クエスト135 子供グリフォンに狩りを教えよう
ハルは久しぶりにアイテムバッグからベレー帽を取り出してかぶる。その帽子に黒いブサイク雛鳥がとまった。
何故か雛鳥は、ハルの頭の上を自分の巣だと決め込んでいた。
「ふぅ、これで髪の毛をむしられて禿げる心配は無くなったけど、どうして僕の頭を巣にするかな。
もしかしてコイツ、僕が巣を潰した事覚えている?」
以前の戦いでハルは汚泥のバケモノに飲み込まれ、体内の迷路をさまよった。
その途中迷路に置かれていた鳥の巣を潰してしまい、ハルは仕方なく騒がしい雛鳥とマダラ卵を持ってきたのだ。
竜胆はなぜか騒がしい雛鳥を気に入ってペットにする。
そしてマダラ卵は、ハクロ王都にいる歌姫の胸の谷間で温められていた。
グリフォンの巣には異界の魔物が寄生している。
その報告を受けたティダは本隊を率い先に進み、竜胆とウツギそしてハルは子供グリフォンを手懐けるため深い森の中で獲物を探す。
「小動物も狩れないようなグリフォンじゃ話にならない。手始めにウサギ狩りを教えるとするか」
「竜胆さん、このウサギって小動物というには大きすぎるけど」
目の前で二メートルほどの低木をバリバリと音を立てて噛むのは、薄桃色の長い耳を持つ巨大ウサギだ。象サイズの薄紅色長毛ウサギは美しく滑らかな桃色の毛並みで、防寒用の高級コート材料となるレアモンスター。
深い森に生息している動物は大きく凶暴で、例えばハーフ巨人戦士が巨大ウサギと戦えばハーフ巨人の方が餌食になるだろう。
竜胆たちハーフ巨人戦士は集団で狩りに挑む。
巨大ウサギの先回りをして獲物が好む香草で誘い、森の開けた場所におびき寄せた。
周囲の木々に縄を張り巡らせた捕獲用巨大罠を仕掛け、モンスターを待ち伏せる。
しかしそれに気づいた巨大ウサギは、草むらに隠れながら近づいてきたハーフ巨人戦士を後ろ足で激しく蹴り上げた。
その動きを封じようと、一斉に槍や弓で集中攻撃する。
追いつめられた巨大ウサギが高く跳躍する。その瞬間を木の上で待ちかまえているのは竜胆だ。
「こいつの毛皮は高く売れる。できるだけ傷つけないように、一撃で喉をかっ切って仕留めてやる」
ハーフ巨人戦士は、竜胆が待機する場所までわざと巨大ウサギを追い立てたのだ。
竜胆の合図と同時に投げ縄が放たれ、空中で巨大ウサギの首に細い縄が絡みつく。ウサギはバランスを崩し地面に落下した。
竜胆は身の丈ほどの大剣を軽々と担ぎながら、木の枝から枝へと移動して落ちてくる巨大ウサギに飛び移る。
燃えるような赤い髪のハーフ巨人は、巨大ウサギの喉元に大剣を振り下ろすと、力を込めて根元まで深々と突き立てた。
動きの鈍い巨人では縄を伝い木々の間を飛び移ることはできない。また人間やエルフでは、これほど大きな武器を扱い獲物にトドメを刺す力はない。
深い森の狩りはハーフ巨人の得意とするもので、その中でも竜胆の力はスバ抜けて突出している。
「スゴいよ竜胆さん、まるで深い森のターザンだね。
あっ、仕留めた獲物は早く隠さないと迷子の子供グリフォンが奪いにくる」
ハルの言葉と同時に、上空から激しい羽音が聞こえる。
腹を空かせたグリフォンが、ハーフ巨人戦士たちが捕えた獲物を横取りしようと降下してきた。
だが獲物の前で仁王立ちしている竜胆の姿を見ると、二日前に殴られた痛みを思い出したようで躊躇して降りてこない。
グリフォンの少し怯えた様子に竜胆はニヤリと笑うと、ハルを獲物の側に立たせて頭の上に乗った雛鳥を指で小突いた。
「ギョグェえーえぇ、ギャヨロ、おロッローー」
「うわーっ、竜胆さんやめてよ。コイツ鳴くとウルサいのに!!」
「ブサイク雛鳥の声をモンスターは嫌がるんだぜ。ほら、迷子グリフォンも近寄らない。
コイツを頭に乗っけていたら、ハル、お前は絶対安全だ」
グリフォンも近寄らないほど騒がしく鳴き声が下手な雛鳥。その音は深夜の国道で騒音をまき散らす暴走バイクに近い。
そして竜胆は獲物の見張りをハルに押しつけると、次の巨大ウサギを狩りに森の中に入っていく。
雛鳥がしつこく鳴き続けるので、嫌気がさしたグリフォンは獲物の横取りを諦めて竜胆を追いかけて立ち去る。
ハルが雛鳥の口に果物を押し込んで食べさせると、やっと鳴くのをやめた。
「ううっ耳が痛い。いくらモンスター除けでも、これじゃ警報機を頭に乗せているようなものだよ。
この雛鳥をさっさと巣立ちさせるか、それとも食材……は竜胆さんに怒られるからやめよう」
「ハルお兄ちゃん、この鳥飛べるの?
