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神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
魔獣グリフォン編
143/148

クエスト138 火炎薬珠牛狩り1

 晴れた夜空の月明かりが、川辺の向こう側に広がる緑の草地を照らす。

 そこはグリフォンに次ぐ高位魔獣、炎の息を吐く火炎薬珠牛のテリトリーで、雄のボス牛一頭に三頭の雌と三頭の子牛を連れた群が思い思いに草地の上で休んでいる。

 炎牛はユニコーンの角に次ぐ高価な蒼い角を持ち、主食の薬草を体内で結晶化させ全身宝珠で覆われた姿をしている。


「深い森のモンスターの中でも最強の部類に入る火炎薬珠牛。

 王宮に見事な剥製があるが、生きて動いているのを見るのは初めてだ。

 連中は強いから、俺たちが周囲をうろついても小物の気配は気にも留めない」

「スゴイよ竜胆さん。火炎薬珠牛の体は宝石で出来ているって本当なんだ。

 普通のモンスターは体の一部が蒼珠になるけど、この炎牛は全身を宝石で覆われている」


 奇異なモンスターが跋扈する深い森の中で、月明かりを浴びて輝く火炎薬珠牛の姿は生ける彫刻のようだ。

 驚いて感嘆の声を上げるハルの隣で、魔獣を見たウツギはブルブルと震えだした。  


「ひぃいい、ハルさまぁ。あの炎牛の角、とんでもなくデカいよ。

 角の先端が槍みたいに鋭く尖って、あれで一突きされたら死んじまう」

「ウツギ、少し落ち着きなさい。

 お前が震えると、背負った駕篭が揺れて座り心地がよくありません」


 ウツギが背負う駕篭の中から、怯えるハーフ巨人の男を叱咤する声が聞こえた。

 それは魔力封じの結界が張られた駕篭の中にいる王の影YUYUで、彼女はウツギを馬代わりにしている。

 捕獲部隊に同行するお荷物三人組、ハルと臆病者のウツギとYUYUが騒ぐので、竜胆は苛立たしげに背後を振り返る。


「いいかハル、お前は自分勝手に動き回るな!!

