表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神科学種の魔法陣  作者: なんごくピヨーコ
魔獣グリフォン編
141/148

クエスト136 聖女柘榴の愚痴

 巨木が競うように空に向かって伸びる森の中、その根元から地表に顔を出したのは太さが人間ほどで胴が二メートル以上ある胴長蛇モグラだった。

 穴から頭を出しキョロキョロと用心深く見回す胴長蛇モグラは、敵の気配がないことを確認すると小走りに駆けだした。

 地面には甘い香りの熟した果実が落ちている。空腹のモグラは大喜びでそれに食らいついた。

 その臆病なモグラが気配を感じないほど、高い場所で獲物の動きを監視していたグリフォンは、羽音を消すために翼を広げたまま動かさず滑空してくる。

 モグラがその微かな風切り音に気づいた時はすでに遅し、鷲の前爪が胴体に食い込んでいた。


「やったぁ!!あの滑空スピードなら獲物も逃げられない」

「たった三回目で狩りのコツを呑み込んで成功させるとは、迷子グリフォンは筋がいいな」

 

 ハルと竜胆は子供グリフォンの『初めての狩り』に思わず歓声を上げた。

 竜胆はモグラを地表におびき寄せる罠を仕掛け、子供グリフォンが自力で狩りができるか見守っていたのだ。

 グリフォンは捕えた獲物を前足で振り回し嬉しそうに鳴くと、そして腹が減っているはずなのに獲物をすぐ食べようとせず、なにか物言いたげにジッと竜胆を見つめていた。

 そんなグリフォンと竜胆を見比べたハルは笑う。


「僕らの手助けでグリフォンは自力で獲物を狩れるようになった。

 見てよあの子、竜胆さんに尻尾を振っている」


 鷲頭のグリフォンは表情が読み取りにくい。

 しかし注意深く観察すれば、子供グリフォンのキラキラと輝く瞳は竜胆の姿を映し、パタパタと獅子の尻尾を左右に激しく振っている。

 竜胆もグリフォンに懐かれて、まんざらでもない様子で口角を揚げてニヤリとした。


「やっと小動物を狩れるようになったが、これからが本番だ。

 次の狩りは、マイゴにも手伝ってもらうぞ」


 いつの間にか竜胆は子供グリフォンを【マイゴ(迷子)】と命名していた。




 二十六極彩色孔雀の羽根、瑠璃色長毛羊の毛、三股黄金竜蛇の蛇皮。

 幻と呼ばれた激レアモンスターを目の前で次々と狩ってゆく竜胆たちハーフ巨人戦士。

 魔獣図鑑を手にしたハルは、これまで捕獲した激レアモンスターのページに付箋を貼っている。


「ハルお兄ちゃん、絵本のページ半分くらい埋まってきたね。

 でも本に貼った紙の色が違うよ」

「萌黄ちゃん、これの黄色い付箋は【食べられない】緑は【食べられる】、赤いのは【とても美味しい】だよ。

 そして付箋の数字は美味しかったランキングで、今のところ一番は『陸タコ脚の牛タン料理』かな」


 芝の上に寝転がりながら本のページをめくるハルと萌黄、その隣に竜胆が腰を下ろした。

 魔物図鑑はモンスターの強さで分類され、最終ページに表記されているのはグリフォンだ。

 竜胆は広げた本を手に取ると、グリフォンが描かれた手前のページをめくって見せる。

 

「この魔獣は、深い森で生息する獣の中でグリフォンの次に強いヤツだ。

 今俺たちのいる場所は、コイツの出現ポイントに近い。

 二本の蒼い角を持ち炎の息を吐く、全身に珠の埋め込まれた火焔薬珠牛。

 過去に王軍が五回挑戦して二回しか捕獲に成功できず、その二回も怪我人続出で、鉄紺王も角で腕を突かれ傷跡が残っている」

「ひぃいい、巨人の王様でも怪我をした凶暴なモンスターなんて、竜胆さんでも無理だよ。

 俺たちハーフ巨人だけで捕らえるはずない!!」


 野営キャンプでは料理当番の役目があるウツギは、夕食の手順をハルに習いに来たところで竜胆の話を聞いてしまう。

 ひどく怯えたウツギはハルに同意を求めようとしたが、しかしハルはウットリとした表情で、竜胆の指さした火焔薬珠牛のページを見つめている。

 

「竜胆さん、この火焔薬珠牛ってグリフォン並に強いモンスターだよね。

 それなら絶対に狩ってきてよ。

 じゅっるっ、あっヨダレが。この終焉世界のモンスターって、強いほど美味しいんだ。

 砂漠竜も蒼牙ワニもカタストロフドラゴンも、とても美味しかった。

 しかも今回は本物の牛モンスターだよ。味に外れ無しに決まっているよ!!