翼は小さいし、餌の食べ過ぎでぶくぶく太っているよ」
「全く竜胆さんは、いくら雛鳥が可愛いからって餌の与えすぎだよ。これじゃあペットがかわいそうだ」
ハルは自分がユニコーンを肥え太らせた前科などすっかり忘れて、雛鳥を太らせた竜胆のグチを言う。
そうしている間に竜胆は四羽の巨大ウサギをしとめた。
簡単に獲物の横取りができないと悟った子供グリフォンは、上空で竜胆の狩りを観察し続けている。
その日最後の狩りで、追い詰めた一羽が逃げようと高く跳ねた瞬間、竜胆が切りかかるより早くグリフォンは獲物の喉元に噛みつくと、それを咥えたままとどこかに飛んでいった。
「あの迷子グリフォン、1、2回手本を見せれば真似をして狩ろうとする。なかなか賢いじゃねえか」
***
竜胆と共に残ったハーフ巨人戦士と護衛のクノイチ娘、合計二十人分の食事準備にハルは大忙しだ。
「この巨大ウサギの肉って、鳥ササミみたいな味だね。
そのまま焼いても味が淡泊すぎて飽きちゃうから、海猫ヤギ濃厚チーズと大紅葉で肉を挟んで揚げたフライと、甘辛特製果物ソースにつけ込んで炭火風味の炎の結晶で串焼きにしてみたよ」
末席の王子竜胆に忠誠を誓うハーフ巨人戦士たちは、料理係の少年が竜胆や天女と対等に会話するのを見ていた。
この少年が作る少し風変わりな料理は、平凡で味気ない食材を美味しいモノに変える。
「竜胆さんと残って良かった、やっと直接ハルさまが作った料理が食べられる。
がぶっ、はむはむ、串焼きはピリ辛の味付けされた柔らかい肉と歯ごたえのある身の引き締まった肉がある。ああ、肉の部位によって味付けを変えているんだ」
「ウサギ肉フライを薄焼きパンで巻いて、ふぉっ、揚げたて衣がこんがりサクサクで中身の肉と濃厚チーズが絡んで美味いなぁ」
「野営キャンプでこれだけ旨い食事ができるんだ。ハルさまに付いてきて良かったよ」
「まったく、どいつもこいつもハルに餌付けされやがって。獲物を狩ってきたのは俺だぞ」
数か月前まで彼らハーフ巨人は、家畜の餌のような食生活を送っていた。
竜胆と共にロクジョウギルドに加わったハルは、奇抜な調理方法で食生活を激変させる。
これまで主食の雑穀粉を汁物に溶かして食べていたが、ハルは雑穀粉とオニギリの実の粉を茹でて麺状にしたり、雑穀粉にサボテンの実を一緒に焼いてもっちり薄焼きパンを作った。
降臨したミゾノゾミ女神は人々を飢えから救うという。
それならこの料理好きな少年も、ミゾノゾミ女神さまの仲間なのだ。
「味気ない素材も、一手間かけるだけでごちそうになるんだよ。
僕はみんなが喜んで美味しそうに食べる顔を見るのが楽しいんだ。
だから竜胆さん、子供グリフォンもさっさと餌付けして仲間にすればいいのに」
「ってハル、お前は意識して餌付けする確信犯じゃねえか。
だが俺は餌付けされた羽のある乗り物が欲しいんじゃない。強く逞しい魔獣の王を手に入れたいんだ」
「そういえば、深い森に住むモンスターの中で一番強いのはグリフォンだけど、他に同じくらい強いモンスターはいるの?」
ハルは深い森の魔獣が記された分厚い本をめくりながら竜胆に問いかけた。
その言葉に竜胆は少し考えこむ。
「そうだ、いくらグリフォンといえ、たった一頭で獲物も狩れない子供だ。
大型モンスターに集団で襲われれば、戦うどころか逃げるだけで精一杯だろう」
竜胆自身、ここまで森の奥地へ入り込んだのは初めてだ。
もしかしたらキキョウすら存在の知らない、グリフォン以上に強い未知のモンスターが潜んでいるかもしれない。
***
ドド、ドドドッ、ドコドコドコッ
