はミシミシと音をたててきしみ片方の角が根本から折れた。
「おお、空ならグリフォンの方が強い。狂牛の片方の角をへし折った」
「いいえ違います。狂牛はわざとグリフォンと接近戦をしているのです。
竜胆、早くグリフォンを狂牛から引き離しなさい。
アレは羽毛の化け物をグリフォンに寄生させるつもりです!!」
YUYUの言葉に竜胆は驚き、指笛を吹いて子供グリフォンに合図をするが、戦いに夢中の子供はそれに気づかない。
その時、狂牛の残った片角がグリフォンの翼を貫く。
グリフォンがバランスを崩すと、狂牛は巨大な翼を広げて上に覆い被さってくる。
「マズい、このままだと子供グリフォンは上に乗られた狂牛に押しつぶされる。
それに地上の戦闘は、マトモに獲物を狩れない子供グリフォンより狂牛の方が強い!!」
「竜胆さん、羽毛の化け物とグリフォンを引き離せばいいんだね」
狂牛とグリフォンの戦闘を見ていたハルは、アイテムバッグの中から赤い和弓を取り出した。
その弓はミゾノゾミ女神の憑代しか扱えず、弓をつがえると狙う的が一メートル先に見えるチート望遠機能付きだ。
グリフォンと狂牛は絡まり合い、きりもみながら地上に落ちてくるのがハッキリ見える。
ハルが膨れ上がる大きな翼に狙いを定めようとした時、突然やじりが別の的を狙い手元がぶれた。
「違う、それじゃない。
僕が狙うのは、白い翼だ!!」
ハルは少し不機嫌な声で叫ぶと、改めて姿勢を正し優美な引きなりで弦を絞る。
風を切り裂く鋭い音を響かせながら、女神の矢が放たれる。
やじりに七色の燐火を纏いながら、狙い定めた的へ飛んでゆく。
一度矢で射抜かれたことのあるグリフォンは、飛んでくる矢にを避けようと身をよじり狂牛から離れた。
次の瞬間、狂牛の背中の羽に女神の矢が刺さり、さらに二本続けて矢が突き刺さった。
すると膨れ上がった巨大な翼に、矢に灯る神の燐火が燃え移り、邪悪な翼を舐めるように炎が燃え上がる。
女神の矢に射落とされた共食いの狂牛は、背中を七色の燐火に炙られながら空から落ちた。