 それからウツギ、お前はYUYUが駕籠から出てこないように監視してろ」

「あら、竜胆の火炎薬珠牛捕獲を少しサポートしてあげるつもりでしたが、この私に対して随分と偉そうな口をきくのですね」


 そんなYUYUに竜胆は、助けはいらないと言い返すと、ハルに近づいて腰に巻いたウエストポーチ(アイテムバッグ)を取り上げた。

 そのアイテムバッグはハルの集めたガラクタと、竜胆が敵から略奪した武器の武器庫になっている。

 竜胆は小さなウエストポーチを漁り、中から巨大な黒い斧を取り出した。


「他のハーフ巨人戦士は、草地の西側の森にある岩壁に罠を仕掛けて待ち伏せている。

 俺の仕事は、その岩壁まで炎牛を追い立てるんだ」

「ねぇ竜胆さん、仕留める予定の炎牛って、あそこにいる生傷だらけで立派な角をしたボス牛だよね。

 あんなに貫録のある大きな炎牛を、どうやって追い立てるの?」


 ハルが疑問符だらけでたずねると、竜胆はニヤリと笑い持っていた布袋から大きな骨付き肉を取り出す。

 しかし主に薬草を好んで食べる火炎薬珠牛は草食だ。

 竜胆はおもむろに肉の塊を草地の上に放り投げると、天を仰いで甲高い指笛を吹いた。




 バサッ、バサバサーー


 静まりかえった草地に、突如大きな羽音と甲高い鳴き声が響きわたる。

 月明かりが地上に大きな影を作り、炎牛より数倍大きなグリフォンが上空から降下してきた。

 いち早く敵の襲来を察した火炎薬珠牛のボスは、野太い警戒音を発し仲間に危険を知らせる。

 その瞬間、草地で休んでいた火炎薬珠牛は一斉に飛び起きて、雌牛は子牛を連れて森の中へ一斉に逃げ出す。

 相手は自分より大きなグリフォンだが、雄のボス炎牛は逃げるどころか巨大な二本の角をグリフォンに向けて猛突進してきた。

 火炎薬珠牛を初めて見た幼いグリフォンはボス炎牛の迫力に驚いて、竜胆の投げた肉を拾うと上に飛翔する。

 間一髪、グリフォンはボス炎牛の突進をかわしたかのように見えたが、次の瞬間前足を大きく蹴って飛び上がる。

 そしてグリフォンの掴んでいた肉を、頭の大きな角ではじき落とした。


「図体のデカい火炎薬珠牛があんなに高く跳躍できるなんて、凄い脚力だ。

 それに自分より上位魔獣のグリフォンを恐れるどころか、平気で立ち向かって来る」

「うわっ、ボス牛の角に大きな肉が引っかかた。子供グリフォンは、牛に肉を横取りされたと勘違いして怒ってる。

 でもマトモに狩りの出来ない子供グリフォンと貫録のあるボス牛じゃ、大きな角の炎牛の方が強そうだ」


 腹を空かしていた子供グリフォンは、肉を奪い返そうとボス炎牛の周囲を旋回するが、二本の角を激しく振り回し威嚇するボス炎牛に手も足も出ない。

 するとグリフォンは一度高く舞い上がり、上空で方向転換して草地の向こう側の水辺ギリギリから猛スピードで滑空して、ボス炎牛の背後に回りこんだ。

 グリフォンが背後から突っ込んできたその瞬間、ボス炎牛は勢いよく後ろ足を蹴り上げると、グリフォンの顔面に蹴りがヒットする。

 闇雲に敵に向かって突っ込んできたグリフォンは、ボス炎牛の蹴りで脳震盪を起こしバランスを崩し草地の上にひっくり返った。


「空からグリフォンで火炎薬珠牛の群れを脅して、罠の仕掛けた場所に追い込もうとしたが、コイツは自分のテリトリーから動かない。

 まだガキのグリフォンより、戦い慣れたボス炎牛の方が実力は上だな。

 仕方ない、ボス炎牛をこの草地でシトメるか」


 木の上に隠れてグリフォンと火炎薬珠牛の戦いを見ていた竜胆は、腹を見せひっくり返る子供グリフォンに向かって駆け出す。

 鷲の頭に巨大な翼、そして獅子の胴体を持つグリフォンを横倒しにした火炎薬珠牛は、憤怒状態で全身を覆う宝珠を光らせながら、巨大な二つの角を敵の腹に突き立てようとした。

 その瞬間、グリフォンの腹の上に二本足の動物が現れると、手にしたモノをボス炎牛に向けて放つ。




 火炎薬珠牛の目の前でまばゆい光が弾け、周囲に赤い煙が立ち込めるとボス炎牛は視界を奪われる。

 突然の出来事にボス炎牛が動きを止めている間に、脳震盪から覚めたグリフォンは、体を起こすと翼を羽ばたかせ飛び立ち上空へ避難する。

 そして赤い煙が風で流れ視界が戻ったボス炎牛は、草地の上を二本足で走って逃げる動物の姿を見た。

 グリフォンにまんまと逃げられた火炎薬珠牛は、憤怒状態で目の前の獲物を追いかけ始める。

 そしてボス炎牛に追いかけられる竜胆は、何故か楽しそうに笑っていた。


「竜胆さん、ボス牛に気づかれたよ。早く逃げて!!

 えっ、なんでこっちに逃げてくるの」

「ひぃ、ひいいーーーっ!!

 竜胆さんを追いかけて、ボス牛が俺たちのいる場所に突進してくるよぉ」


 火炎薬珠牛の前を走っていた竜胆は身をかがめ草地のどこかに隠れてしまい、怒りに血走らせたボス炎牛の瞳が、木の影に隠れているハルたちの姿をしっかり捕らえた。

 その鋭い眼光に射すくめられたウツギは、恐ろしさのあまりその場に座り込んでしまう。


「これはアレだね、竜胆さん僕らを囮にするつもりだよ。

 なんて冷静に言っている場合じゃない、ウツギさん急いで逃げよう!!」

「そ、そ、それがハルさま。こ、こ、腰が抜けて、動けないっ」

 