翌日、まだ東の空が微かに白み始めたばかりの早朝。
突然空気を揺るがすような重たいドラム音が深い森に響きわたる。
野営キャンプのテントで就寝中のハルは、その音に驚いて目を覚まし慌てて外に飛び出した。
「なになにっ、モンスターの襲撃?」
先に起きていた萌黄が驚くハルの袖を引っ張ると、野営キャンプから離れた丘の上を指さす。
そこにはゴリラのような姿をした巨大猿モンスターの群れが、丘の上を陣取って騒いでいた。
猿の群れの中心で、昇る太陽の光を浴びながら大きな体格をしたボス猿が踊っている。
色鮮やかな鳥の羽を冠のように頭に飾ったボス猿の前で、同じく体格の良い数頭のサルが互いに掴みあって争っていた。
「ひいぃ〜、猿が喧嘩している。
ハルさま怖いよぉ、あの猿が俺たちを襲ってきたらどうしよう」
「大丈夫だよウツギさん、こんなに離れているんだ。猿モンスターがコチラを襲う心配はないよ」
「さすが深い森のモンスターは猿もデカいなぁ、あのボス猿は女王さまか。
横幅は俺の倍以上ありそうだが、なかなか胸のデカい美人猿だ。
オスどもが、女王様のパートナーを巡って争っているらしいな」
赤紫背毒巨大猿は頭頂から背中まで見事なたてがみをしているが、それは猿の血と肉が猛毒を示す警戒色だ。
この毒のおかげで、赤紫背毒巨大猿は大型モンスターの餌食にならず生息できるのだ。
「ココは連中のテリトリーに近すぎる。別の場所にキャンプを移した方がいいな」
丘の上で猿モンスターがパートナー争いをしているのを眺めながら、竜胆はキャンプを引き払う判断を下し、ハーフ巨人戦士たちは野営キャンプの撤収作業を始めた。
丘の上では五匹の巨大猿が殴り合い三匹が脱落して、残り二匹が女王様をめぐり争っている。
ふと、雲ひとつない空から巨大なシルエットの影が丘の上にかかる。
赤紫背毒巨大猿たちの争う声を聞きつけた好奇心旺盛の子供グリフォンが、猿モンスターを獲物と判断して捕らえようと空から舞い降りてくる。
「あの悪ガキ、猿モンスターの蛍光色の赤紫毛は毒有りの印って知らないのか!!
喰ったら死ぬぞ。しかもマズい、一番デカい女王猿を狙っている」
「竜胆さん、早くグリフォンを止めないと。でもココからじゃ遠くて間に合わない」
「ハル、おまえの弓を使え。
女神の矢でグリフォンの翼を狙って打ち落とせ!!」
竜胆は怒鳴るように叫ぶと、そのまま丘に向かって駆けだした。
今まさに女王猿を襲おうとしている子供グリフォン。
ハルは竜胆に指示されて、急いでアイテムバッグから赤い和弓を取り出すとグリフォンを狙う。
グリフォンの翼を傷つけても、獅子の足で地を駆けることが出来る。たとえ負傷しても竜胆の治癒魔法の力なら、数日程度で翼は治るだろう。
丘の向こう側から日が昇り始めている。
普通なら逆光で狙いを定められないが、チート望遠機能のある赤い和弓なら狙う獲物はハルの目の前に見えた。
「ゴメンね、少し痛いけど我慢して」
大きな和弓の弦を引き絞る少年は、ひと呼吸後に矢を放つ。
朝の冷たい空気を切り裂くように飛んでいった矢は、昇る太陽に吸い込まれ、そして太陽を射落としたかに見えた。
それは右翼を射抜かれたグリフォンで、バランスを崩した巨体が空から落ちてくる。
丘の上で争う猿モンスターたちも、危険を察知してその場を離れる。
さすがのグリフォンも全身を打ち付けて、すぐには起きあがれない。
猿モンスターは突如現れたグリフォンを遠巻きに見ていたが、女王猿のパートナーを争っていた二匹の猿が傷ついたグリフォンに襲いかかる。