 牛のサーロインで厚切りレアステーキに、薄切り牛肉しゃぶしゃぶ。

 肉質のきめ細かいリブロースはすき焼きに、あばら部分はピリ辛カルビ焼きにするんだ」

「ハル、そのシャブブとかカリュビってなんだ。

 どんな料理か判らんが、おまえが作るなら旨いだろうだな」


 ハルは竜胆に牛肉料理の説明をして二人は意気投合するが、側にいるウツギはあまりの恐怖に大きな背中を丸めガタガタと震えている。

 怯えるウツギに萌黄が不思議そうにたずねた。


「ねぇ、ウツギちゃんはモンスターが怖いのに、どうして竜胆さまに付いてきたの?」

「萌黄さま、なんでってそれは、俺は竜胆さんに無理矢理連れて来られたから……」

「萌黄はウツギちゃんに理由を聞いているのに、竜胆さまのせいにしないで。

 竜胆さまは本気で嫌がる人を、無理矢理連れて来ないよ」


 背の高いハーフ巨人のウツギが半分以下の小さい萌黄に正面から見据えられて、情けなくうなだれている。


「それは、足の悪い親方のキキョウさんが深い森に入るっていうから仕方なく。

 いいや違う、俺はこれまで親方には迷惑かけっぱなしだから、手助けしたいと思った。

 でも臆病者の俺にモンスターとか、あのグリフォンも怖すぎる。

 早くギルドに帰りたいよ」

「ウツギちゃんは迷子グリフォンが怖い怖いって言うけど、マイゴは親とはぐれた可哀想な子供だよ。

 誰かが手助けしないと、森の中で生き延びることはできないの」

「ねぇ、ウツギさんの大好きなトド姫はグリフォンが大好きだよ。

 好きな人が大切にしているグリフォンを無暗に怖がって避けたら、良い結果にならないと思う」


 普段は優しいハルの鋭い指摘は、恋人たちが分かれる理由、価値観の違いや不一致を示唆している。

 鉄紺王の第五側室に格上げされたトド姫は、グリフォンの世話係を任されている。彼女とグリフォンは切っても切れない関係だ。

 ウツギはハルの言葉に答えることができず、野営テントの中へ逃げてしまった。


「ウツギは幸せ者だな。お前やキキョウみたいに叱りながらも諦めず相手をする仲間がいる。

 でも最後は本人の意思だ、俺はダメだと思ったら速攻で切るぞ」

「竜胆さんはちょっとイジメっ子だけど、情けないウツギさんが気になって構っちゃうよね」


 竜胆の判断から、牛モンスターの捕獲作戦はウツギ抜きで作戦が立てられる。

 深い森の薬草を食べる火焔薬珠牛は、その成分が体内で結晶化して、宝石が身体に埋め込まれた姿をしている。

 ほとんどの病に効く万能薬で、薬珠牛一頭で王都中の病人を治せるという噂もある。

 この火焔薬珠牛は群で行動するモンスターで、集団で居れば竜胆たちハーフ巨人戦士は手出しできない。

 狙った獲物を群から引き離してシトメる必要がある。

 

「ハル。お前もウツギと一緒に野営キャンプで留守番だ。

 お前はウツギとは逆で、弱いくせに前に出て危険を引き寄せるからな」

「そんなぁ、僕も狩りに参加させてよ」



 ***



 同日ティダ率いる本隊は、深い森中央に鎮座する『王の椅子』と呼ばれる岩山の手前まで来ていた。

 まるでエアーズロックに似た巨大奇岩の地下に広がる洞窟こそ、旧巨人族居住跡だ。

 ペガサスに乗るキキョウと聖女石榴は、空からこの岩山を眺めていた。

 

「まさかこのような状況で、空から『王の椅子』を眺めることになるとは驚いたのぉ」

「えっ、こんな状況ってどういう意味なのキキョウ?」

「ワシは二十年前、この前法王が生きて動く姿を見たことがある。

 巨人族の宿敵だった男の器を『王の椅子』に連れてくることになるとは」


 ペガサスに二人乗りしたキキョウの後ろには聖女石榴がいて、そしてキキョウに前抱っこされている小柄な少年。

 それは二十年前、巨人族を追いつめ滅ぼそうとした前法王の抜け殻だ。

 グリフォンの騎手だったキキョウは鉄紺王と共に何度も戦の最前線に出て、前法王の姿を見たことがある。

 熾烈を極めた戦いの中、四翼のハイエルフが巨人王陣営についたことで形勢逆転する。

 王の影YUYUの魔力は前法王よりも勝り、力を使い果たした前法王は器を残し魂が尽きたという。

 キキョウの腕の中にいる器だけの存在に、今は何の憎しみも沸かない。


 過去にキキョウが前法王を見たと話すが、柘榴は「そうなの」と生返事を返す。

 彼女が話に興味を示すだろうと思っていたキキョウは、聖女柘榴の態度が意外だった。


「そんな話、私もよく知っているし思い出したくもない。

 前法王さまを義父として、優れたエルフ族の力を捧げ哀れな人々を導くのが私の務めだったはずなのに」

「ちょっと待ってくれ柘榴さん、あんたは二十年前の巨人と神殿の戦いを知っているのか?

