クエスト12 魔法陣を書こう
後方補給部隊のつもりがピクニックに。サボってないよ。
初心者ハルと、自警団で紺の王子 竜胆、ハルの助手 萌黄の3人は、地下鍾乳洞ダンジョンを目指す。
今回の砂漠歩きは、途中から竜胆が萌黄を背負ってくれたので、予定より早く目的地にたどりついた。
「中はとても涼しいよ、竜胆さまに白いお猿ちゃんを見せてあげる。」
少女は、大柄な半巨人の肩からピョンと飛び降りると、洞窟の入り口に書かれている魔法陣の前に駆け寄った。
「ココがピカァっと光って、中に入るの。
あ、あれぇ、光らない、中に入れないよ」
萌黄が魔法陣の上で一生懸命ピョンピョンと跳ねる姿は、小さい子が自動ドアが開かなくて焦っている姿とよく似ていた。
「萌黄ちゃんは魔力を持ってないから、魔法陣が起動しないんだよ。
そうだ竜胆さん、萌黄ちゃんと一緒に上に立ってみて下さい」
竜胆は巨人というより人間に近い引き締まった体格、褐色の肌に赤毛の髪、整った彫の深い勇猛果敢な顔立ちで、王子としての高貴な雰囲気も持ち合わせている。
彼がミニドレス(実はメイド服)を着た美少女を抱き上げると、ファンタジー映画のワンシーンのようだ。
竜胆が魔法陣の上に立つと、陣が薄く光を放ち、一瞬のうちに二人を洞窟の中に転送した。思った通り、神科学種のハーフである竜胆の魔力に魔方陣が反応したのだ。
ハルも、二人の後を追うように魔法陣に立ち、中へ転送した。
地下鍾乳洞ダンジョンは初心者向けで、簡単な迷路のような作りになっている。
一度来てしまえば迷うことなく、最奥のボス部屋 地底世界樹 までたどり着くことができた。
「木の実を多く実らせるには、それなりの肥料が必要だと思うんですよ。
世界樹さん、これで美味しいおにぎりの実を沢山実らせてくださ~い」
ハルはアイテムバックをひっくり返すと、中から大量のカピバラ出汁骨を出した。
地底世界樹の木の根が、まるで大蛇のようにうねると、出汁骨に絡みつき土中に引きずり込む。
カピバラ出汁骨を食事中?の地底世界樹の幹はユサユサと震え、白猿達は振り落とされないように木の枝にしがみ付いている。
揺れる枝からポトポト落ちるおにぎりの実を、ハル達は手分けして拾い、アイテムバッグに収納した。
「ハル、前から気になっていたんだが、その鞄はどんな仕組みになっている?」
竜胆は、五十個ほどの木の実が、小さなウエストポーチに入ってしまう不思議な現象に驚いた。
「バックの中の裏地に魔法陣の模様が描かれてるから、おにぎりの実は魔法陣の力で、別の場所に転送されてると思うんですよ。」
「でも、萌黄が鞄に入れても木の実は消えないよ。」
萌黄が木の実をポーチに押し込んでも、木の実は中から溢れてしまう。
少女はほっぺを膨らませ、怒ってアイテムバッグの裏表を逆にすると、竜胆がソレを取り上げて中に描かれている魔法陣を凝視する。
「なるほど、この地下鍾乳洞の入り口に描かれた魔力で動く魔法陣と同じ模様だ」
「魔力の量が多い人は、追加アイテムバックを持ち歩けるみたい。僕はレベルが低くて魔力量が少ないから、バッグを一つしか持てないし容量も少ないです」
ハルの答えに竜胆がニヤリと笑うと、自分の腰にウエストポーチを巻いてしまう。
「それなら水汲みは、お前より魔力の多い俺がした方がいいだろ。」
【ハル 神科学種(冒険者) 魔力36】
【竜胆 半巨人(紺の二十六番 王子) 魔力103】
ハルは右の赤眼で、自分と竜胆のステータスを見比べてみる。
王族で母が神科学種、血筋の良い竜胆は、ハルより魔力が3倍多い。
「ううっ、ちょっと悔しいっ。竜胆さん、そのポーチは僕の大切なモノなので、水を汲んだらちゃんと返してくださいねっ。」
「何情けない声出してるんだ、コレを取ったりしねぇよ。
荷物持ちなんて従者の仕事だからな。萌黄、ちゃんとハルとお手々つない歩くんだぞ」
竜胆は、王子にしては荒っぽい口調でセレブ発言をすると、フフンと僕を鼻で笑った。
戦闘も素材収集もあまり役に立たない、保育士兼従者キャラですか、僕は。
***
同刻 オアシスの村 女神聖堂
高窓から光の降りそそぐ礼拝室で、大神官は朝の祈祷を執り行っている。
その背後には、青白い肌をした骸骨のように痩せ細った男が、影のように控えていた。