「この悪ガキめ、手間をかけさせやがってぇ。
オラオラ猿ども、グリフォンからどきやがれ!!」
丘の上にたどり着いた竜胆は、自分より体の大きなオス猿その1に殴りかかる。
グリフォンの頭に岩を投げつけようとしたオス猿その1を、竜胆は籠手で腹パンチして後ろに吹き飛ばした。
竜胆の腕を覆う鷹獅子の紋入り籠手は威力満点だ。
丸太を手にしたオス猿その2が、竜胆を背後から殴りかかる。
それを籠手で受け止めると、竜胆は堅い金属で覆われたブーツでオス猿にひざ蹴りを食らわせた。
二匹のオス猿が倒れたのを確認すると竜胆はグリフォンの背中によじ登り、猿たちを見下ろしながら大声で吼える。
「いいかぁ、これは俺の獲物だぁ。猿どもは引っ込んでろ!!」
竜胆を追って丘の上に駆けつけたハルとハーフ巨人戦士は、その光景に驚きと戸惑いの声をあげた。
「さすが竜胆さま、猿程度のモンスターならひと睨みで黙らせることができる」
「巨大猿は巨人族の祖先だって噂は本当かもしれないな。
見ろよ、猿たちは竜胆さまを王と認めているぞ」
ハルたちが丘の上で見た光景は、倒れたグリフォンの上で仁王立ちする竜胆と、頭を地に着け服従のポーズをとる赤紫背毒猿の群。
そして一頭だけ、竜胆の正面に立ち激しく体を揺さぶり腰を振り、セクシーな求愛ダンスを踊る巨大猿の女王様だった。
「竜胆さん、いくら女好きのモテ男でも、女王猿にまで手を出すなんて……」
竜胆のカリスマ体質は、種族の壁を越え猿モンスターさえ虜にする。
女王猿のパートナー争いをしていたオス猿二頭をあっという間に倒した竜胆に、女王さまは一目惚れしたらしい。
「おいハル、何とかして女王猿のダンスをやめさせてくれ!!」
「ちょっと待って、今キキョウさんに猿モンスターの扱い方を聞いてみる。竜胆さんはしばらく女王さまの相手をしててよ」
それからハルは念話でティダを通してキキョウに連絡を取り、その間竜胆は巨大猿の群の中央で女王さまと激しい求愛ダンスを踊らされた。
キキョウからの情報で、巨大猿はさや甘柿を食べると酩酊状態になって眠るらしい。
さや甘柿といえばデイゴが投擲技で採ってくれた果物で、アイテムバッグの中に大量に入っている。
ハルはさや甘柿を猿モンスターたちに与え、眠らせたところで大急ぎで撤退する。
傷ついた翼を治癒魔法で治してもらったグリフォンは、森の中を獅子の足で駆けていった。
巨大猿のテリトリーからできるだけ離れようと休みも取らず一日中移動つづけた竜胆一行は、夕刻前にやっと休憩をとる。
ハーフ巨人戦士の強行軍に付いてきたハルと護衛のクノイチ娘たちが、竜胆に抗議の声をあげた。
「ティダさんがものすごく怒っていたよ。今度は猿と遊んでいるのかって」
「竜胆さま、節操なしに女遊びするのも、そろそろ控えた方がいいかと思われます」
「そうです竜胆さま。いくらお盛んでも猿モンスターはちょっと……。
せめて人間かハーフ巨人の女で我慢してください」
特にクノイチたちの抗議は手厳しく、それを盗み聞ていたハーフ巨人戦士も無言でうなずきながら竜胆を見る。
「お前ら、なに勘違いしてんだ。俺から女王猿に色仕掛けしたんじゃない!!」
竜胆は激しく否定するが、これまで派手な女遊びを見ていたハーフ巨人戦士やクノイチの誤解を解くことはできなかった。
噂が噂を呼び『竜胆王子の女王猿ナンパ事件』として後世まで語られることになる。
明けましておめでとうございます。
本年も「神科学種の魔法陣」宜しくお願いします。
年末にとても嬉しい事がありました。
「DIY乙女」もチェックチェック!!