 焦ってハルが腕を引っ張っても、背の高いハーフ巨人のウツギの体は全く動かない。


「こうなったら女神の弓でボス炎牛を倒すしかない。

 あれっ、僕のアイテムバッグは……そうだ竜胆さんが持っているんだ!!」


 どうする、どうする、どうする。

 腰を抜かして動けないウツギは背中の駕篭を守るように覆い被さり、ハルはズボンのポケットから小さな万能ナイフを取り出して構え、目の前に迫りくる蒼い角を睨みつけた。


「全く、私の助けはいらないと偉そうに言っておきながら、このザマですか」


 駕篭のスダレが上がり、中から細く白い素足が見えた。

 王の影が草地の足を降ろした途端、まるで地獄の釜を開いたかのように圧倒的な気の暴風が吹き荒れる。

 そこには白いレースのミニドレスに豪奢な刺繍の施された打掛を着た、柔らかな茶色い髪に小さな四翼のハイエルフが立っていた。

 突進してきたボス炎牛も、その圧倒的な魔力の気配にズルズルと後ずさりする。

 周囲に潜伏していたクノイチ娘たちがYUYUとハルの周囲を守るように取り囲み、姿を消していた竜胆が巨木の茂みから現れると、何食わぬ顔でYUYUに声をかけた。


「さすが火炎薬珠牛のボス。

 あの目潰しを食らったらしばらく動けないのに、速攻で回復しやがった。

 ちょっと作戦変更だ。YUYU、しばらく俺の代わりにボス炎牛の気を引き付けてくれ」

「竜胆、作戦はもっと入念に練りなさい。

 己の力を過信して行き当たりばったりな作戦を立てては、命がいくつあっても足りません。

 それからウツギ!!」

「ひぃ、なんですかYUYUさま」

「馬は炎牛を恐れ駕篭を放り出し逃げます。お前は逃げなかった、その事を誉めましょう。

 臆病な性分を恥じる必要はありません。

 モンスターとの戦は、脳筋の竜胆に任せればいいのです」

 


 ***



 グリフォンを恐れて草地から森の中へ逃げる火炎薬珠牛は、細い木々をなぎ倒し狭い獣道を広い大通りに変えてしまった。

 ハーフ巨人戦士たちは森の中で待機して、リーダー竜胆の指示を待っていたが、今竜胆はボス炎牛と戦っている。


「凄い馬力に破壊力だな。火炎薬珠牛のデカい足で踏まれたら、骨が砕けて命は無いぞ」

「せっかくボス炎牛専用の罠を仕掛けて待ち伏せたのに、ボス炎牛はこっちに来ないみたいだ。

 俺は竜胆さまのところに行って、一緒にボス炎牛と戦うぞ」


 罠の見張りを二人残し、ハーフ巨人戦士たちは森の中を移動し始めた時、突然森の奥から凄まじい獣の断末魔が聞こえた。

 そして逃げたハズの火炎薬珠牛の群が、森の中から草地の方へ全速力で戻ってきたが、その様子がおかしい。

 高位魔獣の炎牛が、恐怖で目を泳がせて口から泡を吐き必死で逃げている。

 そして身の毛もよだつ獣の咆吼はしばらく続き、森での狩りに慣れたハーフ巨人戦士たちも青ざめた顔でそれを聞いていた。


「アノ不気味な声はなんだ、森の奥で何があった?」

「おかしいぞ、逃げてきた火炎薬珠牛の数が一匹足りない。

 それにどこからか、獣の生臭い血の匂いがする」


 ぐちゃぐちゃ、ズルッズルッ、バサバサバサ

 森の奥から聞こえた薄気味悪い声は消え、そして何かを引きずる重たい音と複数の羽音が近づいてくる。

 森の奥から現れたのは、一回り体の大きい若い雄の炎牛だった。

 しかしそれは、あまりに異様な姿をしている。

 若い雄牛の背中には白い大きな翼が八枚付いて、炎牛の巨体を持ち上げようと激しく羽ばたいているが、負荷に耐えきれずほとんどの翼が折れてぶらさがった状態だ。

 そして若い炎牛の口周りは血で赤く塗れ、角には引き裂かれた子牛の後足が刺さっている。


「まさか草食の炎牛が、同じ仲間を共食いしたのか」

「こいつの背中に生えた翼は、ティダさまの乗るペガサスと同じだ。

 翼の化け物が、火炎薬珠牛に寄生している!!」


 ハーフ巨人戦士は偽ペガサスとの戦闘経験があり、偽ペガサスは馬の背に翼の化けモノを寄生させて造られていた。

 今、目の前にいる牛の背中には翼の化けモノが四対寄生して、それが互いに別方向へ飛び立とうと激しく羽ばたいている。

 火炎薬珠牛は背中が別方向に引かれる痛みに苦痛の声を上げ、荒い炎の息を吐いた。


「コイツは何匹もの化けモノに寄生されて、錯乱状態に陥っている。

 ヤバい、逃げた雌牛たちを追いかけ始めた!!」

「狂って凶暴化したモンスターじゃ、とても俺たちの手には負えない。

 獲物を狩るどころか、俺たちの方が獲物としてコイツに喰われちまう」

 

 

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