「生贄の娘は、神科学種が手当てを行い、寝たきりではありますが、辛うじて命は取り留めたそうです」
「それは良かった。
我々も儀式を楽しめるし、砂漠竜様も出来るだけ新鮮な餌のほうが旨かろう」
影の男は、さらに大神官の傍まで近寄ると、蚊の鳴くような小さな声で耳打ちする。
「それから、見張りからの報告によりますと、神科学種の連中は村はずれの宿屋に滞在してます。今朝から、自警団と砂漠竜を探しに出かけています。」
「狩りに出かけたとすると、奴らの荷物は宿に置かれたままであろう。
誰もいない留守中に、ゴブリンが空き巣に入って荷物を盗まれたら大変だな。」
昨日面談した神科学種の服装から見て、他にも金目のモノを色々と持っているはずだ。大神官は、手に持つ淡雪ユニコーンの杖を撫でながら、影の男にいつものように目配せする。
指示を受けた男は小さく頷くと、その場から掻き消えるように姿を消した。
***
三人は地下鍾乳洞の中を流れる川にたどり着くと、竜胆はさっそくアイテムバッグを川の中に沈める。
僕だと10分間水を汲めたから、魔力が3倍ある竜胆は30分間水を汲むことが出来る。
ゴボゴボと音をたてて、アイテムバッグの中に水が流れ込んでいる。
キャキャと歓声をあげて、萌黄が浅い水の中にとび込み、川エビを追い回す。
川の水でずぶ濡れになっても、砂漠に戻ればすぐに乾いてしまうので、ハルもそのまま川の中に入って、一緒にエビを捕まえる。
「もったいない、川底の砂に水がしみ込んで消えてゆく。
ココの水を、なんとかしてオアシスまで引くことはできないのか?」
竜胆の小さな呟きに、僕は答えることが出来なかった。
皆思いは一つなのだ。
川エビ捕りに飽きた萌黄は、川の中から黒い石を拾うとチョークのように白い鍾乳石にお絵かきを始める。
「萌黄ちゃん、何を書いているの?」
「あのねハルお兄ちゃん、魔法を書いているの。
ここからピューンとお家まで飛んで帰るんだよ」
萌黄が書いているのは、鍾乳洞入口に描かれている魔法陣だ。
--魔力で転送する地下鍾乳洞ダンジョン魔法陣--
--アイテムバックの中の同じ文様の魔法陣--
--水もアイテムと同じように転送できる--
カチャリ ピースが全部揃った。
「竜胆さん、ココの水をオアシスまで引く方法があるよ。
おいで萌黄ちゃん、入口まで戻ろう、助手のお仕事してもらえる?」
「ハル待て、川の水をどうするんだ。」
ハルは自分の着ていた防砂ローブを水に濡らすと、川の中から黒い石を数個拾い、鍾乳洞の入り口に向かって走り出した。
水を汲み終えた竜胆が、地下鍾乳洞ダンジョンの入口まで戻ってくる。
ハルと萌黄が魔法陣の上でしゃがみ込んで、水にぬれた防砂ローブを魔法陣の上に敷き、透けて浮き出た図形を黒い石でなぞり書している。
「ハルお兄ちゃん、萌黄もじょうずに魔法をお絵かきできるよ」
「ほんとだ、萌黄ちゃんは僕より字が綺麗だね」
はた目からだと、二人はクスクスと笑いあいながら、楽しげに布に落書きをして遊んでいるように見えた。
だが、ハルの意図に気付いた竜胆は、作業の邪魔をしない様に息を殺して見守る。
末席の王子である竜胆は知っていた。
終焉世界は女神の祝福が薄れ、古の業である四十七全域転送魔法陣も、半分は破損しエリア移動ができない。
王都の最上位神官たちは、魔法陣を復活させようと数か月に及ぶ儀式を何度も執り行い、しかしソレを成す事は叶わなかった。
まさかこんな簡単に、神科学種のひ弱そうな少年によって魔法陣の術式が成立しようとしている。
「ちゃんと描けているみたい、これで出来上がりです」
描き残しが無いかチェックして、ハルは立ち上がり、凝った肩を回し大きく背伸びした。
子供の書いた拙い描線に沿って、青い光が這い回り、魔法陣そのものが薄緑に発光している。
ハルは、魔法陣が描かれたローブを丁寧に折りたたむと、竜胆の元へ持ってきた。
「竜胆さん、村の石工に頼んでコノ魔法陣を石に刻んでもらいたいんです」
「なるほど、村と地下鍾乳洞の間を魔法陣で転送できるようにするのか。
村人で魔力を持つ者は十人もいないが、その連中に水汲み作業させるのか?」
「魔法陣を使って人を転送するのではなく、この川の水を魔法陣から村に転送させます」
そういうと、ハルは見惚れるような晴れやかな笑みを浮かべてみせた。