 その頃あんたは生まれていないか、まだ幼い子供だったはずだ」


 聖女柘榴は見た目二十前後にしか見えない。

 エルフの血は年齢より若く見せるので、口のきき方から守護騎士デイゴより彼女の方が年上だろうと思う。


「私がエルフの血と魔力を持つと知った実の親は、子供を霊峰神殿に捧げたと聞いたわ。でも本当は金欲しさに売られたの。

 私が十七の時、義父様は器を残し魂が消えてしまった。

 それから後継のマヌケな白藍法王は、事もあろうに巨人族と和解したの。そのせいでて霊峰神殿は力と土地を奪われ、ずいぶんと寂れたの。

 皆神殿を見限って去って行ったけど、私はそれからも長い間教えに従い、義父様の器を守り続けたわ」

「なるほど、道理で若い連中より話しやすいはずだ。

 しかしなんとも勿体ない話だ。アンタはそれだけ容姿が良いのに子守に総てを捧げるとは」


 キキョウの相槌に気を良くした柘榴は、それまでため込んでいた霊峰神殿の愚痴話を続ける。

 霊峰神殿の分社とは名ばかりの小さな聖堂に押し込められた彼女は、生きる術として薄緑色の髪を黒く染め、人間と偽りミゾノゾミ女神の生まれかわりを演じ怪しげな占いで生計を立てる。


「でも二年前、法皇白藍の中身がおかしくなって、自分の真名をアマザキと名乗り始めたわ。

 それからまるで人が替わったみたい、マヌケで馬鹿正直な男が気まぐれで傲慢になった。

 最初、法皇に逆らう連中を相手にしていたけど、そのうち女神の教えすら否定するようになって、それからは誰も止めることが出来ないわ」

「終焉世界で女神の教えを伝えるのが霊峰神殿の役割だった。それを否定したアマザキ法皇は、自分が神になりたいのか。

 柘榴さんも女神を名乗って信者集めしていたから、法皇に目をつけられた」


 キキョウは彼女の義父である前法皇を大げさに褒めて、現在の立場に同情する話しぶりをした。

 大変だったな、苦労したんだなぁ、と温かく懐の深いキキョウの声に、柘榴の口はどんどん軽くなってくる。


「ええ、そうよ。私の他にも偽女神は二百人近くいたのに、どうして一番に目をつけられたのかしら。

 そのせいで客も激減で、まったく営業妨害よ。それに霊峰神殿自体が薄気味悪いの。

 でもデイゴが神殿から戻ってきたおかげで、もうすぐお父様が目覚めると知ったわ。

 これでやっと私の務めが果たせる。早くお父様、起きて下さらないかしら」


 キキョウは聖女柘榴自身が【偽女神】とか、信者を【客】とか【営業妨害】と言ってもそれは指摘しない。

 つまり女神の偽物と自覚があり、霊峰神殿から追い出されたので本物のところに転がり込むつもりだった。見た目以上にタフで強かな聖女様のようだ。

 しかし、そこでキキョウは思った。

 彼女程度の魔力も、終焉世界ではとても優れた能力で、魔法さえ修得すれば人に頼ることなく生きていける。

 なのに柘榴は前法皇に頼り信者に頼り、今はデイゴに頼り、そして本物の女神を頼ろうとする。


「柘榴さん、あんたの持つ魔力は凡人では決して得られない才能だ。

 占いなんかしなくても、治癒魔法で人々を救う。そっちに能力を生かしてはどうだ?」

「えっ、治癒魔法なんてそんな野蛮なモノ、汚らわしい!!

 赤子の生血を対価にして自分の病を治す治癒魔法なんて、私が行う訳ないでしょ」


 



 上空のペガサスの背で交わされたキキョウと柘榴の会話を、地上で本隊を率いるティダは盗み聞いていた。


「さすがキキョウ、相手の警戒心を解いて話を聞き出すのが巧い。

 神殿つきの聖女や騎士すら逃げ出すほど、霊峰神殿の中は悲惨な状況のようだ。

 それにしても手をかざせば癒せる治癒魔法に、赤子の生血が必要だと?

 霊峰神殿は特権を守るために治癒魔法を門外不出にしていたが、アマザキはソレに目を付けて術行使プログラムを改悪したのか」


 データ書き換えの得意なチーターアマザキなら、魔法術を悪戯に書き換えるのも得意だろう。

 悪意の含まれた魔法で、背徳の行為を強いて恐怖で縛り付け支配する。

 さすがにこの知識はティダもYUYUも専門外で、アマザキに対抗出来るのはSENだけだ。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