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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
魔獣グリフォン編
144/148

クエスト139 火炎薬珠牛狩り2

 火炎薬珠牛の目の前でまばゆい光が弾け、周囲に赤い煙が立ち込めた。地面に倒れていたグリフォンは体を起こし、翼を羽ばたかせると上空へ飛び立つ。

 グリフォンを逃したボス炎牛は怒り狂い、火煙玉で攻撃を仕掛けてきた竜胆を追いかける。

 その竜胆はハルたちを囮にして自分は草地に素早く隠れ、ボス炎牛はハルに向かって猛突進してきた。


「全く、私の助けはいらないと偉そうに言っておきながら、このザマですか」


 火炎薬珠牛にハルが襲われる寸前、王の影YUYUが駕籠の結界から出てくる。

 幼い娘の容姿で身に纏う魔力は膨大。さすがのボス炎牛も、王の影の気配に圧倒されズルズルと後ずさりした。

 深い森の中で、生ける彫刻のような火炎薬珠牛と純白の四枚翼を持つハイエルフが睨みあう。

 しかしYUYUの発する圧倒的な気配は、別方向から近づく異質な存在の気配をかき消してしまった。




 その睨みあいの最中、草地の反対側が騒がしくなり、大きな地響きとともに森の中から火炎薬珠牛の群がパニック状態で飛び出してきた。

 獰猛な巨大モンスターが生息する深い森で、グリフォンに次ぐ高位魔獣の火炎薬珠牛が甲高い悲鳴を上げながらボス炎牛に助けを求め駆け寄ってくる。


「えっ、森の中に逃げていた火炎薬珠牛の群れが戻ってきた?」

「森の中でなにか異変が起こったようですね。

 最強モンスターの火炎薬珠牛が、怒りと恐怖の入り交じった集団ヒステリー状態に陥っています。

 これは……【新たなクエスト】の発動でしょう」


 正面にいるボス炎牛と睨みあうYUYUは、ふと目をそらし背後のハルを見た。

 自分たち神科学種ゲームプレイヤーを終焉世界に送り込んだ存在は、この一見平凡な姿をした少年に様々な【試練クエスト】を課す。

 その試練クエストは決して避けられず、正面から挑み必死に戦い足掻き、全てを切り抜けた先に女神の大いなる祝福がもたらされた。

 しかし試練クエスト最中、ハルは何度も自己犠牲を強いられ命を落としている。

 そのうち自分たちは、このひ弱な女神の憑代を守り切れず永遠に失うのではないかと、YUYUは時折不安になるのだ。


「せっかくグリフォンをけしかけて森の中に誘導したのに、火炎薬珠牛の群れが引き返してきた。

 こんなただっ広い草地で罠を仕掛けても見破られる。これはいったん作戦中止だな」

「で、でも竜胆さん、火炎薬珠牛の様子が変だぁ。

 強い火炎薬珠牛が、まるで俺みたいに酷く怯えている」


 目の前で騒ぎ続ける火炎薬珠牛の群れに、言い知れぬ不安を感じ取ったウツギの顔色は悪い。

 ボス炎牛は、パニック状態に陥った仲間を鎮めようとしている。

 この隙に、竜胆は歩けるようになったウツギを引っ張って、YUYUは自分の気配を押さえながら草地の端にそびえ立つ巨木の裏まで避難した。

 火炎薬珠牛のボス牛狩り作戦は中止、ここは一時撤退すると竜胆が判断を下す。

 他のハーフ巨人戦士たちへ連絡を伝えようとした時、森の中で待機していたハーフ巨人戦士が、激しく息を切らせながら竜胆の元へ走ってきた。


「た、大変です竜胆さま。仲間二人が襲われて大怪我をした。

 森の奥でとんでもない事がぁ。あれはまるでバケモノだ!!」

「おいどうした、落ち着いて話せ。森の中で何があった」

「竜胆さま、森の中にとてもおぞましい姿をした火炎薬珠牛が潜んでいた。

 火炎薬珠牛は草食なのに、ソイツは仲間を襲い共食いしてる」


 どうやらハーフ巨人戦士たちも、森の中に潜んでいたソイツに追われ逃げてきたのだ。

 会話の途中、草地の向こう側から獣の異様な鳴き声が聞こえる。

 すると群の仲間を落ち着かせようとしていたボス炎牛が、何かを訴えるようなまなざしで王の影YUYUの姿を一瞥すると、異様な声のする方へ駆け出す。

 ボス炎牛が群れから離れると、火炎薬珠牛たちは怯えながらもゆっくりとした足取りで、YUYUのいる巨木の周囲に集まってきた。


「これは、なんということでしょう。

 知性に乏しいと言われる火炎薬珠牛ですが、あのボス炎牛は私に仲間を託しました」

「ひーっ、怖いよハルさま。火炎薬珠牛が俺たちの周りに寄ってきたぁ」

「ウツギさん落ち着いて。

 今この場所で一番安全なのはYUYUさんの側だと、火炎薬珠牛たちは知っているんだ」


 YUYUは軽く息を吐くと身のまとう魔力を高め、ボス炎牛が突進した先を見つめる。

 月明かりが照らす草原を横切り、炎の息を吐きながら火炎薬珠牛が爆走する。



 ***



 森の中から姿を現した黒い塊は、背中に六枚の羽毛の化け物が寄生した若い火炎薬珠牛だった。

 羽根が抜け落ちた翼は、まるで壊れた傘の柄が背中に刺さっているようだ。

 酔ったような足取りの火炎薬珠牛は、血走った目をギョロギョロと泳がせている。

 異形の若牛が草地に足を踏み入れた次の瞬間、火炎薬珠牛同士の巨体がぶつかり合い、腹に響く重たい音が夜の空気を震わせた。

 頭から突っ込んできたボス炎牛は、あっけなくのけぞる若牛の喉元を大きな角でえぐり裂いた。

 その切り口から鮮血が吹き出し、返り血を浴びながらボス炎牛は若牛に二発三発と続けざまに激しい頭突きを食らわす。


「あのボス炎牛が生傷だらけなのは、火炎薬珠牛同士で縄張り争いしているからだ。

 しかし実力の差は目に見えている。羽毛の化け物に寄生された若牛より、ボス炎牛の方が圧倒的に強い」

「牛に寄生してる羽毛の化け物は、グリフォンの巣で繁殖しているヤツだ。

 ああ、喉と額が血塗れで体が崩れ落ちて……あれっ、倒れない?」


 額の割られた若牛は白目を剥いたまま意識を失い、切り裂かれた喉から流れる血が足元に血溜まりを作る。

 しかし背中に寄生している翼が激しく羽ばたいて、意識を失った体を支え姿勢を保っていた。

 その若牛の頭部が持ち上がり、首の骨を軋ませてあらぬ方向を向くと、尻を前にして逆走し始める。

 異界の魔物に意識を乗っ取られた若い炎牛は、YUYUの気配も恐れず、巨木の周囲に身を寄せる火炎薬珠牛の群に向かって突進してくる。

 少し前にグリフォンと戦い、そして若牛と戦ったばかりのボス炎牛は、疲労した状態で必死で若牛を追いかけるが、二頭の差は広がるばかりだ。


「首のねじ曲がった牛がこっち見た。う、うわぁ、後ろ足で逆走して迫って来るぅ」

「若牛は背中に寄生した羽毛の化け物に意識を奪われました。

 このままではグリフォンの巣を羽毛の化け物が乗っ取ったように、火炎薬珠牛にも同じ被害が出てしまいます。

 竜胆、なんとしても異形の炎牛を仕留めなさい!!」


 YUYUの言葉と同時に、竜胆は巨大な両手斧を握り、若い炎牛に向かって草地を駆けた。


「コイツは前足を引きずり後足で前進しているから、後ろの足、片方を切り落としてやる。

 足一本と背中の翼だけで、火炎薬珠牛の巨体を支えることはできない」


 竜胆は地響きを立てて迫り来る炎牛の真正面に立つと、刃先の磨かれた巨大な斧を水平に構え、牛の蹄で踏みつぶされそうになる瞬間、横一線で巨大両手斧を振り切る。

 ごとん。

 重い手応えがあり、更に力を込めて斧を振りぬこうとしたが炎牛の足は非常に堅く、握りしめた斧の柄が負荷に耐えきれず音を立てて折れた。

 後ろ足片方に喰いこんだ巨大斧の刃は骨の半分まで到達して、若牛はその場に崩れ落ちる。

 竜胆は折れた柄を握りしめたまま弾き飛ばされ、草地の上を転がった。


「やったよ竜胆さん、凄い、炎牛を倒したぁ」

「いいえ、まだです。炎牛に寄生していた羽毛が飛び立とうとしています。

 あれは自己増殖を繰り返す異界の化け物。一羽たりとも逃がしてはなりません」


 王の影YUYUが素早く指示を出すと、投げ縄を持ったクノイチと意図を察してハーフ巨人戦士が倒された炎牛に向かっていく。


「鳥の翼に蜘蛛のような足で寄生するなんて、本当に気味の悪い化け物だわ」

「コイツは傷つけた部分から自己増殖して、殺すことはできない。

 羽毛のバケモノの処分は魔法を使える神科学種さまにお願いしよう」


 深い森の中で行動を共にする事が多いハーフ巨人戦士とクノイチは、仕える主が違うが、お互い気軽に会話を交わすようになっていた。

 羽毛の化け物は、ハーフ巨人戦士とクノイチの協力で、生きたまま網にからめ取られた。

 しかし若い炎牛はすでに虫の息で、全身を血まみれにして地面に横たわる。


「かわいそうに、異界の魔物に蝕まれたら火炎薬珠牛でも助かられない。

 せめて楽にしてやろう」


 そういうと竜胆は、若い炎牛のえぐられた喉の傷に大剣を深く突き立てた。

 火炎薬珠牛は微かに呻き声をあげ巨体を何度か痙攣すると、やがて動かなくなる。


 羽毛の捕獲作業をしていたハーフ巨人戦士は、動かなくなった炎牛を見て首を傾げた。


「おかしいな、俺が森の中で見た炎牛はもっとデカかった気がする。

 背中の翼は抜け落ちていなかったし、頭の角に共食いした子牛の足が刺さっていた」





 ハルがふと上空を仰ぐと、幼いグリフォンが急かすように鳴きながら草地の周囲を旋回しているのが見えた。

 生傷だらけのボス炎牛は、仲間のいる巨木に向かって、ゆっくりと月明かりの草地を歩いている。


 ソレが草地を踏みしめる足音は聞こえず、その代わり、騒がしいほどの鳥の羽ばたきと枝葉の折れる音が聞こえた。

 ソレは突然現れ、巨大な砲弾が上から降って来たかのように、ボス炎牛を押し潰した。

 白い羽毛が周囲に舞い上がり、その場にいる全員が一瞬の出来事に呆気にとられる。

 ソレの背中に付いた八枚の大きな翼は激しく羽ばたき、巨体は宙に浮いている状態だ。

 ボス炎牛を押し潰した巨大な火炎薬珠牛は、口周りが血で赤く塗れ、角には引き裂かれた子牛の後足が刺さっていた。


「まさかボス炎牛と縄張り争いをしているのは、一頭だけじゃなかったのか。

 コイツはボス炎牛よりデカい、それに寄生した羽毛を使いこなせてる」

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